王宮前の攻防
王宮の前にたどり着いたミルキーは、セトが吠える声を聞いて、仰天した。
「だから、おれは怪しいものじゃねえって!」
──何をやってんのよ!
と、毒づきたくなる光景だ。
セトの前にいるのは、ヤルダーとミゲルである。彼らの背後には王宮勤めの兵士が、王城前の門に詰めかけていた。門は閉じられ、中には入れないようだ。
ミルキーはフガフガ鼻息をだしながら、全速力でかけより、セトにタックルした。
痛い。どうしてこのバカ兄貴はこうも硬いのか。
それはロボットであるからと分かっているものの、ついつい文句を言いたくなる。
セトは彼女の突撃など、石ころが当たった程度にしか感じなかったので、微動だにしなかった。それでも、不機嫌だったので、まとわりつくミルキーを睨む。
「なんだよ、ミルキー。今、このおっさんたちに話してんだから邪魔すんな」
「バカ兄貴! どこが話し合いよ! 今から戦いますの間違いでしょ!」
ミルキーの登場に、ヤルダーとミゲルは目を見開く。何より驚いたのは、彼らを見守るように、飛んでいるリトル・シーの存在だった。
「サラさまの鳥……?」と、呟く声も無視して二人は言い争う。
「はぁ? 戦いなんかしねえよ! このおっさんたちはサラと一緒にいた奴らだろ? それにさっき手をかしてくれたし、殴りはしねえ」
セトはゴーレム戦で手をかしてくれたのが、二人であることに気づいていた。アーリア国に潜伏していた頃、彼らの容姿と声を脳内のコンピューターに記憶していたのだ。
ミルキーは動揺している二人を凝視する。
「ねぇ、この二人の名前は?」
「ミゲルとヤルダーだろ? ほら、そっちの煙草を吸っているおっさんは、サラの後ろに常にいた奴」
ヤルダーを指差して説明するセト。ミルキーはぽんと手をうった。
「ジジイだから忘れていたわ」
「……なんだよ、それ」
「アタシはサラさんみたいなイケメン顔が好きなのよ!」
「サラのどこがイケメン顔なんだよ! 男じゃねえんだぞ! 可愛い顔してんじゃねえか!」
「あれは一般的に、イケメン顔って言うのよ!」
「知らねえよ!」
ギャーギャーと二人が言い争っている間に、王宮の入り口から、ゾロゾロとゴーレムたちがでてくる。数が異様に多い。
「どういうことだ……」
門の前でミゲルたちを牽制していた第一隊の兵士たちが、動揺してざわついていた。予想外の出来事らしい。
ゴーレムがすべて出てくると、黒いフードを被った男──ウルジが姿を現す。同じような装いの男も出てきた。ウルジは手をあげて命令をくだす。
「謀反人どもを殲滅しろ!」
声に反応して、土人形がゆらりと動き、波のように押し寄せてきた。味方であろう第一隊の兵士たちを押し潰す勢いだ。兵士は動揺して、ひっと青ざめた。
「も、門を……!」と、兵士が慌てて門の鍵を開けようとする。
その様子を見ていたミゲルが、額に青筋を立てて吠えた。
「ウルジ! 貴様! どういうつもりだ! 第一隊の兵士まで巻き込むつもりか!」
ウルジは酷薄な眼差しで言った。
「謀反人を始末できないなど、駒として無能だ。そんなもの不要だろ?」
ミゲルが肩をいからせて、叫んだ。
「駒と言うな! 生きた人間だ! ここにいる兵は、陛下に忠誠を誓って今まで尽くした者たちだぞ! その者を切り捨てる所業、わしは断じて許さん!」
「黙れ、死にぞこない! 変わり身の早い忠義しか持てないお前の言葉など無価値! 減らず口を二度と聞けないようにしてやる!」
門が開かれた。ゴーレムから逃れようと、兵士たちが流れ出てくる。ミゲルは豪剣に手をかけた。
──が、それよりも早くヤルダーが前に出る。
「くるな! ──ぐっ!」
逃げ遅れた兵士の首をゴーレムが掴む。ヤルダーは風のように駆け寄り、兵士を拘束しているゴーレムの腕を切り落とした。
「うわっ……」
