黒い素材
「ちょっと、セト! しっかりして!」
ミルキーは彼の腰にしがみついて、ありったけの力で揺さぶる。セトのガラス玉のような瞳がミルキーをとらえた。
「──ターゲットの判定を開始します。種族ドワーフ。データ上では味方と判定。戦闘モードを解除します」
セトはミルキーから視線を外すと、また黒いナニカを分析をすると言い出した。ミルキーはかっとなった。
「分析はもういいんじゃああっ!」
ミルキーは腹の底から叫んで、斧を背中にしまうとセトの体によじ登る。顔までくると「うりゃあ!」と声をあげて、頭突きをした。セトの頭が固すぎて、ミルキーのおでこが赤く腫れ上がる。かなり痛かった。
「このポンコツ兄貴! サラさんを助けに行くわよ!」
彼の頭を両手で掴んでもう一発、頭突きをおみまいしてやった。
「サラ──?」と、セトの声が反応を返す。か細い光だった愛のチャークラが輝きだした。
自動モードになるスイッチがオフになり、セトの瞳に感情が戻ってきた。
「そうよ! あの王子の所に行っちゃったんだから、取り戻しに行くわよ! あの女も逃げたし!」
セトが瞠目する。ミルキーはふがーっと鼻息をだして、地面におりた。
「サラ──っ!」
セトはすぐ王宮に向かおうとしたが、手でつかんだモノに足をとめる。黒いナニカはセトの手から逃げ出そうと形を変えて、ピクピク動いていた。
セトはエラーがでていたスキャンを停止させた。脳内で響いていたアラートが消える。
ミルキーが手のなかのモノを訝しげにみた。
「これ動力源なの?」
「たぶんな。ゴーレムの砂が反応しているから、こいつが護符の代わりなんだろう」
「文字じゃないのね」
「あぁ。どうりで文字が見つからなかったわけだ」
「消滅できるの?」
「いや、なんか変な物質がまじっているから──」
ビビビ──と、セトのイヤリングから通信が入る。
「──あ、セト!」
ウンディーネの甲高い声が聞こえて、セトは端的に今の状況を説明した。
「分析するのに、パスワードが必要だって出るんだ。かーさん、パスワード、知ってる?」
「──知っているわ……ちょっと辛いかもしれないけど、こうなったら仕方ないわよね……パスワードを送るわ」
セトが首をひねっていると、電波に乗って脳内にパスワードが送られた。ガチャリと、ロックがかかっていたデータが開く。
それは、セトの父が研究していたゴーレムのデータと【賢者の石】のデータが入っていたものだった。
「これっ……とーさんのっ……」
「──うん。そうよ。信じられないけど、マハラルが作ろうとしていた【賢者の石】と同じ素材が、黒いポーションから出てきたの……」
「じゃあ、とーさんの錬金術が、この国の錬金術ってことなのか……?」
「──誰かが、マハラルの秘術を持ち出したんでしょう。あの人は三百年前の人だもの」
生きているとは到底、思えない。
「とーさんの秘術だから、ロックをかけたのか?」
「──うん。わたしがノームに頼んだの。セトは忘れられないから、記憶しているのは辛いだろうし……」
ウンディーネなりの母としての優しさだった。それはセトも感じているので、彼女を責められない。セトは明るい声をだした。
「ありがと、かーさん。で、これ、どうやって分解するんだ……?」
セトが手のひらを広げると、黒いモノは動きをぴたりと止めた。黒いモノをまじまじと見ていると、通信がノームに代わる。
「──賢者の石の素材は【エーテル】じゃ。これは、低温の炎でも爆発する。太陽の光は避けるんじゃ──」
ノームが言い終わる前に、黒いエーテルは太陽の光を浴びて着火する。
「くそったれ!!」
セトは腕を大きく振りかぶり、空に向かって黒いエーテルを投げた。瞬時にミルキーを脇に抱えて、猛ダッシュする。
「え? ええええ!?」
──ドガァァァン!!
