錬金術師 対 錬金術師 ①
セトはとっさに、ミルキーとライラを両脇に抱えて跳んだ。
──ドゴオオオン!
ゴーレムの一撃はセトをとらえず、礼拝堂の床にめり込んだ。
衝撃で大地がゆれ、石の床は砕けちる。
ゴーレムの指も折れて、ぼろぼろと崩れたが、また元に戻ってしまった。
──ライラを逃がさねえと!
セトは彼女の安全を第一に考え、ゴーレムから離れた。
ライラを地面に下ろし、声をだす。
「走って、逃げろ!」
ライラは体を大きく震わせながら、足を動かそうとする。
が、ゆらりと佇む巨人に足がすくんでしまい、その場にへたりこんでしまった。
あれは神話にでてくる魔神ではないか。
太陽を隠すほどの巨大な存在に恐怖して、呼吸を忘れてしまう。
怯えて動かないライラを背にして、ミルキーは笛を鳴らした。
鳥型のロボットが彼女に近づいた。
背中には、ミルキー愛用の斧がくくりつけられていた。
堂々と武器を持ち込むと不審がられるため、ロボットに付けていたのだ。
背中のひもを解いて、斧を回して構える。
「うっ……」
崩れた礼拝堂から、誰かのうめき声が聞こえた。
すぐさま二人とも声の方に駆け寄った。
礼拝堂の中にいた神官だ。
体の半分が埋まっているが、まだ生きている。
「ミルキー、おれが瓦礫をぶっ壊すから!」
「わかっているわよ! やりすぎないでよ! 建物が倒壊するわ!」
セトは瓦礫を拳で壊して、どかしていく。
ミルキーが神官を救出したのをみて、完全回復が入った袋を投げて、彼女に渡した。
「もう、大丈夫よ」
ミルキーが神官に完全回復を飲ませる。彼は回復をした。
服に血はついたままだが、体は元通りだ。
「くそっ! 他の奴はまだ中かっ!」
セトは瓦礫を掻き分けて、他の神官を探した。
ライラが泣きそうな顔で、回復した神官に近づく。
生きててよかったという安堵は声にならず、ライラはすがりつくように神官に抱きついた。
その様子を見ていたアメリアが、興味深そうに目を三日月の形にする。
「まぁ……不思議なポーションをお持ちなのですわね……完全回復薬かしら?……ふふ。あなたが持っているなんて、幸運だわ」
アメリアが笑っているのが不快でたまらなかったが、今は神官の救出が先だ。
「あら、大変そうですわ。お手伝いいたしましょうね」
アメリアはにたりと笑う。
「魔神マナフよ。その男を潰しなさい」
ゴーレムはセトに向かって、拳をつきだした。
「邪魔すんじゃねええ!」
セトは、その拳を両手で受け止めた。
避けたらまた礼拝堂が崩れて、神官たちの命が危ない。
自分の背丈よりも大きな拳だったが、力なら上だ。
「ひっこんでろ!」
セトは力任せに、拳を押し戻す。
ゴーレムは後ろによろけたが、また踏みとどまり仁王立ちする。
「あら、ずいぶんと力持ちさんなんですね」
無邪気な声を無視して、セトは錬金術を発動する。
「エメラルド・タブレット、オープン! 分解、開始!」
両手をつけて、瓦礫を砂にかえしていく。
その様子を見て、アメリアは目を丸くした。
「まあ、本当に魔法のようですわ」
くすくす笑うアメリア。
セトはミルキーと一緒になって、下敷きになった神官を救出した。
五人いた神官はすべて瓦礫から引きずりだせたが、一人は息が絶えていた。
その者は、ミルキーと会話した神官だった。
彼の穏やかな声を思いだし、ミルキーの目が真っ赤になる。
「いやっ……」
ライラが亡骸にふらりと近づく。
彼の前に立つと膝から崩れた。
金色の瞳から、大粒の涙がこぼれる。
「いやあああっ……!」
亡骸にすがりついてライラが泣き叫ぶ。
ライラの悲痛な声を聞いて、セトは拳を強く握りしめた。
完全回復は、死者を呼び戻す力はない。
彼はもう帰らないのだ。
全身を怒りで震わせた後、アメリアとゴーレムを鋭く睨んだ。
ミルキーは怒りの形相で叫ぶ。
「早く、逃げて。できるだけ遠く。遠くよ!」
彼女の声に我に返り、一人の神官が泣きじゃくるライラの肩をだき、一人は遺体を丁重に持ち上げて、全員で駆け出した。
神官たちの足音を聞きながら、セトは残った瓦礫を踏んで跳躍する。
柱だけになった場所に立ち、アメリアと視線を合せる。
ミルキーは肩に斧をのせて、小さい体を器用に動かして、後に続いた。
対峙した三人。
セトは構えをした。
ミルキーも肩から斧をはずして、切っ先をアメリアに向ける。
「ぶっ潰してやる……」
セトが低い声で言うと、アメリアはうっそりと微笑んだ。
──オオオオオオオオ!
