異世界物語が始まる導入のみ
突然世界がひっくり返った。
衝撃を感じた瞬間、景色が歪んで音が消えた。
立っていたはずなのに、背中に地面の感触を覚える。目を開けているはずなのに目の前は真っ暗で、音もはっきりと認知出来ず、有耶無耶と聞こえるなにかの音。
状況が飲み込めず、起き上がろうとしても、体が動かない。
起きなければと頑張るものの、テレビの電源が切れるようにプツリと意識が落ちた。
真っ暗な意識の中、深海から浮上するような感覚を覚え、そのまま身を任せ目を覚ます。
が、眩しすぎる白に目が痛む。
徐々に慣れさせて、あたりを確認すると、そこには何も無かった。
どこかに光源がある訳でもないのに、不気味な程に真っ白な空間。
不思議と恐怖は無かった。
逆にどこか安心するような感覚を覚える。
その時不意に脳内に響く音が聞こえた。
それは言葉として理解ができた。
「『突然の事で驚いているだろうけど、先に説明をしよう。』」
男でも女でも子供でも老人でも取れるような声で分からないが、何故か本能というのか、逆らっては行けないようなきがした。
大人しく話をきくことにする。
「『ここは世界と世界の狭間に存在する隔離空間。何故お前がここに居るのかだが。結論から言うと貴方は死んだ。
僕の予期せぬ何らかの力があんたの運命を大きく狂わせてしまったんだ。
肉体は死を迎え、精神は乖離し、魂が消滅仕掛けていたの。
急遽この空間に引っ張り、力の影響下から逃したが、輪廻の輪に戻すことが出来なくなってしまいました。』」
何人も居るように思える様々な口調でまるで興味がなさそうに、淡々と私にとって衝撃的な内容を述べられる。
それでも何故か私は至極冷静だった。
意識が落ちる前のあの光景が、私の死だったと言われれば心のどこかにストンと落ち着く。
声は続けた。
「『そこでだ、お前を別の世界に移転させることにした。同じ世界に埋め込んでもまた死なれては困るから、せめてもの救いに記憶はそのままにしておくよ。向こうでの生活はお前が天寿をまっとうするまで保証し優遇措置をとりましょう。以上だ。』」
つまり、これって……異世界転生?
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
まてまて、待って欲しい。私はファンタジーは好きだがあくまでも見る側だ。
私は平穏を望む。常識の通じない世界だったらどうする、無理だ、私は平和ボケした日本人、命懸けなんて嫌だ……!
何とか異議を申し立てようと声を出そうとした時私は気づいた。
言葉を出そうにも声が出ない。
それ以前に口も手も足も呼吸も、感覚が感じられない。
重力も浮遊感も何も無い。
辺りは真っ白で自分がその白に溶け込んでいるような感覚に陥る。
声は仰った。
「『拒否権はありません。時間がないからね、早く終わらしましょう。せいぜい楽しめ。』」
声がそういった途端、世界がホワイトアウトする。
有無を言わせぬうちに私の意識はまた、深い海へと落ちていく。
まるで夢のような出来事だ。
何故、最初に夢だと思わなかったのかは不思議だ。
あの声からは現実だと思わせる何かがあった。
人間に限らず生物、森羅万象全てをどうにか出来そうな……そう、神様。
その言葉がしっくり来る。
夢から覚めるように、目を開ければそこに広がるのは私の顔を覗くように広がる風にそよそよと揺れる木。その隙間から覗く太陽の光に目を凝らしゆっくりと起き上がった。
目に映った光景に私は目を大きく見開けた。
目の前には地平線広大に広がる緑、それ全て木、木、木、つまりは森だ。
所々波のようにうねっていて、山にも見える。
足が地面につかない違和感にふと足元を見れば、恐怖に後ずさる。
山が崩れたのか岩肌が見え、崖のようになり、ここはほかよりもうんと高い場所にあった。
高所恐怖症でなくとも寝ている間に足が宙ぶらりんになっていたら、怖い。
一息ついて、辺りを見回す。
森だ……一見普通の森である。だが私は気づいてしまった。
私の世界では見ることの無い、ありえないものに。
「く、クジラ?」
空を優雅に泳ぐ白い巨大なクジラの形をした物体が飛んでいるのを見つけた。海を泳いでるはずのそれは、重力を無視するように空を泳いでいた。それだけでも充分自分を疑ったが、おかしいのはそれだけではなかった。
発光している蝶、踊る草花、浮いているクリオネらしきもの、電気を纏った鹿、瞬間移動する鼠……ここまで来れば、何が来ても驚かない精神だったが、目の前の光景に放心する。
ただの川だと思って辿っていたら、滝を見つけた。綺麗な透明な泉に大きな音を立てて落ちる豪快で美しい滝だったが、よくよくみればそれはただの滝じゃくて、逆だった。
下から上に水が流れていた。泉から水柱を立てて上流へと流れていっている。これだけなら泉から水が湧き上がっているとでも思えたが、川は坂を登るようにして、流れていた。重力無視にも程があるだろう。
夢ではないと、認めたくなかったが、これはもう認めるしかなかった。
これは現実
ここは異世界であると。