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銀炎

「ユラ兄ちゃん!アイリス姉ちゃん!」


 小屋の外に出るや、木々の影から小さなシルエットが飛び出してきた。


「オリヴァー!」


 俺も駆け寄り、オリヴァーの小さな両肩を掴んだ。


 無事でよかった。本当に。


「よかった、怪我はないか」


 オリヴァーはこくりと首を縦に振り、


「アイリス姉ちゃんがあっという間に悪い人たちをやっつけてくれたんだ。僕も一緒に縛るの手伝ったんだよ」


と言って得意気に胸を張る。ガジルたちとつるんでいた奴隷商は二人の手によって簀巻きにされたらしい。


 調子に乗るオリヴァーに対して、アイリス嬢が大仰に咳払いをする。彼女の冷ややかな視線に気づくと、俺の背の方へとさっと回った。この様子だと、オリヴァーも既に大目玉を食らったようだ。


「あれ、ユラ兄ちゃん、これ・・・」


 背負っているケセラパサラに気づき、オリヴァーは驚いたようだ。


「野党どもが集めていたケセラパサラを頂戴してきた。これでお袋さんも大丈夫だろ」


「こんなに沢山・・・!!」


 結果オーライだが、アイリスの前でそうは言えなかった。


「早く戻ろうぜ」


 オリヴァーの頭に手を置いて、そう促した。


 その後、三人で、くらい林道を駆け抜けた。


 アイリス曰く、小屋があった場所は街道から1kmも離れていないようで、街までは歩いたとしても20分もかからないとの話であった。


 アイリスが先導し、それに二人がついていく。俺たちにとっては少し息が上がる速さだが、彼女の呼吸は乱れていない。時折、俺たちへと視線を向けてくれるあたり、ペースも合わせてくれているのだろう。


 流石としか言いようがない。


「あそこを抜ければ街道よ」


 俺たちも無言で頷き、疲れ切った身体を奮い立たせる。


 不気味に立ち並ぶ木々たちともこれでおさらばだ。


「おっしゃ、抜けたぁ!」


 思わず声に出た。


 見覚えのあるリンゼルへと続く街道。整地された道を見るだけでどこか安心する。ここまでくればもう王都までは目と鼻の先だ。


 マラソンを走りきったかのような達成感を覚えつつ、膝に手を当て息を整えた。


「だらしないなぁ、ユラ兄ちゃん」


「うっせ」


 オリヴァーも緊張感を緩め、笑いながら近寄ってきて、


「ほら、もうすぐなんだから頑張って!」


そう俺の背を押してきやがる。


 ホント、子どもは元気だな。


 ま、もう人踏ん張りか。街は目と鼻の先なのだから。


 重い腰を上げ、今一度走りだそうとした矢先、アイリスは、そんな俺たちの進路を遮るように横に手を差し出してきた。


「クレイン・・・さん?」


 反応はなく、彼女の表情も読めない。


 アイリスの視線の先に何かあるのか。


 俺とオリヴァーは彼女の脇から様子を覗く。


「ーーー!?」


 その光景に、俺は再び戦慄し、オリヴァーは恐怖に支配され地面に腰をついてしまった。


 街道を照らす月明かりが照らす一つの人影、そして一つの人だったものの影。


「・・・来たか」

 その風体は、死神そのものだった。


 フードで顔を隠したローブの男。その手に握られる長身の鎌。いわゆる死神の用いるデスサイズだ。


 その男の足元には・・・首と胴の離れた屍が転がっていた。アイリスとの戦いで、唯一、彼女の手にかからなかった最後のゴロツキだ。


「あ・・・あ・・・」


「見るな、オリヴァー!」


 齢十とそこそこといった子どもには刺激が強いどころではない。震えるオリヴァーの視界を遮るように抱きかかえた。


 当の俺は、あまりに常識と掛け離れた出来事の連続に、感覚が麻痺し出していた。人の死がこれほどまでに近い。パラーデンはそのような世界なのだと実感している。


 いや、俺の常識というものが、非常識なのかもしれない。


 21世紀の地球であったとしても、安寧としていた地域は先進国のごく僅かであったはずで、大国は為政者による独裁、小国は飢餓や紛争といった死と隣合わせの世界だったのだ。日本ですら、たかだか1から2世紀も遡れば無法地帯があったのだ。


 世界の仕組みが少しばかり違うだけで、ここは人という危険な生き物の住まう世界に違いはないのだろう。


「ギルド職員と子ども・・・それに、『銀の狩人』が誇る金色級ゴールドランクの傭兵か」


「私を知っていただけているのは光栄だけれど、この状況は穏やかではないわね」


「なに、仕事のできない部下を罰していたところだ。見苦しいところをお見せしてしまった」


「・・・貴方がガジルたちの『ボス』かしら」


「元・上司といったところか。例を言うぞ。ガジルたちを始末してくれたそうだな。仕事の質の割には素行が目に余っていた。そろそろ手を切らねばと思っていたところだ」


 ガジルたちは、確かに「ボス」の存在を匂わせていた。しかし、アイリスはその会話を聞いていなかった。


 彼女はまるで黒幕がいるかを知っていたかのような口振りだが、悠長にあれこれ考えを巡らせられる状況にはなさそうだ。


 アイリスはハルバードを一回転させ、臨戦態勢を取る。これまでにないほど、素人の俺にすら感じ取れる殺気を纏いながら。


 一方、アイリスとは対象的に、男は敵意はないとばかりに大仰に頭を振った。


「この場を見過ごしてもらえるのなら、君たちに危害を加えることはしない」


「そうさせてもらいところだけれど、私はギルド経由で街の治安の維持も請け負っている。貴方の蛮行を見過ごすわけにはいかないわ。それに・・・貴方の目的も気になるところだしね」


