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囚われの由良

※人の生き死にが苦手な方は、これ以降、バトルシーンがありますのでご注意ください。

「ーーっ!?」


 手放していた意識が徐々にと戻る。同時に、頭の後ろに鈍い痛みも感じ、思わず身体を強張らせた。


 ここは、どこだ。


 目を開けても暗く、何も見えない。おまけに身体の自由が利かず、声を出すことすらも叶わなかった。


「んぅぅ、うぅぅう」


 口に何かを巻かれているようで、そんなうめき声しかだせなかった。


 恐怖と焦燥が俺を襲う。


 間違いない、俺は何者かに拘束されている。


 誰が、一体何のためにこんなことをする。オリヴァーもここにいるのか。



ーー最近は魔物だけじゃなくて盗賊被害も発生しているんだ。



 出立前、クルルはそう言って俺たちを引き止めた。


 危険さは理解していたつもりであった。しかし、それはただのつもりにすぎず、実際には迂闊もいいところであった。


 森から抜けて、もう危険はないと油断していたのだから。


 俺を捕えたヤツは、きっと林道の入り口で待ち伏せしていたのだ。人目につきにくく、それでいて街の人間が出入りする絶好の狩場。そんなところを俺たちはノコノコ通り過ぎようとしていたわけだ。


「なんだ、気がついたのか」


 男の低く、嘲笑めいた声色だった。


「気分はどうだよ。えっ?」


 直後、身体の奥にまで響く強い衝撃に襲われる。おそらく腹を蹴られたのだろう。声を漏らしたくても、それすら構わず、身をさらに縮こませることしかできない。


「まさか、ガキ二人で外を彷徨いてるなんてな。余程の命知らず、いや、ただの馬鹿どもか」


 それに呼応して複数の笑い声が響く。全員で三人ってとこか。


 この声、聞き覚えがあった。


「昨日は横槍が入ったがここは街の外だ。てめぇが何者だろうと関係ない。助けは来ないってわけだ。さて、ここまで言えば、俺が誰か分かるよな」


 視界が急に開ける。顔を覆っていた布が乱暴に剥ぎ取られ、部屋を照らすランプの光が瞳を刺激してくる。


「んんん、んーんんん!」


 ガジル・ホーキング。やはりお前か。


 取り巻き二人も、昨日、酒場に帯同していたヤツらだ。三人は上機嫌に酒をあおりながら、俺たちを見下ろしていた。


 オリヴァーはどこだ。この部屋にはコイツらしか見当たらない。別の場所に捕まっているのか。


「一緒にいたガキが心配って顔だな」


 視線を巡らす俺に、ガジルは酒臭い息で愉快気に聞いてくる。人の心を見透かしているようで気に食わないが、そのとおりだ。


「あのガキはさっき奴隷商に引き渡したぞ」


 な・・・んだって・・・?

 

 ガジルは下卑た笑みを浮かべ、俺の髪を掴み、顔を合わせてくる。


「礼を言うぜ。おかげでひと月は遊んで暮らせる程度の金にはなった。まさかガキ二人がなんの準備もなしに山に入るったあな」


 ガジルがそう言って嘲笑うと、取り巻き二人どもも、


「おまけにケセラパサラまで持ってきてくれたしなぁ」


「このあたりのは取り尽くしちまってたし、地元のヤツらからかっさらおうにも最近は山に入ってきやしねえ。助かったぜ」


 と上機嫌だ。

 

 どうやら、ケセラパサラの品薄もこの男たちが絡んでいたらしい。会話から察するに金目当てなのだろう。


 クルルに「札付きの悪」と評されていたこの男たちは、ギルド員でありながら盗賊稼業にも身をやつしていたらしい。「よからぬ仕事」がこれか。クルルの口振りから、おそらく、何らかの噂や兆候があったという事なのだろう。


「さて、お前も奴隷に落としてやろうと思ったが、残念ながらギルド職員は足がつくからと買い取ってもらえなかった。さて、どうしたもんかなぁ。生かしておいても仕様がねえしなぁ」


