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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第五章 善と悪の戦い
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聖女と王 ① side サラ

サラが捕まったところまで、時間が遡っています。

 サラは意識を失った後、すぐに馬車に乗せられた。

 解毒はされず、最低限の治療しかされなかった。苦しみにあがき、何度も意識を失った。

 誰かにどこかに運ばれたが、体が動かなかった。


 また意識を失う。

 この間に聖女の力が奪われないか、気がかりだ。


 でもきっと、セトが迎えにきてくれる。ミルキーを助けて、彼ならやり遂げるだろう。

 リトル・シーは大丈夫だろうか。目覚めたミゲルが助けてくれるといいのだが……


 指一本、動かせないのが口惜しかった。



「…………」


 意識が浮上する。


 あれほど不快だった痺れがなくなっている。感覚が戻ってくる気がした。唇に何かが触れて、喉に液体が流し込まれる。


 ──嫌……だ。


 二度と触れたくなかった感触がした。ままならない首を動かすと、顎をとらえられた。ねっとりとしたモノが、喉を落ちていく。


 苦い。不快な味。


 二度と飲みたくなかったものを無理やり体内に送られる。たまらなく嫌で、動かしにくい唇を必死に閉じた。


 むせると、口の端からねっとりとした液体がたれる。


「サラ……ちゃんと飲まなきゃダメだよ」


 こぼれたものをぬぐうように、生暖かな感触が口の端を這う。生暖かいそれは、唇までくると、こぼしたものを口の中にいれてきた。


「っ……」


 嫌悪感で肌が粟立ち、サラは顔を横に振る。薄く目を開くと、碧眼が見えた。


 彼の姿を見て意識は覚醒。かっと、頭に熱があつまる。でも、すぐ冷や水を浴びせられたように脳が冷えた。


 ミゲルをあんなめに合わせたのだから、殴ってやろうと思ったのに、サラは拳がだせなかった。


 息を飲んで彼を、この国の王となった人をみる。

 やつれた頬にくぼんだ目。

 記憶の中にある彼の姿とは別人だ。

 でも、この風貌には覚えがある。彼の父、前国王とそっくりだった。


「でんか……」と、問いかけるような声がでてしまい、慌てて口を引き結んだ。


 その拍子に、ジャリっと、嫌な音が手首からした。

 視線を向けると、手に黒々とした(かせ)がはめられている。


 長い漆黒のチェーンは、端にくくりつけられ、サラを拘束していた。首には赤い鱗を隠すような黒い首輪。服も着ていたものと違う。扇情的な白い夜着しか身につけていない。


 なによりここは、ベッドの上だった。



 ──これは……


 はっとして耳に触れる。ノームたちと連絡がとれるイヤリングは外されていた。


 嫌な予感がして、どくどくと心臓が脈打ち、息苦しくなった。


 彼は、自分に、何をした?



「ねぇ、サラ……」


 指を一本立てて、彼は漆黒の鎖をなぞる。横顔は穏やかで、幸せそうだ。


「外の世界は楽しかった?」


 ゆっくりと顔がこちらを向く。彼の青い双眸に底知れないものが見えて、腰の辺りがひやりとした。でも、目だけは睨むことをやめない。やめてしまったら心がへし折られると、戦士の自分が警告していた。


「僕がいない世界は、君に優しくしてくれたかい? 僕が教えていない遊びを君は覚えてしまったのかな?」


 ──ジャリ、と音がしたと思った瞬間、ベッドに両手をついていた。

 遅れて鎖を引き寄せられたのだと、理解する。


「悪いけど、体は調べさせてもらったよ。きれいなままだったね。よかった。誰かにいじられた痕があったら、君を殺してしまうところだったよ」


 心と体に拒絶反応がでて、肌が粟立った。


 セトとのあたたかい思い出を土足で踏みにじられた気がして、怒りが込み上げてくる。

 顔をあげる。目の前の人が本気で嫌いだ。だから、うつむきたくなどなかった。

 鋭く見たというのに、目の前の人は瞳をとろけさせた。


「怒ったの? 破瓜はしていないから安心してね。君の意識がないときに奪っても意味がない」


 弾んだ声に、今すぐ殴ってやりたくて拳が震えた。感情を殺して、気持ちを沈める。心を切り離せ。今は。そう今は。激情は不要だ。


 従順なふりをして、時間を稼ごう。きっとみんなが、なんとかしてくれる。自分の今の役目は囮だから、どんな屈辱も受け流す。


「……私は戻りました。だから、民に何かしようとするのはやめてください」


 彼は想像した答えと違うのか、目を丸くして瞬きを繰り返した。

 呆然とした顔に眉根をよせかけたとき、彼は肩を震わせた。その震えは全身に広がり、唇が歪な形で持ち上がっていく。噴火直前のマグマのように、碧眼が燃えだした。


「こんな時まで、民の心配? 相変わらずの聖女精神だ……ミゲルを助けたと聞いてそうだと思ったけど……変わらないな……本当に君は僕を見ない。口を開けば、他の者の名前ばかりで、僕のことを名前で呼ぼうとしない……ねぇ、なんでなの?」