「いぎゃあああっ!」
背後で爆破が起きた。
爆風でセトの体が浮き、ミルキーは絶叫する。周囲に誰もいなかったおかげで被害はなかったが、想像をはるかに越えた破壊力だ。
セトは消えた黒いエーテルを鋭い眼差しで見て、ミルキーは顎が外れそうなくらい口を開く。
「あんなもんで、結構な威力じゃない……」
また通信が入る。
「──セト! 平気か!」
「あぁ、なんとかな……エーテルってやつは、ヤバイな……」
「──そうじゃ。送ってくれた黒いポーション、それにお前さんが地下で見た錬成生物も、エーテルでできておる」
セトは眉根をよせた。
「錬成生物はでかい蛇だった……そんなが着火したら……」
「──この国は、丸ごと消滅するじゃろ……」
セトは怒りで体を震わせた。
「くそったれ! あの野郎が言う最後の審判って、黒い蛇のことかよ!!」
セトの怒号にミルキーが神妙な顔をして、理由を尋ねた。
彼はダハーカのことを話した。ミルキーはめんたまが飛びでそうなほど驚く。
「ちょっと、え? まって? その黒い蛇はどのくらいの大きさなのよ?」
「さっきのゴーレムぐらいか……いや、もっとでかかったか?」
とんでもないものを抱え込んでいると、ミルキーは短い足をジタバタさせる。セトは真剣な顔になった。
「大丈夫だ。凍らせば、ぶっ壊せる」
セトは走り出した。ミルキーは慌てて追いかけた。
「凍らせるってどうやるのよ! この国に冷却技術なんて、ないじゃないいい!」
ミルキーの叫び声も虚しく、セトはあっという間に行ってしまった。
*
──ドワーフはねえ! そんなに早く走れないのよ!
文句を言いながら、走っていると「くえっ!」と聞き覚えがある声がした。走りながら上を向くと、三色の翼を羽ばたかせリトル・シーがやってくる。
「リトル!? あんた、なんでここに!」
ミルキーが通った場所は人が集まっている広場だった。ゴーレムの破壊から避難した人々が集まっていた所だ。
リトル・シーがミルキーに近づき、ぐりぐりと頬に頭をこすりつける。
「くえっ! くえっ!」
「あぁ、そうなの。兄さまが猛スピードすぎて声をかけられなかったのね。今、ちょっと我を忘れているから──って、でもなんでリトルがここにいるのよ? サラさんと一緒のはずじゃ……」
リトルはミルキーに、サラが連れ去られた経緯を話した。ミルキーは走りながら眉根をよせる。
「……そう。サラさんにそんなことがあったのね……」
低い声を出したミルキーは、まっすぐ王宮への道を走り出す。サラが拐われてから丸三日は経っている。毒を盛られたままなら彼女の身に危険が及んでいるだろう。こうなると自分が牢に入ったのは、時期尚早だったかもしれない。
焦って、人混みをかきわける。
「ちょっと、どいて!」
リトル・シーと共に走るミルキーに人々が集まってくる。斧をぶん回してやろうかと苛立っていると、一人が恐々と声をかけてきた。
「……あなたさまは聖女さまの知り合いなのですか……?」
「は?」
なんでそう思ったのか尋ねると、リトル・シーをサラが連れてきたのは周知の事実で、リトル・シーが人々を回復したからだそうだ。
──色々と勘違いされているけど、ラッキーだわ。アタシが怪しいものだって思われないんだもの!
ミルキーは筋肉しかない胸をふくらませ、この鳥は聖女が連れてきた伝説の鳥で、自分はその仲間だと言いきった。
「フェニックスじゃなくてシームグルなんだけど」と、リトル・シーが首をかしげるが、言葉は通じないので問題はない。
人々はざわめきだち、ミルキーに膝をついた。くるしゅうないと、ミルキーはふがーっと鼻息をだす。
「アタシたちサラさんがピンチだから助けに行かなくちゃいけないの! そこを通してくれる?」
「聖女さまを助けに……それなら、さきほどミゲル将軍とヤルダー将軍が、兵士を引き連れて王宮へいかれました」
二人の名前を聞いてミルキーは首をひねる。名前は聞いたことがあるが、顔が思い出せない。
「ありがと! ゴーレムはもういないから安心して家に帰っていーわよ!」
人々はどよめき立ち、大聖堂を見る。ゴーレムが消えたのを確認して、目を見張った。信じられないと、ミルキーを見るが、彼女はリトル・シーと共に走った後だった。
「あの方は、神の使徒なのか……」
誰かが呟くが、答えはかえってこなかった。




