錬金術師 対 錬金術師 ②
ゴーレムはちょこまかと動くセトに向かって、瓦礫を投げつけてきた。
ドスンドスン!
それもかわすと、手当たり次第に瓦礫を投げつけてくる。
──ドスン ドスン ドスン ドスン!
瓦礫が砲弾のように飛んできたが、セトはミルキーを抱えつつ、ギリギリで避けてダメージを負わない。
「きりがないわね! あいつの急所は見つからないの!?」
「さっきからやってるけど、見つからねえんだよ!」
セトはぐっと眉根を寄せた。
「一度、全部、ぶっ壊す……文字を中心に再生するはずだ。それを壊せばっ……」
セトが呟いたとき、アメリアが目を覚ました。
──わたくしは……
朦朧とした意識が浮上すると、アメリアの全身に激痛が走った。首の骨を折られるかと思ったが、強化された兜のおかげで、無事だったらしい。
まだ仕留められていない彼らを眼下にとらえ、憎悪で顔を歪める。
「おのれ……サラさまの鎧を傷つけよって……」
黒い鎧は、サラの鱗を模したものだ。敬愛する彼女に似た容姿になることで、アメリアはサラと双子にでもなった気分でいた。
黒い鎧はサラではないが、アメリアにとってはサラのようなもの。模造品だろうが、彼女を傷つけたものに憎悪が満ちた。
アメリアはままならない体を動かし、鎧の下に隠していたハイ・ポーションの小瓶を引きずり出す。栓を抜き、一気に煽る。みるみるうちに激痛がなくなり、回復した。
アメリアの復活に気づいたゴーレムが、手を受け皿のようにする。アメリアはその手に仁王立ちして、手を振り上げ命令した。
「魔神マナフよ! 人をとらえ、やつらに投げつけなさい! さっきまで人間を助けていたやつらだもの、避けないわよ」
セトとミルキーが瞠目した。
──オオオオオオオオ!
ゴーレムはゆらりと体をひねった。
瓦礫に挟まれ、怪我をして逃げそびれた第三隊の兵士に狙いをつける。獲物を捕らえようと、石の手がのびた。
「ひっ……!」
動かない足を引きずりながら、兵士が逃げようとする。
「やめろっ……!」
セトがミルキーを下ろしているわずかな時間の間に、ゴーレムの手は兵士に迫ってくる。
「た、たすけっ……」
兵士が匍匐で進んでいると、壮年の兵士が駆け寄ってきた。ミゲルとヤルダーだ。
「ぬおおおっ!」
ミゲルはゴーレムの手を止め、ヤルダーが兵士を救出。彼らが食い止めたことは、セトの助けになった。ゴーレムの足元まで駆け寄ってこれたからだ。
人を助けたいという意思で集まった三人は、言葉もなく、連携をしていた。
「エメラルド・タブレット、オープン! 分解、開始!」
セトが錬金術を使い、ゴーレムの片足を砂に還す。
──ずっ……ずっ……ズシンッ!
体を支えきれなくなったゴーレムが傾く。その隙にミルキーは二人に向かって叫んだ。
「早く、逃げなさい!」
弾けるように二人の足音が遠ざかった。
「こざかしいクズどもめ……」
アメリアは激情して、ゴーレムはまた足を再生した。
──ズシン、ズシン……
ゴーレムが地面を震わせ、大地を踏み荒らしながら近づく。
踏みつけられた斧を発見したミルキーが、ダッシュしてそれを手にとった。
「兄さま、これ直して!」
「わかった!」
セトはゴーレムの足の間を滑るように走り、彼女の元に向かう。ゴーレムが高く足を上げて、セトを狙って何度も足を踏んだ。砂煙が立つ中、セトは斧を持ったミルキーを抱える。
「エメラルド・タブレット、オープン! 復元、開始!」
ゴーレムの猛攻を避けながら錬金術を発動すると、彼女の斧が元に戻った。
「ありがと、また戦えるわ!」
ミルキーは軽快に笑ったが、セトは猛ダッシュして、ゴーレムから距離をとった。
「ちょっ、ちょっと、兄さま! 何して──」
「あいつはおれが粉々にする。危ねえから、避難しとけ!」
セトはミルキーを下ろすと、すぐに体を反転させてゴーレムの元へ突進した。
「……好き勝手しやがって、ぶっ壊してやる……」
人を殺すゴーレムが憎い。
あれは存在してはならないものだ。
早く壊して、粉々にしなければ。
セトは目を見開きハイスピードで、ゴーレムに近づいた。
「エメラルド・タブレット、オープン……分解、開始」
加速した勢いにのって高く跳ねる。ゴーレムの肩の間接部に、錬金術を使った。稲妻のような閃光が走り、ゴーレムの肩の土が砂になっていく。
水分を飛ばして、極限まで乾燥させていた。ゴーレムの腕は砂となり、風にのって消えてしまう。
──再生する前に消去。
その為に、もっと早く錬金術を発動しろ。
もっと、早く、動け。動け。動ケ。ウゴケ。
意識を研ぎ澄ませていくと、チャークラの光が消えていった。
ひとつ、またひとつ。
チャークラの光が消えると、その分、セトのスピードは増した。
最後のひとつ。愛のチャークラが消えかけたとき、セトの脳内にまたあの声がこだました。
──スイッチを押せ。そうすれば、破壊するだけのロボットになれる。兵器になれ。ターゲットを殲滅せよ。
自分を殺戮兵器に誘うロボットの声だ。
一度は断った誘いだったが、ゴーレムは消滅しきれていない。
だから、セトは強さを求めてしまった。
──カチリ。
スイッチを無意識に押していた。
愛のチャークラの光が弱くなっていき、こころ(ホムンクルス)と、カラダ(ロボット)の繋がりがなくなって、自分の意識でカラダを動かせない。
セトの体は自動モードに移行してしまった。
セトは感情のなくなった顔で、機械音を口からだす。声は小さく、離れていたミルキーには届かなかった。
「ターゲットを設定します。ロックオンしました。殲滅対象、巨大ゴーレム。破壊します──」
ゴーレムが巨大な手を開く。そのまま虫を叩くようにセトの背後をつく──が、そんな行動、今のセトの前では無意味だった。
セトは半分まで崩れた肩を拳で破壊して腕を完全に落とすと、迫ってきた手も錬金術を使って砂にしてしまう。
ゴーレムの攻撃は手だけだ。肩に乗っていれば足は、ただの動くだけのものである。
──オオオオオオオ!