 彼が片手をついて体重をのせたので、ベッドが軋む音がした。目と鼻の先に碧眼があるが、サラは動かなかった。



「また傷つけなくちゃ、君は僕を見ないかな……?」

 


 彼が鎖から手を離し、帯刀した剣を引き抜く。

 握りしめていたのは【賢者の剣】。それを逆手に持って、サラの目の前で大きくあげた。


 銀色の切っ先が、視界の上で、不気味にきらめいている。傷つけられた恐怖は、静かな湖面の境地でいるサラには、遠いものだった。


 刃先はサラを狙っていない。なら、これは脅しだろう。サラは眉一つ動かすことなく、彼を見据えた。



 やれるものなら、やってみろ。

 あなたのことは、もう怖くない。


 瞳に意思を宿した。


 彼にも覚悟は伝わったのだろう。ならばと、銀色の凶器が、サラの眼前で振り下ろされた。



 ひゅっと、息を飲んだのはどちらだったのか。



 剣はサラの前髪をかすめながら、マットレスに突き刺さった。


 引き裂かれたところから、羽毛が飛び出し、淡い白がサラの手の上にふった。


 手にも剣は刺さっていない。

 手と手の間を狙ったようだ。


 銀色の剣を挟んで、瞬きもせずに、二人は見つめあう。


 みじろぎでもしたら、戦いが始まりそうな緊張感だ。


 次の瞬間には、血を流しているかもしれない。


 嵐のまえの静けさを感じて、サラの瞳は金色から緑に変わった。


 ふ、と空気が変わる。

 彼の口元に挑発的な冷笑が浮かんだからだ。


「力を使って、僕を殺そうとしても無駄だよ。僕の死は、エターナル・ループを起動させるものだ」


 サラは目を見張った。

 彼はくつくつ喉を震わせ、すっとマットレスから剣を引き抜いた。白い羽がやけに軽やかに、サラの手に落ちる。


「この国を囲う城壁がなぜ、エターナル・ループというか教えてあげる。簡単なことだ。【最後の審判】を再現する装置だからだよ」


 サラの心臓が跳ねる。


「最後の審判……第三の救世主がする……」

「そうだよ。生きている者も死んでいる者も、溶岩に飲まれて真の平穏が訪れるというあれだよ。だから、エターナル・ループ(永遠の光輪)。誰もいなくなったら、争いはないし、平和だよね?」


 とびきりの贈り物をあげる子供みたいな、彼は無邪気な笑顔になった。


「僕が死ねば、城壁に描かれている術式が発動する。悪神アンラ・マンユさまが、エターナル・ループ内にいる人間を、【賢者の石】に錬成してくれるんだよ。あの城壁は、錬成釜だ」


 何を言われているのか、理解ができなかった。

 思考が真っ白に染まりかけ、サラは奥歯をかみあわせ、意識を取り戻す。


「そんなこと、できるはずありません……」


 つとめて冷静な声をだした。どくどくと脈打つ心臓に、意識を奪われないように、心を落ち着かせる。


 彼はふ、と笑った。

 それが合図だったのか。


 彼の背中からじわりと黒いものが出てきた。


 煙。あるいは影。

 たとえようがない黒いものは、禍々しく大きくなりながら、何かの形になっていく。


 精霊を見ていたサラも、この光景には畏怖を感じた。なんとか体を震わせないように、心を律しているが、他の人が見たら卒倒するだろう。


 それほどまでに黒いものは、異様で、恐ろしく感じる。今すぐ逃げろと、頭の中で警笛が鳴っていた。


 黒いもやは、天井につきそうなほど広がり、やがて人の形になった。


 全身黒づくめの男だ。

 年は、壮年に見えた。

 やつれた頬に、くぼんだ瞳。


 黒い瞳が、無感動に、サラを見下ろしていた。



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