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ギルド員のお仕事

「おーい、あんちゃん。エール一つ!」


「はいよ、エール一丁!」


 賑やかな喧騒で溢れる店内の一テーブル。俺は髭の男の目の前に勢いよくジョッキを叩きつける。


 男は上機嫌でジョッキを受け取り、豪快にそれをあおる。


 それを恨めしく見届けるや、俺は手近なテーブルの食器を片付け、直ぐ様厨房へ戻った。


 厨房で俺を出迎えるスープや肉汁の香り。ボスウサミールもといシェフのゴンゾーラ氏(一応、ヒューマン)が腕によりをかけた料理の数々が客の口へ運ばれることを心待ちにしていた。


「オラァ、シシドウお前、ブルスト冷めてんだろぉがぁ!!さっさとお客様のところへ運びやがれ!!」


「ひぃぃ、すんません!!」


「それが終わったらキャベツ千切りにしとけや!サボってやがったら今日の賄いは抜きだかんな!!」


「それだけはご勘弁を!!」


 どうしてこうなった。


 ギルド職員の制服(貸与)に身を包み、大玉のキャベツを小気味よく刻みながら、俺は心のうちで大粒の涙を流す。


 リンゼルの街へやってきて早三日。ようやくありついた仕事場は、一言で表すなら戦場だった。




 無事にギルド会員としての登録を果たした俺だが、仕方なく街での仕事探しを開始した。


 この絶望という荒波に必至に抗ってはみたさ。座してるだけでは飢えるだけだからな。


 そして、空腹が三周程したところで、俺は遂に地に伏した。


「仕事が・・・ないだと・・・!?」


 日銭を稼ごうにも、そもそも仕事を募集している先がそう多くない。


 従業員募集。それらしい張り紙を見つけて一喜一憂しても、ものを知らない、文字をかけない俺を雇ってくれる先がない。唯一受けられそうだったのが近郊の洞窟での発掘作業員としての仕事だったが・・・。



「嫌だァァ、俺は行きたくないぃぃいっ!!」


「必ず・・・必ず帰ってくるからなぁぁ!!」


「イャァッ、パパを連れてかないでぇぇ!!」



 などといったやり取りがそこかしこで起きていた。受けちゃいけないヤマだとそっと身を引くことになる。


 金がもらえるのなら炊事、洗濯、人様の靴舐めだろうと何でもやるというのに・・・。


 致し方なく寂れた日中のギルドに戻り、ギルドの掲示板を小一時間毎にチェックしても、俺でも受けられそうな新しい依頼書が貼られる気配がない。日銭を稼ごうにも、新人が受けられるレベルの仕事がそもそも存在していないのだ。


 ギルドの隅っこの、カビ臭い机に顔を埋める俺。もう精気の欠片も残っちゃいない。


 俺はこのまま朽ちていくのか・・・・。


 焦燥感で擦り切れる俺。それを救ったのは、またしても兎の神様だった。


「一つ、仕事、出たよ」


 全力で身体を起こした俺の前に、兎人バニットのクルルが曖昧な笑みで佇んでいた。


「かなり微妙な仕事なんだけど、聞いてみる?」


「おなしゃす!!」


 二つ返事の俺に、クルルはどことなく乗り気でなさそうな渋顔を隠していない。もしかしたら、本来は受けるべき仕事ではないのかもしれないな。


 しかし、俺としてはどんな仕事でもいい、まずはこの世界で生活していくための土台を築く必要がある。やりがいとか、辛さとかで選り好みできる立場にはない。職探しで気づいたのだが、街やギルドで求められているのは即戦力、つまりは確実に仕事を完遂する能力だ。


