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後編

『それは魔法使いと魔物の物語り・前編』を読んでいただき、ありがとうございます。

この後編を読んでもらえる事がとても嬉しいです。

どうか、最後までお付き合いください。

「ちっ!」

 第壱七魔法小隊の隊長『アパロプテロン・ファミリアレ』は舌打ちをした。

「(ったく、冗談じゃねーぞ!クソがっ!!)」

 彼女は可愛らしい見た目とは裏腹に心の中はどす黒く渦巻いていた。

 この『ロクシア・クルウィオストゥラ捜索任務』を言いつけられて何日たっただろうか?

 任務を打診されたときは

「はぁ~い、頑張ります」

 なんて可愛く引き受けたが今はその時の自分を殴ってやりたい気分だ。

 その時はこんなに長くかかるとは思っていなかった。

 がれきから間抜けな小娘の死体を引きずり出して持って帰る。

 そうすれば任務完了で上司の評価が上がる。

 ついでにムカつく先輩の『フリンギッラ』に恩を着せられる。

 そう考えていた。

 それがどうだろうか?

 捜索を開始してもう何か月もたつ。

 それなのに手掛かり一つ見つけられずにいる。

 おかげで上司からせかされてしまった。

 それどころか

「他の隊に任せた方が良いのでは?」

 と言う意見まで出てしまった。

 こんなのは屈辱の極みだった。

「(それもこれも全部あのクソアマのせいだ!!)」

アパロプテロンはフリンギッラの事を呪った。


「隊長!」

「ああん!何だよ!!見つかったのか!!!」

「い、いいえ……」

「だったら戻って来るんじゃねぇよ!」

「すみません、しかし……」

「しかし?しかし何だよ!?」

「こ、ここから先は魔物の頻出地帯なので部隊をまとめた方が良いかと……」

「ちっ!だったらさっさと集めろよ!!」

「は、はい」

そんなやり取りの後アパロプテロンの部隊は密集隊形をとった。

「(この任務が終わった暁にはあの女に目にもの見せてやる!)」

 アパロプテロン率いる第壱七小隊は森を進んだ。

 木々が密集する森での視界は最悪だった。

 おまけに時期が時期だから湿気が高くて蒸し暑い。

 ハッキリ言って、不快この上なかった。

 一行は方向感覚を失いかけながら森の中を蛇行した。

 土にしっかりと足跡を付けながら。


「……」

 一行は誰が言うでもなく立ち止まった。

 何かが変だ。

 さっきから視線をずっと感じる。

「警戒態勢っ」

 アパロプテロンは一同に指示を出した。

 全員は四角い陣形を取り、四方を警戒した。

「……」

 一行は数分、その状態で居た。

 時間的には五分も経過していないだろう。

 しかし、それは体感で何十分にもなっていた。

 アパロプテロンの顔を汗が伝って落ちた。

 その時。

 ガサガサッと草が動いた。

 一行は思わずその方向を凝視した。

 居たのは鹿の親子だった。

「なんだ、驚かすなよ」

 そう言ってアパロプテロンが警戒態勢に戻ろうとした時

「ん?」

「(何だ?)」

 何かがおかしかった。

 アパロプテロンは振り返った。

「な!?」

 何と一人足りないではないか。

 部下の一人がほんの数秒の間に消えたのだ。

「敵襲!」

 アパロプテロンはとっさに判断した。

 これは敵が近くにいるに違いない。

 さっきまでは

『近くに敵が居るかも知れない』

 だったが、今は違う

『間違いなく敵が居て、自分たちを攻撃をしてきている』

 に変わったのだ。

「ボサッとすんな!」

 アパロプテロンの声で緊張はピークに達した。

「(どこだ?どこに居やがるんだ!?)」

 アパロプテロンは周囲を見回した。

 しかし、そこにあるのは緑の木々だけだった。

 まるで、森全体が自分たちを狙っているようだった。

「ハァーッ、ハァーッ」

 アパロプテロンは深い呼吸をした。

 こんなプレッシャーは生まれて初めてだ。

 気が変になりそうだった。

 と、その時。

 強い敵意を感じて一行はそちらに目を向けた。

 向けてしまった。

 そこには何も居なかった。

「ガチガチガチッ」

 恐怖のあまりアパロプテロンの歯が鳴った。

「……」

 背中を冷たい汗が伝った。

 嫌な予感がしてアパロプテロンはチラリと部下が居たはずの方向に目を向けた。

 さっきまで居たはずの部下がまた一人消えているではないか。

「あああぁぁぁ!!」

 アパロプテロンの部下『エンベリーザ』はパニックを起こして辺り構わず殴って回った。

「落ち着け!」

 アパロプテロンは部下を止めた。

 敵はほとんど何もしていないのに、こっちはどんどん追い詰められて行く。

 こんな一方的な戦いがあるだろうか?

「で、ですが隊長!」

「落ち着け!このままじゃ敵の思うつぼだぞ!?」

 アパロンプテロンは部下の肩を掴んだ。

 アパロプテロンの真剣な目を見てエンベリーザは冷静さを取り戻した。

「す、すみません」

「二人になったけど、この場から離脱するぞ」

「はい」

「あたしは後ろを見るからお前は前を見ろ」

「はいっ!」

 二人は森から出る事を選んだ。


「……」

 二人は緑の地獄と化した森を歩いていた。

 走らなかったのは体力を温存するためだ。

 だが、二人は走りたくてたまらなかった。

 こんな場所は一秒でも早く出たかった。

「隊長、居ますか?」

 エンベリーザは後ろに居るであろうアパロプテロンに声を掛けた。

「居るよ」

 アパロプテロンもエンベリーザもお互いがちゃんと居るか心配でたまらなかった。

 しかし、うっかり振り返れば敵に奇襲をかけられる。

 その為エンベリーザは前を、アパロプテロンは後ろを見続けていた。

 そのせいでお互いの姿を確認出来なかったのだ。

「隊長!」

「居るよ!」

 こんなやり取りが何回も繰り返されていた。


 二人が撤退を開始してから、二十分が経とうとした頃に事態が動いた。

 ドスンッと重い音が二人の間で起きた。

 アパロプテロンは振り向きそうになったが精神力で後ろを見続けた。

 だが、エンベリーザの声がした。

「隊長!前を見て下さい!!」

 その声でアパロプテロンは振り返る事を決意した。

 するとどうだろうか?

 二人の間に一体の魔物が居るではないか。

 それもただの魔物ではない。

 今まで確認された事の無い型だ。

「何……だ……?こいつ」

 アパロプテロンは目を疑った。

 その魔物は全身が黄緑色の装甲に覆われた大きさ二メートル程の巨体だった。

 頭には紅い目が二つと紫色の大きな目が一つ付いていた。

 正体不明の魔物だった。

「コイツが……皆を……」

 エンベリーザの中に殺意が芽生えた。

 アパロプテロンはそれを察知した。

「待……」

 アパロプテロンが止めようとしたが、もう遅かった。

「うおおおぉぉぉ!」

 エンベリーザは怒りに任せて敵に突進した。

 彼女の魔具はナックルバスターだ。

 殴って殺すのが彼女の戦法だ。

 しかし彼女の攻撃は合体したロクシアたちには届かなかった。

 ロクシアは銃剣でエンベリーザをなぎ倒した。

 殴り飛ばしたと言っても過言ではない。

「つ……あ……」

 エンベリーザは木に叩き付けられて気絶した。

 残されたのはアパロプテロンただ一人だった。

 ロクシアはアパロプテロンを見た。

 この魔法使いが小隊長だろう。

 前に何度か見た事がある。

「……」

 アパロプテロンもロクシアを見ていた。

 だが、次の瞬間アパロプテロンは背を向けて走り出した。

 ロクシアはあまりの出来事に一瞬遅れたが、すぐに後を追った。

「(畜生!あんなのありかよ!)」

 走りながらアパロプテロンは必死に考えた。

 どうやったらあの魔物に対処出来るだろうか?

