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1話

「こ、ここは?」


 見ると視界には神々しい遺跡が目に映る。周りには姉妹が倒れていた。


 どういうことだ? さきほどまで確かに三音の運転で車に乗っていて、そしてトラックと正面衝突した。はずだったが、明らかに今いる場所が違う。日常の中ではありえないような空間。まるで、異世界――。


 一斗が普段やっていたオンラインゲーム。クエストクエイサーの中のような。中世ヨーロッパを思わせる石造りの神殿の中、そこに寝かされていたのである。


「お目覚めですか? 異世界の勇者様」


 見ると通路の奥から何人もの人間たちが入ってくる。剣をもった甲冑に身をまとう男たち。そして、豪勢なローブをたずさえ、頭には王冠が輝く男性。よこには純白のベールをまとったすきとおるような金髪の、(推定Fカップ)、女神と見違えるほどの美女もあった。


「いてて、なによ、ここ」


 遅れて姉たちも目を覚ます。


「勇者様方、スクラヴィア王国にようこそ。わしはこの国の王アルシウムと申します」


 そういって王と名乗る初老の男性は頭を下げる。


 通して今一斗たちが立たされている状況を彼が説明した。


 この世界には魔法という概念がある。人間と魔物が争っている。現在魔王の進行によって人間界は絶滅の危機に瀕している。古くからの言い伝えにのっとり、異世界から勇者の召喚を行った。


 きみたちは勇者だ! 世界を救ってくれ。


 とのことである。


 馬鹿らしい。馬鹿らしいほどに……。


「異世界。まじかよ」


 最高だった。


「わたしからもお願いいたしますわ。勇者様」


 そういって女神と思しき美女が頭を下げる。先ほどの話の中で出てきた。この国の姫君でアルナというそうだ。この国には彼女のほかに3人の兄弟がいたそうだが、全員が魔族との闘いによって命を落としたという。


「親であるわしがいうのもなんだが、アルナは世界で一番といっていいほどの器量。わしは三人の息子を愚策で失った……もはやわしの王という地位は形骸化した無意味なものよ。もし魔王を倒し世界を救う勇者があるというなら、アルナを嫁に、とそう思っておる」


「お、お父様」


 姫は恥ずかしそうに赤面する。


「アルナと結婚し、この国の王としよう」


 そういったのである。魔王を倒せば、あの美女(推定Fカップ)と結婚? 昨夜はお楽しみでしたって!?


「今」

 だが、となりでゴゴゴゴと空気が震える音が聞こえる。


「なんといいましたかねえ、王様」


 一音である。


「い、いちねえ……」


「いっちゃんと結婚する。あなたが?」


「け、結婚するとは、い、いってませんわ。もし勇者様が魔王を倒し世界を救ってくださったのならそのあかつきには、私の身をささげてもよいと、そう申して……」


「Booooo…… you whore……(死ね……売女)」

 ぼそりとつぶやく。


「な、なんとおしゃりました?」


「メス豚の分際でわたしのいっちゃんに色目使ってんじゃねえぞ、消してやろうか? といっているの」


 そういってにっこりとほほ笑んだ。


「め、めすぶ……」


「違いました? 文化の違いですかねえ。私の生まれた国では、身体をちらつかせて要求を満たそうとする豚のことを、メス豚というのです。盛りのついた性悪なケダモノに例えましてねえ」


「お、お父様!」

 と姫様が怒号をあげる。


「は。ゆ、勇者様といえ、言葉が過ぎますぞ。我が姫への罵倒、さすがに看過できない……」


 そういって王が手をあげる。すると周りをかこっていた兵士たちが剣を一斉に構える。


「ちょっとかず姉ちゃん……。あの王様、少し発言してもよろしいでしょうか?」

 そういって前に出たのは四音だった。


「先ほどまでの話を総合するに、この国の戦力では到底魔王の軍勢にかなわず、人間は危機に瀕している。ゆえに私たちが召喚された。……つまり王様は私たちに、魔王の軍勢に匹敵する戦力を期待している、ということになりますよね」


「そ、そうだ。しかしこれほどの無礼は……」


「勝てると、思っているんですかねえ。仮に私たちにそれほどの力を期待している、というのなら、こんな戦力で。まして、私たちと違える。その意思表示と受け取ってよろしいと?」


「それは……」


「剣を下しなさい」

 一周、兵士たちを睨みつけながら言う。


「下ろしなさい」


 まるで神に命じられたかのように、兵士たちは剣を地面へと落とした。


 当然そうせざるをえない凄味が、彼女の言葉にはあったのだ。


 これが日本芸能界が誇る宝。若干16歳。最年少日本アカデミー賞受賞女優、西園寺四音の演説である。


「フフ、形骸化した無意味な称号というのも、あながち状況を的確に判断した言葉だったようですねえ。王様、あなたには従えないと」


「く、く……そうだ。あなたがた勇者が魔王に匹敵する戦力なのだ……。すまない、逆らおうとは思ってないのだ」


「そうですよね。私たちは救世主にもジョーカーにもなりえる。世界を滅ぼしうる魔王に匹敵する戦力。当然、一国を滅ぼすこともわけないほどの力が、私たちにあると、評してのこれ、なのですから」