 俺自身の経験値を増やさなければ、いくら待っていようが仕事のほうからやってくることはないということだ。


 そんな状況の中、またしてもクルルは助け舟を出してくれている。聞かない手はない。


「先に行っておくけど、お給金は激安です」


 まあ、そうだろうな。もはやこの程度で落胆するような俺ではない。


「だけど、寝食保障、三時のおやつ付きのお仕事ではあるよ」


「マジか!?」


 なんという僥倖。そもそも寝床と食事が提供されるだけで、給料なんて二の次でよい。俺の最も重視しなければならないニーズを満たしている仕事ではないか。


「でもいいのかな。はっきり言って割に合わないと思うよ。危険ではないけど、かなり消耗する仕事だし」


「命の危険がないならドンと来いだ。全力でことに当たりたい」


「そのやる気がいつまで続くかねぇ。ま、そこまで言うなら紹介するよ。ついてきて」


 気分上々の中、俺はギルドの職員スペースの方に案内された。


 ギルドの中は、大きく分けて受付、執務部屋、仮眠スペース、そしてギルドの重要な資金源足る酒場機能を提供するための調理場に別れている。俺が案内されたのは調理場だった。


 ここは、俺がギルド中を掃除した際に一度足を踏み入れている。床こそシミや油で汚れていたが、包丁やら鍋と言った調理器具、客に食事を提供する食器の類は全てキレイな状態で並べられていた。


 ここの料理人は、さぞかし道具を大事にする素晴らしい人物に違いないとすら感じた。


 調理場に案内されたということは、皿洗いでもさせられるということなのだろうか。その程度の仕事であれば、そつなくこなせる自信はある。シェフには失礼のないようにしっかりと案内をしなければならないだろう。


 しかし、厨房には人の影はない。


「連れてきたよー、ゴンゾーラさん」


 と、クルルは誰かに向かって呼びかけた。


 何やら強そうな名前だが、俺は知っている。彼が道具を愛する繊細な料理人であるということを。


 しかし、そのゴンゾーラ氏とやらの姿はどこにもない。すると、厨房奥の食料庫か。


 案の定、クルルの声に呼応して、食料庫の扉が開かれる。


「おう、クルル。捕まえてきたか」


 その男は、野太くしゃがれた声とともに、ぬぅっと奥から現れた。


 この瞬間、俺の中の警戒レベルは最大限にまで上がった。


 成人の太ももほどある二の腕。鉄板でも仕込んでいるのかという胸板。俺を優に見下ろすほどの背丈。おまけに相手を威圧するには十分すぎるスキンヘッド。なんだ、この格闘家は。


「あん、なんだこのひょろっこい小僧は」


 向こうと向こうで俺とは真逆の印象を持ったようで、噴火した眉間で俺を睨めつけてくる。どうやらこの人物にとって、俺は目当ての人物ではなかったらしい。


「ごめんねゴンゾーラさん。ランツさん、どうしても見つからなくって。でも安心して。この人、一通りの雑務はできると思うから、ゴンゾーラさんのしご・・・指導に耐えられると思うよ」


 今、しごきって言わなかったか?


「ほぉ、そいつは楽しみだ」


 こっちはこっちで視線を値踏みするよう睨め回してくる。凄まじい眼力に、視線を合わすことができず、下を向くしかない。


 なんてガタイだよ。本当に料理人か。格闘家じゃなくて。そんでもって極めつけはそのエプロン。プリントされているのはーー


「・・・兎」


「誰がボスウサミールだゴラァ!ぶち殺すぞ!!」


「ひぃぃ、すみまっせん!!!!」


 んなこと言ってないけど謝るしかねぇぇぇ!


