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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第五章 善と悪の戦い
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◼️ 王太子の渇望

本日2話目。セトたちが脱獄したときのドルドル、アメリアサイドの話です。闇落ちが見たくない方は読み飛ばしてください。

 ──サラが囚われて一日後。


 ドルトルは兵士の仕官学校を訪れていた。


 この学校はもともと貴族の次男、三男、四男という爵位を継げない者の受け皿として設立されたものだ。

 建物の建設から、経営までを貴族主体ではじめ、スクールに行っても勉学ができず、商売をさせても無理そうな、要するに体を動かすしか能がなさそうな者が主に通っていた。


 階級があがれば、例え頭の悪い息子だろうと体面も保てるという思惑から始まったものなので、上位貴族であればただ座っているだけで、階級があがるという中身がスカスカなものだった。


 この学校を出て、地位を得たものは多い。

 ドルトルによって殺された前最高司令官、ミゲルの前の第五隊隊長、そして現第三隊隊長も、この学校の出身だった。


 貴族の思惑が軍内部に悪手のようにはびこらせている現状を叩き潰そうと、ドルトルは動いていた。


 学校自体の存続はよい。

 貴族を受け入れるのもよい。

 ヤルダーのように、貴族出身でありながら気概がある人物もたまにいるからだ。

 問題は実力主義ではないこと。

 それを穏やかな笑みで繰り返し、子供に悟らせるように経営者に言ってみたが、相手は「伝統を変えるのは」と同じ言葉を繰り返す。

 実りのない会話しかできなかった。


 ──頭を変えるか……


 と、強行策を練ったところで相手に形ばかりの挨拶をして、席をたった。



 馬車に乗り、上質な生地の座面に背中をつけると、それだけで張っていた気がゆるみそうになる。

 震動があまりない馬車に乗ると、そのまま眠ってしまいそうだ。

 眉間を指でもみほぐして、眠気を追い払う。

 あの学校をどうしてやろうか考えていると、対面に座っていた影が神妙な声をだした。


「陛下……少しは他の者に執務を任せたらどうですか」


 ドルトルは手を額から外し、前で組んだ。


「任せられる者がいたら、いいんだけどね」


 晴れやかに言いきる。


「僕がこの国の実権を握って、まだ二ヶ月だ。有能な者もいるけど、まだ足並みは揃っていないしね。皆、今の役目で手一杯だよ」


 一極集中していた権力の縮図を壊したものの、次の人材探しには、苦労を重ねていた。

 貴族のしがらみを嫌った有能なものは、他国へ流出している。

 この国が聖女というドレスで着飾った骸骨国家だったのか、ドルトルは思い知られていた。


 視線をそらしたドルトルを見ながら、影は違うことを思っていた。

 確かに人材は不足している。

 だが、根本的な問題はそこではない。


 目の前のこの人は、誰も信用していないのだ。

 だから人に任せられない。

 愛する人でさえも、この人は信じていない。


 寝るのを惜しみ国を自身の理想郷に近づける執念はすごいものがあるが、一人で支えきれるほど国は軽くはない。


 いつまで、このままでいられるのか。

 この人を失ったとき、この国はどうなるのだろう。


 彼の理想郷の果てを知る影は、無言で目を臥せた。




 *


 王宮に戻ってきたドルトルは、アメリアからの報告を聞いて、 苛立ちを隠せなかった。


「……それで、みすみす褐色の男と得たいの知れない女と、ダストゥール・ライラを逃がしたというわけだね」


 アメリアは腰を落としたまま、うなずいた。


 ドルトルが受けていたのは、セトたちの脱獄の一件だ。

 朝方にされて、夜に戻ってきたドルトルは慌ただしく王宮の壁を直す者を見て、報告をするようにすぐに言いつけた。

