少年・オリヴァーの依頼
「昨日は・・・散々だった・・・」
澄んだ空気に雲ひとつない爽快な空の下、ギルド入り口の砂ボコりを気のない状況で掃き始めた。
本日のギルドの酒場営業は休業だ。大立ち回りによって破損した内装の修理を行うらしい。クルルは今朝から資金調達のために奔走中。「保険、使えるかなぁ・・・」と呟いていたあたり、自前で修理する金はないらしい。
自体の深刻さに、今更ながら申し訳ない気持ちが芽生える。
昨夜はゴンゾーラ氏の鉄拳で意識を失った後、気づいたときには仮眠室のベッドに運ばれていた。
居合わせた客から事情を聞いたらしく、クルルは一人で荒事にに首を突っ込むなと釘を刺ししてきつつも、彼女不在の間に依頼者を守ろうとした姿勢は評価してくれた。ゴンゾーラ氏は憮然として多くを語らなかたったが、「弱ぇが気に入った。明日からもこき使ってやる」と喜ぶべきか嘆くべきかわからんコメントを残して去っていった。
命も失わず、一応、職も失わずに済んだ。「銀の狩人」の二人の信頼を得られたと思えば、結果オーライというところか。
とは言え、ギルドの貴重な収入源である酒場の休業は痛い。つまるところ、俺に給料が入らない。
今のところは食事と寝床さえあればなんとかなるが、所持金ゼロのままでは有事の際に困り果てる。
しばらくはギルド職員として生活していくのでよいとしても、行く行くは自力で金を稼ぐ手段を身につけたいところだ。しかし、まさかの称号「最強の凡人」のせいで、一攫千金の仕事を得るなど夢のまた夢だ。
前の世界と一緒。金を稼ぐには地道な日々の努力が大切。どこにいたとしてもこれが真理なのだろう。
問題はそれだけではない。どうやら俺はとっても厄介なヤツに喧嘩を売ったらしい。
ガジル・ホーキング。リンゼル出身の傭兵だが、傭兵とは名ばかりで札付きのワルらしい。
昨夜の騒動のあと、クルルから言われたことを思い出す。
ーーガジルにはモンスター退治の仕事なんかを回してるんだけど、あの気性の荒さだからさぁ。対人関係の仕事は回せないんだよね。
ーーおまけに最近は良くない仕事に手を出しているみたい。尻尾を掴んだらギルド資格を剥奪するんだけど・・・。
ーー仕返しに何されるかわからないから、外に出るときはなるべく明るいうちに、人通りのある場所で行動してね。
出禁の酒場も多いらしく、最近ではギルド内の酒場を利用しているとか。ギルド内でも前に問題を起こしているようで、そのときにはゴンゾーラ氏が拳で解決をしたそうだが、ギルド内併設の酒場である以上、完全に彼の出入りを排除するのは難しいとのこと。
あれと定期的にお付き合いするのは気が重いが、次からはすぐにクルルか氏にエスカレしよう。
「あの・・・」
雑念まみれで掃除をしていたせいか、声をかけられるまで彼の存在に気が付かなかった。
おお、昨日の少年じゃあないか。
「昨日はありがとうございました!」
と、小さな身体を深々と折った。
むず痒いが、感謝の意を示されるのは満更でもないな。
「御礼、何にもできないんですけど」
申し訳なさそうに見上げてくる。
別にいいって。俺は顔の前で手を振った。
「気にしなくていいって。あれは俺が勝手にやったんだ。おまけに最後はシェフに助けられたようなもんだし」
「それでも、ボク、怖くて何もできなくて。先に逃げちゃって本当にごめんなさい。助けてもらわなかったらどうなっていたか」
声を震わせ、俯いてしまう。
「だから気にすんなって。君、名前は」
「オルヴァーだよ」
「俺は由良だ。よろしくな。で、なんでまたあんな時間まで一人でギルドにいたんだ」
「依頼を受けてくれる人、探してたんだ」