 だが、頭が混乱して良い案が出てこない。

 当てもなく走り続ける事しか出来なかった。

 しかし、現実は非情だった。

 アパロプテロンはあっけなく追い付かれてしまった。

「……」

 アパロプテロンは愛用の三一式魔導槍を構えた。

 周囲は開けていて、隠れる場所は無かった。

 一見するとアパロプテロンが追い詰められているように見えた。

「……」

 アパロプテロンの意図を察したようにロクシアも武器を構えた。

 二人はにらみ合いの状態になった。


 先に仕掛けたのはロクシアだった。

 ロクシアは巨体に似合わない俊足でアパロプテロンに接近した。

 そして、その勢いのまま五六式魔導銃剣を叩き付けた。

 アパロプテロンは剣を受けなかった。

 この一撃は受けきれないと判断したからだ。

 その代わり、剣戟をギリギリでかわした。

「もらった!」

 アパロプテロンは槍をロクシアの胸の中心に目掛けて突き出した。

 これが決まれば確実に相手を仕留められる。

 必殺の一撃は一直線にロクシアに突き進んだ。

 だが、それがロクシアに致命傷を与える事は無かった。

 ロクシアがアパロプテロンを蹴り飛ばしたからだ。

「ごあ……」

 アパロプテロンはみぞおちの痛みに耐えて着地した。

 だが、彼女はただ無様に蹴りを食らったのではない。

 蹴られながら槍に魔力を込めていたのだ。

 アパロプテロンは槍に溜めた魔力をロクシア目掛けて解放した。

「シュート!」

 アパロプテロンの桃色の魔力がロクシアに迫る。

 ロクシアには魔力を溜める時間なんてなかったはずだ。

 今度こそこれで奴を殺せる。

 アパロプテロンは勝利を確信した。

 しかし、その確信は再び裏切られた。

 なんとロクシアが銃剣から魔力を放出し魔法攻撃を打ち消したのだ。

「そんな!バカな!」

 アパロプテロンは信じられなかった。

 こんな芸当が出来たのはカウノのおかげだった。

 カウノと合体したロクシアの魔力量は通常時よりかなり増大していた。

 その大量の魔力を魔具に送り込めば、短時間で十分に充填出来る。

 その結果、アパロプテロンの魔力を打ち消す事が出来たのだ。

「畜生っ!」

 アパロプテロンは毒づいた。

 しかし、その目はまだあきらめていなかった。

 どんな状況でも執念を発揮する。

 それが彼女を小隊長にした要因の一つだった。

「てやぁっ!」

 今度はアパロプテロンから仕掛けた。

 アパロプテロンはロクシアの攻撃をギリギリでかわせる。

 だから、正面から突っ込めた。

「はぁっ!」

 ロクシアは今度は横薙ぎの攻撃を繰り出した。

 これなら避けられる事は無いだろう。

 そういう判断からだった。

 しかし、アパロプテロンは跳んでこれを回避した。

 戦闘経験ではロクシアよりもアパロプテロンの方が一枚上手だ。

「くたばれぇ!」

 アパロプテロンは空中でロクシアに槍を突き出した。

 だが、それはロクシアが身体をのけぞらせた事で回避された。

 しかし、アパロプテロンの顔は笑っていた。

 槍は囮だったのだ。

 アパロプテロンの鋭い蹴りがロクシアのがら空きになった胴に決まった。

「か……は……っ」

 ただの蹴りでも魔法使いの蹴りは強力だ。

 ロクシアは痛みのあまり体勢を崩した。

 アパロプテロンはこの瞬間を逃さなかった。

 着地すると同時に足を踏ん張ってロクシアのみぞおちに拳を叩き込んだ。

 そしてそのついでにハイキックをお見舞いした。

 力では確かにロクシアの方が勝っていた。

 しかし、テクニックや経験においてはアパロプテロンに分があった。

 ロクシアは猛攻を受けて気絶した。

「ハァッ……ハァッ……」

 アパロプテロンは肩で息をした。

「(危なかった)」

 勝負は一瞬で着いた。

 しかし、ロクシアもアパロプテロンもギリギリの戦いだった。

 一歩読み間違えていたら、倒れているのは逆だったかもしれない。

「早く……止めを刺さないと」

 アパロプテロンは槍を拾うと魔力を充填し始めた。

 自分の持つ最強の一撃をロクシアに叩き込むつもりなのだ。

 確実な安心のために。

「これが…あたしの…全力……全開!」

 アパロプテロンはロクシアに砲身を向けた。

 至近距離だった。

 これを食らえば間違いなくロクシアはミンチになる。

「シュゥゥゥトォォォオオオ!!!」

 アパロプテロンは魔力を解放した。

 その直前、ロクシアの腕が動かされた。

 そして腕はアパロプテロンの槍をそらした。

「な……っ!」

 魔力はロクシアに当たらず、彼方へと飛んで行った。

 だが、ロクシアが意識を取り戻したのではない。

 彼女はいまだに気絶したままだった。

「何なの?……コイツ!」

 アパロプテロンは絶句した。

 なんとロクシアの身体が立ち上がろうと動き出したのだ。

 しかし、その動きは明らかにぎこちなかった。

 まるで操り人形のようなのだ。

「『何なの?』だぁ?」

 ロクシアから別人の声が聞こえた。

 今、アパロプテロンの相手をしているのはロクシアではない。

 その正体は、ロクシアと共に戦っていた者だ。

「誰だって良いだろ?」

 紫色の大きな目玉がアパロプテロンをにらんでいた。

 そう、相手はカウノだった。

 カウノはロクシアの身体を動かしてアパロプテロンに切りつけた。

 下から上にすくい上げる一撃はアパロプテロンのわき腹にめり込んだ。

 幸い、刃の向きが悪くてアパロプテロンは腰から下を失う事を免れた。

「ごあ……っ!」

 しかし、その一撃は彼女の内臓にダメージを与えるには十分な威力を持っていた。

「ぐっ……くそっ!」

 アパロプテロンはとっさに後方に跳んだ。

 ダメージを食らったが内臓破裂までは行っていない。

 目の前の化け物もまだ自由には動けないようだ。

「ふんぬぅぅぅううう!」

 カウノはロクシアの身体を立ち上がさせようとあがいた。

 しかし、操り慣れない他人の身体を動かすのだ。

 その様は生まれたばかりの小鹿のようだった。

「(今、殺さなきゃダメだ!)」

 アパロプテロンはそう直感した。

 そう思った時には魔力を槍に送り込んでいた。

 魔力加圧気が低音を立てて回転していく。

「ハァ……ハァ……」

 魔力を送り込む間もカウノは少しずつ立ち上がっていく。

 カウノが立ち上がるのが先か、アパロプテロンが魔法を打つのだ先か。

 ほんの数秒が待ちどしくてたまらなかった。

「(早く!早く!!)」

 アパロプテロンは焦る気持ちを抑えて魔力を供給した。

 一秒でも早くぶっ放したかった。

 しかし、魔力が足りなかったら相手を殺せない。

「(早くしろ、あたし!)」

 カウノが立った。

 アパロプテロンと目が合った。

 同時に魔力の充填が終わった。

「よしっ!来たっ!」

 アパロプテロンは嬉しくてたまらなかった。

 もう我慢の必要は無い。

「シュートォオ!」

 桃色の魔力がカウノに襲い掛かる。

 だが、またもや彼女の魔法は決まらなかった。

 魔法はカウノの『赤い魔力』に防がれてしまったからだ。

「赤い……魔力……?」

 アパロプテロンは目を疑った。

 赤い魔力なんてありえないからだ。

 実は魔力には濃度があり、それが高まると濃い赤になる。

 アパロプテロンには桃色の魔力がせいぜいだった。

 赤い魔力なんて一部のトップクラスの魔法使いが扱うだけだった。

 だが、驚くのはまだ早かった。

 カウノが発生させた魔力が手のような形となり、アパロプテロンを攻撃し始めたからだ。

「っ!」

 アパロプテロンには信じられなかった。

 今、カウノは魔具を使わないで魔法を行使した。

 そんなのは通常あり得ない事だ。

 魔力は魔具で圧縮してその反動で発射するものだ。

 ウォーターガンのような原理だ。

 それなのに、カウノはそれ抜きで魔法を使っている。

「おらぁっ!」

 アパロプテロンはとっさに赤い手をよけた。

 魔力は直進しかしないから、これで大丈夫なはずだった。

 だがしかし、大丈夫ではなかった。

 アパロプテロンを素通りした魔力が方向を変えたのだ。

「!?」

 アパロプテロンはそれに対処出来なかった。

 高密度の魔法攻撃を受けたアパロプテロンには、もう戦う力が無かった。

「終わりだな」

「あんた、本当に何者なの?」

「さぁな、答える義務はないさ。お前はもう……」

「やめて!!」

 アパロプテロンに止めを刺そうとしたカウノの動きが急に止まった。

 そして、身をよじって苦しみ始めた。

「お願い!こんな事しないでカウノ!!」

「何言ってんだお前は!分かってんのか?コイツを生かしてたら……」

カウノと意識を取り戻したロクシアは敵をどうするかで争った。

その時『ドスッ』と言う音がロクシアの腹部から聞こえた。

見るとロクシアにアパロプテロンの槍が刺さっている。

それが分かった瞬間、激痛が走った。

「ハァーッ!ハァーッ!」

 アパロプテロンはロクシアをにらんだまま魔力を溜めていた。

 この状態なら、絶対に外さない。

「これがあたしの『超・全力全開』!」

 カウノは痛みをこらえて槍を引き抜いた。

 傷口からは血があふれ出した。

 それと同時に、アパロプテロンは魔力を解放した。

「シュゥゥゥウウウトォォォオオオ!!!」

 桃色の魔力の波が木々をなぎ倒した。

 地面はえぐれ、空気が割れた。

 アパロプテロンの最強の一撃だ。

「……」

 シリンダー内の魔力が無くなってもアパロプテロンは構えを崩さなかった。

 あれだけの攻撃を防いだ相手なのだ。

 まだ反撃してきてもおかしくない。

「……ちっ」

 アパロプテロンは舌打ちをした。

 そこにはロクシアの姿は無かった。

 それはロクシアたちが逃げたからだった。

 アパロプテロンはそれが分かるとエンベリーザを探した。

 エンベリーザは幸い気絶しているだけで深い傷は負っていなかった。

 行方不明だった残り二人の部下も森の中で生存が確認出来た。

 あれだけの戦闘だったにも関わらず、第壱七魔法小隊は全員生還した。

 この結果を『勝ち』と見るか『負け』と見るかは人次第だ。

 しかし、少なくとも緑の国の上層部は重く受け止めていた。

『魔法小隊を一体で壊滅させられる魔物』

 と言う報告はたちどころに軍を震撼させた。

 今まで、魔法使いが現れれば蜘蛛の子を散らすように逃げていた魔物。

 それがある日突然、牙をむいたのだ。

 しかも、かなりの戦力で。

 この反応は当然と言えば当然だった。

「ハァッ!ハァッ!!」

 アパロプテロンの攻撃を回避したロクシアたちは夜の森を走った。

 目標は『第五の群れ』だ。

 そこには魔物の医者ニッポニアが居る。

「ハァー!ハァーー!!」

 ロクシアたちの腹からは止めどなく血が流れた。

 その血がカウノの物なのかロクシアの物なのかは分からない。

 だが、命の危機にあるのは確かだ。


「……」

 ニッポニアはたき火の前で座禅を組んでいた。

 たき火には鍋がかけられ、湯を沸かす準備が進められていた。

「ニッポニア様、まだ寝ないのですか?」

「おそらく、今夜は眠れないでしょう」

「なぜですか?」

「急患が来るからです」

「怪我人なんて居ませんよ?」

「……今、来ました」

 ニッポニアはそう言うと目を開いた。

 と、同時にカウノたちが駆け込んで来た。

「ニッポニア!」

 カウノたちはそこまで言うと合体を解除した。

 限界に達したのだ。

「来ると思っていたぞ。さあ、傷を見せろ」

 ニッポニアは手早くロクシアとカウノの傷の具合を確認した。

 どちらも深手を負っていたが致命傷にはなっていない。

 急げば二人とも助けられる。

「今から『処置』を開始します」

 ニッポニアは煮沸消毒した糸と縫い針を取り出した。

 魔物の世界には麻酔なんてないから二人に痛み止め代わりに『蒸留酒』を与えた。

 処置はニッポニアの予想通り夜を徹した。

 しかし、彼はやり切った。

 ロクシアとカウノの命を救ったのだ。

 ロクシアたちの初陣は激しい痛みと大きな傷痕を残して終わった。

 魔法使い達は魔物に対する姿勢を強固なものにしていった。

 今まで以上に魔法使いに国費を費やすようになった。

 いわゆる『軍備拡張路線』に入ったと言うわけだ。

『一体で魔法小隊を壊滅させられる魔物がもし、何体も居たら?』

 その恐怖と不安が人々を駆り立てていた。

 本当はロクシアとカウノのような存在は一組しか居ないのに。

 人々の憶測はどんどん暴走していった。

 ロクシアたちの討伐部隊が何度も派遣された。

 傷が癒えたカウノたちもそれに何度も応戦し撃退した。

 しかし、戦っても戦っても平和が来る事は無かった。

 勝てば勝つほど強い敵が現れた。


「ディノールニス、頼みがある」

 カウノとロクシアは魔物の魔道師『ディノールニス』を訪ねた。

 合体は本来、彼が研究・開発した。

 だから『より強力な合体』を授けてもらえるかもと考えたのだ。

「……」

 ディノールニスは相変わらず、天体望遠鏡で夜空を見ていた。

 どうやら『オリオン座』の方角を見ているようだ。

 ディノールニスは振り返った。

「遅いぞ」

「へ?」

「もっと早くに来ると思っていた」

「いや、あんまり頼り過ぎるのも良くないかと思って……」

「『時間が無い』と言っただろう!」

「だから『時間が無い』って何の事だよ?」

「……」

 ディノールニスはカウノの質問に答えもせず『乳白色の球形の石』を差し出した。

「何だこりゃ『愚者の石』じゃないか」

「『愚者の石』は魔力を発生させない出来そこないだと思われているが、そうではない」

「そうなのか?コイツも魔力があるのか?」

「そうだ。ただし、合体していない魔法使いには扱えない。だからゴミだと思われておる」

「でも、俺たちなら扱えると?」

「そう言う事だ」

 ディノールニスから新しい魔石を受け取ったカウノたちは新たな合体を研究した。

 魔石が二つになったから、単純計算で出力が二倍になった。

 つまり、より強大な合体形態が実現出来ると言う事だ。


 二人が鍛錬に入ってから、月日が流れた。

 蝉の姿は消え、鹿や猪が太るべく忙しくするようになった。

 そんなある日、二人の前にある魔法使いが立ちはだかった。

「初めましてだな!エックス!!」

 その魔法使いは部下を連れてはいたが一人で立っていた。

 いわゆる『決闘』のかたちをとっていた。

「何かアイツ見た事があるぞ?」

 カウノには相手の魔法使いに見覚えがあった。

「当たり前でしょ!」

 ロクシアがツッコミを入れた。

「何でだ?」

「だってあれ『イルンド・ルスティカ』だよ?」

「イルンドってあれか?特一級魔法使いの」

「そうだよ!」

「なるほど。って事は『切り札』って事か」

 カウノの中では『危機感』よりも『この戦いで得られる物への期待』の方が大きかった。

 この戦いに勝利すれば、魔法使いは当分の間は手出し出来なくなる。

 つまり、待ちに待った平和がやって来るのだ。

「気合い入れていくぞ。ロクシア」

「うん、行くよ」

 ロクシアとカウノは愚者の石の力を解放した。

 実戦で使う初めての『合体第二形態』だ。


 イルンドは少し驚いた。

 目の前の『通称エックス』の姿が変わったからだ。

 今の姿は巨大な花のようだった。

 黄緑色の巨大な八枚の花弁の中央に人型の魔物が『めしべ』のように居る。

 なるほど、これが向こうの『隠し玉』と言うわけか。

「ならばこちらも参らせてもらう」

 そう言うとイルンドは背中の『魔力貯蔵槽』を解放した。

 すると、イルンドの身体が紅色に発光し始めた。

 イルンドは背中の魔力貯蔵槽に溜めた魔力を解放する事で一時的に能力を強化出来る。

 これがイルンドの切り札『スサノオ』だ。

「では、行くぞ!」

 スサノオを発動させたイルンドは愛刀『風神』と『雷神』を構えてロクシアに突撃した。

 その速さはいつぞやのアパロプテロンとは比べ物にならないほどだった。

「ハァッ!」

 イルンドの鋭い斬りおろしがロクシアに迫る。

 だが、ここまでの戦いで成長したロクシアにとってこの程度は何でもない。

 難なく銃剣で受け止めた。

 だが、イルンドの攻撃はこれで終わりではない。

 左手に持った『雷神』が閃光のような突きを繰り出した。

 目標はロクシアの喉元。

 刀はロクシアに突き刺さるかと思われた。

 しかし、巨大な花弁のようになったカウノの触手に防がれてしまった。

「ちぃっ!」

 イルンドは反撃をかわすと素早く距離をとった。

 そのイルンドに対してロクシアは銃剣に溜めて置いた魔力を解放した。

 桃色の魔力がイルンドに突進した。

「甘いっ!」

 イルンドは身をよじると、魔法攻撃を紙一重で回避しその体制のままロクシアに迫った。

 イルンドには飛び道具が無いのだ。

 魔力で自分の身体能力を極限まで高めて接近戦をするのが彼の戦い方だ。

「でやぁぁぁあああ!!」

 イルンドは渾身の力を込めてロクシアに斬りつけた。

「はっ!」

 ロクシアもそれにわずかに遅れたが対処した。

 速さで攻めるイルンドとパワーで有利なロクシア。

 一瞬の隙が生死を分ける戦いが続いた。

 しかしロクシアはこの時、気付いていなかった。

 愛用の五六式魔導銃剣が悲鳴をあげつつある事に。

「てやぁぁぁあああ!!」

 ロクシアはありったけの魔力をシリンダーに送り込んだ。

 だがその時、ビキンッと言う何かが割れる音が響いた。

 見ると五六式魔導銃剣にひびが入っているではないか。

 ひびからはロクシアの送り込んだ魔力が漏れ出ている。

 度重なる戦いと強すぎる魔力が原因で五六式魔導銃剣が限界を迎えたのだ。

「うそ……でしょ……?」

 五六式魔導銃剣が使えなくてはロクシアは魔法が使えない。

 つまり、遠距離からの牽制技が無くなってしまったのだ。

 ロクシアは絶望した。

「もらったぁ!!」

 イルンドはこの隙を見逃さなかった。

 厄介な飛び道具が無くなったのだ。

 絶好のチャンスだ。

「ぼやっとすんな!」

 カウノの言葉でロクシアは我に戻った。

 ロクシアは必死にイルンドの剣戟を防いだ。

 しかし、スピードではイルンドに分があった。

 ロクシアには防ぐだけで精一杯だった。

「ちぃっ!」

 カウノはとっさにイルンドから距離をとった。


「なぁ、ディノールニス」

 カウノとロクシアの様子を見ていたキクロは隣のディノールニスに訊ねた。

「何だ?」

「何か、アイツら動きが鈍くねぇか?」

「ふ~む」

 キクロの言う通り、カウノたちは確かに動きが遅く見える。

 イルンドに機動力で少しずつ押されつつあるように見える。

「アイツら魔石が二つになって強くなったんじゃねぇのか?」

「……分からん……」

「『分からん』じゃねぇよ!お前がやったんだろうが!」

「理論上は強くなったはずなのだ。なのになぜ押される?」

「あのぅ……」

「ん?どうしたんだ?クセニ」

「カウノさんとロクシアさんがバラバラに戦ってるからダメなんじゃないでしょうか?」

「バラバラ?」

「はい、一見すると二人は共に戦ってるように見えますけど本当はバラバラなんです」

「つまり『カウノは魔力を供給する事に集中しろ』って言いたいのか?」

「まぁ……『しろ』までは言いませんが……」

「だがどうするよ?どうやってアイツらにそれを伝える?」

「……僕……」

「あ?どうしたクセニ?」

「僕が……伝えて来ます……!」

「お前、何言ってんだよ!死にてぇのか?」

「でも、誰かが行かなくちゃカウノさんが死んじゃいます!」

「状況を見ろ!あの戦いの中に入って行ったらミンチにされちまう!!」

「大丈夫です!僕、小さいし身軽ですから」

「お前……本気なのか……?」

「僕……カウノさんに生きてほしいですから……」

「……分かった。そこまで言うなら俺たちも全力で援護する!」

「俺たち?」

「当たり前だろ?コイツだけに危ない橋を渡らせれらるか!」

「ありがとうございます!キクロさん、ディノールニスさん」

「ただし、ヤバイと思ったらすぐに引き返せよ?」


「どうしたのカウノ?反応が遅いよ?」

「分かってるよ!」

 カウノとロクシアは焦りを感じていた。

 自分たちの魔力はイルンドを上回っているはずだ。

 なのになぜ押されるのか?

