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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第五章 善と悪の戦い
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解呪

 ライラの叫び声に、第三隊の兵士が動揺して足を止めた。

 セトもミルキーも驚いて、ライラを見る。


 ライラは兵士を強い目つきで見据えた。

 目の前では、鈍色に輝く剣がある。

 それを見るだけで、先代が死んだ瞬間を思い出して全身が震える。

 あれが自分に向かってきたらと思うと、とても怖かった。

 でも、二人が傷つくのは嫌で、両足を踏ん張った。


「下がりなさい!」


 もう一度、自身を鼓舞するように腹から声をだす。

 こんなに大きな声を出すのは初めてだった。


 兵士が止まったのを見届けてライラは、すぅと一度息を吸った。

 ゆっくりと息を吐いて、今度は冷静な声をだす。


「この方々は囚われていたわたしを解放してくれました。わたしの恩人です。剣を下ろしてください」


 ライラの言葉に兵士たちが動揺してざわめく。

 動きを止めさせられていた神官の一人が、ライラの前に駆け寄り、両ひざを折って頭を下げた。


「ダストゥール・ライラ……よくぞご無事で……」


 感極まった声に、ライラの表情がゆるむ。


「心配をかけて、ごめんなさい」


 神官たちが次々と集まり、ライラの姿を見て頭を下げた。


 先代が亡くなったとき、亡骸だけがその場に放置されライラは消えていた。

 聖女の呪いや儀式を知らない神官たちは、なぜこんな状況になったのか、理解ができなかった。

 ただ王の命じられるまま、いつも通りの日常を過ごしていたが、最高位神官(ダストゥール)の死に、神官たちはひどく動揺していた。

 最高位神官がいなくなったらロスター教は、自分たちはどうなるのだろう。

 そのため、ライラの姿を見ただけで、神官たちは希望をえた心地だったのだ。


 ライラは神官たちに立つように言うと、彼らの間をぬって、まだ剣を下げない二人の兵士と対峙する。


「そこをどいてください。わたしは恩人がたに祝詞を捧げたいのです」


 兵士は、剣を下ろそうとしなかった。


「いいえ。そんな怪しいものをお連れするなど許可できません」

「わたしの恩人を侮辱しないでください。この方々は、神に導かれた救世主さまです!」


 ライラが言いきると、兵士たちの間でざわめきが広がった。

 彼女の言葉を聞いたセトが首をひねり、気まずそうに頬をかいた。


「ダストゥール・ライラのお姿が元に戻られたのも、救世主さまが授けた力だったのですね……」


 一人の神官が呟き、セトを見る。

 セトは苦笑した。


「あ、あれは……ポーションのようなものでしょう……」と、兵士が動揺しながらも反論する。


「いいえ。あのような奇跡の力は、ポーションでは不可能でしょう。わたしは囚われている間、ポーションを飲みましたが、これほどの活力は得られませんでした。あの方は、神の力をわたしたちに見せてくださったのです」


