角
(意外と厄介だな)
守仁は集団戦を仕掛けてくる女たちに手こずらされていた。
彼の戦闘能力を考えれば、こういった事態を切り抜けるのも容易と思われる。
しかし守仁は規格外であってもまだ男子高校生で、そこまで非常識な精神を有してはいない。
襲い掛かってくる女たちの数名を目の前で殺害して他の女を脅すような真似をするなど、「倫理観を無視すれば有効な手立て」を選択しない。
襲われているのだし骨の一本や二本を折るのは構わないが、それでも殺しをするほど割り切れはしなかった。
それに、厄介ではあるし手こずってはいるが、状況はまだ致命的ではない。
追い込まれていれば、また違った選択肢もあっただろう。だが戦闘能力の格差が守仁に心のゆとりを作り、非情になりきるのを邪魔していた。
守仁は自分の常識に照らし合わせ、交番を探す。
推定異世界の国の法律がどうなっているのか、襲われたので自衛しただけだが、こうやって暴力に暴力で対抗した事を咎められないかという懸念はあったものの、法の番人、秩序の守護者である警察に頼ろうとしか考えていなかった。
守仁が拉致監禁から性奴隷コースになる所までを想像したわけではない。だが襲い掛かってくる連中に捕まればろくでもない事になるのは簡単に想像できる。
握る拳に力がこもる。
「道を空けな!」
「 “先生”の土俵入りだよ!」
そうやって守仁が適当に移動しながら戦い続けていると、威勢のいい声が聞こえてきた。
女たちの秘密兵器、 “先生”が現れたのだ。
「はっけよい――のこったぁ!!」
守仁の進行方向から現れたのは、ひときわ大柄な女性だ。
身長は230㎝はあるだろうか。体重も筋肉の鎧で200㎏を優に超える。これほどの女性は、この世界にだってそう滅多にいない。
しかし恵まれた体だけが大きいわけではない。その身に纏う武威が他の女とは違う。周囲とは違う存在感が、 “先生”の存在をより大きく見せていた。
――彼女は、かつて角界の新星として大いに期待された力士だった。
角界は男子禁制の世界だが、それに構わず門を叩く者は相応の覚悟を身に秘めている。
彼女も一時期は大横綱を目指す、野心溢れながらも爽やかなアスリートだった。
彼女が落ちぶれてしまったのは、一つの事件がきっかけだ。
数年前、小結となりトントン拍子に勝ち進んだ本場所で、とある若手力士を殺めてしまったのだ。
その責めを負った彼女は、二度と花道を歩けない身になってしまったのである――
「出たぁ! 必殺のぶちかまし!」
「避けさせるな! 撃て、撃てぇーーっ!」
先生の得意技は、立合いからのぶちかまし。
力士のぶちかましはトラックとの交通事故にも例えられるほどの威力があるが、先生のぶちかましは時速60㎞で走る10tトラック並みである。文字通り、必殺の一撃だ。
ここまでの威力だと相手を殺してしまう危険性も有ったが、守仁があまりにも強いため場が狂気に包まれ、この場にいる誰もが正常な判断を失っていた。
――多少の怪我は仕方がない。
そんなどこか上から目線の思いの一撃は。
「相撲取り。相手にとって、不足無し!!」
「ええええっ!? 受け止めた!?」
「先生のぶちかましを受けてがっぷり四つに組んだ!! うそやろ!?」
トラックすら受け止める男によって突進を止められ。
「『国崩し』」
「はぁぁぁっ!? 足取りからの、上手投げ!!」
「ちょ! なんで足取り! なんで上手投げまで出来んのよ!!」
守仁は先生と組んだと思えば、いきなり腰を落とし足取り。相手の足を抱え、ひっくり返す大技だ。
足取りは小兵の技であり、頭一つ分以上の身長差があったため、これが綺麗に決まった。
九条一闘流においては、体格に差のある相手の足を崩す技として、強敵相手に用いられる。
そうやってひっくり返された先生だが、現在の彼女は力士ではなく、アウトローだ。
技を綺麗に決められ、ひっくり返されようが、まだ戦えるなら負けたとは考えない。すぐに起き上がって戦おうとしたが、それを言うなら守仁も相手の体勢が整うまで待つ必要もなく、追撃の上手投げで先生を下した。
今度は背中を強く打ち、先生は大ダメージを受け、リタイアであった。
この大一番は、守仁の勝利である。