 最初は対等に渡り合っていたはずなのに。

「そこだ!」

「しまった!」

 機動力を武器にしたイルンドの攻撃でロクシアのガードに隙が出来た。

 この状況ではカウノも補助に入れない。

 ロクシアの脳裏に『死』がよぎった。

「斬り捨て、御免!」

 イルンドの刀がロクシアの頭を両断しようとしたまさにその時。

「む?」

 煙がイルンドの視界を遮った。

「ええい、水入りか!」

 イルンドにはこれが何者かの妨害である事がすぐに分かった。

 仕方なく、イルンドはロクシアから距離をとった。

 視界がゼロでは戦えない。

「何だ?こりゃ」

「カウノさん!」

「クセニか?」

「はい、伝えたい事があるんです!」

「何やってんだよバカ!帰れ!!」

「話を聞いて下さい!」

 クセニは必死にカウノを説得した。

 煙が晴れるまでに新しい合体の事を伝えなくてはいけない。


「……」

 イルンドはロクシアから五十メートルほど離れて様子をうかがっていた。

 今は、部下たちに風上を調べさせている。

 煙を消させるためだ。

「隊長、風上に焚き木の痕跡がありました」

「やはりか」

 イルンドは薄れゆく煙を見つめていた。

 その中に動く影が見える。

「そこだ!」

 イルンドは影に向かって一直線に走った。

 魔力貯蔵槽の残量も半分を切った。

 つまり、時間が無いのだ。

「でぇやぁぁぁあああ!!!」

 イルンドは影の主に斬りつけた。

 彼の最速の一撃が空を切った。

 そこには誰も居なかった。

「なんと!?」

 イルンドは驚きを隠せなかった。

 一瞬にして影が消えたからだ。

 間違いなく、そこには何者かが居たはずなのに。

「!?」

 視線を感じてイルンドは振り向いた。

 そこにはカウノと合体したロクシアが立っていた。

 脇にはクセニを抱えている。

「何だ?その姿は?」

 イルンドは思わず訊ねた。

 ロクシアの姿が大きく変わっていたからだ。

 だが、もちろんロクシアが答えるわけが無かった。

 ロクシアたちはさっきまでの巨体から二メートルくらいの人型になっていた。

 手には五六式魔導銃剣ではなく刃渡り二メートル弱の黒い刀が握られていた。

 その刀はカウノの身体の一部をありったけの魔力で強化させて作ったものだった。

「……姿は大きく変わったが……貴様は間違いなく『エックス』だな」

 その目を見てイルンドは確信していた。

 それは命のやり取りをしていた者だけが通じ合えるものだった。

「何かは知らんが、手加減はしないぞ」

 イルンドはロクシアに向き直り、風神と雷神を構えた。

 と、その瞬間。

「な……っ!」

 イルンドの喉元にロクシアが黒い刃を突き付けていた。

 約五十メートルの距離をまばたきする間に詰めたのだ。

 イルンドは反応できなかった。

「もう終わりにしよう。これ以上の戦いは無意味だ」

 ロクシアの目が言っていた。

 『合体第三形態』の能力はスサノオを発動させたイルンドを上回っていた。

 まだ一撃も戦っていないが、実力の差はハッキリしていた。

「私に『退け』と言うのか?」

 イルンドの奥歯がくやしさでギリッと鳴った。

 彼には『緑の国・最強の魔法使い』のプライドがあった。

 それが今、傷付けられている。

「この程度の脅しで、私が退くと思うのか!?」

 イルンドはロクシアの忠告を無視して戦闘を再開しようとした。

 このまま戦えばおそらく彼は死ぬだろう。

 その時

「隊長!ここは退いて下さい!!」

 彼の部下が止めに入った。

「生き恥をさらせと言うのか!?」

 イルンドは刺し違えてでもロクシアを倒すつもりでいた。

「隊長を失えば国が揺るぎます!」

 イルンドは特一級魔法使いとして緑の国の頂点の一角だ。

 彼が居なくなれば国防が危うくなる。

「今はこらえて下さい!生きていればまた再戦のチャンスがあります!!」

「……」

「隊長っ!」

「ええいっ!」

 イルンドは臥薪嘗胆の念で刀をおさめた。

 ロクシアもそれ以上は手出ししなかった。

「しんがりは我々が!」

「済まん!」

 そう言うとイルンドは『緑の国』へと帰って行った。

 彼の部下たちはロクシアの追撃からイルンドを守る為にその場で警戒していた。

「……帰るか」

「うん」

 だが、ロクシアたちもこれ以上戦うつもりは無かった。

 力の差は示した。

 つまり、やるべき事を果たしたのだ。

 ロクシアたちはその場から一瞬で消えた。

 クセニもいつの間にか居なくなっていた。

 あとに残されたイルンドの部下たちはしばらくその場で臨戦態勢を維持していた。


 最強の一角であるイルンドが撃退されたニュースは緑の国に衝撃を与えた。

 現代で言うならば『核弾頭が利かない敵が現れた』のと同じだ。

 緑の国は全ての魔法使いを含む軍を集結させ守りを固めた。

 そして守りを固めたのは緑の国だけではなかった。

 九つの国が穴熊を決め込んで防壁の中に引きこもった。

 この結果に魔物の多くは大いに喜んだ。

『もうこれで生活を脅かされる事は無い』

 そう思っていた。

 しかし、そうは考えてはいない魔物も居た。

 カウノもこんな方法で平和が来るとは考えていなかった。

だがイルンドとの戦い以降、魔法使いが魔物に接近する事は無かった。

不気味なほど穏やかな日常が続いたある日。

「ロクシア、ちょっと話があるんだ」

カウノはロクシアを呼び出した。

「何?カウノ」

 ロクシアとカウノは洞窟の中で話をした。

「最近調子はどうだ?」

「調子?良いと思うよ」

「傷の具合は?」

「ニッポニアさんに診てもらったからもうすっかり治ったよ」

 カウノはロクシアにいくつか質問をした。

 ロクシアはなぜカウノがこんな話をするのか分かっていなかった。

 だが

「……最近すっかり平和になったな」

 その言葉で彼女はカウノが何の話をしたいのかが分かった。

「……そうだね……」

「もう、戦う必要なんてないのかも知れないな」

「そんなの、分からないじゃん」

 カウノはロクシアを都へ帰らせようと考えているのだ。

 だからロクシアに傷が癒えたかどうか訊ねたのだ。

「今は平和かも知れないけどまた戦いが起こるかもしれないんだよ?」

「どうかな?」

 カウノはしらを切った。

 本当は自分だって同じ考えだ。

 だが、ロクシアを人の世に還すのは今しかない。

「だって俺たちは特一級魔法使いのイルンドを倒したんだ。もう襲って来ないだろう」

「……あたしはもう必要ないって事?」

「そうは言わな……いや、そうだ。お前はもう用済みなんだ」

 カウノは努めて冷たく言った。

 これ以上、自分たちの都合にロクシアを巻き込んではいけない。

 そう考えていた。

「それ、本音?」

「ああ、心底そう思ってるよ」

 カウノはそっけない口調を崩さなかった。

「ああそう!そうですか!!」

 そこまで言われてロクシアは腹が立った。

「そこまで言うなら帰ってやろうじゃないの!」

 ロクシアはドスドスと足音を立てながら洞窟から出て行った。

「……」

 カウノはそれを黙って見ていた。

「……これで良かったのか?」

 洞窟の奥からキクロとクセニが姿を見せた。

 二人のやり取りを見守っていたのだ。

「ああ、良いんだ……これで」

 カウノは天井を見ていた。

「最初から……このつもり……だったからな」

「カウノさん」


 その日の夜の事だった。

「ロクシアさん、起きてますか?」

「どうしたの?クセニ」

「すみません、こんな時間に」

「ううん、大丈夫だよ。あたしも何だか寝付けなくて」

「ありがとうございます」

クセニはロクシアの隣に座った。

 魔法使いと魔物が並んで座るなんて、都の人には考えられない光景だろう。

「あの、カウノさんの事なんですけど……」

 クセニは話を切り出した。

「カウノさんも好きであんな事を言ったんじゃないんです」

「うん、分かってるよ」

「そうだったんですか?」

「うん、あれはアイツなりの優しさなんでしょ?」

「はい、カウノさん少し不器用なところがあって」

「うん、ちゃんと分かってるよ」

「じゃあ、怒ってるふりをしたんですか?」

「少しは怒ってたよ」

 夜の風が森をざわつかせていた。

「でも、ああ言う態度をとらないと『湿っぽく』なるでしょ?」

「ロクシアさん……」

「そんな顔しないで」

 ロクシアはクセニの肩に手を乗せた。

「湿っぽくなるでしょ?」


 それから数週間がして、ロクシアが群れを離れる日が来た。

「寂しくなるねぇ。辛かったらいつでも帰って来て良いんだよ?」

「ありがとうございます、おばさん」

「お前と過ごした時間は忘れねぇよ」

「うん、あたしもキクロたちとの時間は忘れないよ」

 ロクシアは群れの仲間と最後の挨拶を交わした。

 皆、ロクシアとの別れを惜しんでくれた。

 ロクシアの事を怖がったりする者は一人も居なかった。

「……ロクシア……」

「……カウノ……」

 ロクシアとカウノはお互いに見つめ合っていた。

「……」

 カウノは何か言いたそうだったが上手く言葉が出てこないようだった。

「ほら、言いたい事があるんだろ?」

「ああ」

 クセニに促されてカウノは気持ちを言葉にした。

「この間は、悪かったな」

「ううん、気にしないで」

 ロクシアは笑いかけた。

「カウノの気持ちは分かってるから」

「……ロクシア……」

「カウノには本当に感謝してるから」

 ロクシアは右手を差し出した。

「俺もお前には感謝してもし切れないよ」

 カウノはその手を握った。

 別れの時も多くを語らない。

 それが湿っぽくならないようにする為のロクシアの選択だった。

 そして、それが二人らしさだった。

 例え今生の別れだったとしても。

 カウノたちに別れを告げたロクシアは一人で森を歩いていた。

 緑の国の首都、つまりフリンギッラたちの元へ向かっていた。

 枯葉を踏みしめながら歩くロクシアを見つめる者が居た。

「クセニ、居るんでしょ?」

 ロクシアは物陰に話しかけた。

「気付いてましたか」

 物陰からクセニが一人で姿を現した。

「魔法使いだからね」

「ロクシアさんには敵わないですね」

「見送りに来てくれたんでしょ?」

「……それもあります」

「歩きながらでいいかな?」

「……はい」

 ロクシアとクセニは並んで歩いた。


「……で、何のために来たのか教えてもらって良いかな?」

話を切り出したのはロクシアだった。

二人の間には気まずい沈黙が続いていた。

「……ロクシアさん……」

「ん?」

「カウノさんの事は僕に任せて下さい」

「それを言いに来たの?」

「……はい」

「嘘ばっかり」

「……嘘じゃないです」

「本音は言ってないでしょ?」

「……」

「……もう着いちゃったね」

 ロクシアたちは立ち止まった。

 そこは土砂崩れの跡だった

 ここはロクシアが初めてカウノと出会った場所だ。

「じゃあね、クセニ」

「さようなら、ロクシアさん」

 こうして、ロクシアとクセニは別れを告げた。

「ログジアぢゃ~ん!!!!」

「うわっぷ!」

 フリンギッラに抱き着かれてロクシアは倒れそうになった。

 魔物の群れに別れを告げたロクシアは都へと帰った。

 そして、門番に身分を明かして待合室でフリンギッラたちと再会したのだ。

「身元引受人が来るからここで待て」