「・・・まあいい。今日の夜から早速入れ。逃げ出したりしたら、どうなるかわかっているな」


 何故かケツの穴がうずき、終始肛門を締めながら彼との圧迫面接を終えた。


 あとでクルルを問いただすと、ゴンゾーラ氏の気性の荒さはこの界隈では有名で、その実力も並の傭兵では手がつけられないという。そんな氏の仕事に対する情熱は凄まじく、要は前のスタッフが彼のかわいがりに耐えかねて脱走したらしい。そんでもって急遽、ホール兼キッチンを募集するに至ったということらしい。


 仕事を選べる立場にさえいれば・・・。いや、仮に断ろうとしてもあの大男が逃してくれたかどうか。


 この話、聞いてしまった時点で受けないという選択肢はなかったのだ。


 こうして俺は見事にこのギルド「銀の狩人」の非常勤スタッフとして住み込みで働くことになった。


 そして、すでに初日にして前任の逃げ出したくなった気持ちも理解できる。


 とにかくやることが多すぎる。昼は閑散としているくせに、酒場の営業を開始するや、主に暇を持て余した冒険者という名の呑兵衛どもが入り浸り、常に食事のオーダーが入っている状況だ。


 言葉がようわからん中でメニューを取るのも一苦労。料理を冷ますとシェフによる言葉の暴力の嵐。合間合間に料理に添える野菜の準備。クルルを頼ろうにも本業の方で時間を取られているらしく、そこかしこを行ったり来たりの彼女の助力は見込めない。


 そんなわけで、ほぼ俺一人でキッチンとホールを回している。おやつどころか、飯すらまともに食う時間がない。ブラック企業にも程があるだろう!


「おうシシドウ、客席の片付けが終わったら休憩入っていいぞ」


「あ、有難き幸せ・・・」


 オーダー数が減ったことで察したのか、シェフがそう声をかけてきた。確かに、客もいくらか捌け、埋まってる客席も皆、酔いが回っているようだ。このあたりの判断は流石、厨房の主だけあって的確だ。


 とっとと皿を片し、お言葉に甘えて休みをいただこう。


「おい、お前、見ない顔だな」


 ん、俺のことか。


 振り返ってみるが、しかし誰と視線が合うわけでもない。


 どうやら俺のことではないようだが、一通りフロアに視線をやってみる。


「なんだガキか。ここはお前が来るような店じゃねえぞ。退きな」


 不快感すら覚える物言いは、どうやら、端の席からの方だ。いかにもゴロツキといった風体の男が三人、席に座る人物を囲んでいる。


 あそこに座っていたのは、酒場に似つかわしくない、歳も十歳そこそこくらいの男の子だった。入店の際、クルルに可否を確認したが、そもそもギルドへの依頼者であったようで、クルルと話し込んだ後、掲示板に依頼書が貼られていた。


 その依頼を受けてくれる人物を待っているのだろうか。特に注文をするでもなく、酒場の営業が始まってもずっとギルドに留まり続けていた。


 そんな子を、リーダー格と思しき男が下卑た笑みを浮かべながら、頭をバンバンと叩きつける


「おい、耳付いてんのかよ。もしもし、もしもーし」


 しかし、その子が口を開けることはない。顔色は蒼白。恐怖で身体が固まってしまっているのだろう。


 胸糞悪い。なんなんだアイツらは。


 周りも気づいていないのか。いや、そんなわけない声量だ。皆、さり気なく視線を送っているが、男を咎める者は誰もいなかった。


 三人は精悍な顔つきで、特に先程から声を荒げている男は大人の背丈ほどの大斧を担いでいる。冒険者たちが助け舟を出さないあたり、それなりの実力者なのだろう。


 ふと、受付のほうに視線をやる。クルルはどうやら席を外しているようだ。ギルドマスターにどれだけ抑止力があるのかはわからないが、職員なき今、無法状態ということらしい。


 こういうのには関わるべきじゃない。薄情だが、関わっては得するどころか損するのが目に見えている。


 見知らぬ世界で生きていくには余計なことには首を突っ込まないほうがよい。


 仕事に戻ろう。客が残した食器の数々にに手を伸ばし始めたそのときだった。


「ったく、早くどけよ」


 ーーー!


