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ケセラパサラの採取

 陽光を遮る鬱蒼とした森の奥。草木の野性味溢れる匂いが立ち込める中を、俺たちは黙々と進んでいた。


 リンゼルの街の外に出るにあたり、ギルドの職員という肩書は絶大な効果を発揮した。


 東門での手続きは、職員証を見せ、街の外に出る理由を告げただけで簡単に出入りを許可された。書類の一つすら求められないのは拍子抜けだったが、文字の読み書きができない俺にとっては僥倖であった。


 ただし、門兵からは日没までには戻ることを強く勧められた。ウサミールのような魔物が活発化するのはもちろん、最近、夜の林道に野盗がしばしば現れているという。


 出発したときにはまだ日が登りきってはいなかったが、オリヴァーの見立てでは目的地につく頃には昼過ぎ、リンゼルに戻れるのははやくて夕刻であるという。


 どんなイレギュラーがあるかわからない。休憩も最小限に、俺たちはとにかく足早に目的地を目指した。


 オリヴァーは、見た目は小柄でも、子どもとは思えない体力で俺を先導し、どんどんと歩を進めていく。


 ついていけない速さではないが、それなりの行軍速度ではある。道を熟知していなければこうはいかない。


 尋ねてみると、彼はよく父親とこの森を散策し、薬草やら山菜を採取していたという。先程から道かどうか見分けがつかないような草木が生い茂った場所を進んでいるが、彼いわく、地元の人間しか知らず、魔物もあまり現れない比較的安全な道だという。


「ここを抜けた先に、ケセラパサラがよく生えている場所があるんだ」


 道中に聞いたところ、ケセラパサラはあまり群生しないことから、市場に出回る数もあまり多くないらしい。しかしながら、ケセラパサラから抽出したエキスは強壮効果の高い栄養剤の材料となるため、それなりの高値で取り引きされているらしい。


 ただ、ここのところ産地であるリンゼルの森周辺に野盗が出るとの噂がで始め、森で採集を行う者たちが減ってしまい、薬の材料が出回っていない。オリヴァーは父親から教えてもらったというケセラパサラの生息地は彼と彼の父親しか知らないらしい。そんな貴重な地に俺を案内するのは、背に腹は変えられないことの現れだろう。


「ユラ兄ちゃん、この辺りだよ」


 最早一人では帰還できないような暗い森の中心部で、オリヴァーが周囲を指差した。


「掌くらいの綿毛のようなお花が咲いているのがケセラパサラだよ。見つけたら根っこごと引き抜いてね。お花だけだと、すぐに鮮度が落ちて使えなくなっちゃうんだ」


 そう指示を受けて探し始め、ほどなくしてそれらしき花を見つけた。


 たんぽぽの綿毛をこれでもかと詰めたような、綿の塊のような白い花だった。触ってみると、水気を多く含み、しっかりとした張りのある感触だった。


「そう、それだよ!10本くらいあればしばらく持つと思うから、その調子でみつけてね」


 言われたとおり、花や茎を傷つけないよう、周りを掘り返してから引き抜く。爽快さと甘さが混じったような香りが鼻孔をくすぐった。


「あ、これも珍しいポルックスだよ。香りがいい高級食材だね。お金になるから持って帰ろ!」


 オリヴァーはケセラパサラだけでなく、珍しい食材や薬草も喜々として籠に詰め込んでいた。きっと、これが本来の彼の姿で、いつも父親と来るときにはこんな雰囲気なのだろう。


 家族との想い出。


 俺にもそんなものがあったのだろうが、残念ながら未だ何も思い出せないでいる。それが不幸なのか、それとも思い出さないほうが幸せなのかはわからない。


 せめてオリヴァーには、家族との輝かしい関係が、これからも続いてほしいと強く願う。


「オリヴァー、そろそろ戻ろう。かなり時間が経ったはずだ」


 採集に夢中になっているうちに、差し込んでいた陽の光が弱くなっていることに気づく。日が傾き始めている証拠だ。比較的安全と聞いているとはいえ、見知らぬ土地で、おまけに何ら武器も持っていない自分たちが魔物と遭遇するリスクを上げることは愚策だ。