 と門番に言われてから三十分も経たないうちにフリンギッラは待合室に駆け込んで来た。

 駆け込んで来たと言うより飛び込んで来た。

 そして、今に至るわけだ。

「会いだがっだよ~~!ログジアぢゃ~~ん!!」

「隊長、ロクシア先輩困ってますよ?」

「は、ゴメンねロクシアちゃん」

「いえ、気にしないで下さい。隊長」

 フリンギッラはロクシアから離れた。

 フリンギッラの顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 化粧が台無しになっていた。

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

「いや、本当に隊長が心配してたんだぜ?」

 カルドゥエリスが一番最後に部屋に入って来た。

「大好物のドーナツにも手を付けないんだ」

「だってもう会えないかと思ったんだもん!」

「俺、言ったじゃないですか。『アイツはこれくらいで死ぬような奴じゃない』って」

「そう言いながらカルドゥエリス先輩も心配してたじゃないですか」

「してねーよ!」

 ロクシアはこのやり取りを見て懐かしくなった。

 離れていた期間は一年にも満たないだろう。

 それでもそう感じずにはいられなかった。

「心配かけてごめんね」

「してねーって言ってんだろ!?」

 カルドゥエリスは喧嘩腰で否定した。

 だが、彼が心配していたのは間違いない。

 なぜなら彼にとってロクシアは『永遠のライバル』だからだ。

 ロクシアと一番付き合いが長いのも彼だ。

 彼とロクシアは魔法学校の同級生だからだ。

「あ、あのぅ……」

 フリンギッラ達の背後から衛兵が話しかけた。

「あ、すみません。話し込んじゃって」

「いえ、そちらの方はあなたたちのお知り合いで間違いないでしょうか?」

「はい、お化粧はしてないですけどこの子は間違いなく私の部下です」

「そうですか。では確認のために署名をこちらの書類にお願いします」

「はい」

 フリンギッラは差し出された『身元引受人確認書類』に署名をした。

 これでロクシアは『正体不明の魔法使い』ではなくなった。

 正式に緑の国に帰国したわけだ。

「じゃあ、行こうか。ロクシアちゃん」

「はいっ!」

「あ、ちょっと待ってください!」

 待合室から出ようとしたロクシアを衛兵が呼び止めた。

「何ですか?」

「親御さんが見えてます」

「え?それってもしかして……」

「お母さまです」

「お母さんが!?」


 衛兵に連れられて赤い髪の女性が待合室に入って来た。

 フリンギッラたちは門の前で待つ事にしてくれた。

「お母さん……」

「ロクシア……」

 髪や瞳の色は違ったがその女性の顔立ちは確かにロクシアによく似ていた。

 間違いなく、この人はロクシアの実の母だった。

「……心配かけてごめん」

「ううん、もう良いの」

 母と娘は駆け寄るとお互いを確認するようにしっかりと抱き合った。

 互いに多くは語らなかったが気持ちはちゃんと伝わっていた。

 言葉よりも抱擁の方が二人には重要だった。

「……ぐすっ」

 ロクシアの目から涙があふれて来た。

 彼女には自分がなぜ泣いているのか分からなかった。

「あ、ロクシア先輩出て来ましたよ」

 ピニコーラが声をあげた。

「ロクシアちゃん、もう良いの?」

「はい『お正月には帰って来なさい』って言われました」

「そっか。じゃあ今度は気をつけないとね」

「はい!」

「よし、それじゃあ『第壱参魔法小隊』はこれより帰還する!」

「はい!」

「うーす」

「了解です!」

 ロクシアはちらりと防壁の外に視線を向けた。

 何となく『第四の群れ』の仲間が居るような気がした。


「カウノ、お前これどうすんだ?」

「『これ』って?」

「飯が一人分多いじゃねぇか」

「ああ、そうだったな」

「まあ、三人居れば一人分くらい何とかなりますよ」

「ありがとう、クセニ」

「しょうがねぇな」

 カウノとキクロ、クセニは食事を囲んでいた。

 この三人が一緒に食事をするのは珍しい光景ではない。

 それなのに、カウノはどこか違和感を覚えていた。

「(何か、物足りない気がするなぁ……)」

 カウノは心の中でそうつぶやいた。

 三人では少し寂しい感じがした。

「カウノさん、大丈夫ですか?」

「ん?ああ、全然平気だぜ?」

「……なら、良いんですけど……」

「さぁ、食べようぜ!」

 カウノはジュウジュウと音を立てる鹿肉にかぶりついた。

「うん、やっぱりキクロが獲る鹿はうまいな」

 そう言いながら、カウノは何気なく洞窟の奥を見た。

 そこに何となく『水色の髪をした魔法使い』が居る気がした。

 ロクシアが都に帰って来てから数日がたった。

 検査をパスし、問題なく復帰したロクシアは街を巡回していた。

 イルンドがロクシアに撃退されてから魔法使いの行動範囲は大幅に縮小されていた。

「……」

 ロクシアは馬車の下から自分を見つめる目に気が付いた。

「カウノ?」

 思わずロクシアは馬車の下を覗き込んだ。

「ニャー」

「何だ、ネコか」

 ロクシアはがっかりしてその場を後にしようとした。

「何やってんだ?お前」

「……何でもないよ」

 カルドゥエリスに問われたロクシアははぐらかす事しか出来なかった。

 まさか『魔物を探していた』とは答える訳にはいかないだろう。

「お前、最近変だぞ?」

「変なのはあんたの髪型でしょ?」

「変な髪型じゃねーよ!『アフロ』だよ!」

 そんなやり取りをしながら二人は並んで巡回をした。

 と言っても緑の国は治安の良い国だから二人のする事なんてタカが知れてる。

 ほとんど散歩みたいなものだった。

「しかし、こう壁の中に引きこもってたら身体がなまっちまうよ」

「戦わなくて済むなら良い事じゃん」

「バカ野郎、周りを見ろ!土地が足りねぇんだぞ!?」

「……まあ、そうだけど」

「魔物の奴らが居やがるせいで畑も増やせねぇんだぞ!?」

「……うん、ゴメン」

「全くよ『イルンド』の奴が不甲斐ないせいで俺たちがこんな目に……」

「特一級魔法使いに対して『不甲斐ない』は言い過ぎでしょ?」

「いいや、俺だったら絶対に『エックス』を倒せてたね」

「どうやって?」

「極限の命のやり取りの中で俺の中の真の力が目覚めるんだ」

「『真の力』って……小説に影響され過ぎ」

 カルドゥエリスはその後も『隠された能力』とか『封印された力』の話をした。

 ロクシアは呆れながらそれにツッコミを入れた。

 ロクシアが群れを離れてから数日がたった。

 イルンドを撃退して以来、群れは平和そのものだった。

 群れの住人はカウノとロクシアの功績を称えていた。

「ロクシア、この魚持っててくれ」

 カウノが話掛けたが返事は無かった。

「……」

 カウノが目を向けるとそこには誰も居なかった。

 居る筈が無かった。

「……クソッ」

 カウノはため息を吐いた。

「浮かない顔してるじゃなぇか」

 背後からキクロの声がした。

「俺の表情なんてお前には分からないだろう?」

「でも、お前が何を考えてるかくらいならわかるぜ」

 キクロはカウノから魚をひったくるとさばき始めた。

「……」

 カウノもそれに対して特に何も言わなかった。

「後悔してんのか?」

「後悔なんてしてないさ」

 キクロに問われたカウノはそう回答した。

「ただ、知らない間にアイツが居るのが当たり前になってたんだなとは思った」

「それを『後悔』って言うんじゃねぇのか?」

「俺は自分がすべきだと思った事をしたから後悔じゃない」

「……そうか……」

 キクロはカウノから別の魚を受け取ると、それをさばき始めた。

「俺もいつも自分が正しいと思った事をしてる」

 キクロは慣れない手つきで魚をさばいた。

「でも、時々思うんだ『もしかしたらもっと良いやり方があったんじゃないか?』って」

「……」

 カウノもそれを黙って聴いていた。

「だからよ、俺たちにくらいは本音を語っても良いんだぜ?」

「……ありがとう、キクロ……」

 そんな二人の様子を木陰からクセニが見ていた。

 肌寒くなったある昼下がりの出来事だった。

「本当ですか!?それは」

 ロクシアはフリンギッラから『最終決戦』の話を聞かされて驚いた。

「うん、本当だよ」

「いよいよ俺の『真の力』を発揮する時が来たか」

「私も足手まといにならないように頑張ります!」

 カルドゥエリスとピニコーラはこの話を聞いてやる気だ。

「反対です!敵の戦力もわからないのに」

 だが、ロクシアは猛烈に反発した。

 今の魔物には戦えるだけの戦力が無い。

 最終決戦なんかしたら皆殺しにされてしまう。

「落ち着いてロクシアちゃん」

「しかし……」

「『エックス』の存在はあまり気にしなくて良いと思うの」

「なぜですか?」

「諜報部の報告ではエックスの存在は確認出来ないみたいなの」

「え?」

「だからエックスは居ても一体か二体がせいぜいだと思うの」

「でも、そんなの分からないじゃないですか!?」

「そうだね。ひょっとしたら何体も居るかも知れない」

「でしたら……」

「でもこれは『上層部の決定』なの。分かるでしょ?」

「……」

 ロクシアはそこまで言われたら黙るしかなかった。

 魔法使いは魔物と戦うのは仕事だ。

 ロクシア自身もそのつもりで魔法使いの道を選んだ。

「何かお前、戦うのが嫌みたいだな?」

「戦いなんてしないに越した事ないでしょ?」

「でもこの戦いで決着がついたら戦わなくて良くなるぞ?」

「それは……」

「ロクシアちゃんの気持ちも分からなくはないけど、あたし達はこの為に居るの」

「……はい……」

 ロクシアの頭の中はグルグル回っていた。

 何とかしてこの事をカウノに伝えなくちゃいけない。

 そう思っていた。

「決戦だって!?」

 カウノの声が会議場に反響した。

「今は魔法使いどもが壁の向こうに引きこもってる。攻めるなら今だ」

「反対だね!無謀過ぎる!」

 カウノはコルムバの提案した『最終戦争構想』を真っ向から否定した。

 カウノとロクシアは何度も魔法使いを退けた。

 そしてその結果、魔法使い達は専守防衛に回った。

 それは緑の国だけではなく他の国でもそうだった。

 その様子を見たコルムバは

『今が攻め込む絶好のチャンスだ』

 と判断し、今回魔王たちを招集したのだ。

「確かに俺たちは戦力がほとんどない」

 コルムバも本当に最終戦争をしたらどれだけのリスクがあるかは分かっていた。

「だが、流れは間違いなく俺たちにある」

「何が『流れ』だ!俺たちにはもうロクシアが居ないんだぞ?」

「分かってないな、タコ野郎」

「何?」

「俺たちの戦力は最初から都の千分の一にも満たない」

「そうだよ!だから……」

「だが俺たちは今日まで戦って来れた!なぜだと思う?」

「知らねぇよ」

「それは俺たちの戦いが『正義』だからだ」

「は?」

「天も俺たちの戦いに味方してくれてるんだ!」

「……」

 カウノはアホらしくなって黙った。

このままじゃ自分たちは取り返しのつかない事をしてしまう。

何とかしてこの戦いを止めなくてはいけない。

そう思った。

だが、カウノの想いも虚しく多数決の結果『参戦論』が支持された。

魔物たちは奇襲作戦で首都を陥落させる作戦にかじを取った。

非戦闘員を含めてもたったの四百人くらいしか魔物は居ない。

勝ち目がどれだけあるだろうか?

