謎の錬金術師①
その頃、白い鳥型の監視用のゴーレムを通じて、状況を見ている男がいた。
「一人で脱走するかと思ったけど、無理だったか……」
呟くと、彼の肩の空気が七色に光りだして人の形をとる。
光は眉をつりあげた女性となった。
「だから、さっさとかっさらいなさいって言ったのよ。ヒーローはね、ピンチに救ってこそヒーローなのよ」
女性は略奪愛と書かれたタイトルの本を指差して力説する。
男は肩をすくめた。
「ヒーローって、おれが?」
「そうよ。あなたの役割はヒーロー。サラマンダーの姫を救いだすのがミッションよ」
よく分からないと男は首をひねる。
「ほら、くそ王子と魔女は祝賀パーティーに出る用意を始めたわ。僕たち婚約者になりましたって披露するのねー。そのために貴族たちを集めたんだもんねー。
ははは! 全員、とりあえず死ね。わたしの姉妹に詫びろ。クズどもめ。
サラマンダーの姫は護送用の馬車に乗せられたわ。行く先はクズ宗教の大聖堂よね。待ち伏せするわよ」
捲し立てられ、男は目を丸くしながらもパンっと両手をつけて右手だけを下にした。
「じゃあ、ヒーローというやつをやりますか」
瞬間。男は闇に消えた。
*
サラはポーションを飲まされ、護送用の馬車に乗せられていた。馬車の行く先は、王宮から三時間かかる大聖堂だ。
広い荷台の上に簡易ベッドが設置され、サラは横たわっていた。
苦しげに額に汗をかいて、熱い息を出している。
ベッドが倒れないように支えていた四人の護衛官の一人が、サラの様子を見て動揺する。
「ご様子がおかしい……ポーションが効いていないのでは……」
「いや……傷は塞がっていると殿下はおっしゃっていた。効いているはずだ」
護衛長に言われて、護衛官は険しい表情になる。
「しかし……熱が出ています。一度、戻って殿下にご報告をした方が……」
「ええい。黙れ!」
護衛長が歯をむき出しにしながら、声を張り上げた。
「我らの任務はサラさまを大聖堂に送り届けることだ! 引き返すことはできぬ!」
護衛官は硬い顔になり、口を引き結ぶ。
別の護衛官が、携帯用の水筒を取り出した。
「汗を拭いて、水を飲ませましょう。できうる限りの処置を……」
他の護衛官が頷き、一人がサラの上体を起こす。
水筒をだした男が彼女の唇に飲み口をつけた。
馬車が揺れてうまく嚥下してくれないが、三人は根気強くサラに水分を飲ませていった。
緊張感が漂う中、外を警戒して窓の近くにいた護衛長が三人に声をかける。
「レンドル橋が見えた。大聖堂はもうすぐだ」
他の護衛官がそろって大きく息を吐き出す。
気がゆるんだその時、御者の罵声が聞こえた。
「邪魔だ! ひき殺すぞ!」
四人の顔つきが引き締まり、二人が窓に顔を付けて外の様子を伺う。
二人はサラのベッドを固定しながらも、体勢を低くし警戒する。
外を見ていた者の目に飛び込んできたのは、馬車の前に悠然と立つ人影だった。
人影が動き、地面に手をつけると、平たい地面が音を立てながら山のように盛り上がった。
「なんだあ……!?」
御者が手綱を引き、馬を止める。
いななく声が響き、二頭の馬が頭を振りながら前足を高く上げた。
反動で馬車が前後に大きく揺れ、サラのベッドを持っていた護衛官はとっさに彼女の体の上に覆いかぶさる。
窓際にいた護衛二人も掴める箇所に手をかけた。
──がたんっ!
急停車で車輪は浮き上がり、上下に振動が走る。
衝撃に耐えた護衛官の耳に飛び込んできたのは、御者のうめき声。
次の瞬間には、屋根に誰かが飛び乗った音が聞こえた。
護衛長は目を見開き唾を飛ばしながら、他の者に指示をだす。
「ローバー! 叩き切ってやれ!」
「はっ!」
窓際にいた護衛官が馬車の荷台から飛び出し、剣を抜いて敵を睨む。
「サム! ゴーレムの用意だ。ジュドーは残りサラさまをお守りせよ!
「はっ!」
護衛官が荷台に積んであったゴーレムに駆け寄る。
ナイフで指先を切り、動力源となる護符に血文字をしたためる。
開いたゴーレムの口の中に、護符を突っ込み四体を起動させた。
「ローバー、引け!」
護衛官が褐色の男の顔に向けて真一文字に剣をふる。
男が屈んで避けた隙に護衛官は叫んだ。
「ゴーレム、起動せよ!」
声を合図に、ゴーレムの目が怪しく光りゆらりと動きだした。
一斉に男に向かって襲いかかる。
男の顔面に向かって、ゴーレムの鉄槌が振り下ろされた。
「よっと」
男は呟きながら、鉄槌を食らう前に跳躍する。
前屈みになったゴーレムの顔を両足で踏んづけて、さらに高く飛ぶ。
月を背景に、男が身につけていた白いマントがはためいた。
「なんだと……」
あまりの跳躍力に、護衛官が唖然と見上げる。
男は空中で翻りながら、両手をパンっとつけて右手だけを下にした。男の肩と腕の模様がエメラルド色に発光する。
両手を前にだしながら、男は急降下した。
──バチバチッ!