 オリヴァーは名残惜しそうに渋顔を浮かべつつも、聞き分けはよく、俺の判断にはすぐに従ってくれた。


 俺たちの背負う籠には山菜、薬草が敷き詰められ、一度の山籠りとしては上々の成果だろう。しかし、ケセラパサラ自体は数本しかみつからず、オリヴァーとしてはもう少し粘りたい様子が見て取れた。


 だが、自分たちが戻れなければ彼の母親に薬が届けられない。疲れはあるが、俺たちはもと来た道を足早で引き返した。 


「なあ、ケセラパサラはどうやって薬にするんだ」


 無言になりがちな道中。俺はオリヴァーに尋ねてみた。


「薬師さんに渡して作ってもらうんだよ。花のエキスを抽出して、それを他の薬草の成分と調合すると薬になるんだ。強壮剤にもなるし、配合を変えれば解毒剤にもなるんだ」


「凄い薬草だな」


「そうなんだ。だからそれなりに効果ではあるんだけど、最近、極端に品薄で高騰しているんだ。お母さんの薬に必要なのはエキスはそんなに量がいらないから、薬にとして出回る分には手が出せない値段ではないんだけど、薬師さんも原料が手に入らないんだって」


「理由でもあるのか」


「どうも乱獲されてどこかに流れているらしいんだ。あんまり取りすぎると来年以降生えてこなくなっちゃうから、生息地を知っている地元の人たちも必要な分だけしか取らないようにしてるんだけど・・・」


 密猟か。


 日本でも他人や国有の土地に勝手に入り、山菜やら松茸やらを盗んで行く輩がいたはずだ。どこの世界にも、自分の利益を優先する輩がいるってことらしい。


 もっとも、俺の住んでいたはずの世界でも、高価な山の幸が採れる地域は、人に伝えないことが鉄則だ。おそらく、オリヴァーも父親にこの場所を人に教えるなと厳命されているはずだ。


 場所を知ってはしまったものの、俺もおいそれと足を踏み入れるべきではない。彼の家族とトラブルにならないよう、しっかりとわきまえておいたほうが良さそうだ。


「ま、少しでも手に入ってよかったな。なんとかなるか、それで」


「うん、一ヶ月、とは言わないけど、しばらくは大丈夫だと思う。本当にありがとう」


「礼は帰ってからだ。早く帰ろう。だいぶ日が沈んできた」


 帰るまでが遠足というが、まさにそれだ。街に入るまでは気を抜けない。


 行きはどこまで深く森に戻るのか不安であったが、一度通った道を戻るのはどこか気が楽だ。疲労感が溜まっていてもそれほど苦にならず家路につける。


 それから半刻程は歩いたろう。日はほぼ沈みかけていたものの、何とか林道の入り口まで戻ってこれた。


 ここから街の東門はすぐ側だ。なんとかしなければ無事に戻ってこれたことに安堵する。


 あとは、クルルにバレないようにするだけだな。それが問題なのだけれど。


 考えていても仕方がない。とにかく街に戻ろう。


「急ごう、オリヴァー」


 と、後ろを振り向くが。


「オリヴァー・・・?」


 つい、今しがたまでそこにいたはずの姿がない。彼の背負っていた籠ごと、忽然と姿を消している。


「なっ・・・!?」


 そんなバカな。つい今しがたまで、そこに、一緒に。


 まるで神隠しだ。俺の全身が一瞬で冷め、こめかみから焦りの水が滴る。


 まさか魔物か。気配を微塵も感じなかった。


 連れ去られたのだとするとまずい。この世界にどんな魔物がいるのか知らんが、ウサミールのような草食動物ばかりではなかろう。


 おそらく、助けを呼びに街へと戻る暇などない。


 クソッ、やはり俺たちだけで山に入るべきでなかったか。


 悔悟の念になどかられている暇はない。今すぐ、探しに行かなければ。


「ーーっが!?」


 森に引き返すべく、駆出そうとした瞬間、俺の後頭部に激しい衝撃が襲った。


 訳のわからぬまま視界が暗転して、俺は意識を手放した。

スプラトゥーン3、面白い。執筆、進まない。



・・・導入がやたら長い状況ですが、もう少しで序盤は終わると思います。

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