謎の錬金術師③
「お前が言うポーションも、瞬時に傷を治すものなのか?」
「治すけど、回復の効果は二割程度だな。
わかりやすく言うと、擦り傷なら完全に治せるけど、あんたみたいに内蔵を傷つけられたら、完全回復は無理だな。
あんたは気を失ったあと、黒いポーションを飲まされていたから止血できていたけど、傷は残ってて熱がでていたんだ」
セトの話を頭で整理しながら、サラは腕組みをする。
「アメリア嬢の作ったポーションは偽物だが、同じような効能を持っているということか」
「そうだろうな。【賢者の石】は、願いを叶える霊薬の総称だ。効能は様々。すげえ力を発揮したり、どんなケガも治したり。この完全回復薬だって、賢者の石と言ってもいいし」
そういうものなのだろうか。
聖女の力の根元も賢者の石らしいし、神の力を授ける石なのかもしれない。
「あ、あんたに飲ませた完全回復薬は、純正品だから安心しろ。レシピ通りに、ユニコーンの角と純金と二十種類のスパイスを混ぜてある!」
セトは得意気な顔をするが、ユニコーン──ひたいに長い角がある馬なんて神話にでてくるものだ。
「ユニコーンは架空の生き物だろう……」
「違うな。存在するし、この世界に生きている。警戒心が強いから人から隠れているだけだ」
にわかに信じられない話だ。
だが、彼自身ハーツマタという奇跡みたいな存在なので、信じてもいいような気になってしまう。
サラは深く息を吐き出した。
信じられない話を連発されたが、どうにもセトは自分に起きた出来事に詳しすぎる。一体、なぜ?
「ユニコーンのいるいない話はいい。お前はなぜ、私のことをそんなに知っているんだ」
「ん? ゴーレムを飛ばして、あんたのこと全部、見てた。二年ぐらいかな」
平然とVサインをするセトに、サラは目を細める。
「睨むなよ。情報収集するには、しかたねえだろ。あぁ、ゴーレムってのはこれな」
セトはまた雑嚢に手を入れて、中を漁りだす。
自分を監視していた理由を問いただしたくなったが、手の内を見せてくれるなら先に聞くことにした。
セトはサラの知らない錬金術をたやすく使い、何をしでかすか分からない。
情報は多い方がいい。
その方が戦略も練りやすい。
「あった、あった」
セトが雑嚢から白い鳥を取り出した。
白い鳥は羽がたたまれたままで動かない。
剥製のように見える。
「ゴーレム……なのか? 砂ではないのに?」
砂人間を思い出して疑問を口にする。
「ゴーレムだよ。あぁ、あの砂人形たちもそうだったな。
ゴーレムっていうのは、術者の命令しか聞かない【命のない人形】の総称だ。
ほら、ここ。腹にemeth──真理──って書いてあるだろ。この文字が動力源になって、命令に従って動き出す」
白い鳥の羽をかきわけると、腹に小さな文字が描かれていた。この国の文字の形ではないが、emethと言われればそう読める。
「原料は砂なのか?」
「ほぼ土でできている。ほら」
セトはemethの頭文字を指でほじって消す。すると、鳥は土気色に変色して、ぼろっと崩れて砂になった。
黒い瞳だけが残って、彼の膝の上で転がった。
その光景にサラは驚く。
「ゴーレムは頭文字を消すとmeth──死を命令されて、あっけなく崩れるんだ。
あぁ、馬車を襲撃したときに、砂人形たちもいたけど、同じようにぶっ壊しておいた」
サラはぎょっとした。
「……あのゴーレムたちをか?」
「あぁ、細工が分かれば簡単に倒せる」
自分が苦戦した砂人間たちを目の前の男は倒したというのか。
──倒しかたがあるなら知りたい。
「どうやって倒した?」
低い声で尋ねると、セトは楽しげに口の端を持ち上げる。
「あの砂人間はemethって書かれた護符が仕込まれていたんだ。護符を取り出して、頭文字を破いてやった」
「……護符? 文字が彫られていたわけではないのか?」
「ゴーレムを動かすのは、護符を使うのが一般的だな。まぁ、おれは証拠が残るから護符なんて使わねーけど……」
切なく目を細めてセトは砂になってしまったゴーレムを見る。
瞳を雑嚢にしまって、膝に落ちた土を払うために立ち上がった。
サラは表情を変えずに問いただす。
「なら、護符の頭文字さえ破けば倒せるんだな」
「倒せる。あんたも倒せるよ」
サラの心がわずかに高揚した。
「嬉しそうな顔してんな。ゾクゾクする」
上機嫌でこっちを見るセトに、サラは瞬時に真顔になった。
見透かされてばつが悪い。
セトは笑顔のまま、また雑嚢を漁って白い鳥を取り出した。