「そうだとしても、君みたいな小さな子が一人でギルドにいるのもどうかと思うぞ」
「・・・お母さんが病気なんだ。お父さんは出稼ぎでいない」
わけありか。
「どんな依頼なんだ」
「ケセラパサラっていう薬草の採取。街の外の森に生えているんだけど、最近あまり流通してなくて。お母さん、生まれつき身体が弱くて持病の治療に必要なんだ」
「特徴はわかるのか」
その子は、力強く頷いた。
「東門から出た先の森の中に、ケセラパサラが生えている場所があるんだ。お父さんから教えてもらった場所なんだけど、東門は出入の管理が厳しいから、ボクみたいな子どもを一人で外に出してもらえないんだ」
「それでギルドに依頼を出したわけか・・・」
確かに、ウサミールのような魔物が闊歩している危険地域に子どもを一人で送り出せるわけがない。それに、東門周辺の治安が悪いことも、アイリスからもよくよく説明を受けていた。
「ギルドの依頼の受注者は東門を自由に出入りできるから、誰か一緒に行ってくれる人を探しているんだけど、ボクのお小遣い程度じゃ傭兵さんは雇えないみたい」
「そうか・・・」
項垂れるこの子に対し、かけられる言葉を持ち合わせていなかった。
同情はすれど、なんの慰めにもなりやしない。必要なのは言葉より成果。できるのなら手伝ってやりたいが、新米であり、おまけになんの取り柄のない俺が依頼を受けることについて、クルルは何というか。
「ダメに決まってんでしょ」
お戻りあそばされたギルドマスターに一応、お伺いをたててはみたが、論外とばかりに一蹴された。
「ユラさぁ。自分が何者かちゃんと理解してる?」
「異世界人」
「割と本気で怒るよ」
すみません。ふざけすぎました。アイ、アム、キング・オブ・凡夫です。はい。
「ユラはギルド員登録をしているとはいえ、冒険者や傭兵適正はないと言っていい。東門の外は魔物がいるから、ギルドマスターとして適正がないものを送り出すことはできないよ」
「そいつは理解してる。でもーー」
「ダメ」
二の句を継ぐまでもなく断られた。
傍らのオリヴァーは、取り付く島のないクルルの反応に涙を湛えてしまっている。
涙目のオリヴァーと頑なな態度のクルルの交互に見やる。クルルは無表情を貫いていたが、俺たち二人の無言の訴えに居心地の悪さを感じてはいるようだ。
「気持ちは分かるけど、こればっかりは許可できないよ。おまけにあの界隈、最近は魔物だけじゃなくて盗賊被害も発生しているんだ。資格を満たさないギルド員を派遣して、依頼者もろとも行方不明なんて真似をしたらギルドの信用問題に関わっちゃう」
「せめて、誰か適任者を見つけてくれないか」
「この金額だと、ボランティアに等しいからね。よほどのお人好しじゃないと受け手はいないよ。そんなお人好しもいないわけじゃないけど、ある程度腕も立つとなるとすぐには無理かな。あとは・・・」
クルルは言い淀んだのち、ちらりとオリヴァーを見やった。逡巡している様子だが、やがてハァと溜め息をついた。
「しょうがない。すぐには無理だけど、あたしがついて行ってあげるよ」
「本当!?」
オリヴァーはわかりやすく顔を明るくした。
「仕事があるからすぐには無理だけど、数日待ってもらえれば時間を取るようにするよ。これが精一杯の譲歩かな」
譲歩どころか、優しさと誠意に溢れる対応じゃあないか。
ボランティアに等しいと言い切った依頼を、ギルドマスターが直々に受けなんてあり得るのだろうか。
「依頼を受けなくても、ギルド職員は各門を自由に出入りできるからね。この子にはガジルの一件で迷惑をかけているから、今回はサービスで対応してあげるよ」
「恩にきるよ、クルル」
