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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第二章 世界の裏事情
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謎の錬金術師③

 

「お前が言うポーションも、瞬時に傷を治すものなのか?」

「治すけど、回復の効果は二割程度だな。

 わかりやすく言うと、擦り傷なら完全に治せるけど、あんたみたいに内蔵を傷つけられたら、完全回復は無理だな。

 あんたは気を失ったあと、黒いポーションを飲まされていたから止血できていたけど、傷は残ってて熱がでていたんだ」



 セトの話を頭で整理しながら、サラは腕組みをする。



「アメリア嬢の作ったポーションは偽物だが、同じような効能を持っているということか」

「そうだろうな。【賢者の石】は、願いを叶える霊薬の総称だ。効能は様々。すげえ力を発揮したり、どんなケガも治したり。この完全回復薬(エリキサー)だって、賢者の石と言ってもいいし」



 そういうものなのだろうか。

 聖女の力の根元も賢者の石らしいし、神の力を授ける石なのかもしれない。



「あ、あんたに飲ませた完全回復薬(エリキサー)は、純正品だから安心しろ。レシピ通りに、ユニコーンの角と純金と二十種類のスパイスを混ぜてある!」



 セトは得意気な顔をするが、ユニコーン──ひたいに長い角がある馬なんて神話にでてくるものだ。



「ユニコーンは架空の生き物だろう……」

「違うな。存在するし、この世界に生きている。警戒心が強いから人から隠れているだけだ」



 にわかに信じられない話だ。

 だが、彼自身ハーツマタという奇跡みたいな存在なので、信じてもいいような気になってしまう。


 サラは深く息を吐き出した。

 信じられない話を連発されたが、どうにもセトは自分に起きた出来事に詳しすぎる。一体、なぜ?