 それなら、何故今の今まで俺を殺さなかった。


 それは愚問であると瞬時に理解する。


 人の不幸を好物とする下卑た男たちの顔。俺を見る目はどす黒い悪意で満ち満ちている。


 こいつら、初めから俺が目を覚ましてからなぶるつもりだったんだ。


「旦那、ボスが帰ってくる前に始末しときやしょう。引き上げる準備をしとかねえとどやされちまう」


 手下の一人がガジルをそう急かす。ガジルも「そうだな」とだけ言って、立て掛けてあった大斧を手に取った。


「さて、さっさと済ませるか。と言いたいところだが、どこから落としてほしい?一応、希望は聞いてやるぜ」


「ーーー!」


「おっと、話せないんだったな。悪い悪い」


 人の醜さを凝縮したおぞましい顔だった。どうすればここまで人は堕ちることができるのだろうか。


「んじゃ、まずは足から行っとくか」


「〜〜ッッ!!」


 どうやら、詰みらしい。


 勝手な正義感で小さな子どもを危険な目に合わせて、自分もここで終わる。


 異世界転生ってヤツだったのか、結局それすらも分からなかったが、少なくとも特別な存在だったわけではなかったわけだ。


 ギルドの適正検査の結果を真摯に受け止めてはいたものの、この世界を甘く見ていたと言うことだろう。


「さて、まずは一本っと」


 ガジルの大斧が俺に向かって振り下ろされる。


「ーーーあ?」


 そのはずであったが、ガジルはそんな呆けた声を上げ、動きを止めた。


「なんだ・・・これ」


 俺は、見た。


 ガジルが大斧を構えた直後、銀色の尖角がヤツの胸を食い破り、姿を表した。


 口から血を吐き出し、力なく大斧を落としたガジルは困惑した様子で自身の胸を貫いた何かに目を落とす。


「そこまでよ。ガジル・ホーキング」


 それが槍の先端と気づいたときと、その女のものと思しき声が聞こえたときは一緒であった。


「ギルド職員への暴行どころか人身売買に殺人未遂。残念だけれど、擁護の余地はないわ」


 ガジルは、身体中を震わせながら、首だけゆっくりと後ろに回した。


「てめぇ・・・『銀炎』・・・かよ・・・ツイて・・・ね・・・ぇ」


 それが、ヤツの最後の言葉だった。


 力なく崩れ落ちるガジル。その背後に立っていた人物を見て、俺は目を見開いた。


 忘れもしないあのブロンド。戦姫とでも形容すべき美しき銀鎧に銀槍。


 ウサミールの脅威から俺を救ってくれた恩人の女性。アイリス・クレインだった。


 どうして彼女がここに。


 状況が飲み込めず、事態の推移をただ見守るしかない。


 戸惑っているのはゴロツキどもも一緒であった。一瞬のうちにリーダーが屠られ、残りの二人の男は状況を飲み込めず呆けていたが、近くの男が我に返り、ナイフ片手に突貫した。アイリスは、振り返ると同時に斧のついた長槍ーー確かハルバードとかいう獲物だーーを横薙ぎする。銀閃がナイフを砕き、そのまま男の胸も一文字に切り裂いた。


 倒れ行く男を見ながら、最後に残った男は奇声を発しながら外へと飛び出していった。戦意を喪失した男を追うことはせず、姿が見えなくなるまで見送ってから、アイリスはこちらに近づいてきた。