 別のゴロツキが男の子を払うように椅子から突き飛ばした。その子は椅子ごと地面に叩きつけられた。


「おら、とっとと失せろ」


 さらに蹴りを一発。男の子は腹を蹴られ、苦悶の表情を浮かべながらその場でうずくまっている。


 ・・・。


「くそ、本当にどんくせえな」


 ゴロツキは男の子を見下ろしながらそう言う。このままだと延々と危害を加え続けるかもしれない。


 心苦しいが、見て見ぬふりだ。


 絶対に関わらない。


 そつなく生きる。それがなんの取り柄もない俺にふさわしい生き方なのだから。


「ーーっが!?」


 その矢先、ゴロツキのリーダー格が大きくよろめいた。


 ヤツの側頭部にに、木彫りのジョッキがクリーンヒット。残っていたエールもかぶり、顔から下もビシャビシャだ。


 ざまぁみろ。小さな子どもの虐待なんて、罰せられてしかるべきだ。


 そんなスカッとする一撃をくれてやったのは・・・まさかまさかの俺だった。


 傍観者を決め込もうとしたのと同時に、俺の中で何かが弾け、衝動的に客のエールを奪い取り、投げつけていた。


 男の殺意のこもった目つきと、店中の好奇混じった視線が俺に集中する。


「・・・てめぇ、死にたいらしいな」


 男は、大斧に手をかけ顎を上げて威嚇してくる。単なる脅しではなく、何をやらかすかわからないマジモンの瞳だ。


「いやぁ、すんません、手が滑っちまいましたぁ」


 と頭に手を置いてみるが、男は無言で斧を抜いた。


 やっちまった。今更ながらにことの重大さに気づき、足も産まれたての子鹿状態だ。


 アイツとやりあって助かる算段などあろうはずもない。助かる道はただ一つ。ウサミール相手に繰り広げた逃避行を、この広いリンゼルでもう一度やらねばならない状況だ。


 今度こそ、命がけで。


「・・・死ね」


 男は静かに呟き、俺との距離を一瞬で詰めた。


 振り下ろされる大斧。それを間一髪で飛び退いて躱すと、大斧が木張りの床に大きな穴を開ける。


「っ、あぶねぇな!」


 俺は反射的に客席にあったパイを掴み、大斧を抜かんと力む男に投げつけてやる。結果、またしても会心の一撃。どうだ、ゴンゾーラ氏特性のミートパイの味は。


 もう収拾つかん。さっきの子どもは、起き上がり、無事外へと駆け出していくのは傍目で見て取れた。あとは俺も逃げ出すだけだ。


 しかし、相手は三人。俺の意図を察したのか、入り口近くに一人が先回りし、俺の退路を絶ってくる。有り体に言って絶体絶命だ。


 思索の間もなく繰り出される大振りの横一閃。ガタイの良さに似つかわしくない、俊敏な動きだ。当たったら胴体は真っ二つのそれを、かろうじてしゃがんでやり過ごす。空振った斧は客席の皿やジョッキを薙ぎ払い、客から避難の声が上がる。