「ユニコーンのいるいない話はいい。お前はなぜ、私のことをそんなに知っているんだ」

「ん? ゴーレムを飛ばして、あんたのこと全部、見てた。二年ぐらいかな」



 平然とVサインをするセトに、サラは目を細める。



「睨むなよ。情報収集するには、しかたねえだろ。あぁ、ゴーレムってのはこれな」



 セトはまた雑嚢(ざつのう)に手を入れて、中を漁りだす。

 自分を監視していた理由を問いただしたくなったが、手の内を見せてくれるなら先に聞くことにした。


 セトはサラの知らない錬金術をたやすく使い、何をしでかすか分からない。

 情報は多い方がいい。

 その方が戦略も練りやすい。



「あった、あった」



 セトが雑嚢から白い鳥を取り出した。

 白い鳥は羽がたたまれたままで動かない。

 剥製のように見える。



「ゴーレム……なのか? 砂ではないのに?」



 砂人間を思い出して疑問を口にする。



「ゴーレムだよ。あぁ、あの砂人形たちもそうだったな。

 ゴーレムっていうのは、術者の命令しか聞かない【命のない人形】の総称だ。

 ほら、ここ。腹にemeth──真理──って書いてあるだろ。この文字が動力源になって、命令に従って動き出す」



 白い鳥の羽をかきわけると、腹に小さな文字が描かれていた。この国の文字の形ではないが、emethと言われればそう読める。



「原料は砂なのか?」

「ほぼ土でできている。ほら」



 セトはemethの頭文字を指でほじって消す。すると、鳥は土気色に変色して、ぼろっと崩れて砂になった。

 黒い瞳だけが残って、彼の膝の上で転がった。

 その光景にサラは驚く。



「ゴーレムは頭文字を消すとmeth──死を命令されて、あっけなく崩れるんだ。

 あぁ、馬車を襲撃したときに、砂人形たちもいたけど、同じようにぶっ壊しておいた」



 サラはぎょっとした。



「……あのゴーレムたちをか?」

「あぁ、細工が分かれば簡単に倒せる」



 自分が苦戦した砂人間たちを目の前の男は倒したというのか。


 ──倒しかたがあるなら知りたい。



「どうやって倒した?」



 低い声で尋ねると、セトは楽しげに口の端を持ち上げる。



「あの砂人間はemethって書かれた護符が仕込まれていたんだ。護符を取り出して、頭文字を破いてやった」

「……護符? 文字が彫られていたわけではないのか?」

「ゴーレムを動かすのは、護符を使うのが一般的だな。まぁ、おれは証拠が残るから護符なんて使わねーけど……」



 切なく目を細めてセトは砂になってしまったゴーレムを見る。

 瞳を雑嚢(ざつのう)にしまって、膝に落ちた土を払うために立ち上がった。

 サラは表情を変えずに問いただす。



「なら、護符の頭文字さえ破けば倒せるんだな」

「倒せる。あんたも倒せるよ」



 サラの心がわずかに高揚した。



「嬉しそうな顔してんな。ゾクゾクする」



 上機嫌でこっちを見るセトに、サラは瞬時に真顔になった。

 見透かされてばつが悪い。


 セトは笑顔のまま、また雑嚢(ざつのう)を漁って白い鳥を取り出した。

 大きいものには見えないが、何羽入っているのだろう。



「ゴーレムが動いているところを見るか?」



 笑顔のまま言われて頷く。

 セトはワンピースを作ったときと同じように動いて、白い鳥に両手をつけた。

 鳥の黒い目が光り、羽を広げて飛んだ。


 薄く口を開いたサラの頭上を一周して、鳥はセトの頭の上にのった。

 クックーとは鳴かない。



「このゴーレムは見たものをオペラグラスにうつしてくれるんだ」



 セトは白い鳥を頭にのせながら腰を屈めて、また雑嚢(ざつのう)を漁りだす。

 彼が屈むと、白い鳥は飛んで空中で羽ばたいた。

 観劇に使うような双眼鏡を二つ、セトが取り出してこちらを向き直ると、白い鳥はまた彼の頭にのった。



「ほら、こっちのオペラグラスで中を覗いてみろよ」



 押し付けられるように双眼鏡を手渡され、警戒しながらも中を覗く。

 丸い二つの穴から見えたのは、双眼鏡を覗いている自分だった。

 鏡を見ているような光景だったが、見下ろすような視点だ。


 セトは自分よりも頭一つ分くらい上の背丈なので、そのせいだろう。


 サラは摩訶不思議な光景に首をひねりながら、目から双眼鏡を外した。

 双眼鏡をしげしげと見つめる。

 どういう原理なのか、さっぱり分からない。



「鳥の形にしたのは、最も警戒されないからだ。あんたの国では鳥が神の使いと呼ばれているだろ?」

「……そうだが」



 呟きながらサラはうなった。

 彼のいうことは理にかなったものだったからだ。


 国が祀るロスター教は、死者を土に埋める土葬ではなく、高い崖に安置する鳥葬をする。

 不死鳥に似た鳥──神の使いに肉体を啄ませ、最後の穢れを払ってもらうのだ。

 もちろん鳥を殺すことは禁止されていた。


 鳥が飛んでても国内なら殺されることはない。

 監視するならうってつけのものだった。


 感心していると、セトがもう一つの双眼鏡を覗き込んでこっちを見た。



「こっちは王宮を見張っているやつ。ちょうど王子が見えるぞ」



 王子の言葉に、癒えたはずの脇腹の筋肉がひくついた。

 刺された衝撃と屈辱がよみがえる。


 サラはひとつ小さく息を吐いて、悔しさを胸に押し込めた。



「見せてくれ」



 セトは乳白色の目を丸くして、双眼鏡を手渡す。


 中を覗くと、ドルトルが男に何か言っている場面が見えた。部屋の様子に覚えがある。

 ここはドルトルの執務室だろう。今は夜なので、室内ではこうこうと蝋燭の炎が燃えていた。

 夜は蝋燭を多く使用するので、室内がよく見えた。

 鳥は窓の外にある手すりに留まっているようだ。王宮の窓は鳥(神の使い)を呼びやすいようにすべての窓に木の手すりをつけていた。


 ドルトルが話しかけている男は服装からみて護衛官だろう。

 音声は拾えないので、何を言っているのか分からないが、ドルトルは酷薄な目で話しかけている。


 護衛官は近衛兵に捕らわれているようで、手錠がつけられていた。ドルトルの前に膝をつき青ざめている。


 ドルトルが口を閉じると、護衛官は狂ったように泣き叫び、頭を床にこすりつける。


 彼は表情を変えずに近衛兵に合図を送ると、護衛官は何かを喚きながら部屋から退室させられていた。


 ドルトルの視線がふとこちらに向いて、目が合った。

 彼の双璧は鋭く尖っていた。

 神の使いを見ているはずなのに、こんな目をするのはなぜか。


 サラの鼓動が早くなっていく。

 まるで自分を見て、絶対に逃さないと言われているみたいだ。


 唇が彼の感触を。

 脇腹が鮮烈な痛みを思い出す。

 心臓が彼の手で鷲掴みにされて、息がとまった。




「────おいっ!」



 肩を乱暴に掴まれて、サラは我に返った。

 眼前にセトの焦った顔がある。



「大丈夫か? すげえ、顔色悪い」



 心配げに眉が下がっている顔をみて、ドルトルから離れた場所にいることを思い出した。


 忘れていた呼吸を取り戻し、大きく息をすった。


 はっ、と音を出しながら呼吸をする間も、セトは心配そうにサラの顔を覗いていた。


 いささか距離が近すぎるが、離れろとは言えない。

 ドルトルとは違う腕なのが落ち着く。


 変な感じだ。

 会ったばかりの男の顔を見て安心するなんて。



「……大丈夫だ」

「まだ青ざめてる。手だって震えているじゃねえか」



 セトの視線の先にある自分の指は小刻みに震えていた。

 弱さを吐露している指先に力を込めて、サラは背筋を伸ばした。



「平気だ。気にするな」

「ほんとか? 何があった? おれは人間じゃないから、心なんて読めない。言ってくれないとわかんねえよ!」



 悔しげにひそまった眉をみて、サラは動揺した。

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― 新着の感想 ―
[一言]  あ~、サラを奪われたことについて、かなりキツい罰を言い渡されましたね。  仮にも王族の女性を男だけの舞台で護衛させているのだから、相当信頼の厚い護衛官だったんでしょうに。
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