 そして、やってきたのが、なぜかアメリアだったのだ。


 執務室の椅子に座ったドルトルは白い手袋をはめた指でトントンと机の上を叩きながら、感情のそげ落ちた声をだす。


「……それで、なんで君が報告にきたのかな?」

「先に近衛兵長にわたくしが報告を受けましたが、怒りのあまり、ついうっかり彼をダハーカさまに食べさせてしまいました。ですから代わりに、わたくしが参りました」


 アメリアが顔をあげる。

 あまいろの瞳は同じ闇が漂っていた。

 ドルトルは小さく息を吐く。


「取り逃がして申し訳ありません……」

「いいよ。君の落ち度じゃない……」


 とはいいつつも、腹に渦巻く衝動は抑えきれなかった。

 褐色の男といえば、サラを拐った男と同じ特徴だ。

 ゴーレムを瞬時に倒し、魔術に似た錬金術を使う者。

 低身長の女の正体は不明だが、フロックよりも高い技術を持つとなると厄介だ。

 高度な科学兵器を持ち込んでいる可能性もある。


 ライラを連れ去ったのも忌々しい。

 彼らは方角から見て大聖堂に向かったらしいので、聖女の呪詛に気づいたのだろうか。


 自分のいない間にしてやられたのが、無性に苛立つ。


「すぐに大聖堂に兵を──」と、ドルトルが指示を出したところで、影がドアを開いた。

 近衛兵が手紙を影に渡す。

 影は近衛兵の報告を受けると、扉を閉めて手紙を持ってきた。

 黒いフードを被った黒髪の男が、手紙を自分に差し出した。


「お話中、申し訳ありません。陛下、シペトに派遣していた影ウルジより報告です。サラさまが戻ってきました」


 ドルトルの碧眼を見開らかれる。

 椅子から立ち上がり、手紙を奪うように手にした。

 心臓が踊りだし、全身が震えた。

 手紙を開けるが、震える指先ではもたついた。

 アメリアも思わず立ち上がっていた。


「……ミゲル将軍が駒として役にたったようです。彼と戦い聖女の力を無くした後に、拘束に成功。あと一日でこちらに到着します」


 影はサラが完全回復薬を持っていたと報告を続けた。


 ミゲルに致命傷をおわせても復活させたので、アメリアが作ったハイ・ポーションよりも質が高いだろうと分析したのだ。

 その薬は彼女の持ち物を確認したが、他には無かったことも話した。


 しかし、ドルトルの耳は報告を素通りした。

 自身から沸き出た心音で、言葉が聞こえない。


 サラが戻ってきた。

 狂うほどの歓喜が腹の底から沸き上がり、ドルトルは声を上げる。


「ははっ……ははははははは! あははははは!!」


 喉が裂けそうなくらい笑い、ドルトルは手紙に向かって、うっとりと微笑む。


「……ほんとうに、サラは聖女だね……ははっ……愚かで本当に可愛いよっ!」


 ぐしゃりと、手紙を握りつぶす。

 先ほどまでの不快な報告を打ち消すくらいの喜びだ。

 やはりミゲルに任せてよかった。


 師と仰ぐ者との戦いは、彼女の心を深くえぐっただろう。


 憤ればいい。

 憎しみに染まればいい。

 強い感情は彼女を縛る。

 頭の中が、自分のことで埋まればよい。


 彼女の世界から、追い出されるのはごめんだ。


 置いていかれるのは、もう嫌なのだ。



「……サラさまが戻ってくるの……ですね……」


 アメリアが放心したまま呟く。

 彼女は口元を手で覆い、はらはらと涙を流す。


「あぁ……サラさまっ……サラさまっ……! わたくしの第二の救世主さまっ……!」


 感極まって叫ぶアメリアに、ドルトルは昏い笑みを浮かべた。


「サラが戻ってくる……アメリア。不要なものは処分しようか……」

「えぇ。えぇ……! もちろんですわ!」


 アメリアが指で涙をぬぐい、満面の笑顔になる。


「陛下はどうぞ、サラさまをお出迎えください。わたくしが処分して参りますわ」

「そう……? でも、太陽の下ではダハーカは使えないよ? 君一人で大丈夫?」


 アメリアは胸の前に手を組んで、誇らしげに言う。


「相手は錬金術師。ならば、錬金術師同士が一番でしょう。それよりも、サラさまとの時間をお楽しみくださいませ」