 一方で他の席のボルテージも上がってきた。歓声を上げる者もいれば余所でやれと騒ぐ者もいる。しかし、全員が全員、他人事だ。


 煩い。考えがまとまらない。焦りが徐々に俺を支配する。


「クソ不味いもん食わせやがって・・・!」


「んだよ、美味かったろ。シェフに言いつけるぞ」


「・・・てめえはことごとく俺の癇に触るな」


 大斧の男は浮かべた青筋をさらに隆起させる。


 俺も俺で、悪態をつくことでなんとか平静を装っているが、リアルな死が間近に迫ってきている。間違いなくジリ貧だ。


 理不尽な仕打ちばかりでこの世界の生を終えるのか。おまけに腹も空かせたまま、約束された賄いすらもありつけずにだ。


 大体なんだよ、あのミートパイが不味いわけないだろ。要らねえなら俺に食わせろよ。


 再び振り下ろされる斧を避けながら、俺はふと気がついた。


 もしかすると、もしかするかも。


 このままだとジリ貧だが、それにかけてみるのはアリかもしれない。


「いい加減、死んどけや!」


 横に飛退いて斧を躱すも、動きが鈍くなってきたことを自覚する。


「ーーガッ!?」


 気づいたときには、俺の身体はくの字に折れ、そのまま後ろに吹き飛んでいた。


 取り巻きの一人の足が、俺の腹に食い込んだのだ。接近に気づけず、蹴りをまともにくらっちまった。受け身もとれず、そのまま奥のテーブルに突っ込んでしまう。


「グッ・・・」


 肺の空気が足りず立ち上がれない。ここまで苦悶することになるなんて、今朝の俺は想像もしていなかった。


 奴らはニヤつきながらゆっくりとこちらに近づいてきた。


「手間かけさせやがって」


 リーダー格が、斧を大きく振り上げた。体が動かない。避けることはできないだろう。


 だが、俺にはまだ最後のカードがある。


 切り札になりうるのか正直わからない。それでも、使わなければ死は確定だ。


 運命を変えられるか。


 俺は、思いっきり息を吸い込んで、ありったけの声を張った。



「シェぇぇぇぇフゥぅぅぅぅぅうっ!!」



 残るすべてのエネルギーを使い切り、文字どおり死ぬ気で叫んだ。



「お客様からお料理がクソ不味いとのクレームでぇぇぇっっっっっっっす!!」


「んだとゴラァ!!どこのどいつだそのイモ野郎はァァぁぁぁぁあっっっ!!!!」



 ここまでコンマ数秒。あっさり目当ての獲物が釣れた!


 思惑どおり、顔中の血を沸騰させ、噴火しきった形相のゴンゾーラ氏が厨房から飛び出してきた。


「この俺様の料理にケチをつけるのは、どこのどいつだシシドウォォォォオオオオ!!!!」


 まさに100%中の100%の激情。お怒りに打ち震え、全身の筋肉が盛り上がり、吐く息にすら熱気をはらむゴンゾーラ氏に俺はビクつきながらゴロツキどもを指差した。


 そんな彼とゴロツキどもが対峙する形になる。


 よし、行け、シェフ。鉄拳制裁だ。


 そんなバトル展開を期待していたところ、ゴロツキどもを一瞥するや否や、氏の顔が一変した。


 ーー!?


 俺は思わず身震いした。


 絶対零度の冷えきった瞳。侮蔑の意思すら感じる。氏の放つ威圧感のギアが一つ上がり、俺は戦慄すら覚えた。


 一方、ゴロツキどもも同じだ。氏を確認した途端、その場にとどまり、明らかに氏のことを警戒している様子だ。


 ヒートアップ仕掛けていた野次馬どもも一斉に声を鎮めている。


「・・・またお前らか」


 氏は、頭に手を置きながら重い腰を上げる。


「ったく、お前らみてえのを半殺しにしないためにランツの野郎を雇ったってのによ。またぶん殴らねえとわからんみたいだな、ガジル」


 過去にもうひと悶着あった関係らしい。


 つーか、ホール兼キッチン兼用心棒ってどんだけ過酷な条件だったんだランツ君ーー!!


 ガジルと呼ばれたリーダー格は、静かに舌打ちしながら氏を睨めつける。


「俺らは何もしてねえぞ。そこのガキが先に俺らにちょっかい出してきたんだ。黙っててくれねぇかな、ゴンゾーラさんよ」


「どうせお前らが何かやらかしたんだろう。ギルド職員に暴力を振るった場合、ギルド員の資格剥奪だ。よっぽど職を失いたいみてえだな」


「チッ、見ない顔だと思ったが職員かよ。しつけがなってねえぞ」


「生憎と俺はしがないコックでな。教育は俺の職務に入っていない」


 視線が交錯し、爆ぜる。


「おめえらみたいのは、性根から叩き直さないといけねえ。ギルドもこんなに荒らしやがって。覚悟、できてんだろうな」


 ゴンゾーラ氏が指を鳴らし、臨戦態勢に入る。


 ラウンドワン、ファイッ・・・!