大きいものには見えないが、何羽入っているのだろう。
「ゴーレムが動いているところを見るか?」
笑顔のまま言われて頷く。
セトはワンピースを作ったときと同じように動いて、白い鳥に両手をつけた。
鳥の黒い目が光り、羽を広げて飛んだ。
薄く口を開いたサラの頭上を一周して、鳥はセトの頭の上にのった。
クックーとは鳴かない。
「このゴーレムは見たものをオペラグラスにうつしてくれるんだ」
セトは白い鳥を頭にのせながら腰を屈めて、また雑嚢を漁りだす。
彼が屈むと、白い鳥は飛んで空中で羽ばたいた。
観劇に使うような双眼鏡を二つ、セトが取り出してこちらを向き直ると、白い鳥はまた彼の頭にのった。
「ほら、こっちのオペラグラスで中を覗いてみろよ」
押し付けられるように双眼鏡を手渡され、警戒しながらも中を覗く。
丸い二つの穴から見えたのは、双眼鏡を覗いている自分だった。
鏡を見ているような光景だったが、見下ろすような視点だ。
セトは自分よりも頭一つ分くらい上の背丈なので、そのせいだろう。
サラは摩訶不思議な光景に首をひねりながら、目から双眼鏡を外した。
双眼鏡をしげしげと見つめる。
どういう原理なのか、さっぱり分からない。
「鳥の形にしたのは、最も警戒されないからだ。あんたの国では鳥が神の使いと呼ばれているだろ?」
「……そうだが」
呟きながらサラはうなった。
彼のいうことは理にかなったものだったからだ。
国が祀るロスター教は、死者を土に埋める土葬ではなく、高い崖に安置する鳥葬をする。
不死鳥に似た鳥──神の使いに肉体を啄ませ、最後の穢れを払ってもらうのだ。
もちろん鳥を殺すことは禁止されていた。
鳥が飛んでても国内なら殺されることはない。
監視するならうってつけのものだった。
感心していると、セトがもう一つの双眼鏡を覗き込んでこっちを見た。
「こっちは王宮を見張っているやつ。ちょうど王子が見えるぞ」
王子の言葉に、癒えたはずの脇腹の筋肉がひくついた。
刺された衝撃と屈辱がよみがえる。
サラはひとつ小さく息を吐いて、悔しさを胸に押し込めた。
「見せてくれ」
セトは乳白色の目を丸くして、双眼鏡を手渡す。
中を覗くと、ドルトルが男に何か言っている場面が見えた。部屋の様子に覚えがある。
ここはドルトルの執務室だろう。今は夜なので、室内ではこうこうと蝋燭の炎が燃えていた。
夜は蝋燭を多く使用するので、室内がよく見えた。
鳥は窓の外にある手すりに留まっているようだ。王宮の窓は鳥(神の使い)を呼びやすいようにすべての窓に木の手すりをつけていた。
ドルトルが話しかけている男は服装からみて護衛官だろう。
音声は拾えないので、何を言っているのか分からないが、ドルトルは酷薄な目で話しかけている。
護衛官は近衛兵に捕らわれているようで、手錠がつけられていた。ドルトルの前に膝をつき青ざめている。
ドルトルが口を閉じると、護衛官は狂ったように泣き叫び、頭を床にこすりつける。
彼は表情を変えずに近衛兵に合図を送ると、護衛官は何かを喚きながら部屋から退室させられていた。
ドルトルの視線がふとこちらに向いて、目が合った。
彼の双璧は鋭く尖っていた。
神の使いを見ているはずなのに、こんな目をするのはなぜか。
サラの鼓動が早くなっていく。
まるで自分を見て、絶対に逃さないと言われているみたいだ。
唇が彼の感触を。
脇腹が鮮烈な痛みを思い出す。
心臓が彼の手で鷲掴みにされて、息がとまった。
「────おいっ!」
肩を乱暴に掴まれて、サラは我に返った。
眼前にセトの焦った顔がある。
「大丈夫か? すげえ、顔色悪い」
心配げに眉が下がっている顔をみて、ドルトルから離れた場所にいることを思い出した。
忘れていた呼吸を取り戻し、大きく息をすった。
はっ、と音を出しながら呼吸をする間も、セトは心配そうにサラの顔を覗いていた。
いささか距離が近すぎるが、離れろとは言えない。
ドルトルとは違う腕なのが落ち着く。
変な感じだ。
会ったばかりの男の顔を見て安心するなんて。
「……大丈夫だ」
「まだ青ざめてる。手だって震えているじゃねえか」
セトの視線の先にある自分の指は小刻みに震えていた。
弱さを吐露している指先に力を込めて、サラは背筋を伸ばした。
「平気だ。気にするな」
「ほんとか? 何があった? おれは人間じゃないから、心なんて読めない。言ってくれないとわかんねえよ!」
悔しげにひそまった眉をみて、サラは動揺した。