カウノには見当もつかなかった。

「……はぁ~」

 ある満月の夜の事だった。

 ロクシアは夜勤で街の巡回をしていた。

 巡回と言っても緑の国は治安が良いから大した事は起こらない。

 酔っぱらいの面倒を見るのがせいぜいだ。

「……どうしよう」

 ロクシアは頭を悩ませていた。

 最終決戦の事で頭がいっぱいだった。

「間違いなく、みんな殺されちゃうよね?」

 ロクシアは自分に問いかけていた。

 そんな時

「うぐおぁぁぁあああ……」

 路地裏からうめき声が聞こえてロクシアは我に戻った。

「何!?」

 ロクシアは恐る恐る路地裏に入った。

 声の主はすぐに見つかった。

 三十代の男性が苦しそうにうめいているではないか。

「大丈夫ですか!?」

 ロクシアは男性に駆け寄った。

 男性は口から泡を吹いて転げまわっている。

「(早く何とかしなくちゃ!)」

 ロクシアがそう思った時だった。

「え?」

 ロクシアは信じられないものを目にした。

 何と男性の身体が変化しているのだ。

 変身と言っても過言ではなかった。

 男性は月明かりに照らされながら見る見るうちに魔物へと姿を変えた。

「どういう……こと?」

 ロクシアはあまりの出来事に呆然としていた。

『俺たちは元人間なんだ』

 カウノがかつて言っていた言葉が思い出された。

「こういう事だったの?」

 ロクシアは初めてそう言われた時は信じられなかった。

 しかし、目の前で起こった現実は否定出来ない。

「な、なんじゃこりゃぁぁぁあああ!!!」

 魔物化した男性は自分の姿を見て絶叫した。

 その声で我に返ったロクシアは急いで男性を防壁の外へと放り投げた。

 男性を逃がす前に

・森の中に群れと呼ばれる共同体がある事。

・そこにはあなたの仲間が身を寄せ合って生きている事。

・そこにいる『カウノ』と呼ばれる人にロクシアの紹介で来たと言えば良い事。

 を何とか伝えておいた。


「作戦を中止して下さい!」

 男性を逃がしたロクシアは軍の本部に連行された。

 そこでロクシアは集まった上層部の人間に訴えかけた。

「私は見たんです!目の前で男の人が魔物に変わって……」

「そんな事は分かっとる!」

 しかし、上層部の人たちは耳を貸してはくれなかった。

「我々『王立軍』の任務は国の安全と信頼、安心を守る事だ」

「総帥!相手も人間なんですよ!?」

「分かっとらんな。王立軍は魔物化発症者を殺し過ぎているのだよ」

「だから、何ですか?」

「今さらになって『魔物は人間です。私たちは病人を殺して来ました』なんて認められん」

「そんな事をすれば国民からの信頼が揺らぐ」

「……この件には『陛下』は何とおっしゃってるんですか?」

 緑の国の女王は人格者だ。

 こんな非道を許すわけが無い。

「なぜゆえ陛下のお心を乱すような事を知らせねばならん」

 要するに女王には何も知らせていないのだ。

「とにかく、決戦で全ての魔物を抹殺すれば民衆も安心するんだ」

「その後から現れる病人は内々に処理すればいい」

「くれぐれもこの事は口外するなよ?」

「……」

 ロクシアは開いた口がふさがらなかった。

「(この人たちは問題の解決よりも現状維持しか考えていない)」

「(こうなったら女王陛下に直訴するしかない)」

 ロクシアはそう決心した。

「(何とかしなくちゃ!)」

 ロクシアはそう思うと居てもたっても居られなかった。

 決戦の日程は決まってしまい、全ての国がそれに向けて動き出していた。

 一秒でも早くこの事を女王陛下に知らせたかった。

 そのためには秘かに王城に忍び込むしかない。

 ロクシアは満月の夜に行動を開始した。

 しかし、そんな彼女の前に立ちはだかる者が居た。

「遅かったね♪ロクシアちゃん」

「隊長……」

「ここ最近のロクシアちゃんの様子がおかしかったのは分かってたよ♪」

「……どうあっても……通してはもらえませんか?」

「これから始まる事は『個人指導』って事にしてあげるね♪」

「……」

 ロクシアは銃剣を構えた。

 フリンギッラの魔具は『狙撃銃』だ。

 遠距離ではロクシアが不利だが、接近戦なら分がある。

 ロクシアはそう考え、一気に距離を詰める事にした。

「……ふふっ」

 フリンギッラは笑ったが、ロクシアはそれに気が付かなかった。

 ロクシアとフリンギッラの距離が近づいていく。

「(もらった!)」

 十メートルを切った時、ロクシアはそう思った。

 勝負は一瞬で着いた。

「あたしの勝ちだね♪ロクシアちゃん」

「(え?何が起こったの!?)」

 ロクシアは何が起こったのかすぐには分からなかった。

「『敵戦力の誤認』『安易な接近』ミスも二つ重なれば一個小隊全滅だよ?」

 フリンギッラは最初からライフルを使う気が無かった。

 ロクシアの接近に合わせて彼女はライフルを捨て、徒手でロクシアを組み伏せた。

 フリンギッラにとってロクシアを素手で制圧するなんて簡単だった。

「さて『個人指導』終了。帰ろっか、ロクシアちゃん♪」

 フリンギッラはそう言うとロクシアを寮に連行した。

「カウノ……ゴメン……」

 ロクシアは奥歯をかみしめた。

「……じゃあ、本当に戦争になっちゃうのかい?」

「……ああ、連中は本気らしい」

「何とか出来ないのかい?」

「……俺もやれるだけの事はやるつもりだよ」

 マジョーおばさんの質問にカウノはそう答えるだけで精一杯だった。

 カウノにはほぼ間違いなく戦いが避けられないと分かっていた。

 しかし、だからと言って投げ出すわけにもいかない。

 自分の采配で何十人もの仲間の命が失われるのだから。

「何か当てはあるのか?」

「ディノールニスに相談してみるよ」

カウノは魔物の魔道師『ディノールニス』を訪ねる事にした。


「それで儂を頼ったと言うわけか」

「あんたなら何か戦う方法を知ってるんだろ?」

「……もうおしまいだ」

「そんなのまだ分からないじゃないか。魔法使いだって……」

「魔法使いの話ではない!……『人類』は滅びる」

 ディノールニスの声からは絶望がにじんでいた。

「ディノールニス、そろそろ明かしてはくれないか?あんたが何を心配しているのか」

「……」

「ずっと考えてたんだ『合体は魔法使いと戦うにしては大きすぎる力』だと」

「……」

「あんたは何と戦おうとしてるんだ?」

「……『星の戦士』だ」

「何だ?それ」

「『オリオン座の方角より飛来し邪悪なる者共を滅する天の使い』の事だ」

「邪悪なる者共?」

「『始祖・サヤカ様』の血を引く人類の事だ」

「サヤカ様って神話に出て来る『始まりの人』だろ?」

「神話ではない。サヤカ様は科学的にその存在が証明されておる」

「じゃあ『星の戦士』は俺たちを殺しに飛んでくるのか?」

「儂だって信じたくは無かった。ただの言い伝えだと」

ディノールニスは夜空を見上げた。

オリオン座の近くにカウノが見た事が無い星が光っていた。

 ゴーンゴーンと鐘が五時を知らせた。

「よっしゃー定時だ」

「お疲れ様でした」

「カルちゃんもピニちゃんもお疲れ様♪」

 魔物との決戦を控えていても魔法使い達は暇だった。

 何せ防壁の外に出なくて良いのだ。

 ほとんど仕事なんてない。

「……お疲れ様でした」

 ロクシアも荷物をまとめて帰ろうとした。

 だが

「じゃあ、一緒に帰ろっか♪ロクシアちゃん」

「……今日も、ですか?」

「そうだよ♪これからはず~~っと一緒だよ」

 ロクシアがフリンギッラから『個人指導』を受けてからずっとこんな感じだった。

 片時もフリンギッラがロクシアから離れないのだ。

 寝床まで一緒にされてしまった。

 ただ、一緒に風呂に入る時にフリンギッラが奇声をあげるトラブルがあった。

 アパロプテロンにつけられた腹の傷を見られたのだ。

 その時のフリンギッラの慌てようは文字だけでは表現できないくらいだった。

「誰!?どいつにやられたの!?」

 とか

「おのれー犯人を見つけ出して地獄の果てまで追いかけて五千兆回後悔させてやる!」

 とか言い出したがその場に居合わせたピニコーラの力も借りて何とか誤魔化した。

『あなたの後輩にやられました』

 とは言えなかった。


「カルドゥエリス先輩。最近の隊長、妙にロクシア先輩にくっついてますね?」

「もともとロクシアは隊長の『お気に入り』だったけど、やけにベタベタしてるよな?」

「隊長って『同性愛者』なんですか?」

「いや、あの人はどっちも好きなんだ」

「え!?」

「だから昔は男の恋人が居たらしい」

「そうなんですか?」

「ただの噂だけどな」

 木々がすっかり葉を落としてしまったある日。

「……ディノールニス」

 月が照らす夜、カウノはディノールニスを訪ねた。

「話があるんだ」

「今さら何の話だ」

「アンタの研究に関連する話だ」

「……何だ?」

 ディノールニスはそう言うと天体望遠鏡をのぞき込むのを止めた。

「俺たちはどうしてこんな姿になったんだ?」

「『魔物化』の事か?」

「そうだ」

 カウノはずっと『魔物化』と呼ばれるこの奇病の事が気になってい。。

「何が原因で魔物になるんだ?」

「……一口に言ってしまえば『魔力の影響』だ」

「魔力の?」

「ああ、そうだ」

 ディノールニスは専門的な単語を避けてカウノに説明した。

「魔法使いの髪や瞳の色が魔力の影響で変色しておる事は周知の事実だ」

「そうらしいな」

「その『魔力の影響』を強く受けすぎると髪や瞳だけでなく全身が変化してしまう」

「それが『魔物化』って事か?」

「平たく言えばそうなる」

「どう言う人間が魔物化するんだ?」

「魔法使いにならなかった魔力を扱う才能のある者だ」

「じゃあ、魔物はみんな魔法を使えるのか?」

「無論だ」

「『合体』にも関係するのか?」

「合体した時、おぬしたちの身体が変化しておった事は気付いていたか?」

「ああ、ロクシアがデカくなってた」

「おぬし自身も『鎧』のようになっておった」

「じゃあ、魔力さえあれば『ああいう事』がもっと起きるのか?」

「そうだ。それが儂の『頼みの綱』だった」

「『星の戦士』と戦うためのか?」

「……そうだ」

 時は流れ、山に雪が積もるようになったある日。

「これは『正義の戦い』である!」

 緑の国の総帥は良く通る声で会場に居る全ての者に激励をした。

 この場には緑の国のほぼ全ての戦力が集結していた。

 魔法使いもそれ以外の一般兵士も。

 もちろんロクシアも。

「長きにわたる魔物との戦い。それが今終わろうとしている!」

 総帥の一言一言が兵士たちの士気を高めていた。

 皆、戦いの目的・意義を再認識しているのだ。

 自分たちは今から善い行いをするのだと確信していた。

「我々の手で終わらせるのだ!」

しかし、ロクシアにはどの言葉も響かなかった。

 自分たちはただ弱い者いじめをしに行くだけだ。

 そこに正義なんてあるわけが無い。

「人類の命運はこの一戦にかかっている!各人の奮闘を期待する!」

 その言葉で総員が『最終決戦』に動き始めた。

 その目には一点の曇りも無かった。

 全員、これで平和が来ると思い込んでいた。

「あたしたちも行こうっか♪ロクシアちゃん」

「……はい」

 ロクシアはフリンギッラに促されて自分の持ち場に歩き出した。

 その足取りは重く、ロクシアの気持ちが見て分かった。

 まるで鉄球でも引きずっているかのようだった。

「ロクシアちゃん、ダメだよ?そんな顔しちゃ」

 フリンギッラはロクシアを注意した。

「そんな顔してたら、怖い人たちに目を付けられちゃうよ?」

「ニコニコしながら戦争なんて出来ませんよ」

「でも、下を向いてたら希望は見えないよ?」

「え?」

「まだ絶望するには早いんじゃないかな?」

「隊長、何を……」

「あ、おーい!カルちゃん!ピニちゃん!」

 そう言いながらフリンギッラは部下へ駆け寄った。

 ロクシアにはこの時、フリンギッラの言葉の意味が分からなかった。

「みんな、準備は良いか?」

 カウノは決戦に参加する全員に目を配った。

 結局、カウノは最終決戦を避けられなかった。

 そのせいで、今から緑の国の首都に攻め込む事になってしまった。

 その日は奇しくも魔法使いが最終戦争に向けて行動を開始した日でもあった。

「ああ、俺たちはいつでも大丈夫だぜ?」

 カウノの問いにキクロが代表して答えた。

 第四の群れからは三十名程度の男が駆り出された。

 女子供は避難させた。

「みんな、分かってると思うがこれが本当に最後の戦いになる」

 カウノは言葉を選ぶように仲間を鼓舞した。

 皆、毎日顔を合わせたかけがえのない仲間だ。

 それを今から死地に追いやらなくてはならない。

「だから……その……」

 間違いなくほとんどの仲間が死ぬだろう。

 それを考えたらカウノには何と言ったら良いのか分からなかった。

 どんな言葉を連ねても、結局『死んで来い』と言っているようなものだからだ。

「大丈夫ですよ、カウノさん」

「クセニ!?なんでお前が居るんだ!?」

「居ても立っても居られなくて来ちゃいました」

「ダメだ!お前は帰れ!!」

「嫌です!絶対に帰りません」

「お前が居なくなったら俺の後釜はどうなるんだよ!?」

「カウノさんが生きて帰れば大丈夫です」

「そんな無茶苦茶な」

「僕、カウノさんが死ぬなんて嫌です!」

「俺だってお前たちに死んでほしくないんだ!」

「だったら僕たちを信じて下さい!」

「え?」

「僕たちだっていつまでもカウノさんに守ってもらうほど弱くありません!」

「そうだぜ?カウノ」

「キクロまで」

「クセニだって危険は承知で来たんだ。その覚悟を無駄にするな」

「僕たちみんなで力を出し合えばきっと上手く行きます!」

 重い音を立てて『跳ね橋』が降りていく。

 ロクシアはその様子を見ながら考えていた。

「(魔物の群れがどこにあるかも分からないのに進軍するなんて無謀すぎる)」

 魔法使いたちは確かに今日、魔物との雌雄を決するつもりでいた。

 しかし、その意気込みがあるだけで具体的な方策は何も決まっていなかった。

 目的地も敵の戦力もそれに対する対処法も何もだ。

『高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応』

 としか方針が決まっていなかった。

 それが無謀じゃなくて何だと言うのだ。

「全軍、進撃!」

 その号令とともに軍は夜の闇に突撃して行く。

 松明を持った集団が森の中をうろつく。

 その様子は狂気の沙汰だった。

「第壱参魔法小隊、出撃!」

「……はい」

 フリンギッラに促されてロクシアたちも森に進撃した。

 ロクシアは心の中で

「カウノたちが見つかりませんように」

 と祈った。


 ロクシアたち魔法使いは夜の森をまっすぐに進んだ。

 目的地は『魔物エックスが確認された地点』だ。

 そこから散開してしらみつぶしに魔物を探そうと言う事だ。

「何かがおかしい」

 ロクシアはそう直感した。

 短い期間ではあるが魔物と親しくしていたロクシアには『魔物の気配』が分かった。

 それが今は全く感じられないのだ。

 まるで森から魔物が消えたかのようだった。

「(そんな事ってあるだろうか?)」

 ロクシアがそんな風に考えていた時

「おい!あれを見ろよ!!」

 誰かが空を指さして言った。

 ロクシアたちは夜空を見上げた。

 そこには『光の玉』が浮かんでいた。

「急げ!どんどん押し込め!」

 キクロの掛け声で魔物たちは次々と用水路へと詰めかけていった。

 ここは防壁に設けられた用水路で普段は鉄柵で閉じられている。

 そこにカウノたちは侵入し『やすり』で鉄柵を突破しようとしているのだ。

「魔法使いどもが帰って来るまで時間がない!さっさと鉄柵を切るんだ」

 用水路の中にギコギコと言うやすりの音が響いた。

 普段だったら絶対に気づかれるが、幸い気付くような者は居ない。

 ほとんどが『最終決戦』に出払ってしまったからだ。

「どんな感じだ?キクロ」

 カウノはキクロの頭の上から尋ねた。

「錆びてるからそう時間はかからねぇ。あと三十分もあれば通れるだけの道が出来る」

「……三十分か……」

「てめぇの方こそどうなんだ?連中はいつ頃帰って来るんだ?」

「三日は帰ってこないだろうな。あの森を当てもなくうろつくのは骨が折れる」

「じゃあ、俺たちの勝ちって事になるのか?」

「予定通りならな」

「歯切れの悪りぃ物言いだな」

「予想外の事は起こるものだ」

「カウノさん!キクロさん!!」

「おう、クセニ。外の様子はどうだ?」

「大変なんです!」

「連中がもう帰って来たのか!?」

「違います」

「じゃあ、何なんだ?」

「とにかく来てください!」

 クセニに呼ばれてカウノとキクロは用水路の外へ出た。

「何だ?ありゃ……」

 それは信じられない光景だった。

 夜だというのに周囲が明るくなっているのだ。

 空には大きな火の玉が浮かび、それが昼間のように周囲を照らしているのだ。


「……ついに来たか……」

 ディノールニスは火の玉を見ながら、そうつぶやいた。

 遠く離れた場所から使者がやってきたのだ。

「な、何だ?あれは」

「流れ星かしら?」

「大きくないか?」

 それは夜空に一筋の光となってやって来た。

 ロマンチックに表現するなら『流れ星』だ。

 だが、実際には『隕石』と表現する方がふさわしかった。

「こっちに近づいてくるぞ!?」

「ウソでしょ!?」

「伏せろ!!」

 しかも、ただの隕石ではない。

 それはとてつもなく大きかった。

 直径が十メートルほどもあった。

「世界の終わりだ!」

「女神様!お助け下さい!!」

「みんな、逃げるぞ!」

 そんな隕石が地上に落下するのだ。

 その影響もすさまじいものだった。

「熱い!!」

「目が!目がぁぁぁあああ!!」

 まず、周囲が真昼のように明るくなった。

 明るすぎて日焼けするほどだった。

「グワーッ!」

「危ない!!」

「うちのガラスが!」

 そして、衝撃波もすごかった。

 建物にはめられていたガラスがすべて割れた。

「アバーッ!!」

「倒れるぞ!!」

「そんな物、放っておけ!!」

 そしてやはり一番すごかったのは落下の衝撃だった。

 まるで核爆弾が爆発したかのような威力だった。

 隕石が落下したのは郊外だったが、多くの建物が傾いた。

 倒壊する建物も少なくなかった。

 都はたちまちパニックに陥った。

「隊長、何だってんでしょうか?今のは」

 ピニコーラがフリンギッラに尋ねた。

 ロクシアたちも隕石が落下するところを目撃していた。

 当然、その威力も先ほど体験した。

「この世の終わりかと思ったね?」

「隊長、私たちはここに居て良いんでしょうか?」

「街の様子が気になるんだね?」

「……はい……」

「大丈夫だよ。すぐに指示が来るから」

 フリンギッラの予想は当たった。

 軍は森から撤退し、街で避難誘導や救助をする事になった。

 流石にこんな非常事態に戦ってなんかいられない。

「第壱参魔法小隊、点呼!」

「ロクシア居ます」

「カルドゥエリス準備万端!」

「ピニコーラ、ここに」

「全員問題ないね?」

「はい!」

「うす!」

「問題ありません!」

「よし!これより我が隊は首都へと帰還する!」

「了解!」

「あいよー!」

「分かりました!」

 ロクシアたちは首都へと急行した。

「(お母さんたちは無事だろうか?)」

 そんな事を思うと、どうしても焦ってしまう。

「隊長!あれを見てください!!」

 ピニコーラの言葉でロクシアは我に返った。

 そして、ピニコーラの指さす方向を見たロクシアは言葉を失った。

「何?あれ……」

 ロクシアは目を疑った。

 ロクシアだけでなく、カルドゥエリスもピニコーラも呆けていた。

 信じられない光景だった。

「な、何が起こったんだ?」

 カウノたちは事態を把握できていなかった。

 用水路からカウノたちが顔を出したら、外が昼間のように明るくなっていた。

 空を見るとそこには大きな火の玉があった。

 そして、それが地上に落ちたと思ったらこの世の終わりかと思うような衝撃があった。

「みんな、無事か?」

「ああ、何とか……」

「みんな、とりあえずいったん外に出るんだ」

 カウノは全員の無事を確認すると避難させた。

 用水路の中になんて居たらみんなが危ない。

 崩れてくる可能性もあった。

「魔法使いの仕業じゃなさそうだな」

「いくら魔法使いでもあんなマネは出来ないだろ?」

 カウノとキクロは状況の把握に努めた。

 しかし、あまりにも唐突だったうえに判断材料が少なすぎた。

 まさかこんな事態になるなんて誰が予想出来ただろうか?

