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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第五章 善と悪の戦い
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役者はそろった ①

 生身の体で戦場に立つなど、無理があった。いくら剣が強くても、身を守る鎧なしは無謀だ。それをドルトルは失念していた。


「がはっ……!」


 サラの拳が彼の腹にねじ込まれる。吐血して震えた彼の体。サラは容赦なく、蹴りとばす。

 ガンッ!と、壁にあったチェストに背中からぶつかり、ドルトルの体が崩れる。


「陛下!」


 戦況を見守っていた影が動いて、ドルトルに駆け寄る。サラは静かに、彼を見下ろしていた。ドルトルは影のフードを、力任せに引っ張った。


「ハイ・ポーション……出して……」


 荒い息をだして、ドルトルは短く命令する。

 影はみじろいだ。ドルトルが碧眼を見開いて、フードを引きちぎりそうなぐらい掴む。

 その拍子に、フードをとめていた紐がほどかれ、影の黒い髪と、傷だらけの顔があらわになる。ドルトルよりも年をとった顔をしていた。


「陛下……」

「早く。……っ。サラとまだ遊びたいんだ」


 影は渋々と黒い液体が入ったビンを差し出した。それを飲むと、折れた骨がくっついた。


 ドルトルは血がついた口元を、親指でなぞってぬぐう。また立ち上がった彼は、悠然とほほえんだ。


「……ポーションを飲んでも数に限りがあるのではないのですか? その前に降伏なさってください。あなたは私に勝てない」


 静かに言うと、ドルトルがふきだした。


「ははっ。面白い冗談だ。限界があるのはそっちも一緒でしょ? だってほら、僕が傷つけた箇所が震えている。痛みは残っているんじゃないの?」


 指摘された通り、サラの足や手は小刻みに震えていた。斬られた箇所から痛みはある。それでも、サラは同じように余裕たっぷりの笑みを作る。


「痛いのには慣れているんです」

「嫌な慣れだね。サラは女の子なのに」


 憮然とするドルトルだったが、今さら女扱いをしてほしくない。誰よりも自分を傷つけているのは、彼自身なのだから。


「私に剣を振るうあなたに、言われたくはありません」


 そう言うと、ドルトルはきょとんとした後、肩の力を抜いた。暗く淀んでいた瞳が、わずかに正気の光を取り戻す。


「本当だね。どうしてこうなっちゃうのかな……」


 彼は憂いの帯びた笑顔で、ぽつりと呟やくように言葉が続く。小さな声はサラの耳に届いたが、聞かなかったことにした。


 なにもかも、今さらだ。


 彼と自分は逃げ出したあの日に、道を違えた。

 それに、彼はサラの大事なものを傷つけすぎた。

 今さら、だ。


「────でも、君と戦うのは心踊るんだ」


 またドルトルが構える。


「その緑の瞳に射ぬかれていると、たまんないね。ずっと戦っていたくなる」


 サラも腰を低くして構える。


「お断りします」


 ドルトルはふっと笑い「相変わらずつれないな」と呟いた。


 とんっと、彼が軽いステップを踏んだ。くるっ──と、サラは全神経を高めて受ける。

 殺意を込めた剣がサラの太ももを傷つける。

 一ヶ所だけ、執拗に攻められ、サラは眉根をひそめた。

 剣をかわして、後方に翻ったとき、足は震えて、膝がつきそうになった。

 ドルトルは双璧から光を失くし、短く命じた。


「膝まづけ、聖女」


 サラは短く答える。


「嫌です。陛下」


 もう互いに名前を呼ばなかった。憎い敵を倒すために、剣と爪を打ち合わせる。


 彼の精神力もすさまじく、攻撃を受けてもハイ・ポーションを飲んで立ち向かってくる。 影の存在が邪魔だった。先に倒そうとしようとしても、ドルトルが阻む。

 まるで、不死者を相手にしているようだ。


 じりじりと、気力を削がれ、一進一退の攻防は続く。終わりはあるのか。それを考える余裕はなった。


 いつの間にか、辺りは夜を迎え、窓の外は暗くなっていた。


 ──ざしゅっ……


 傷つけられ、また足がもつれる。よろめいた所を彼の剣が一気に攻めてきたときだ。




 ──ゴゴゴゴゴ!


 轟音が突然なりだし王宮が揺れだす。予想外の出来事に、二人は両足を踏ん張り振動に耐えた。

 二人の間にあった窓から人影が迫ってくる。


「サラああああああ!」


 ──バリィィィン!


