役者はそろった ①
生身の体で戦場に立つなど、無理があった。いくら剣が強くても、身を守る鎧なしは無謀だ。それをドルトルは失念していた。
「がはっ……!」
サラの拳が彼の腹にねじ込まれる。吐血して震えた彼の体。サラは容赦なく、蹴りとばす。
ガンッ!と、壁にあったチェストに背中からぶつかり、ドルトルの体が崩れる。
「陛下!」
戦況を見守っていた影が動いて、ドルトルに駆け寄る。サラは静かに、彼を見下ろしていた。ドルトルは影のフードを、力任せに引っ張った。
「ハイ・ポーション……出して……」
荒い息をだして、ドルトルは短く命令する。
影はみじろいだ。ドルトルが碧眼を見開いて、フードを引きちぎりそうなぐらい掴む。
その拍子に、フードをとめていた紐がほどかれ、影の黒い髪と、傷だらけの顔があらわになる。ドルトルよりも年をとった顔をしていた。
「陛下……」
「早く。……っ。サラとまだ遊びたいんだ」
影は渋々と黒い液体が入ったビンを差し出した。それを飲むと、折れた骨がくっついた。
ドルトルは血がついた口元を、親指でなぞってぬぐう。また立ち上がった彼は、悠然とほほえんだ。
「……ポーションを飲んでも数に限りがあるのではないのですか? その前に降伏なさってください。あなたは私に勝てない」
静かに言うと、ドルトルがふきだした。
「ははっ。面白い冗談だ。限界があるのはそっちも一緒でしょ? だってほら、僕が傷つけた箇所が震えている。痛みは残っているんじゃないの?」
指摘された通り、サラの足や手は小刻みに震えていた。斬られた箇所から痛みはある。それでも、サラは同じように余裕たっぷりの笑みを作る。
「痛いのには慣れているんです」
「嫌な慣れだね。サラは女の子なのに」
憮然とするドルトルだったが、今さら女扱いをしてほしくない。誰よりも自分を傷つけているのは、彼自身なのだから。
「私に剣を振るうあなたに、言われたくはありません」
そう言うと、ドルトルはきょとんとした後、肩の力を抜いた。暗く淀んでいた瞳が、わずかに正気の光を取り戻す。
「本当だね。どうしてこうなっちゃうのかな……」
彼は憂いの帯びた笑顔で、ぽつりと呟やくように言葉が続く。小さな声はサラの耳に届いたが、聞かなかったことにした。
なにもかも、今さらだ。
彼と自分は逃げ出したあの日に、道を違えた。
それに、彼はサラの大事なものを傷つけすぎた。
今さら、だ。
「────でも、君と戦うのは心踊るんだ」
またドルトルが構える。
「その緑の瞳に射ぬかれていると、たまんないね。ずっと戦っていたくなる」
サラも腰を低くして構える。
「お断りします」
ドルトルはふっと笑い「相変わらずつれないな」と呟いた。
とんっと、彼が軽いステップを踏んだ。くるっ──と、サラは全神経を高めて受ける。
殺意を込めた剣がサラの太ももを傷つける。
一ヶ所だけ、執拗に攻められ、サラは眉根をひそめた。
剣をかわして、後方に翻ったとき、足は震えて、膝がつきそうになった。
ドルトルは双璧から光を失くし、短く命じた。
「膝まづけ、聖女」
サラは短く答える。
「嫌です。陛下」
もう互いに名前を呼ばなかった。憎い敵を倒すために、剣と爪を打ち合わせる。
彼の精神力もすさまじく、攻撃を受けてもハイ・ポーションを飲んで立ち向かってくる。 影の存在が邪魔だった。先に倒そうとしようとしても、ドルトルが阻む。
まるで、不死者を相手にしているようだ。
じりじりと、気力を削がれ、一進一退の攻防は続く。終わりはあるのか。それを考える余裕はなった。
いつの間にか、辺りは夜を迎え、窓の外は暗くなっていた。
──ざしゅっ……
傷つけられ、また足がもつれる。よろめいた所を彼の剣が一気に攻めてきたときだ。
──ゴゴゴゴゴ!
轟音が突然なりだし王宮が揺れだす。予想外の出来事に、二人は両足を踏ん張り振動に耐えた。
二人の間にあった窓から人影が迫ってくる。
「サラああああああ!」
──バリィィィン!