「どうすんだ?カウノ」

「こんな状況じゃ戦いなんて出来ないだろ?」

「俺もそうは思うが『コルムバ』の野郎ならそうは言わねぇだろ?」

「アイツは全てがチャンスに見えてるからアイツの事は考えなくて良い」

「って事は?」

「撤退するに決まってるだろ」

 カウノとキクロが結論を出した時だった。

「カウノさん!キクロさん!大変です!!」

「どうしたんだ?クセニ」

「『あれ』を見てください!」

「あれ?」

 カウノとキクロはクセニが指さした方向を見た。

 それは隕石が落下した方角だった。

 なんと隕石が落着したであろう場所が光っているのだ。

「何で光ってるんだ?」

「知らねぇよ!」

カウノとキクロがそんなやり取りをしていた時、もっと不可思議な事が起こり始めた。

隕石が動いたのだ。

「何よ……あれ……?」

 ロクシアには理解が追い付かなかった。

 ロクシアの見ている方向には『光の巨人』が立っていた。

 隕石が形を変えたのだ。

「……デュワ」

 巨人は身長四十メートルほどの巨体で、体表は赤と銀色だった。

 顔には発光する目が付いていたが、まぶたが無いらしく瞬きはしていない。

 口もあるように見えるが先ほどから、一回も開閉していない。

 奇妙な生物だった。

「巨人、動き出しました!」

 ピニコーラの声と共に巨人は歩き始めた。

「ちょっと待って。あの方向は……」

「都に向かってるね」

 なんと巨人は緑の国の首都『パッセリフォールメス』に向かっていたのだ。

 パッセリフォールメスには、魔法使いがほとんど居ない。

 がら空きの状態だった。

「みんな、速度を上げるよ?」

「はい!」

「シャース!」

「了解!」

 フリンギッラの声で第壱参魔法小隊は行軍速度を上げた。

 フリンギッラたちだけでは無い。

 全軍が危機を感じていた。

「フリンギッラ、先に行くぞ!」

「気を付けてね、イルンド」

 隣を『第零参魔法小隊』が駆けて行った。

 彼らは精鋭部隊だからどこの隊よりも速く現場に急行出来るのだ。

「隊長!俺たちも速度上げましょうよ!!」

「その元気はいざっていう時に取っておいてね♪カルちゃん」

 フリンギッラ率いる第壱参魔法小隊は普通の魔法小隊だ。

 だから、イルンドに張り合って速度を上げたら隊員がへばってしまう。

 特に一番魔力容量の少ないカルドゥエリスには不利だ。

「みんな、隊列を崩さないでね♪」

 フリンギッラはイルンド隊を風除けにして進んだ。

「何だありゃ?」

 キクロは『光の巨人』を指して呟いた。

 そう思うのも当たり前だ。

 隕石が落ちてきたと思ったら、それが巨人になったのだから。

「あれが『星の戦士』か」

 だが、カウノは状況を飲み込みつつあった。

 ディノールニスに聞かされた時は半信半疑だった。

 だが、目の前に現れた以上信じるしかない。

「何だ?カウノ、お前アレが何なのか知ってるのか?」

「ああ、あれは『星の戦士』と呼ばれる遠い星から来た人だ」

「何のために来たんだ?」

「邪悪なる者共を滅するため……らしい」

「邪悪なる者共?」

「ディノールニスは人類の事だと言っていた」

「じゃあ何か?アイツは人類を滅ぼすためにわざわざ空の彼方から来たのか?」

「……らしい」

「あ、アレが動き出しました!」

「こっちに向かって来てるな」

「ヤバイ、逃げるぞ!」

 カウノたち、第四の群れの住民は急いで森の中へと逃げ込んだ。

 いつも魔法使いから逃げ回っている魔物だ。

 逃げるのはお手の物だった。

「みんな、揃ってるな?」

 カウノは点呼を開始した。

 作戦に参加した魔物は三十人くらいしか居ない。

 点呼はすぐに終わった。

「アイツ、全然止まらねぇな」

「俺たちが目的じゃないって事だろ?」

「じゃあ、やっぱりさっきカウノさんが言った通り『人類の敵』なんでしょうか?」

「かもしれないな……」

「俺たちはこれからどうすんだ?」

「もし、本当にアイツが『人類の敵』なら俺たちの敵でもある」

「戦うんですか?」

「それしかないだろうな」

「ロクシアちゃん、カルちゃん、ピニちゃん、準備は良い?」

「いつでも大丈夫です」

「待ってました!」

「準備万端です!」

「よーし♪攻撃開始!」

 フリンギッラの掛け声でロクシアたちは一斉に攻撃を始めた。

 ロクシアたちだけではない。

 緑の国の魔法使いが総攻撃をしていた。

「行っけぇぇぇえええ!」

「シュゥゥゥトォォォオオオ!!」

「斬捨て!御免!!」

 魔法使いたちの魔力は四方八方から巨人に浴びせられた。

 これでは避ける事も防ぐ事も出来ない。

 ほぼ全ての攻撃が巨人に命中した。

「やったか?」

 魔法使いたちは大きな煙の塊を見ながら言った。

 魔法のせいで土煙が立ってしまったのだ。

 そのせいで、巨人の様子が確認できない。

「……」

 魔法使いたちは煙が晴れるのを固唾を飲んで見守った。

 緑の国の全戦力が結集したのだ。

 無事なわけがない。

 そう思いたかった。

「……なっ!」

 だが、そうはならなかった。

 巨人は何事もなかったかのように立っていた。

 その身体には傷一つついていなかった。

「ウソ……だろ……?」

「攻撃を止めるな!撃ち続けろ!!」

 魔法使いたちは攻撃を再開した。

 必ずダメージを与えられるはずだと信じて。

 だがこの時、魔法使いたちの頭を

「(もし、自分たちがこの化け物を止められなかったらどうなるのだろう?)」

と言う考えがよぎっていた。

「なんかヤベェんじゃねぇのか?カウノ」

「ああ、これはまずいな」

 魔法使いと巨人の戦いを見ていたカウノたちは危機感を覚えた。

 実はカウノたちは

『これだけ魔法使いが集まっているのだから楽勝だろう』

 と考えていた。

 しかし、現実には楽勝どころか苦戦している。

 巨人は魔法攻撃を浴びながら都に向かって歩き続けている。

「どうすんだ?これ」

「う~ん」

 カウノは迷った。

 何かしたい気持ちはあった。

 しかし

『自分たちがこの場に参戦して何が出来るだろうか?』

 と言う疑問があった。

 実際、ロクシアを失った魔物はあまりにも微力だった。

 カウノは『愚者の石』で魔法使い並みの力を手に入れたが逆にそれだけだった。

 一人の力だけで出来る事なんてたかが知れてる。

 しかも、魔法使いと共に戦える保証もない。

『魔法使いと魔物と巨人の三つ巴の泥沼の戦い』

 になる事が容易に予想できた。

 何かきっかけが必要だった。

 魔物と魔法使いが共同戦線を張るための何かが。

「あ、カウノさん!巨人が防壁にたどり着きました!!」

 魔法使いたちの奮闘努力の甲斐もなく巨人は都に到着してしまった。

 そして巨人は拳を振り上げると勢い良く防壁に叩きつけた。

 対魔物用の高さが十メートルもある頑丈な壁が無残に崩れた。

 子供が積み木を崩すかのようだった。

 西日が逃げ惑う人々を照らした。

「逃げろー!!」

「お母さーん!お母さーーん!!」

「エレン!早く!!」

 もはや、手の打ちようがなかった。

 人々は巨人の前では無力だった。

「ロクシアちゃん!みんなの避難を優先しよう」

「はい!」

「イルンド!時間を稼いで」

「言われるまでもない!」

 イルンドをはじめとした魔法使いたちは巨人の顔に集中攻撃をした。

 相変わらずダメージは与えられないが、巨人の視界を遮る事は出来た。

 煙幕も使って住民が避難する時間を稼いだ。

「どなたか居ませんか!」

 ロクシアは取り残された人が居ないか見て回った。

 がれきと化した建物に人が残されてる可能性があった。

「……たす……けて……」

「!?」

 か細いが確かに助けを求める声が聞こえた。

 ロクシアは声の聞こえた方へ走った。

「どこですか!?どこに居るんですか!?」

 ロクシアは声を張り上げた。

「……ここ……です……」

 ロクシアの声に応えて小さな声が聞こえる。

 ロクシアは必死に声の主を探した。

「ロクシアさん!こっちです!!」

 クセニの声が聞こえてロクシアはその方角へ跳んだ。

 すると、倒れた柱に挟まれた女性が居るではないか。

「この柱をどけて下さい!」

 クセニがロクシアを手招きしている。

「待ってて!」

 ロクシアはすぐに女性を助け出した。

「何でクセニがここに居るの!?」

 女性を救助したロクシアはさっきから疑問に思っていた事をぶつけた。

 ロクシアの目の前には間違いなく魔物のクセニが居る。

 他の魔法使いに見つかったら間違いなく殺されてしまう。

「時間が無いんです!すぐにカウノさんに会って下さい!!」

「カウノに?」

「アイツを倒すには二人の力が必要なんです!」

 クセニは巨人を指さしながら言った。

「『カウノに会う』ってカウノが来てるの?」

「はい、だから早く来て下さい!」

 ロクシアとクセニが話している時だった。

「ロクシア、こっちから人の声が聞こえたような気が……」

「!?」

 聞こえてきたのはカルドゥエリスの声だった。

 最悪のタイミングだ。

 とにかく、クセニを隠さないといけない。

 だが、この状況でそんな事が出来るわけがない。

 ロクシアとクセニがわたわたしていたら

「何だソイツは!?」

 カルドゥエリスに見つかってしまった。

「違うの!話を聞いて!」

「何が違うんだ!どう見てもソイツは魔物じゃねぇか!?」

 カルドゥエリスは剣を抜いた。

「やっぱりあの化け物はそいつらの仲間だったんだな!?」

「そうじゃないの!」

「うるせぇ!叩き切ってやる!!」

 カルドゥエリスはクセニ目掛けて突進した。

 が、その時。

「ゲフッ!」

 カルドゥエリスはフリンギッラの手刀で昏倒した。

「隊長!?」

「何となく『気配』を感じたから来てみたけど、当たりだったみたいだね♪」

 フリンギッラはクセニを見つめていた。

「あ、あの、この魔物は危険な魔物じゃないんです!だから……」

「うん♪分かってるよ」

「え?」

「あの『巨人』を倒したいんでしょ?」

「……はい?」

「二人ともついて来て」

「え?」

「あたしが上に説明するから」

 そう言ってフリンギッラはロクシアとクセニを連れて本陣に向かった。

「イルンド、軍団長は居る?」

「フリンギッラ、軍団長は王城前にいらっしゃる」

「ありがとう」

「ちょっと待て。何をするつもりだ?」

「あたしの部下が団長に用があるの♪」

「君の部下?」

「そう」

「……分かった。私も付き添おう」

「悪いね」

「気にするな」

 イルンドに案内されてフリンギッラとロクシアは本陣に向かった。

 クセニは外から見えないように瓶の中に隠して連れて行った。

「……その瓶は何だい?」

「こ、これは……その……」

「サプライズだよ♪」

 口ごもったロクシアをフリンギッラはすかさずフォローした。

「サプライズ?」

 イルンドは首をかしげたが深くは追及しなかった。

 状況が急を要する事もあったが何よりフリンギッラを信用している事が大きかった。

「巨人はどんな感じ?」

「それが急に動きを止めたんだ」

「止まった?」

「ああ、今はまるで銅像のようになっている」

「……気になるね」

「ああ、しかも動きが止まってもこちらの攻撃は効かないままだ」

「疲れちゃったのかな?」

「疲れた?」

「そう、アイツは朝と共に動き出したでしょ?」

「ああ」

「だから光が無いと活動出来ないんじゃないかな?」

 今は太陽は西に沈み、夜の闇が支配していた。

「着いたぞ?」

 イルンドは天幕の前で止まった。

 天幕の前には衛兵らしき魔法使いが控えていた。

「イルンド・ルスティカだ。軍団長への面会を希望する」

 イルンドは衛兵に軍団長へ会わせるように伝えた。

 イルンドは有名人だったから、ほぼ『顔パス』だった。

 すぐに天幕の中に入れてもらえた。

