序章 01
初めての投稿です。
よろしくお願いします。
ユウの朝は早い。
誰よりも早く起床し、静かに部屋を抜け出す。
誰も起こさないように玄関扉を閉め、家から少し離れた訓練場へと駆けて行く。
ここでは普段、トオルとミサと三人で修業をしている。
ユウはそこで毎日、一人でこっそり修行をしていた。
訓練用の木剣を握ると、巻藁に打ち込んでいく。一心不乱に。型などは無く、ただ、適当に。力任せに。
「ふっ! はっ!」
トオルには『剣』の才能があった。彼の父親が《剣士》で、それを受け継いだのだろう。トオルの父親シュウは、俺の父親の兄だ。
先の大戦で重症を負った伯父さんは、冒険者を引退して故郷に帰ってきた。――このサムア村がある「夏の大陸」へ。
そして療養中、村に訪れた伯母さんと出会い、一目惚れしたそうだ。
伯母さんは当時、村一番の美少女だった。……過去形なのは単に、伯母さんがもう少女ではない、というだけで、今でも十分美人だ。
なんと伯父さんは、出会ったその日に伯母さんに交際を申し出たらしい。
初めは「見知らぬ赤の他人」と相手にされなかったが、怪我の治らぬうちから伯母さんの泊っている宿に毎日押しかけ、次第に打ち解けていったという。
怪我が治った後も伯父さんの猛烈なアタックは続き、遂に伯母さんを口説き落としたらしい。
「……ふんっ!……はぁっ!……」
息が切れ、腕が痺れてきた。巻藁を叩く力も弱々しくなっていく。
全身が汗でじっとり湿ってきた。前髪がおでこにくっつき、目に刺さる。鬱陶しい。そろそろ切らなきゃな、と先週から思っている。
自分の意思とは関係なく、握力の限界により木剣が手を離れ空を切ったところで、『剣』の修業は一旦終了。
続いて『魔』の修業だが、こっちは『剣』と違ってがむしゃらに木剣を振っていれば良いわけではない。
どっと腰を下ろし、胡坐をかく。風が気持ちいい。汗で肌にくっついていた髪やシャツを撫でていく。
ある程度呼吸が整ったら目を閉じ、瞑想する。
『魔』を使える人間はあまりいない。いや、世界規模で見るならちらほらいるらしいが、この村に限れば『魔』を使えるのはミサ一人だけだ。
といっても、この村が人口五十人足らずの小さな村なので、多いのか少ないのかはあまり実感できない。
ミサの両親は普通の村人で――正確にはミサの父親は《村人》ではないのだが――どちらにも『器』に『魔』が無いという。
なんで『魔』が埋まっていたのかが疑問だけど。
突然変異、と言うと怒られちゃうかもしれないけど、ミサの場合は多分それだ。
――何にせよ、『魔』が使えるのはミサだけなので、ミサが俺の『魔』の先生になったのだが、彼女は指導者に向いていない。
「『魔』はイメージが大事」と言い、どういうイメージか聞いても「感覚的なことだから説明できない」と言われた。
才能、も必要なんだろうけど、ミサ曰く相性らしい。
「私が使える『魔』は火と風だけ。水とか、他のは使えないの。氷も水が無くちゃ作れないし」
伯父さんは酒に酔うと、少しだけ冒険者だった頃の話をしてくれる。
その話に出てくる《賢者》は、火球を飛ばしたり、風で敵を切り裂いたりと、まさに魔法使いといった感じだ。
それに比べミサの使える『魔』は、焚火程度の火を起こす、そよ風を吹かせる、長時間掛けて水を凍らせる程度のものだ。
それでも十分凄いのだが。
――結局、俺の『魔』の修業はミサ大先生との話し合いの結果、″瞑想″になった。
十分程。瞑想している間に疲れた体は回復し、服も乾いていた。
ゆっくりと目を開け立ち上がると、右手を前に出して唱える。
「火の精霊よ、我に力を貸し、発現せよ。【ファイア】」
何も起きない。この詠唱文はミサから借りた本に載っていたものだ。
「火の神よ、その力を示し、敵を討て。【ファイア】」
これは別の本に載っていた詠唱文。何も起きない。
「汝、我の呼びかけに応えよ。全てを焼き尽くせ、灰と為せ、喰らい尽くせ。【ファイア】」
これも別の本に――あれ、これは【ファイア】じゃなかったかも。
当然、何も起きない。
「……【ファイア】」
ミサは「ファイア」だけで火を出すことができる。詠唱短縮というらしい。
結果は――火を見るより明らか。
そりゃ完全詠唱して出ないなら詠唱短縮なんて無理か。
がくっと項垂れ、地面に座り込む。「ステータス」と唱え、ステータスを展開する。
「ステータス」
唱えると、自分の名前、生年月日、称号、体力や魔力等、様々な情報が表示される。
確認できる項目の中で、最も大事なのが『器』。
ステータスは普段、展開していても他人からは見ることができないようになっているが、例外が二通りある。
一つは魔道具を使った場合。
王都やサムア村よりもっと都会の街には、身分や称号の詐称を防ぐために、他人のステータスを閲覧できる魔道具があるそうだ。
《作り手》と呼ばれる職人によって作られた道具を総じて魔道具と呼び、『魔』を持っていない人間でも『魔』を発動することができる。
その種類は様々で、日用品として使えるお手軽な魔道具から、先程のステータスを閲覧できるような高価な魔道具まで。
もう一つは『魔』を使った場合。
こちらは『魔』を持っている中でも熟練の者しか使えない上、自分より相手の『魔』が強い場合は失敗するし、それを防ぐ『魔』もあるらしい。
――勿論、可能だとしても許可を得ずに他人のステータスを覗くのは重罪だ。
以上の二通りが、他人のステータスを見る方法だが、その二つを使っても見ることができないのが『器』だ。
これを確認できるのは本人か、《聖女》のみ。
聖女は世界に一人しか存在しないと言われている。その聖女は王都で保護されている。
王都に行かなければ聖女『器』を見られることは無いし、そもそも聖女に会いたくても叶わない。
聖女は王都に″厳重に″保護されている。
よって『器』の詐称は難しくない。言わないで隠してもいいし、嘘を吐いてもまずバレない。
……『魔』を持っていないのに『魔』がある、なんて言ったら流石にバレるけど。
でも俺の場合は――
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