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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第五章 善と悪の戦い
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役者はそろった ②

 フラスコから出てきた黒い蛇が、ふたたびセトに食らいつこうと体を一直線に伸ばした。

 彼はサラを素早く横抱きにすると、軽く飛んで猪突を回避した。


 ダハーカは壁にまた大激突。フェニックスが描かれたタペストリーは無惨に引き裂かれ、壁に大穴があいた。


 セトはサラをお姫様抱っこしながら、駆け出した。

 部屋を出て廊下を走る。後ろからはダハーカが追いかけてきた。それに気づいたサラは、セトに向かって声を出す。


「下ろして。このままでは走りにくい!」

「いやだ!」


 子供っぽい言い方をされて、サラは目をぱちくりさせる。セトは膨れっ面になりながら、ガチン!と噛みつこうとしてきたダハーカの牙を避けた。


「まだ抱きたんねえよ! 絶対、離さないからな! あと、ほんとうに変なことされてないんだよな!」


 跳んで、時には壁を走り、そして翻る。ダハーカの攻撃をかわしながら、セトに真剣な顔で尋ねられた。

 サラは口を引き結ぶ。体を暴かれた嫌悪感が顔にでてしまった。


「……何も」と、嘘をついたのに、セトは憤怒した。


「あの野郎、ぶっ殺してやる!」


 その一言にサラは慌てて言う。


「あの人を殺すのはだめだ! 城壁の装置が発動して国民たちを燃やしてしまう!」


 サラはエターナル・ループが兵器であること。ドルトルには悪神アンラ=マンユが憑依していて、黒い石を使って人体を発火させていたことを話した。


「この蛇も、その悪神とかの入れ知恵か! ろくな奴じゃねえな!」

「ごめん。イヤリングを取られてしまって、連絡ができなかった」

「大丈夫だ! おれが全部ぶっ壊して、壁を作り直してやる! だから、なんも心配すんな!」


 力強い言葉に、サラの瞳が涙でにじんだ。自分でも、ずいぶん気を張っていたらしい。潤んだ瞳を見せると、セトが強く引き寄せた。


「大丈夫だ、サラ。怖いことは起きねえよ。おれが起こさせないからな」


 セトと一緒にいれば、サラの願いはすべて叶えられそうな気がしてくる。サラは涙を指でぬぐって、笑顔になった。


「セトがいてくれてよかった。ありがとう」


 そう言ったとき、廊下の端にたどり着いた。セトは階段の手すりに足を置いて、滑るように降りていく。


 ──ガチン!


 ダハーカの牙が、すぐ背後までせまってきていた。セトはジャンプして一気に降下する。履いていたサンダルを脱ぎ捨てて、両足をつけて右足を下にする。両足をついて床に着地したとき、錬金術を発動させた。


「エメラルド・タブレット、オープン! 再構成、開始!」


 冷たい石の床が変異して、天井までつく壁ができた。


 ──ギャアウワア! ドスン! ドスン!


 ダハーカは石壁に阻まれ、三つの頭を激突させて、大声をだす。その隙に、セトは廊下を駆け抜ける。


 廊下の端からこちらに走ってくる人影が見えた。ミルキーだ。


「セト! サラさんっ!」


 ミルキーは安心したように声をだして、全速力でこっちにくる。セトは大声をだした。


「ミルキー! 逃げろ! 蛇がくる!」

「──は?」


 ミルキーが足をスライディングさせて、立ち止まった。ふがーっと鼻息をだしたとき、石壁をダハーカが破壊した。


 ──ギャアウオアアア!!


「ぎゃあああっ! なんてもの、連れてくるのよおおお!!」


 ミルキーは絶叫しながら、慌てて体を反転させる。セトがミルキーに追いついた。


「サラ、ミルキーを抱えろ!」


 セトの指示を受けて、サラは手を伸ばしてミルキーを抱きしめた。

 二人を抱えながらも、セトのスピードは落ちなかった。


「ミルキー! 無事でよかった!」

「サラさんも! イケメン度があがって、アタシは大興奮よ!」


 ミルキーはふがふが鼻息をだす。


「そうだ! サラさんのおかあさま!」


 母親の言葉にサラは目を見開く。ミルキーは軽快に笑った。


「安心して! 無事よ! フロックが匿ってくれたの! お掃除ロボットとして紛れこませたルンルンが、役に立ったわ! ノームとうさまがフロックを……って、そこはいいわ! とにかく! 今は、ヤルダーとミゲルが護衛について、避難しているわよ!