「何か状況に変化があったのか?イルンドよ」

 天幕の中では隻眼の男が副官らしき人物たちとあれこれと話をしていた。

「はい、この状況を打破するやもしれない情報です」

 イルンドはハッキリと言ってみせた。

 まだ、これから何をするのかも知らないのに。

 ロクシアもどうなるかも分からないのにだ。

「そうか……では聞くとしよう」

「その前に、お人払いを……」

「……そうか……」

 軍団長は一瞬、間があったが副官たちを天幕の外へと出した。

 今、その場にいるのは軍団長とイルンドとフリンギッラとロクシア。

 あと瓶の中のクセニだけだった。

「さあ、ロクシアちゃん♪これで大丈夫だよ」

「は、はい」

 ロクシアはおずおずと軍団長の前へと出た。

 フリンギッラとイルンドに凝視されている。

 猛烈に居心地が悪かった。

「私は第壱参魔法小隊所属『ロクシア・クルウィオストゥラ』と申します」

「ふむ」

「私が提案するのは『魔物との共闘』です」

「なんだって!?」

「イルンド、落ち着いて」

「し、しかし……!」

「信じて」

 フリンギッラの目を見てイルンドは引き下がった。

「続けなさい。ロクシアくん」

「ありがとうございます」

 軍団長に促されてロクシアは続けた。

「巨人と戦うためには魔物の力が必要なのです」

「なぜ、そう思うのかね?」

「それは、私自身が魔物と力を合わせた経験があるからです」

 軍団長の質問にロクシアはためらわず答えた。

 魔法使いなのに魔物と親しんだ事があるなんてとんでもない事だ。

 本来ならば絶対に口にしてはいけない内容だった。

「ほぅ……」

 軍団長もその話を聞いて眉をひそめた。

 ただでさえ厳つい表情が更に険しくなったように見える。

 場の空気が張り詰めていた。

「して、その『力』とはどれほどのものかね?」

「私がイルンド特一級魔法使いに勝てるほどです」

「なんと!?」

 イルンドは思わず声を出してしまった。

「君が『エックス』だったのか!?」

「……はい」

 『謎の魔物エックス』の存在は魔法使いの間では広く知られていた。

 もちろん、軍団長もイルンドから直接話を聞いている。

 エックスは魔法使いを震撼させる存在だった。

「なるほど。もしその話が本当なら、魔物と手を結ぶ意味はあると言うわけか」

 軍団長はあごひげを撫でた。

「では……!」

「だが、信用して良いのかな?」

「え?」

「仮に魔物と手を結んだとして、魔物が裏切らないという保証はあるのかね?」

「それは……」

 ロクシアには説明できなかった。

 確かにロクシアは魔物を信用している。

 しかし『保証』があるわけではない。

「もし、魔物に害意があるなら軍団長は亡くなっているでしょう」

 フリンギッラが助け舟を出した。

「それはどういう事かね?」

「今、この場に魔物が居ると言う事です」

「なんと!?」

「ロクシアちゃん、お客さんを見せてあげて♪」

 フリンギッラはロクシアの背負う瓶を指さした。

「まさか、その中には……」

「そのまさかだよ♪」

「非常識だぞ!!」

「非常事態だからね♪」

「……っ!」

 フリンギッラはイルンドに何を言われても平然としていた。

 この人がなぜいつも余裕を保てるのかロクシアは不思議でならなかった。

 フリンギッラは底の知れない人だった。

「さ、ロクシアちゃん♪」

「……はい」

 フリンギッラに促されてロクシアは瓶を開けた。

 中からクセニが恐る恐る顔を出した。

「この子は『クセニ』です」

「ど、どうも……」

 クセニは挨拶をした。

 イルンドはクセニを見て即座に『雷神』を抜刀しようとした。

 だが、柄頭をフリンギッラに抑えられてしまった。

「手を放してくれフリンギッラ!!」

「そんな事をしてる場合じゃないでしょう?あたしたちの敵は巨人のはずでしょう?」

 フリンギッラはイルンドを抑えたまま軍団長に問うた。

「軍団長、いかがですか?これが証拠です」

「……ふむ」

「軍団長、お願いです。魔物は危険ではありません!」

 ロクシアは懇願した。

 状況的には『魔物側の使者クセニが休戦協定の申し出に来た』形になっていた。

 これが人間だったら信用するかどうか一考の余地がある。

「……申し出を受けよう」

「ありがとうございます!」

「良かったね、ロクシアちゃん」

「……やむを得まい」

 反応は三者三様だったが一応、魔物と魔法使いの間で協調する事になった。

 日の出までそう時間は残されていなかった。

 急いでカウノと合流しなくてはいけない。

 人類の運命はたった一組の男女に掛けられようとしていた。

「ロクシア君……だったね」

「……はい」

 イルンドに呼び止められてロクシアは振り向いた。

 ロクシアは今からクセニの案内でカウノの元へと行く途中だった。

 ロクシアは少し、イルンドを警戒していた。

「今回、魔物と手を組む事になったわけだが私は正直、魔物を信用できない」

「……では、どうして?」

「フリンギッラが言ったからだ」

「え?」

「私は魔物は信用していないが、彼女の事なら信用できる」

「……隊長とはどういった関係なんですか?」

「フリンギッラから何も聞いていないのか?」

「はい、隊長は自分の事をあまり語らない人ですから……」

「そうか……では、私から教えられる事も無いな」

「どうしてですか?」

「彼女を裏切りたくないからだ」

「……」

「とにかく、私は彼女を信頼しているから今回の休戦に応じた。それを忘れないでくれ」

「……はい」

「援護は任せてくれ。君は彼女の大切な部下だ」

 ロクシアはイルンドにそう言われて複雑な気持ちだった。

 イルンドは部下から絶対の信頼を寄せられている。

 おそらく、それに足る人物なのだろう。

 後ろから刺されるなんて事は無いと思う。

 だが、魔物に心を開いてくれなかった事はとても残念だった。


「浮かない顔をしてるね、ロクシアちゃん」

「……隊長」

「イルンドに何か変な事を言われたの?」

「……いえ……大丈夫です」

「ふ~ん……そっか……」

 フリンギッラはロクシアの目を凝視していたがすぐにいつもの彼女に戻った。

「ちゃんと帰ってきてね♪ロクシアちゃん」

「はい!!」

「こっちです、ロクシアさん」

 ロクシアはクセニに手を引かれて門の外へ出た。

 いくら魔物との休戦協定が結ばれたとしても、魔物は中へ入れなかった。

 ロクシアが歩いていくと、そこには見慣れた一団がたたずんでいた。

「クセニ、無事だったか」

「はい。ロクシアさんの上司の方のおかげで無事に進みました」

「よし、でかしたぞ!」

 キクロはクセニを力いっぱい褒めた。

 キクロだけではない。

 その場にいた魔物全員がクセニを称えた。

「また会うとは思わなかったな」

「……あたしも」

 ロクシアとカウノは数か月ぶりに言葉を交わした。

 互いに今生の別れだと思っていた。

 もう二度と二人の道が交わる事はないと。

「お前ら、のんきにお話してる時間はねぇぞ!」

「分かってるよ!うるさい奴だな」

 キクロに横槍を入れられて二人は行動を開始した。

 合体して巨人と戦うのだ。

「カウノ」

「ロクシア」

「「合体!!」」

 二人は人類共通の敵を倒すために力を合わせた。

 空が白み始めていた。

 朝が近いのだ。


「ロクシア先輩、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ♪」

「まさかアイツが『エックス』だったとは」

「世間は狭いね♪」

「どうして隊長はそんなに落ち着いて居られるんですか?」

「そうっすよ。これが最後になるかもしれないんすよ?」

「信じてるからね」

 フリンギッラ率いる第壱参魔法小隊はロクシアを援護するべく出撃した。

「巨人、動き出しました!」

「見ればわかる!」

 イルンド隊は巨人にまっすぐ突っ込んでいった。

 朝日を浴びた巨人は再び輝きを取り戻していた。

 エネルギーが充填されたのだ。

「総員!攻撃開始!!」

 イルンドの号令で魔法使いの攻撃が始まった。

 攻撃は昨日よりも激しさを増していた。

 だが、巨人はものともしなかった。

 しかし、昨日とは違うところもあった。

「……巨人が……城から離れていく」

 巨人は昨日まで破壊していた王城を放置して急に都の外を目指し始めた。

 まるで、何かに引き寄せられるかのように。


「まっすぐこっちに来るね」

「やっぱりディノールニスの言ってた事は本当なんだな」

 ロクシアとカウノは防壁の上から巨人を見ていた。

 巨人は間違いなく二人を目指している。

 二人は巨人にとって最優先の標的なのだ。

「どうする?」

「街の中で戦闘は出来ないだろ?」

「……そうだね」

 そう言うと二人は防壁の外へと走り出した。

 自分たちをおとりにして巨人を誘い出すつもりなのだ。

 被害の出ない場所へ。

「……デュワ」

 巨人は逃げる二人を追った。

 そして、巨人を魔法使いたちが追った。

 まるでカルガモの集団のようだった。

「……ここまで来れば大丈夫だろう?」

 二人は都のはずれにある森に来ていた。

 ここは二人にとって因縁のある場所だ。

 ここを決戦の舞台に選んだ。

「さあ、かかって来いよ」

「ジョワ」

 先に仕掛けたのは巨人だった。

 巨人は左足でロクシアを踏みつぶそうとして来た。

 身長が四十メートルもあるのだから当然だ。

「今だ!」

 ロクシアは巨人が足を上げた瞬間を見計らって、巨人の右足を駆け上がった。

 地面に居ては地震に巻き込まれる。

 そうなれば一巻の終わりだ。

「しゃぁぁぁあああ!」

 ロクシアは魔物に五六式魔導銃剣を突き立てた。

 だが、ロクシアの魔具は巨人の肌に突き刺さらなかった。

 まるで鋼のように頑強だった。

「てやぁぁぁあああ!!」

 ロクシアは今度は『赤い手』で攻撃した。

 赤い手は巨人の表皮にわずかに傷をつけた。

 巨人に手形が付いている。

「(これなら、戦える!)」

 ロクシアはそう感じた。

 ダメージはごくわずかだ。

 だが、ダメージには違いなかった。

「ロクシア『あれ』を使うぞ」

「分かった」

 ロクシアたちの言う『あれ』とは『黒い刀』の事だった。

 合体の応用で発見したカウノを武器として使う技の事だ。

 魔力を凝縮させてあるから赤い手より威力があった。

「せいっ!」

 ロクシアは刀を巨人の胸に突き立てた。

 刀は見事に巨人の身体に突き刺さった。

「ジュワ!」

 だが、巨人は手でロクシアを払い除けてしまった。

 身長が四十メートルもあるのだ。

 二メートルの刀が刺さっても大した事はない。

「ぐ、くそっ!」

 ロクシアは着地しながら悪態をついた。

 確かにロクシアたちなら巨人にダメージを与えられる。

 だが、ごく微量なダメージだ。

 こんな方法では勝つ事なんて出来ない。

「カウノ、もう限界なの!?」

「もう魔石二つ分の魔力をフルに送ってるよ!」

 今の二人ではこれがせいぜいだった。

 だが、今のままでは巨人には勝てない。

 もっと大きな力が必要だった。

「(何か良い方法はないの?)」

 ロクシアがそう考えた時だった。

「総員、巨人を囲め!」

 イルンドの声が聞こえた。

 巨人を追って魔法使いたちが勢ぞろいしていた。

 緑の国の魔法使いがこの場に集まっていた。

「これだ!!」

 ロクシアはその様子を見てひらめいた。

「ああ、これだな」

 そして、それはカウノも同じだった。

「みんな!」

 ロクシアたちは魔法使いたちに呼びかけた。

 魔法使いたちの注目がロクシアたちに集まった。

「みんなの魔力を私たちに!」

「みんなの力を俺たちに!」

 ロクシアたちはそう叫ぶと周囲の魔力をかき集め始めた。

 二人の力では巨人を倒せない。