尻から落ちた兵士を一瞥して、「下がっておけ」と短く命ずる。兵士は転がるように走り出した。
──ドスン、ドスン
足音を鳴らして近づいてくるゴーレムたち。ヤルダーは煙草をくわえたまま、剣を構えた。
向かってきたゴーレムの喉元に、乱撃をくりだす。土の体は的確に、かつ早く切り刻まれ、白い護符が姿をあらわす。それを見逃さず、ヤルダーは頭文字を流れるような剣筋で切った。
ゴーレムは動きをとめ、砂に還る。次だ。またヤルダーは同じように剣をさばく。
煙草が根元まで火がきたとき、三体のゴーレムが砂になっていた。
短くなった煙草を親指と人差し指で挟み、ふぅ、と煙を口から吐き出す。
胸ポケットから、息子が作った携帯用の灰皿を出して、火を消して吸い殻ごと捨てた。顔をあげたヤルダーの顔は、静かな怒りに満ちていた。
「俺たちが今までなんの為に国境で戦ってきたと思っている。砂人形に仲間を殺させる為じゃない。 一人でも多くの命を守る為に俺たちは──第二隊は戦ってきたんだ」
ヤルダーは迷わず剣をゴーレムに向ける。
これが謀反人になるなら上等だ。
人が殺されるのを見過ごすぐらいなら、烙印を押されるほうがいい。
「民の命を軽く見る奴らに、忠誠など誓えるか。俺とミゲルは第二隊の人間だぞ」
そんな単純なことも分からないのか、と冷めた視線を流し、襲いかかるゴーレムを切り裂いていく。ウルジは眉間に深い皺を刻んだ。
「うおおおおっ!」
ミゲルが豪剣を振り回し、ゴーレムの頭を一振りで吹き飛ばす。豪剣を下に持ち、護符ごと砂人間の体を真っ二つに割った。
吹っ切れた態度を見て、ヤルダーが舌打ちした。
「ガキの戯言に惑わされてるんじゃねえよ。サラさまと戦った負い目は、さっさと捨てろ! お前は家族を守りたかっただけだ! そうだろ!」
ミゲルの剣筋が、力強いものになる。
「どうせ、サラさまに本心でもないことを言って追い詰めたんだろ! 甘いんだよ! あの方はな! そんなもので惑わされるような人じゃない! だから、お前はここにいるんだろうが!」
ミゲルが咆哮して、ゴーレムたちが吹き飛んでいく。
「……余計なことをぺらぺらと……」
「図星だからって、拗ねんな」
二人は構えをし直し、また立ち向かう。
突如、ひゅん──と、二人の前に風が吹く。
早いと思ったときには、褐色の肌は落ちる太陽を背景に、美しく跳んでいた。にっと持ち上がった口元を呆然と見る。
「さすがサラの仲間だな。おっさんたち、格好いいじゃん」
セトは蠢くゴーレムたちの中心に着地すると、地面に両手をつけた。
「エメラルド・タブレット、オープン! 再構成、開始!」
──バチバチ!
地面が広範囲に光りだす。
──ドスッ! ドスドスドスドスドスドスドス!
地面から出た土の槍が何本も出てきて、ゴーレムに突き刺さる。ゴーレムたちは、標本の虫たちのように、動きをとめられた。
「ここはおっさんたちに任せた!」
セトは王宮の上部を睨み付ける。鳥形のロボットが、一室の窓を監視していた。サラはあそこに間違いなくいる。
走り出しながら、両手をパンとつけて右手だけを下にする。彼の肩から腕にかけてある四つの模様がエメラルド色に輝きだした。
火、水、土、風の力を借りて、錬金術を発動する。この星の原子を変形させるセトにしかできない力を使い、地面に両手をつけた。
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
地面が響きだし、セトの足元の土が盛り上がる。王宮を貫く巨大な刃のように長い柱となった土。反動で、周りの土がへこんでいく。
執務室の窓に近づくと、セトは跳んだ。
「サラああああああ!」
窓ガラスを蹴破って、セトは転がりながら中に入った。
次は時間を巻き戻してサラ視点になります。