両腕を落とした。次は頭部。セトの速さは、もはや人間が目で追えるスピードではなくなっていた。
再生が破壊を上回る様子に、アメリアは奥歯を噛む。
ゴーレムの動力源は丸い球体になったので、頭文字を破かれることはない。無限に再生できるはずだ。しかし、セトの破壊を見ていると、余裕はなくなっていった。
「うおおおっ!」
アメリアの背後をミルキーが狙う。アメリアは後方に宙返り、向かってきたものをかわす。ミルキーはふんと鼻を鳴らして、攻撃をしかけた。
二人の再戦が始まった。
──ガキン! ガキン!
ミルキーのスピードは早くなっていた。
「やっぱ、土の上じゃないと力がでないわよねえ!」
連続で斧を振り回すミルキーに、アメリアは吠えるように叫ぶ。
「おのれ、おのれ、おのれ! サラさまの鱗を傷つける者は許さない!」
その言葉にミルキーは怪訝な顔をした。
目の前の女は、サラを貶めようとした人のはずだ。しかし、まるでサラに異様な思いを抱いているような言葉をはく。よく見れば彼女が纏う鎧は、サラが聖女の姿になったときに似ていた。
ミルキーは一度、斧を引いた。
「あんた……サラさんのこと、好きなの?」
アメリアがこてんと首をかしげた。
「そうよ」
「なら、なんでこんなこと!」
「だって、ダイジなものは鍵をかけて、オリに入れないといけないわ。お母さまが言っていたもの」
アメリアは壊れかけて正しい音階が出せなくなった楽器のような声でいう。
「いくら錬金術ができなくてもね、無能な女でもね、わたくしがダイジだからオリにいれるの。ダイジだから、叩くの。ダイジだから、何度も殴るの。ダイジだから、閉じ込めておくのよ」
ミルキーは眉根を寄せた。
アーリア国の知識を振り返る。アメリアは女だからという理由で、両親と周りから不遇な目にあっていたらしい。かといって、彼女の行動は肯定できないが。
「それは違うわ。それは支配よ。大事なら、痛いことはしたくない。痛いことから守りたいって思うものよ」
アメリアはすっと表情を変えた。また艶やかに笑う。
「そんなの。誰も教えてくれませんでしたわ」
アメリアは唇を歪めると、ミルキーに向かって爪を振り上げる。
ガキン! ガキン!
硬質な音を響かせた打ち合いは、ミルキーが勝った。
──ザアアア……
二人が戦っている間に、セトもゴーレムを砂に還したようだ。砂の上に立つ彼の姿を見て、アメリアは舌打ちをすると、ミルキーから距離をとり走りだした。
この場から離脱する気だ。
「兄さま! あの女が逃げ……」
セトを見たミルキーが、ひゅっと息を飲む。彼の横顔にはなんの感情もなくなっていたからだ。ロボットのような冷たい瞳に、ぞくりとする。
セトは砂の中から、蠢くナニカを取り出す。それを手のひらで、ぐちゃっと握り潰した。彼の口が開き、無機質な音声が出た。
「殲滅のため、分析を開始シマス。
スキャン開始。成分の解析開始。ハオマ草、ナハサマ草、マナヤカ草、ハハハコ草、ターカ、ミュロス……
エラー。再分析を開始します。水、カルシウム、リン、酸素、炭素。
エラー。ロックがかかっています。パスワードを入力してください。
エラー。ロックがかかっています。パスワードを入力してください。
エラー。ロックが──」
「兄さま?!」
ミルキーが慌てて、セトに駆け寄った。