「危なかったわね。シシドウ君」


 轡を外してもらい、俺はようやくまともに息ができた。


 しかし、それと同時に、目の前の光景がどれほど陰惨であるかに気が付く。


 ついさっきまで、生きていたはずの者たち。それが目の前にこれが、俺の常識とはかけ離れた、異常な状況であることを今更実感する。


 同時に、周囲に漂う血の臭いも、俺の身体に恐怖感を植え付ける。俺は耐えきれず、その場でえずいてしまった。


「大丈夫?」


 吐き気が一巡したところでアイリスがそう聞いてくる。かろうじて首を立てに振ると、しばられていた手足の縄も切り取ってくれた。


「なんで、ここに」


 声を絞り出して、尋ねた。


「クルルに頼まれたのよ。ギルドに登録したての新人が、小さな子どもを連れて街を出た可能性があるって。嫌な予感がして来てみたらやっぱりシシドウ君だった」


 どうやら、ギルドマスターはすべてお見通しだったらしい。俺達の動向を気にしていて、すぐさま手を打ったというところか。


 本当に、頭が上がらない。


「そうだ、その子ども。オリヴァーを知らないか!?」


「あの子は先に保護して外で待っているわ。先に奴隷商を見つけられたのは僥倖だった。この場所も縛り上げたらすぐに吐いてくれたわ」


「そうか、よかったーー」


「いいえ、まったくよくないわ」


 安堵から出た呟きを即座に否定される形になる。


「出会ったときにもこの一帯は危険地帯だということは伝えたはず。奴隷商がこの場所を吐いてくれたから助けられたけれど、そうでなかったら貴方は死んでいた。こんな状況になることは容易に想像ができたはずなのに、貴方の蛮勇で人を巻き込んだ結果がこれ」


 初めてであったときにはどこか柔らかさもあった瞳だが、彼女は明らかに俺を咎めている。口調にも熱をこもらせ、続けた。


「人一人が勝手に死ぬのは誰も咎めはしない。でも、小さな子どもが貴方の行動でその人生を台無しにされたら、その子やご両親はどう思うでしょうね。優しさや勇気は、実行力が伴わなければ時に罪になるのよ」


 正論すぎて何も言い返せず、彼女の叱責を受け止めるしかなかった。


 力のない者がしゃしゃり出ることはこの世界では罪となる。俺には誰かを守ることすらできない。


 悔しい。自分のことが恥ずかしい。スキルを持っている人々が妬ましい。


 感情の奔流に耐えきれず、目頭が勝手に熱くなる。


 俯く俺の上に、それ以上の追及はなかった。代わりに大きな溜め息が一つ落とされ、


「本当はここで徹底的に物言わなければ気が済まないのだけれど」


 と、言って彼女は俺の手を取った。


「盗賊がガジルたちだけとは限らない。さっさと街へと戻りましょう」


「そういえば、アイツら、ボスがなんとかと言っていたような」


 アイリスの面持ちが一層険しくなる。


「なおさら早くここを離れましょう。嫌な予感がするわ」


 アイリスはうずくまる俺は無理矢理に引き起こした。そのまま手を引かれるままに扉の方へと連れて行かれそうになるが、


「ちょっと待ってくれ!」


 そう言ってアイリスを制し、俺は改めて周囲を見渡した。


 小屋の中にあるのは、ガジルたちが食い散らかした食事が残るテーブル、一メートル四方の大きな木箱、そしてーー


「あれか!」


 俺たちが山で使っていた籠が部屋の隅に置かれていた。


 ケセラパサラだけでも。


 籠へと駆け寄り中を確認し、俺は愕然とする。


 中には何も入っていない。空っぽであった。


「何をやってるの」


「山で取った薬草があるはずなんだ。それを持って帰らないと」


「そんなもののために・・・!」


「オリヴァーの母親の治療に必要なんだ!」


 怒りをあらわにするアイリスを、今度は俺が制する形となった。


 物言いたげなアイリスを無視して、もう一度部屋を確認する。こざっぱりした小屋で他に部屋はない。もしこの部屋にあるとすればーー


「あの箱!」


 木箱は留め具で封がなされているが鍵はかかっていなかった。蓋に掴みかかり、勢いに任せ開け放つ。


「これは・・・!」


 予想とは異なる結果に、思わず声が漏れた。


 結論としては、ケセラパサラは・・・あった。


 それも、俺たちが採取した数本どころではない。箱の中にぎっちりと敷き詰められた、物凄い量であった。


「ケセラパサラ?なぜこんなに」


 アイリスも怪訝な面持ちだ。


 おそらくこれは、ガジルたちが乱獲したり、他者から奪ったものなのであろう。これほどの量のケセラパサラがなぜ必要であったのか、金のためであったのかは今となっては知る術はない。


「とにかく、必要なだけ持ったら、すぐに戻るわよ」


 アイリスが俺に籠を投げ渡してくる。数十本もあれば十分であろう。ケセラパサラの束を鷲掴んで投げ入れ、アイリスに急かされるまま小屋をあとにした。

ようやくアイリスを出せました。もう少しで導入編が終わりです。


たた、リアルが忙しすぎて、次の更新は一週間後くらいになりそつです。

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