 だったらみんなから力を借りればいい。

「あたしたちの力が……ロクシアちゃんに……」

 ロクシアたちは何百何千と言う魔法使いから力を集めた。

 力を吸収する度にロクシアたちの姿が変わっていった。

 巨大で冒涜的な姿に。

「デュワ!」

 巨人はロクシアを掴んだ。

 ロクシアたちが力を吸収し終わる前に握りつぶすつもりなのだ。

 巨人の手に力が加えられていく。

「ロクシア先輩!!」

「ロクシア!!」

「カウノ!!」

「カウノさん!!」

 ロクシアやカウノの仲間が彼女たちを心配して叫んだ。

「大丈夫だよ♪」

 巨人の手がうごめいた。

 そして次の瞬間、手が破裂した。

「ジョワ!」

 巨人はあまりの出来事に二歩下がった。

 巨人の手から現れた『それ』はそのまま地上に落下した。

 そして、『それ』は周囲から魔力を吸い上げると巨人と同じくらいの大きさになった。

「何だ……あれは……?」

 魔法使いの誰かがそう漏らした。

 それは、天ではなく地ではない。

 そして、闇でもなく光でもない。

 もちろん魚でもなく、鳥でもなく、獣でもなく、家畜でもなかった。

「おお、あやつらやりおった!」

「ディノールニス、いつの間に居たんだ?」

「『あれ』こそが儂が目指していたもの!」

 ディノールニスは口から唾と泡を吹きながらまくし立てた。

 ひどく興奮している様子だった。

「『旧支配者形態』じゃ!!」


「……」

 ロクシアとカウノは巨人を見ていた。

 非常識に巨大化し、原形を失っても彼ら彼女らの意識までは変わらなかった。

 二人はどこまで行ってもあくまで人として戦っているのだ。

「行くよ……カウノ!」

「任せろ!」

 巨人も二人を見ていた。

 表情こそ分からないが明らかに二人を憎んでいる。

「ダァァァアアア!!!」

 巨人が腕を大きく広げて二人に襲い掛かった。

「来るよ!」

「分かってる!」

 ロクシアとカウノも巨人に対抗した。

 巨人とロクシアたちは組み合う形になった。

「ダァァァアアア!!」

「ウォォォオオオ!!」

 巨人もロクシアたちも一歩もひかなかった。

 力比べでは決着がつかないように見えた。

「せいっ!」

 カウノはとっさに『大外刈り』のような技を出した。

 魔物が使う格闘技の技だ。

「ジュワ!?」

 巨人はバランスを崩して倒れてしまった。

 倒れた巨人にカウノはすかさず『関節技』を掛けた。

 巨人の足が複雑な形に極められた。

「ダァァァアアア!!」

 巨人が地面をたたいて苦しがっている。

 効いているのは明らかだった。

「(このまま足を折ってやろう)」

 カウノはそう考え、力を込めた。

 しかし次の瞬間、カウノは巨人から飛び退いた。

「あっちぃ!!」

 カウノは熱さのあまり技を掛けていられなかったのだ。

 巨人が体温を意識的に上げたのだ。

 その証拠に、巨人の身体が光を放っていた。

「デュワ……」

 カウノが離れると巨人の身体は銀色に戻った。

 光るのは巨人にとってもリスクのある行動らしい。

 それだけエネルギーを大量に消費するのだろう。

「どうするの?カウノ」

「どうするって……また光られたら敵わないしな……」

 カウノたちは巨人が光るのが怖くて接近戦が出来ない。

 対する巨人も接近戦はあまりしたくなかった。

 両者はほぼ同時に同じ答えにたどり着いた。

「デュワ!」

 巨人は腕で『エル字』を作った。

 その形の意味は分からなかったが『必殺技』を使おうとしているのは明らかだった。

 そして、必殺技を使おうとしているのはロクシアたちも同じだった。

「ハァァァアアア!!!」

 ロクシアたちはありったけの魔力を込めて『黒い球』を作った。

 球の大きさはロクシアたちの手のひらサイズだった。

 だが、実際には二メートルを超える巨大な球だった。

「ジョワ!!」

 巨人の腕からロクシア目掛けて帯状の光線が放たれた。

 そして、同時にロクシアたちは『黒い球』を巨人目掛けて投げた。

 光線と球が両者の間でぶつかった。

「うわぁぁぁあああ!!!」

「きゃあ!」

 激しい音を立てて帯と球は数秒間拮抗していたが、やがて爆発した。

 その衝撃は激しく魔法使いたちは危うく飛ばされそうになった。

 嵐のような戦いだった。

「くっそぉ!」

「……」

 だが、巨人にもカウノたちにも決定打は入らなかった。

 もちろん、お互いに無傷ではなくいくらかのダメージは入った。

 しかし、必殺技を使ったにしてはあまりにもダメージが小さかった。

「どうするの?カウノ」

「どうするのって言ったって……」

 ここまで来て手詰まりになってしまった。

 接近戦でも決着がつかない、必殺技も引き分ける。

 どうすれば良いと言うのか?

「(もっと魔力があれば……)」

 カウノはそう思ったがそんな都合良くあるだろうか?

 もう魔法使いたちの魔力は余す事無くカウノたちに集められている。

 カウノが苦し紛れにふと目を向けた時。

「あ!あれだ!!」

「あれ?」

 カウノたちが見たものは巨人の攻撃で半壊した都だった。

「あそこなら魔力が溜まってるはずだ!」

 カウノたちはそう確信していた。

 都では毎日何人もの魔法使いが寝起きしている。

 そして、都は防壁で囲われているから風通しも悪い。

 条件は整っていた。

「ハァァァアアア!!!」

 カウノはさっそく、都の残留魔力を吸い上げ始めた。

 都から薄紅色の『もや』みたいなものがカウノに漂ってきた。

 カウノたちはもやを集めて再び『黒い球』を作り始めた。

「!?」

 巨人はその様子を見て驚愕した。

 なぜなら、球がさっきよりはるかに大きかったからだ。

 少なくとも十倍はある。

「ホァァァアアア!!」

 巨人の身体がひときわ輝いたと思ったら、輝きが腕に集まり始めた。

 そして同時に、胸の中心にある『青い石』が明滅し始めた。

 巨人が自分の持つ全エネルギーをかき集めているのだ。

「……」

 魔法使いと魔物たちは両者を見守っていた。

 光を集める巨人と漆黒の球を作るロクシアたち。

 偶然にも両者は対照的だった。

「隊長!俺たちにも何か出来ないんスか!?」

「無いと思うよ?」

「今のうちにアイツをやっちまうってのは?」

「う~ん、無理かな?」

 カルドゥエリスとフリンギッラはそんな会話をしていた。

 魔法使いでは巨人を傷付けられない。

 魔力を吸い上げられていてはなおさらだ。

「じゃあ、俺たちは何も出来ないんスか?」

「あたしたちに出来る事と言ったら、祈る事くらいかな?」

「何を?」

「ロクシアちゃんが勝つ事を♪」

 次の一撃で人類の運命が決まる。

 フリンギッラはそう感じてた。

「シュワッチ!!」

 先に光線を発射したのは巨人だった。

 巨人の放った全身全霊を込めた一撃がロクシアたちに飛んでいく。

 あまりにも多量のエネルギーが込められているせいで巨人の腕が赤く燃えていた。

「今だっ!」

 一瞬遅れてロクシアたちも『黒い球』を投げた。

 ロクシアに到達する前に光線が球にぶつかった。

 そこまでは先程とそう変わらなかった。

「!!?」

 だが、結果までは同じにならなかった。

 光線と球は二秒くらい拮抗していたがやがて球が優勢になった。

 巨人に向かって球が進んでいく。

「シャァァァアアア!!!」

 巨人は光線を強めた。

 光線が光り輝き、まるで太陽のようだった。

 反動で巨人の身体がひび割れていった。

「いっけぇぇぇえええ!!!」

 ロクシアとカウノは叫んだ。

 二人だけではない。

 その光景を見ていた全ての人が絶叫していた。

 その想いに応えるように球が巨大化し、光線をはじき返して巨人に向かった。

「……ジュワァ……」

 それを見て、巨人はあきらめた。

 邪悪なる者共を滅ぼすのは無理だと悟った。

 そのまま、巨人は球に飲み込まれていった。


「……勝った……のか?」

 辺りは静まり返っていた。

 巨人は消え、ロクシアとカウノが立っていた。

 まるで嵐が通り過ぎた後のようだった。

「終わったね、カウノ」

「いいや、それは違うな」

「え?」

「始まったんだ」

巨人に人類が勝利してからいくらか月日がたった。

 うぐいすが季節の訪れを告げる頃になったある日。

「遅っせぇな!ロクシアはよぉ!!」

「先輩がギリギリに来るなんていつもの事じゃないですか」

「でも、ロクシアちゃんが遅刻した事なんて一度もないでしょ♪」

 フリンギッラをはじめとした第壱参魔法小隊の面子は噴水の前でたむろしていた。

 今日は大切な式典があるのだ。

 それなのに重要な立役者がまだ姿を現していないのだ。

 その当の本人は何をしていたかと言うと

「ほら、もう少しだからね」

「気を付けてね。お姉ちゃん」

 猫を救助していた。

 本当は本人も時間が無い事を知っている。

 しかし目の前で『キャルちゃん』のために泣いている子供を放っておけなかった。

「よし、捕まえた!」

 ロクシアはキャルちゃんを抱き込むと木から飛び降りた。

 スタッと言う音を立ててロクシアは危なげなく着地した。

 キャルちゃんはロクシアの腕の中でもがいていた。

「キャルちゃん!!」

「ほら、これでもう大丈夫だよ」

「ありがとう!お姉ちゃん」

「どういたしまして」

 ロクシアがそんな事を言っている時だった。

 ゴーン、ゴーン

 鐘の音が時間を知らせた。

「えっ!?」

「どうしたの?お姉ちゃん」

「あ、ごめんね。お姉ちゃん行かなくちゃいけないの」

 ロクシアは少女に別れを告げると走り出した。

 こんな事が前もあった。

 ちょうど一年前だ。

「ヤバイ!ヤバイ!!ヤバイ!!!」

 ロクシアは走った。

 カウノと出会ったあの日も遅刻しそうになっていた。

「……鐘が鳴っちゃいましたね」

「探しに行った方が良いんじゃないっスか?」

「もう少し待ってみようよ♪」

 フリンギッラたちがそんな会話をしている時だった。

 けたたましい足音が近づいてくる。

 それだけで三人には誰が近づいているのかが分かった。

「あ、ロクシア先輩が来ました」

「ったく遅せぇなー」

「でもまぁ時間ギリギリかな?」

 三人は腰を上げると足音の方を向いた。

 足音の正体はやっぱり三人が話している通りだった。

「すみません!猫を助けていたら……」

「大丈夫だよ♪ロクシアちゃん」

「先輩、変わりませんね」

「この一年でお前は何を学んだんだよ!」

 四人はお決まりのやり取りを交わした。

 一年前と変わらないメンツ。

 一年前と変わらないやり取り。

 だが、変わった部分もあった。

「さて、本日の主役も来た事だし行こうか?みんな」

「はい!」

「う~す」

「了解です」

「ロクシアちゃん、原稿は覚えてきた?」

「はい、ばっちりです」

 今日の式典はロクシアがとても重要な役割を担う。

 なぜなら彼女は『魔物との和解を受け持った張本人』だからだ。

 本日の式典とは『魔物との和平条約の締結の式典』なのだ。

「カウノさんともちゃんと打合せしてある?」

「はい、アイツは人前で話すのは慣れてるので問題ないと思います」

「そっか♪」

 時に西暦5173年3月5日。九つの国は正式に魔物を『人間』と認定し謝罪した。

 魔物たちには恩赦が与えられ、長く続いた対立構造に終止符が打たれた。

 人類はこれから共存共生の道を歩んで行く事になる。

 表面上は。

この度は『それは魔法使いと魔物の物語り』を読んでいただき、本当にありがとうございました。

あなたと出会えたこのご縁に感謝しています。

重ねてお礼を申し上げます。

ありがとうございました。


もし、よろしければ感想を教えてください。

次の作品の参考にしたいと思っています。

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