 怪我人も多かったから、リトルが治療しているけど、安心してね!」


 母も、ミゲルも、リトル・シーも、フロックも。全員が無事という安堵に、サラはまた泣きそうになる。

 ヤルダーまで来てくれた。心強い仲間が来てくれた。

 サラはミルキーをぎゅっと抱きしめる。


「ありがとう。本当にありがとう」


 涙声になるサラにミルキーは、がははと豪快に笑う。


「大丈夫よ、みーんなが付いてる! あの怪物爆弾だって、お兄さまがなんとかするわよ!」


 ミルキーは腕を伸ばして、サラの頭をなでた。



 *



 サラたちが部屋から逃亡すると、アメリアは追いかけようとした。ドルトルは追おうとしたが、足がふらついた。サラとの戦いで、体はとうに限界を越えていたのだ。それにセトの一撃は骨を折っていた。


 彼は苦しそうに眉間を寄せて、床に膝をつく、ごほっと吐血した。駆け出そうとしていたアメリアは、足を止めた。その間にも持っていたフラスコからは、ダハーカが巨大な蛇となってサラたちを追っていた。


「陛下、ハイ・ポーションを……」と、アメリアが声をかけると、ドルトルは手をあげて、首を横にふった。口元をぬぐい、彼は自力で立ち上がる。


「もう効かなくなっている。連続して飲みすぎると、だめみたいだね」


 アメリアは小さく息を飲む。サラに対しては、平然な態度をしていたが、内蔵は傷つき、彼の体はぼろぼろだ。普通の人間であれば、立つことは難しいほど、彼の体は限界にきていた。


「……悔しいな……あいつを切り殺してやりたかったのに、それができなかった……血もでなかったし……」

「血が出ないとは、どういう……」

「あいつ、人間じゃないね。首を切ったときの皮膚の感触が人間のじゃない。君は気づいていた?」


「まさか……」と、アメリアは呟くが否定は頭からできなかった。


 ミルキーと彼は知り合いだ。そして、ミルキーは高度な技術を持つ人。機械で強化された体を持っていても不思議ではなかった。

 アメリアはきゅっと口を結ぶ。


「それでも、ダハーカさまには敵いませんわ。ダハーカさまは、破壊蛇。爆発し、近くにいたものは死にます。ダハーカさまを止められる術などございませんわ」

「そうだね……あれが爆発したら、僕らも死ぬし、サラも死ぬ。だから、もう、やっちゃっていいよ」


 ドルトルは優美にほほえんだ。アメリアは瞬きをする。


「あの男から奪い返さなくても、宜しいのですか?」


 ドルトルは陰りのある笑顔をする。


「あの男を倒す術がないことを、君も気づいているだろう」

「それは確かに……わたくしたち、勝てませんわね」


 だから、爆発させてしまえばいい。

 二人の意志は同じだった。


「わたくしも、そろそろ限界ですわ」


 アメリアは自分のまとうダークメイルの手をおく。


「頑張って体力をつけてきましたが、ダークメイルを動かすのは、わたくしにはまだ無理でしたね。ふふっ。やっぱり、わたくしみたいなものが、サラさまの真似事など無理だったのでしょうね……」


 サラに憧れて、サラみたいに強くあろうとしたが、アメリアは武術に長けているわけではない。筋力のない体で、限界を越えた動きをすれば、どうなるか。糸の切れたマリオネットのように、体は動かなくなる。アメリアもまた、戦うことはもう無理であった。

 ドルトルは引き止めなかった。


「そう……なら、派手にやっておいで」


 アメリアは嬉しそうに、ころころと笑った。


「陛下も追いかけますか?」

「ううん。僕は最後の仕上げがあるから、高みの見物をさせてもらうよ」

「わかりましたわ」


 ドルトルはやさしい顔つきになる。


「じゃあね、アメリア。君がいてくれて楽しかったよ」


 アメリアは腰を落として、スカートを広げるようなしぐさをする。


「わたくしも陛下に出会えて、最上の時を得られましたわ。ありがとうございます」


 そして、二人は別々の場所へ歩いていった。



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