「『銀炎』。君が私を探っていたことは知っていた。過度な使命感は身を滅ぼすことを知ったほうがいい」


 まるで炎と氷。二つの視線が交錯する。


「アイリス、どうするんだ」


 間の抜けた質問だと分かっていながら、そう聞くしかなかった。


 俺は戦えない。もちろん、オリヴァーもだ。


 臆病と言われるかもしれないが、できることなら戦闘は避けたい。俺のエゴで、オリヴァーをこれ以上危険に晒すことはしたくなかった。


 そんな願望すらはらんだ俺の質問に、アイリスは俺を見ずに、言った。 


「事情は後で説明する。シシドウ君、その子を連れて下がってて」


 それだけ言い残すや、アイリスはそのまま男へと疾走した。


 クソッ、やっぱり戦闘になるのかよ。


 彼女の動き出しと同時に、俺は固まっているオリヴァーを抱えて後方へと距離を取った。


 アイリスは勢いを載せたままハルバードを突き出す。襲いかかる槍撃を、フードの男はデスサイズを突き出しそれを受け止め、刃同士がぶつかり会う。


 鍔迫り合いは避け、アイリスは槍を引き、そのまま刺突を繰り返す。フードの男の方は大きな獲物を巧みに動かし捌き切り、受け止めた槍を力任せにデスサイズで押し返した。


 後ろに下がらされたアイリスを、鎌の横薙ぎが襲う。避けられないと判断した彼女はハルバードの斧を割り込ませて防いだ。


 しかし、力比べではフードの男のほうが上であった。デスサイズを強引に振り切り、アイリスが側方へと吹き飛ばされる。受け身をとり、瞬時に体制を整えた彼女はハルバードを構え直して男の追撃に備えた。


「随分と出し惜しみをするな、『銀炎』」


 そんな挑発に言葉で返さず、アイリスは男を睨みつけた。


「会話は好まないか。なら、手早く終わらせよう」


 遠目で見ていた俺は、目を疑った。


 フードの男の両腕から淡い光が立ち上る。それはデスサイズの柄を伝って、やがて黒い刀身を覆いさり、眩く輝く。


 そのままデスサイズを大きく後ろに構え、言った。


「魔力の斬撃だ。受け止めることはできないぞ」


 そしてそのまま、男はデスサイズで空を斬った。刀身から離れた閃光がアイリスに向けて放たれる。


 速い。何が起きたのかを理解したときには、既にアイリスが横に飛び退いて避け、光がその後ろにあった木々へと吸い込まれたあとだった。


 その直後、光の通り道に沿って木が二つに割れ、重く鈍い振動が地面を伝ってくる。


 さながら鎌鼬。質量を持った剣閃だった。


「どんどん行くぞ」


斬。斬。斬。


 空を斬るたびに放たれる光の斬撃が、何度も何度もアイリスに襲いかかる。アイリスは驚異的な反応でそれをすべて躱すも、敵に近づけず、回避に徹している状況だ。


 男の放つ攻撃が十を超えたところで、ヤツは口角を上げた。


「いいのか、その位置で」


 また光の斬撃が放たれる。アイリスはそれを避け・・・ることをしなかった。


 瞬時に、俺は自分の迂闊さを呪った。


 アイリスが動けない理由。斜線上に俺たちがいるのだ。

彼女が退けば、俺たちが死ぬ。


 こういうときだけ、時間がゆっくりと流れる。見ていることしかできない。何かできるわけでもない。



ーー貴方の蛮勇で人を巻き込んだ結果がこれ。



 アイリスの言うとおりだ。


 彼女が倒れれば、俺とオリヴァーも殺されるだろう。俺の余計な行動が、多くの人を不幸にする。


 できることなら、時間を巻き戻せれば。そう願っている自分すらいた。


 そして、閃光が彼女を襲う瞬間を、ただ見守るしかなかった。


「ーーー!」


 光の斬撃が彼女に吸い込まれる。そう思われた矢先、アイリスはそれをハルバードで薙ぎ払った。


 不可避のはずの斬撃がハルバードによって真っ二つにされ、霧散していく。


 そんな、バカな。彼女の反応速度もそうだが、あれを槍撃で防ぐことができるなんて。


「やっと、力を使う気になったか、『銀炎』」


 フードの男も、どこか嬉しそうに、彼女の槍へと視線を注いでいる。


 その刃先は、遠目からでもわかるほど、燃え盛る炎に覆われていた。


 槍に炎を纏わせるなんて。


 そう驚くと同時に、俺は初めて彼女と出会ったときのことを思い起こした。


 そういえば、俺を襲ったウサミールは火に焼かれていたっけ。


 おそらく、これが彼女の使うスキルとやらなのだろう。『銀炎』との二つ名にも合点がいった。


「さて、ここから第ニ幕、といったところかな」


「終幕の間違いね」


 揺らめく炎の後ろで、アイリスの瞳にも継戦の意思が宿っていた。

忙しく、前回からだいぶ時間が経ってしまいました。

頑張ろう、自分。

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