「そういうことで、あたしは仕事に戻るから。またこっちから声をかけるから、くれぐれも勝手な行動を起こさないでよね!」
そう釘を刺して、彼女はいそいそと執務スペースへと引っ込んでいった。
「やったな、オリヴァー」
「あ、うん・・・」
しかし、当のオリヴァーの顔は冴えず、再び影が差し掛かっていた。
先程までは明らかに喜んでいたのに。
「何か問題でもあるのか」
そう尋ねると、これまた俯いてしまう。
「お母さんの薬、もうないんだ。明日の分が必要なの」
「緊急じゃないか・・・」
クルルの申し出は破格だ。彼女は本当に良心の塊で、なんだかんだ最終的には必ず助け舟を出してくれる。想像の域を出ないが、ギルドが困窮しているのも、彼女が非常に徹しきれていないからではないかとすら感じていた。
しかし、今回はその配慮に甘える時間がなかったのだ。無理して時間を作ろうとしてくれる彼女にそれを言い出しにくかったというわけだ。
いや、仮に伝えていても、あの様子だと流石に取り合ってもらえないだろうな。ただでさえあらゆる雑務を一人でこなしているのに、昨日の騒動の事後対応まで迫られているのだ。厚かましいと定評のある俺ですら、流石に原因を作った身であり、お願いするのは憚られた。
オリヴァーは本当に自分でなんとかしなければならない状況に置かれている。まだ年端もいかない小さな子どもが解決できないのは明らかだ。
せめて、誰か紹介できればとも思うが。
「他に頼れそうな人は・・・」
まずはじめに考えたのはゴンゾーラシェフだ。酒場が休業のため、本日は非番のはず。あの鉄拳をもってすれば、そこらのゴロツキやウサミールくらいなんとかしてくれそうな気がする。。
だが、そもそもどこにいらっしゃるのか検討がつかない。アテなくリンゼルを探してもイタズラに時間を消費するだけで、すぐに日が暮れるだろう。
あとは、この世界で初めに出会ったアイリス・クレインか。見ず知らずの俺に温情をかけてくれた聖女のような存在だ。
彼女もまたオリヴァーの家族のために動いてくれる気がするが、この選択肢もシェフと同様の理由で取り得なかった。
「ない。八方塞がりだな」
そう結論づけるしかなかった。
この世界にやってきてからまだ四日。
これまでの困難は出会った人たちの好意によってすべて乗り越えることができた。ここに来て初めて、他者を頼ることができず、解決策を見い出せない状況に陥った。
「ユラ兄ちゃん、ボク、もう行くね」
オリヴァーは涙を拭って、そのうえで意思を持っていった。
「もしかしたら、薬局に入荷してるかもしれないし、もう一回街を回ってみるよ。ありがとう、手伝ってくれて」
為す術を失っても、彼は最後まで諦めず足掻くのだろう。小さなその背は、とても弱々しいが、それでも確かな強い意志を感じさせる。
その背を、俺は黙って見送るしかないのか。
ーー依頼を受けなくても、ギルド職員は各門を自由に出入りできるからね。
ちょっと待て。
さっき、クルルは確かにそう言っていたはずだ。
今の俺はギルド員でもあり、かつ職員でもある。クルルの話が確かなら、門を自由に出入りできるはずだ。
「オリヴァー、ちょっと待ってくれ」
バレたら大目玉を食らうのは確実だが、当初の予定どおり、街の外に出られるかもしれない。
可能性はすべて試そう。オリヴァーに伝えると、これまたわかりやすく喜色をあらわにする。お互いの意思を確認し、俺たちは頷き合った。
オリヴァーに自分から離れないよう伝え、俺たちは東門の方へ向かうことにした。
第5話です。場面展開のため、これまでよりも少ない量での更新になりました。
なろう系小説の更新のタイミングって迷いますね。ある程度まとめて書いてからより、数百文字でも投稿したほうがいいのかな?