男の手がゴーレムの顔にめり込み、閃光が走った。
「嘘だろ……」
護衛官、全員が声を失った。
閃光をだしながら男の手はゴーレムの頭を砂にしていく。
ぼろぼろと頭から砂になって様を、全員が口を開いて見ていた。
「みーっけ」
男は軽い声を出して、護符をもぎ取る。
空になったゴーレムを蹴り飛ばして後ろに下がると、護符の一部をビリッと破いた。
ザラザラと砂ぼこりを立てながら護符を取られたゴーレムが崩れ、護衛服だけが地面に残る。
「そんな、バカな……」
男は二体目のゴーレムも心臓をえぐるように拳を突き立てて護符を取り出し、一部を破り捨てて砂にしてしまう。
無限再生できるゴーレムが、ただの泥の人形のようだ。
あっという間に倒されるゴーレムに一人の護衛官が足を一歩、後ろに下がらせた。
「何をしとる! サラさまをお守りしろ!!」
護衛長の怒号が飛んで、一人は鞘を両手で握りなおして駆け出す。
「はぁぁぁぁ!」
最後のゴーレムを倒した男は、剣を難なくかわす。
両手首を片手で握られ、動きを封じられた。
「くっ……」
男は体を反転させながら、護衛官のみぞおちに拳をめり込ませた。
──ドンッ
痛恨の一撃に護衛官は腹をおさえて、悶絶する。
男は体勢を低くしたまま、唖然としているもう一人に近づいた。
──早い!
まばたきをしている間に男が目の前にきて、なす術もなく足払いされる。
地面に叩きつけられた。
その隙に背中にのって肩の関節を外される。
つんざくような悲鳴をあげて、痛みにのたうち回った。
「き、貴様……何者だ!!」
護衛長が叫ぶと、男は乳白色の目を丸くした。
腕を組んで、考え込むしぐさをする。
小バカにした態度に護衛長は青筋を立てて、顔を真っ赤にさせる。
頭から湯気がでそうだ。
「貴様ああ!!」
護衛長が馬車を飛び出した。
男に向かって剣をふるうが、飄々とよけられてしまう。
男の純白の髪が切られて散らばるが、捕らえられない。
「ちょこまかとっ……!」
剣を高々と持ち上げて、振り下ろす。
大振りをひょいとかわされ、剣が地面にめり込んだ。
護衛長が目を血走らせると、首裏に衝撃が走る。
──バキッ!
脳みそが潰れるほどの衝撃を受けて、護衛長は失神した。
気絶した護衛長にむかって、男はにっと口の端を持ち上げる。
「たぶん、ヒーローかな?」
男が馬車に乗り込もうとすると、鉄製の矢が馬車の中から飛び出してきた。
男は片手で飛んできた矢じりを持ち、ポイッと捨てる。
馬車の荷台から、クロスボウを構えた最後の護衛が出てくる。
額に汗をかいて、男の頭を狙っている。
「貴様みたいな奴に聖女さまは渡さない……救援を呼んだ。逃げられないぞ……」
いつの間にか馬車の片方の窓が空いていた。
道沿いに生えていた木に炎がつけられて火の粉を撒き散らして燃えている。
木の幹には何本かの矢が刺さっていた。
火矢を作って、手近な木を燃やして救援を求めていた。
「大聖堂は近い。第三隊が気づいてすぐに駆けつけ──!」
最後まで言葉をいえずに護衛官は口を大きく開く。
男は目にもとまらない早さで動き、護衛官の腹部に拳を突き上げていた。
護衛官の手の力がなくなり、男の頭を掠めながら、矢が馬車の天井に突き刺さる。
「救援か……悪いけど、おれの方が馬より早い」
そんなバカな……と思いながら、護衛官の意識は途切れた。
*
「んっ……」
サラが目覚めたとき、知らない天井が見えた。
大きなタペストリーが飾られている。
三角帽子を被った【小人】が四角いものを見せて、人に何かを話かけているものだった。
不思議な絵をぼんやり見つめ、定まらない思考で体を起こす。
兵士の習慣で、無意識のうちに警戒体勢をとった。
──ここは?
視界がクリアになると、見えてきたのは簡素な部屋だった。
ベッドと椅子しかない。
壁にはローブやマントをかけるフックがある。
茫然と部屋を見ていると、椅子に座っていた褐色の男と目があった。
「あ、起きた? 気分はどう?」
男は気安い雰囲気で近づいてきた。
サラは警戒して体を強ばらせ、すぐに飛びかかれる体勢をとる。
男はきょとんとした顔をした。
「あのさ。胸、見えてるけどいいのか?」
「は?」
思わず聞き返してしまい、目線だけを下に向ける。
サラは全裸だった。胸の突起までばっちり出ていた。
「!?!?」
サラは急いでシーツをかき集めて胸をかばうように覆う。
長い兵士生活で下着姿を見られることには慣れていたが、全裸はない。
しかも知らない男の前で全裸なんてまずない。
こういうシチュエーションは初めてで、羞恥心が全身を駆け巡った。
動揺して、はくはくと口を閉じたり開いたりしてしまう。
男は平然と近づいてきて腰を屈ませた。
サラの後頭部に左手を回して、自分の額と彼の額をつけてしまう。
ひやりとした冷たい肌の感触がする。
男は真っ直ぐな瞳でサラを見て、何かを確認していた。
「熱は下がったようだな。……サラマンダーだけあって、肌は冷たいんだな」
にっと持ち上がった唇を見て、サラは我に返る。
「離せ!!!」
「わっ……おいっ……」
知らない男に隙を見せた不甲斐なさでいっぱいになり、男の手を振り払おうともがく。
だが、男の腕はびくとも動かず、激情したサラは力を使いおもいっきり、男の左腕を掴んだ。
「うわっ! バカ! そんなに掴むなっ!」
「うるさい! 離せ!!」
渾身の力で掴んだとき────男の腕が肘から取れた。
ぽろっと。オモチャみたいにあっけなく。
結合部から歯車や配線が見えて、明らかに人間ではない体だ。
サラは取れた腕を掴みながら固まった。