ゴーレムの拳が、セトに向かってきた。
頭に当たったら脳に集中したコンピューターが誤作動を起こすかもしれない。
セトは拳をかわし、一度、巨大ゴーレム全体が見える位置まで跳ぶ。
建物の瓦礫でゴーレムの細部までは見えないが、体の芯は見えた。
セトは目をスキャンモードに切り変える。
レントゲンで映したみたいになり、ゴーレムの骨格が透けた。
ゴーレムは砂でできているので、骨はないが、動力となる護符があるはずだ。
喉の辺りにあると、予想を立てたが、護符は見つからない。
──真理の文字を掘っているタイプのやつか?
頭文字を消さない限り、ゴーレムは再生を繰り返す。
セトは、ズーム機能を使って、ゴーレム体から文字を探した。
空振りしたゴーレムは、巨大な手のひらを横にスライドさせて、ミルキーに襲いかかる。
ミルキーはふんっと鼻息を鳴らして、拳をかわした。
「アタシがあの女をやっちまうから、兄さまは巨人の方をお願いね!」
ミルキーがゴーレムの腕の上を素早く走る。
もう片方の腕がミルキーをとらえようと動いたが、彼女の方がわずかに速い。
ゴーレムの四角い頭を器用に上り、ミルキーはジャンプすると、勢いのままにアメリアに向かって斧を振り上げた。
「うりゃああっ!」
──ガキン!
アメリアは黒い籠手で斧を受けとめた。
ミルキーはギリギリと歯を食い縛る。
アメリアはニタリとルージュがついた唇を持ち上げた。
「そんなものでは、わたくしの鎧は貫けませんわ……」
「言ってくれるじゃないのっ……」
ミルキーは目を見開き、斧を引くとさらに力を込めて、一太刀を繰り出す。
──ガキンッ! ガキンッ!
肩の上で、二人が攻防を続けている間、巨大な手がミルキーを拘束しようとゆらりと動いた。
跳躍していたセトが、ゴーレムの反対側の肩に着地して、ミルキーに襲いかかる手に向かって足をだす。
──バキッ!
ミルキーをとらえる直前。
セトの鋼鉄の足がゴーレムの指をへし折る。
「おりゃあっ!」
セトは滞空しながら、何度も蹴りをして、ゴーレムの手を崩壊させた。
──オオオオオオオオ!
意思のないはずのゴーレムが、怒ったように体を反らす。
「くっ……」
肩に乗っていたミルキーがふらついてしまった。
アメリアはその隙を見逃さなかった。
──ガキンッ!
腕をしなやかに振り上げ、ミルキーの斧を黒い籠手で弾いてしまう。
斧は回転しながら、地面に刺さった。
──オオオオ……!
巨大ゴーレムが足をあげて、斧を踏んだ。
持ち手が木製だった斧は、柄が無惨に割れて、使い物にならなくなってしまう。
ミルキーは舌打ちして、一歩、後ずさる。
アメリアは狂気で口元をつりあげた。
「あははは! さようなら、妖精さん!!」
間合いをつめられ、鋭い爪先がミルキーに襲いかかる。
ミルキーはセトと同じ武術の構えをした。
「妖精なめんな! 武器がなくたって、戦えるんじゃあああ!」
ミルキーは低い身長を、さらに低くして猪のように突っ込む。
アメリアの鋭利な切っ先を寸前で、かわした。
「うおおおっ!」
ミルキーはアメリアに体当たりをして、彼女の体に両手を回してホールドした。
「わさわざ死ににきたの? バカな妖精さん」
アメリアがニタリと笑い、爪がミルキーの脳天をとらえる。
ミルキーはふがーっと鼻息を出した。
「バカはそっちよ! アタシの兄さまはむちゃくちゃ強いって言ったでしょ!」
ゴーレムの両手を破壊したセトが、アメリアの背後に跳んでいた。
「ミルキー! どけえええ!」
ミルキーの手が離れるのと、アメリアがセトに気づくのは同時だった。
──バキッ!
アメリアの頭に、セトの回し蹴りが炸裂する。
被っていた黒い兜が吹き飛び、アメリアの体は、ゴーレムの肩から投げ出された。
ゴーレムがアメリアを受け止めようとするが、両手がなくなってはそれもできない。
アメリアは地面に叩きつけられた。
──オオオオオオオオ!
ゴーレムが割れんばかりに咆哮する。
彼女が攻撃されたことを怒りくるっているようだ。
地面に落ちていた砂を吸い込み、壊された腕が再生されていく。
ゴーレムは気を失ったアメリアを片手で大事そうに抱いた。
もう片方の手で、セトたちを握りつぶそうとする。
──オオオオオ!
セトはミルキーを脇に抱えて、一撃をかわす。
そのまま翻り、地面に着地すると、ゴーレムはセトに向けて巨大な足をあげて、踏み潰そうとした。
──ズドンッ!
回避すると、重い地響きを立て、ゴーレムの足跡分、地面がへこむ。
ゴーレムはうなり声をあげて、何度もセトを踏み潰そうとする。
礼拝堂はもはや形をなくして、瓦礫の山だ。
激しいゴーレムの地響きは、礼拝堂の手前にあった聖門にヒビを入れた。
「──ひっ」
「うわあああっ!」
まだその場に留まっていた第三隊の兵士が、倒れてくる門に青ざめ、逃げ惑う。
──ドゴン!
数人が巻き込まれ、下敷きとなってしまった。
セトたちはゴーレムの相手に集中していて、建物の向こう側の混乱までは気が回らない。
しかし、ヤルダーとミゲルが大聖堂前に到着して、住民の退避命令をだしていた。