 どこか嬉しそうにしながら二音もいう。興奮しているようだ。珍しいが。


「一斗くん。私たち、異世界召喚されちゃったんだよ。魔法も使えるのかな? 使えるよね」


 心底この状況を嬉しがっているようである。まあ一斗も人のことは言えないが。


「とかくさあ。魔王って戦うって何よ。いくらうちが日本チャンピオンって言ったって、世界を救えるほどの力かって話。対多人数、そういう想定もしてなかったわけじゃないけど、実戦経験があるってわけでもない。四音には話を折っちゃって悪いんだけどさあ……」


「三音ちゃん、きっとチートだよ」

 嬉しそうに二音が言う。


「チート?」


「そう。こういう場合、異世界に召喚された人間はすごい能力とか力がもらえて、魔王にも匹敵する力を得るのが相場なんだよ」


「は? なにそれ。なんですごい力よ?」


「というかそうじゃなかったら異世界人を召喚するメリットなんてない。異世界人を召喚したらすごい戦力になる。そういうロジックで彼らが私たちを召喚したってことなんだから、チート能力得られないと。元の世界のままだったら、三音ちゃんなら強いかもだけど。……まあ現代知識系という可能性もあるにはあるかも?」


 考え込むように二音は頭を抱える。


「そうするとチートなんてない、ってパターンもある? そうなると無双できない。というか、一音お姉ちゃんが頼りってことになっちゃうよねえ。案外そっちでも、『おもしろそう』、かも……」


「んー? 二音が何言ってんのか全然わからん」


 つまり、二音は異世界召喚された自分たちがなんのチートも得ることがなく、現代知識を駆使してなんとかやっていくしかないということを想像しているのだろう。


「とはいえ、行けそう。かずねえだったら……」

 ぼそりと一斗もつぶやく。


「そうなんだよ! 見ると彼らの文明レベルはそれほど高くない。武器の質を見ても、中世ってとこ。重火器の類もなさそうだし、一音お姉ちゃんなら素で開発できそう!」


「重火器って……。私専門は生体科学なのよ……。拳銃なんて作れるのかしら」


「火薬さえできれば、いけると思うんだけど……。火薬の制作なら、まえミステリ小説で使って調べたことがあるの。なら鉄砲とか原始的な大砲ならいけないかな? 鉄の精製とかできない?」


「あー、鉄の精錬なら高校の時に習ったわよねえ」


「ええ! 習ったっけ?」


「二音ちゃんは文系だから?」


「そういう問題かな……というかよく高校の内容覚えてるね。っていうのも愚問か。全国一位……」


「い、いえ。皆さん。あの、力を我々のために使ってくれるならという前提ですが」

 しばらく話していると、しびれを切らしてか王が提案する。


「あなたがたへの力を私たちの知っている限り説明する用意があります。ですが、そのために我が国、いえ人類のために」


「だ、か、らー」

 はあっと大きくため息をついて四音は言う。


「ちょっととさかにきてんだってこっちも。あんたらの都合でさ、いきなりこんなとこ連れてこられて。いい? 私たちは一分一秒も無駄にしたくない、できない。この経験が芸の肥やしになるかも、その一縷の望みのためだけに私は自我を保ってられる。わからないのですかね。切れそうなんだわ」


 王はびくっと震える。


「全部出せ。知っていること、知らないこと。その結果、私たちがあなたたちと手を組むのか、そうしないのか、そのあと決める。いいか? 正義の名の元だとしても、こっちから見ればあんたらのしている行為はただの拉致。人民の拉致は私たちの故郷、日本国への侵略行為。戦争を、ふっかけてるのはあんたらだ」


 とはいえ。四音の言葉は言い過ぎではない。西園寺四姉妹の消失。日本においてこれが各界に与える損害は計り知れない。


「そもそも自分たちですら手に負えない戦力を従わせる確固たるビジョンもなく使用するって愚かよねえ。まるで、そう。現代人が核兵器で身を亡ぼすみたいな話ね」

 クスクスと一音は笑う。


「わ、わかりました。あなた方に秘められた力、そして、この国の現状、魔王について。知る限りすべてをお話しします。あなたがたが私たちと敵対するのかそうでないのか、どちらを選択するにせよ、私たちは友愛の意を表明します。先ほどの剣を向けた非礼をお詫びいたします」


 王はうなだれながらもそう詫びた。



「まず、あなたがた勇者様が異世界から召喚された際に与えられる力ですが、何も特別な新たな力が与えられるというわけではないようなのです。もちろん私たちも、古文書の知識でしかないのですが、異世界からの勇者は地球にいたときの能力が何倍にも何十倍にも強化される、と……」