 と、なりそうなところで、バンッ、と大きな音が鳴り響いた。


 入り口だ。皆の視線がそちらのほうへと一斉に向く。


「たっだいまー」


 場にまったくそぐわない、元気溌剌なメゾソプラノが響く。我らがギルドマスターのご帰還だった。


「さあお仕事お仕事・・・って、何がどうなればこんな状況になるんだい!?」


 今度は悲鳴にも似た高い声。ひっくり返った椅子とテーブル。散乱した食器りおまけに中央で睨み合う屈強な男たちに野次馬ども。困惑するのも無理はない。


「しゅ、修理費、どれだけかかるんだろう。ギルド、持つかなぁ・・・」


 最底辺のテンションにまで落ち込んだクルルは卒倒しかねない面持ちだ。


 死んだ目で周囲を見渡していたが、ようやくそこで店を荒らした張本人どもが誰か気づく。


「・・・ガジルか」


 そう呟くや、クルルは長い両の耳をピンと立てた。


「またアンタなんか。厄介ごとを持ち込んだら依頼は回さないって前に伝えたと思うんだけれど」


「生憎と、今日は酒を飲みに来たんだよ。そしたらこのガキがいきなり俺にジョッキを投げつけてきやがった。見ろよ、血が出ていやがる。おまけに服もエールとパイまみれときた。ギルド員に乱暴を働くなんて、責任者としてどう落とし前をつけるつもりなのか、教えてもらいてえんだがな」


「そいつは悪かったね。でも逆に聞くけど、このアンタが空けたと思しき床の傷、壊した食器の数々、そんでもって修理の間の営業補償、どうしてくれるんだい。そっちがその気なら、こちらもきっちりと請求させてもらうよ」


 場馴れしているのか、クルルはゴロツキ相手にも怯むことなく道理を説いた。


「それとも、わかりやすくコッチで白黒つけるか?お前ら程度じゃ俺たちに天地がひっくり返っても勝てやしないだろうけどな」


 と、パンパンに張った二の腕を叩く氏。それに追随してクルルもまた肩を回した。見た目はか細いが、どうやらギルドマスターは荒事を解決する力もあるらしい。


 事実、ガジルは苦虫を噛み潰したような顔をして、特に言い返すこともしない。取り巻き二人も顔を見合わせ、ガジルの判断を待っているようだ。


 しばしの間、沈黙が続いた後、ガジルがようやく口を開いた。


「・・・ギルドマスターとことを構える気はねえ。引き下がってやるよ。今日はな」


 殊更に今日は、と強調して俺を一瞥しながら去っていく。そのまま入り口の方へと向かい、ギルドの扉を激しく蹴破って外へと姿を消していった。取り巻き二人も、足早にガジルに駆け寄り、一緒になってギルドの外へと出ていった。


「た、助かった」


 安堵感から緊張の糸が切れ、俺はそのままヘタレ混んだ。


「すんません、シェフ。クルルも助かったよ」


 俺は二人に謝意を示した。二人がいなければ、まず間違いなく胴体を真っ二つにされていたろう。


 ふひぃ。息を抜いたところで、俺は危機が過ぎ去っていないことに気がついた。


 クルルがすんごいこっちを睨んでる。ゴンゾーラ氏に至っては、ガジルに向けていた闘気をそっくりそのままこちらに投げつけてきていた。


「おい、シシドウ」


 はい、なんでしょう、マスター・ゴンゾーラ。


「・・・っんの、馬鹿野郎が!!!!」


 んがっ!?


 ゴンゾーラ氏の拳を脳天で受け止め、俺の意識は星の海の中へと旅立つことになった。

ようやく第4話です。

更新ペースが落ちそうですが、小説1巻分位の量は年内にかけるといいな。

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