 兵士は口を引き結ぶ。

 完全回復という奇跡を見た彼もまた、ライラの言葉が嘘だと切り捨てられなかった。

 ライラは一歩、強く踏み出す。

 兵士は(おとがい)をそらした。


「そこをどいて」

「っ……」

「どきなさい!」


 ライラの迫力に気圧され、兵士が剣をさげた。

 彼女はセトたちに向き直る。


「こちらへ。身を清めてから、あなた方に祝福をいたしましょう」


 ほほえむライラを見ながら、セトたちは歩きだす。

 兵士が悔しそうに睨んできたが、その視線を見ないことにした。


 神官たちもセトたちの後に続き、全員は扉を開いて奥の部屋に入った。

 部屋では二手に分かれた階段がある。

 真ん中にはまた扉があった。

 奥の扉を目指して歩いていたライラが、急に膝から崩れる。


 慌ててセトとミルキーが駆け寄り、彼女の体を支えた。

 ライラは苦しそうに息を吐き出しながら、小さな声をだす。


「すみません……っ……ほっとしたら、急に……」


 緊張が途切れて、全身の力が抜けてしまった。

 ミルキーが優しい目になる。


「とっても格好よかったわよ。アタシたちを庇ってくれてありがとう」


 ライラは小さく笑って、しっかりと立ち上がる。足はもう震えていなかった。


「身を清めてまいります。どうか少しの間、お待ち下さい」


 セトは時間が惜しくて不満そうな顔をしたが、ミルキーは快く送り出した。



 身を清めて戻ってきたライラは、新しい白い神官服を着ていた。

 右の指には銀色の指輪がはめられていた。


「お待たせいたしました。どうぞ、こちらです」


 ライラは奥の部屋に続く扉を開く。

 他の神官たちは、部屋には入らなかった。


 奥の部屋は家具はなく、がらんとしていた。

 正面の壁にタペストリーがある。

 神話にでてくる聖女が悪魔を倒した瞬間を描いたものだ。

 太陽の下で、聖女が女悪魔を指差し叫んでいた。


 ライラは丸い模様が描かれた床の前に膝をつき、両手をあげて【帝国語】の聖典を謳う。

 言い終わると、円の中央に描かれた模様を触った。

 模様は立体的に盛り上がっていて、一部が手で掴めた。


 ギギギ──……


 床に隠し扉があって、地下にいける階段があった。


「こちらです」


 ライラが静かに階段を下りていく。

 セトとミルキーはライラに続いて、階段をおりていった。


 人が一人分しか通れない狭い階段をおりていき、七つの扉を通る。


 最後の扉を開いたとき、目の前にあった赤毛の土人間を見て、セトは拳を握りしめた。


「えぐいわね……」と、ミルキーも不快そうに低い声をだす。


 体の七ヶ所を罰するように焦げた聖女像。

 像の周りには、聖火を燃やすときに使われる札が張られていた。

 この札は真新しく、最近のもののようだ。


 聖女像の赤い髪がサラを思い出させて、セトは見ているだけで苦しくなった。


「見てらんねえ……早く呪いを解いてくれ」


 セトが切羽詰まった声で言うと、ライラが悲しげに眉根をさげた。


「伝承通りならば、太陽の下で言葉を叫べば呪いは解除されると思われます。礼拝堂には屋上があります。そこに運べばいいと思いますが、聖女さまの像をどうやって運べばよいのか……」

「運べばいいんだな。任せとけ」


 セトが前に出て、聖女像の楔を外そうとする。

 聖女像がぼろっと崩れたので、慌てて離れた。


「脆いな……」と呟くと、パンと両手をつけて右手だけを下にする。


「エメラルド・タブレット、オープン! 再構成、開始!」


 錬金術を使って、煉瓦の壁を一枚の壁にした。

 また錬金術を使いながら、器用に壁に溝を掘る。

 時間はかかったが、聖女像をくくりつけた石板ができた。

 セトはミルキーに、石板の端を持つように言った。


「階段、通れるの?」

「幅は計ってある。ギリギリだけどいけるだろ。この階段は直線だしな。角がないからいける」


 二人は石板を持ち上げて、階段を昇っていった。

 ライラがほうと息を吐く。


「救世主さまは何でもできるのですね……」


 尊敬の眼差しをされてセトは苦笑した。


「だから、錬金術師だって」

「いーのよ。救世主になっときなさいって、ヒーローも救世主もそんなに変わらないわよ」


 がははと久しぶりにミルキーが豪快に笑った。



 *



 どうにか屋上まで行った三人は、眩しい太陽に目を細くした。

 ここまでくるのに兵士に会わなかった。

 屋上から下を見ると、礼拝堂の前で右往左往している。

 ライラの一言が効いたのか、指揮官が判断できない男なのかわからないが、好都合だ。


「解呪をしてみます……」


 ライラは背筋を伸ばす。

 彼女は太陽に向かって、顔をあげた。

 腕を伸ばし、手のひらは上へ。

 女悪魔の滅びを謳う。

 凛とした歌声が静かにやみ、ライラはタペストリーの絵を真似して、指を一本立てた。


 これで解呪ができるのか、まだ分からない。

 でも、願いを込めてライラは声を張った。


「アルヤーマー・イシュヨー!」


 三人の視線が聖女像に注がれる。

 変化はない。

 ライラは怖じけづきそうになったが、諦めずにもう一度、叫んだ。


 ──お願いです。最高神さま。わたしに力をお与えくださいっ!


 ライラは腕を大きく振りかぶり、腹の底から声をだした。


「アルヤーマー・イシュヨー! 滅びよ! タローマティ!」


 その瞬間、ライラの指にはめられた指輪がピカッと光った。

 太陽の光を吸い込んだそれは、一筋の光となって聖女像の札に射し込む。


 ──ボッ


 小さな煙がでて聖女像が燃える。

 燃えやすい札は一気に大きな炎となり、聖女像を焼きつくす。

 神話どおりに、焔は像を燃やして、灰になった。


「……呪いが解けたのか?」

「たぶん……?」


 セトとミルキーが顔を見合わす。

 ライラはへたりとその場に座り込んだ。


「……サラ……」


 セトがはっとして、腰ベルトのポケットにあるオペラグラスを取り出して、覗き込む。

 監視用の鳥型ゴーレムで、シペトの国境門を確認したが、サラの姿はどこにもない。


「……サラ……どこに行った?」


 セトは目を見開き、ノームたちに慌てて連絡をとる。

 外に出たおかげで、すぐに連絡がついた。


「ノームじいさん! サラは!? サラはどこ行った!」


 通信が入り、甲高い声が聞こえた。


「──セト! やっと通信できた!」

「かーさん? サラは? どこにいんだ!?」

「──王宮よ! あなたたちが出ていった後に運び込まれたの!」


 どうやら行き違いになったみたいだ。

 セトは悔しさで眉根を寄せる。


「──サラさん、戦ってずたぼろになったのよ! 早く! 助けに行って! あと、あの女がそっちに向かったから気をつけ────」


 ────ゴゴゴゴゴ……


 屋上が不快に揺れだす。

 地面にヒビが入り、セトは腰を抜かしたライラとミルキーを脇に抱える。

 天井が割れる前に、セトは跳んだ。


 ──オオオオオオオオ!


 天井を突き破り、巨大なゴーレムが現れた。


 姿を現したゴーレムは膝をおり、手のひらに誰かをのせる。

 黒い鎧で全身を固めたアメリアだ。

 アメリアはゴーレムの肩に座ると、優美にほほえんだ。



本日21時に完全に闇落ちしているドルトル話を更新します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 追いつきました! (きりがよいので、いったんこちらでお邪魔しますね) ミルキーが口をひらくたびに吹いたり、笑ったりしてしまいます……! 時間を遡ってからのセトsideから一気に参りました…
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