 そこまで言った瞬間、ドンッという轟音が遺跡に響く。


「なーる」


 三音の足元である。地面がえぐれていた。


 さらに三音が足に力を籠めると、飛び上がり、10メートルはある天井に軽々と触れていた。


「な、なんという。強化魔法を使用していないで、これ、か――」


 スキル:破壊神(デウスエクスマキナ)――西園寺三音。


「そして、もちろん、異世界からの勇者様も魔法を使えます。魔法とは体内にあるマナを放出して使用する現象です。たとえば、このように」


 そういって王は手をあげる。そこに炎が纏う。


 いくつかの魔法の基礎を王は説明していく。


「なるほど理解しました」


 そういって一音は壁に向かって手を掲げる。


「水魔法を利用して精製した自ら酸素と水素を分解、さらに風魔法で真空を作り上げ、周囲に壁を作ることで道を開く。そして炎――」


 瞬間、炎の光線が壁を粉砕し、数十メートル先まで地面をえぐりながら進んでいく。


 スキル:全知全能(アガスティア)――西園寺一音。



「魔法ってそれだけ? なら人間を召喚するという原理はなんなんでしょうか? ここではない世界から何かを生み出す。取り出すことができるとしたら」


 二音がぶつぶつと考え込むように何かをつぶやく。


「召喚!」


 両手を天に掲げる。空間に幾何学的な模様が浮かんでいく。瞬間である。空間が割れ、漆黒の龍が天井へと昇っていく。


「ぐろろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 耳をつんざくような轟音。


「やっぱり。人間を召喚できるんだから、ドラゴンだって当然」


 スキル:創造主(デミウルゴス)――西園寺二音。



「あ、危ない! 四音ちゃん」


 二音が召喚したドラゴンが空を旋回すると暴れまわり、四音に向かっていく。


 が、四音は静かに手をドラゴンに向かって掲げる。


「止まりなさい」


 空間が震えるような声。と、同時にドラゴンは地面に下り、首を垂れる。


「すべてを演じ、従える。すべては一つにつながる、か」


 スキル:運命樹(ユグドラシル)――西園寺四音。



 そして――、一斗。


「あ、現れろ炎」


 ぼうっと手の上に炎の塊が現れると地面にポトリと落ちる。


「け、剣を貸してくれ。うぉおおっ!」


 壁に向かってふるう。非力な一斗の力を考えれば幾分か増している、ような気はするが、岩はもちろん切れない。


「召喚! 現れろモンスター」

 もちろん出ない。


「時よ、止まれ! ザワールド!」

 止まらない。


「超回復か!?」

 剣で指先を切ってみるが、止まらない。


「……」


「……」




「いや、四人の勇者様方。驚きました。古文書のそれ、どころではありません。伝説以上の代物。今まで史上、何度か勇者召喚は試みられたというが、あなたがたのそれは歴代で最高であることは自明でしょう」


 四人の勇者様方――。



「く、……」


 どうして?

 いつもそうだった。一斗にはなにもない。あの世界であってさえ、そしてこの世界にあってすらも、何も。


 才能が全くないわけではないのだ。たしかに一斗のあらゆる能力はアップしているだろう。


 手合わせしてみたが、兵士長にはぼろくそに負けたが、訓練している普通の一兵士にはぎりぎりで勝てるくらいの腕力はあった。魔法も基礎を学びなおしたところ、魔法学校に通っている一般的な生徒たちに混ざれば優秀と評される程度には魔力もあるようだった。地道に訓練していけばこの世界において、剣にしろ魔法にしろ、王国の正規兵にはなれることを期待できる程度の戦力はあるだろうとのことだった。





 5人で力試しとモンスター跋扈するダンジョンに向かった。姉たちの力はさすがだった。一斗は完全に足手まといだった。逆に一斗を庇ったために一音にけがをさせるような始末だった。一音の本気の涙を見て、一斗は冒険に出ることをやめた。


 四人は本格的に魔王軍に対するために訓練を開始した。冒険に出ては魔物と戦いダンジョンに行ってはレベルを上げていった。そんな折、魔王軍は配下、16体いるという魔人。1体であったとしても一国を亡ぼすもたやすいといわれる化け物。その一体が、王国に侵攻した。四人はそれを討伐した。この世界にきて、わずか1週間での出来事だった。


 国は、いや世界は沸き立った。侵略され虐げられるだけだった人間に、一筋の光がさした。


 西園寺四姉妹はこの世界でも英雄になった。



 そして――



 町のレストランで、一斗は一人寂しく食事をしていた。



『あ、あれ、勇者様の』

『え? 弟? 召喚された勇者様って4人じゃ』

『いや、5人いる、いや、いたらしいぜ』


 あの有名な勇者様の弟――。


 それが一斗の現実だった。

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