 心からの言葉に、ドルトルも破顔した。


「ありがとう。無理だったら帰っておいで」

「ふふっ。嫌ですわ。わたくし、負けるつもりはありませんもの。その為にあの日からダークブーツに慣れるように体力をつけて参りましたのよ?」


 アメリアがころころと笑い、スカートの端を摘まむ。

 彼女はハイヒールではなく、膝まで覆う黒いブーツを履いていた。


「黒い強化鎧も着ていきますし、心配ありませんわ。あぁ、でも一つだけ……」

「どうしたの?」


 アメリアは頬に手をあてて、困った顔をする。


「興奮しすぎてダストゥール・ライラも殺しかねませんわ。あの方はサラさまに似た容姿ですものね」


 ドルトルの脳裏に、ライラの懇願する姿が蘇る。


 先代を殺したときに、ライラは恐怖で顔を蒼白させながら、泣いていた。

 金色の瞳から苦しそうに涙を流す姿はサラを思い出させた。

 だから、今の今まで飼い殺しにきてきた。


 ──だけど、本物が手に入るなら偽物はいらない。


「あぁ、いいよ。あれは人形だからね」

「よかったですわ……わたくし、殺さない自信などなかったので」


 アメリアは子供のようにはしゃいだ声をだした。

 ひとつステップを踏むように跳ねると、スカートの裾を指で摘まんで、腰を落とす。


「いってまいりますわ」

「うん。いってらっしゃい」


 淑女の礼をして、アメリアは退室した。

 ドルトルは影に命ずる。


「サラの両親を呼び寄せておいて。親子の対面をさせてあげなくちゃね」


 そう言ったドルトルの微笑みは、幸せに満ちていた。




 *


 大聖堂に着いたアメリアは右往左往している第三隊から報国を受けた。

 奥の部屋に三人がいるそうだ。

 捕らえられない無能どもに嫌気がさしたが、どうでもよかった。


「そう。なら、わたくしが始末いたしますわ」

「ですが王妃殿下……最高位神官(ダストゥール)さまや神官たちも中に……」


 アメリアは不思議そうに目を丸くして、こてんと首をかしげる。


「それが、なにか?」


 異様な空気をだすアメリアに兵士は生唾を飲み干して、足を下がらせる。

 彼女は優美な笑顔で礼拝堂に入っていく。


 彼女が入ると、動いていないゴーレムが影によって運ばれていく。

 何体も、何体も。

 運び終わると、影は去っていった。


 礼拝堂の床に山のように高くなったゴーレムたち。

 それを見上げて、アメリアはスカートの端を持ち上げて、軽やかにステップを踏む。


 タタンッ! タンッ!


 足を床に円を描くように滑らせ、最後に床を高いヒールで蹴りあげた。

 巨大ゴーレム錬成レシピを踊り終えたアメリアは両手を高々とあげる。


「魔神マナフよ! その力を持って、破壊の限りをつくしなさい!」


 ゴーレムたちが一斉に砂となり、生き物のように蠢きながら高く盛り上がっていく。


 地面を激しく揺らし、礼拝堂の外にいた者も中にいたものも震動の激しさにどよめく。


 ──オオオオオオオオ!


 咆哮しながら手足を作り、巨大な体は礼拝堂の天井を突き破る。


「わあああっ!」

「た、退避! 退避!」


 礼拝堂が崩れて、瓦礫が降ってくる。

 兵士は腰を抜かしながら走り去り、信者は最後に神に祈った。

 アメリアは「あははは!」と高笑いしながら崩壊を見ていた。


 ──オオオオオオオオ!


 魔神が完成して、アメリアはその肩に乗った。

 地面に例の褐色の男が見えた。

 ミルキーもだ。

 死ななかったらしい。


「はじめまして、賢者の石を持った錬金術師さん。ふふっ、妖精(ミルキー)さんも一緒ですのね」


 うっとりと微笑みながら、永遠にさようならと心で呟く。


「その者を叩き潰しなさい、魔神マナフ!」


 ──オオオオオオオオ!


 魔神は巨大な拳を男たちに向かって振り上げた。

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