サラとドルトルの真ん中に割り込むように転がってきた褐色の男。ガラス窓の破片をものともせず、セトは着地すると、サラの方をむく。
「大丈夫か!? って、その姿……」
丸くなる乳白色の瞳を見て、サラから力が抜けた。安心して泣きそうになる。
「……信じてたよ」
泣き笑いの顔をみて、セトは目を見張り、駆け寄ろうとした。──が、ぞわっと背後で殺意を感じて、セトは頭を低くする。
頭上すれすれをドルトルの剣が通った。
「君、邪魔だよ」
ドルトルは短く言って、容赦なく連続攻撃をする。剣をかわしながら、セトは吼えた。
「てめえか! サラを泣かしたクズ野郎は!」
ドルトルの剣筋が切れ味を増す。
「誰の許可を得て、サラを呼び捨てにしてる……」
剣がセトの髪の毛を切り、純白の細い毛が室内に舞った。
セトは体をななめにして手を床につくと、素早く相手の間合いに入る。卍蹴りをして彼の頭を蹴ろうとしたが、ドルトルは寸でのところでかわした。ならばと、下がった足で彼のふくらはぎを蹴る。
「っ……」
「てめえだけは、直接、ぶん殴る!」
「うおおおおっ!」と、声を出して、セトの拳がドルトルの心臓を突いた。
ドンッと、重い衝撃を受けてドルトルが瞠目する。呼吸を止めるほどの一撃。だが、彼は足を踏ん張り、そのままセトの腕を掴むと、剣を首に向けて横一文字に引く。
──ガキンッ!
首を落とす勢いであった。
しかし、それが叶わずドルトルは目を見開く。セトの首にぎりぎりと剣が食い込むが、血が出ない。
「……君は何? 何者──」
セトは目を見開き、おもいっきり叫んだ。
「ヒーローだよ!」
被せるように言い、セトは捕まれた手を逆にとって、軽々と背負い投げをする。
ドスンッと、背中から落として、そのまま関節技をする。動けなくなったドルトルを眼下にとらえ、冷えた声をだした。
「腕をへし折ってやる……」
ぐっと力を込めたとき、
「──セト!」
サラがセトを抱きしめ、覆い被さるように上に乗った。セトの目が丸くなる。
──ギャアウワアアアア!
サラの背後を黒い蛇が通りすぎた。
ドカンッ
蛇は大口をあけたまま執務室の壁を突き破った。赤い土の壁は崩れ、破片が飛び散り、爆風がサラたちに吹き込んだ。首がはまった隙に、二人はその場を離脱。
「……外してしまいましたわ」
開いたままの扉から、鈴を転がしたような声がした。そこにはダークメイルに身を包み、フラスコを持ったアメリアがいた。あの影が呼びにいったのだろうか。
三頭の頭を持つ黒い蛇──ダハーカは、頭を壁から抜くとセトを睨み付けた。
倒れていたドルトルはゆっくりと起き上がり、アメリアを見てほほえみかける。
「助かったよ」
「いいえ。仕留められなくて申し訳ございません。でも、夜になりましたし、ダハーカさまもこうして元気に動き回れますわ」
ふふふと笑っていたアメリアがこちらを向く。ドルトルもこちらを見た。横に並んだふたりと、黒い蛇。異様な光景に、サラの拳に力が入る。
「でてきやがったか……サラ、あいつは燃やすと爆発すんだ。太陽の熱でもダメだ」
小声で言われたことに動揺する。
「どうすれば……」
「全身を凍らせる。でも、ここじゃダメだな。場所を移動しよう」
そう言うと、セトは急にサラを胸の中に閉じ込めた。一瞬、呆気にとられてしまった。でも、ひやりとしたボディは心地よくて、居場所に帰ってきたと思えた。
「ほんと、遅くなってごめん! なんもされてねえか? 体、大丈夫か!?」
切羽詰まった声に、はにかむ。
「少し痛いけど、だいじょうぶ」
「痛いのか!!」
セトはあたふたと完全回復薬を取り出し、指ごとサラの口に緑色のカプセルを突っ込んだ。指を噛みそうになったが、みるみるうちにサラの体から痛みが消える。
「セト、ありがとう」
セトは苦しげに眉根をよせて、またぎゅっと抱擁してきた。
それを見ていたドルトルとアメリアは衝撃を受けていた。サラの少女のような微笑みに瞠目し、彼女をなれなれしく抱くセトに、激しく嫉妬した。二人は禍々しい黒いオーラを纏い、同じことを言う。
「「今すぐ死ね」」
二人の言葉を合図に、ダハーカが牙を剥いて大口を開く。
──ギャアウワアア!