 サラとドルトルの真ん中に割り込むように転がってきた褐色の男。ガラス窓の破片をものともせず、セトは着地すると、サラの方をむく。


「大丈夫か!? って、その姿……」


 丸くなる乳白色の瞳を見て、サラから力が抜けた。安心して泣きそうになる。


「……信じてたよ」


 泣き笑いの顔をみて、セトは目を見張り、駆け寄ろうとした。──が、ぞわっと背後で殺意を感じて、セトは頭を低くする。


 頭上すれすれをドルトルの剣が通った。


「君、邪魔だよ」


 ドルトルは短く言って、容赦なく連続攻撃をする。剣をかわしながら、セトは吼えた。


「てめえか! サラを泣かしたクズ野郎は!」


 ドルトルの剣筋が切れ味を増す。


「誰の許可を得て、サラを呼び捨てにしてる……」


 剣がセトの髪の毛を切り、純白の細い毛が室内に舞った。


 セトは体をななめにして手を床につくと、素早く相手の間合いに入る。卍蹴りをして彼の頭を蹴ろうとしたが、ドルトルは寸でのところでかわした。ならばと、下がった足で彼のふくらはぎを蹴る。


「っ……」

「てめえだけは、直接、ぶん殴る!」


「うおおおおっ!」と、声を出して、セトの拳がドルトルの心臓を突いた。


 ドンッと、重い衝撃を受けてドルトルが瞠目する。呼吸を止めるほどの一撃。だが、彼は足を踏ん張り、そのままセトの腕を掴むと、剣を首に向けて横一文字に引く。


 ──ガキンッ!


 首を落とす勢いであった。

 しかし、それが叶わずドルトルは目を見開く。セトの首にぎりぎりと剣が食い込むが、血が出ない。


「……君は何? 何者──」


 セトは目を見開き、おもいっきり叫んだ。


「ヒーローだよ!」


 被せるように言い、セトは捕まれた手を逆にとって、軽々と背負い投げをする。


 ドスンッと、背中から落として、そのまま関節技をする。動けなくなったドルトルを眼下にとらえ、冷えた声をだした。


「腕をへし折ってやる……」


 ぐっと力を込めたとき、


「──セト!」


 サラがセトを抱きしめ、覆い被さるように上に乗った。セトの目が丸くなる。


 ──ギャアウワアアアア!


 サラの背後を黒い蛇が通りすぎた。


 ドカンッ

 蛇は大口をあけたまま執務室の壁を突き破った。赤い土の壁は崩れ、破片が飛び散り、爆風がサラたちに吹き込んだ。首がはまった隙に、二人はその場を離脱。


「……外してしまいましたわ」


 開いたままの扉から、鈴を転がしたような声がした。そこにはダークメイルに身を包み、フラスコを持ったアメリアがいた。あの影が呼びにいったのだろうか。


 三頭の頭を持つ黒い蛇──ダハーカは、頭を壁から抜くとセトを睨み付けた。


 倒れていたドルトルはゆっくりと起き上がり、アメリアを見てほほえみかける。


「助かったよ」

「いいえ。仕留められなくて申し訳ございません。でも、夜になりましたし、ダハーカさまもこうして元気に動き回れますわ」


 ふふふと笑っていたアメリアがこちらを向く。ドルトルもこちらを見た。横に並んだふたりと、黒い蛇。異様な光景に、サラの拳に力が入る。


「でてきやがったか……サラ、あいつは燃やすと爆発すんだ。太陽の熱でもダメだ」


 小声で言われたことに動揺する。


「どうすれば……」

「全身を凍らせる。でも、ここじゃダメだな。場所を移動しよう」


 そう言うと、セトは急にサラを胸の中に閉じ込めた。一瞬、呆気にとられてしまった。でも、ひやりとしたボディは心地よくて、居場所に帰ってきたと思えた。


「ほんと、遅くなってごめん! なんもされてねえか? 体、大丈夫か!?」


 切羽詰まった声に、はにかむ。


「少し痛いけど、だいじょうぶ」

「痛いのか!!」


 セトはあたふたと完全回復薬(エリキサー)を取り出し、指ごとサラの口に緑色のカプセルを突っ込んだ。指を噛みそうになったが、みるみるうちにサラの体から痛みが消える。


「セト、ありがとう」


 セトは苦しげに眉根をよせて、またぎゅっと抱擁してきた。


 それを見ていたドルトルとアメリアは衝撃を受けていた。サラの少女のような微笑みに瞠目し、彼女をなれなれしく抱くセトに、激しく嫉妬した。二人は禍々しい黒いオーラを纏い、同じことを言う。


「「今すぐ死ね」」


 二人の言葉を合図に、ダハーカが牙を剥いて大口を開く。


 ──ギャアウワアア!


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― 新着の感想 ―
[良い点] (また、追いかけてます!) この、ドルトル&アメリア組の息ぴったり具合ときたら……! サラ&セトの再会によるときめきの余波を、華麗にかっさらわれました。(※物語の流れ上、よい意味で) …
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