解呪
ライラの叫び声に、第三隊の兵士が動揺して足を止めた。
セトもミルキーも驚いて、ライラを見る。
ライラは兵士を強い目つきで見据えた。
目の前では、鈍色に輝く剣がある。
それを見るだけで、先代が死んだ瞬間を思い出して全身が震える。
あれが自分に向かってきたらと思うと、とても怖かった。
でも、二人が傷つくのは嫌で、両足を踏ん張った。
「下がりなさい!」
もう一度、自身を鼓舞するように腹から声をだす。
こんなに大きな声を出すのは初めてだった。
兵士が止まったのを見届けてライラは、すぅと一度息を吸った。
ゆっくりと息を吐いて、今度は冷静な声をだす。
「この方々は囚われていたわたしを解放してくれました。わたしの恩人です。剣を下ろしてください」
ライラの言葉に兵士たちが動揺してざわめく。
動きを止めさせられていた神官の一人が、ライラの前に駆け寄り、両ひざを折って頭を下げた。
「ダストゥール・ライラ……よくぞご無事で……」
感極まった声に、ライラの表情がゆるむ。
「心配をかけて、ごめんなさい」
神官たちが次々と集まり、ライラの姿を見て頭を下げた。
先代が亡くなったとき、亡骸だけがその場に放置されライラは消えていた。
聖女の呪いや儀式を知らない神官たちは、なぜこんな状況になったのか、理解ができなかった。
ただ王の命じられるまま、いつも通りの日常を過ごしていたが、最高位神官の死に、神官たちはひどく動揺していた。
最高位神官がいなくなったらロスター教は、自分たちはどうなるのだろう。
そのため、ライラの姿を見ただけで、神官たちは希望をえた心地だったのだ。
ライラは神官たちに立つように言うと、彼らの間をぬって、まだ剣を下げない二人の兵士と対峙する。
「そこをどいてください。わたしは恩人がたに祝詞を捧げたいのです」
兵士は、剣を下ろそうとしなかった。
「いいえ。そんな怪しいものをお連れするなど許可できません」
「わたしの恩人を侮辱しないでください。この方々は、神に導かれた救世主さまです!」
ライラが言いきると、兵士たちの間でざわめきが広がった。
彼女の言葉を聞いたセトが首をひねり、気まずそうに頬をかいた。
「ダストゥール・ライラのお姿が元に戻られたのも、救世主さまが授けた力だったのですね……」
一人の神官が呟き、セトを見る。
セトは苦笑した。
「あ、あれは……ポーションのようなものでしょう……」と、兵士が動揺しながらも反論する。
「いいえ。あのような奇跡の力は、ポーションでは不可能でしょう。わたしは囚われている間、ポーションを飲みましたが、これほどの活力は得られませんでした。あの方は、神の力をわたしたちに見せてくださったのです」
兵士は口を引き結ぶ。
完全回復という奇跡を見た彼もまた、ライラの言葉が嘘だと切り捨てられなかった。
ライラは一歩、強く踏み出す。
兵士は頤をそらした。
「そこをどいて」
「っ……」
「どきなさい!」
ライラの迫力に気圧され、兵士が剣をさげた。
彼女はセトたちに向き直る。
「こちらへ。身を清めてから、あなた方に祝福をいたしましょう」
ほほえむライラを見ながら、セトたちは歩きだす。
兵士が悔しそうに睨んできたが、その視線を見ないことにした。
神官たちもセトたちの後に続き、全員は扉を開いて奥の部屋に入った。
部屋では二手に分かれた階段がある。
真ん中にはまた扉があった。
奥の扉を目指して歩いていたライラが、急に膝から崩れる。
慌ててセトとミルキーが駆け寄り、彼女の体を支えた。
ライラは苦しそうに息を吐き出しながら、小さな声をだす。
「すみません……っ……ほっとしたら、急に……」
緊張が途切れて、全身の力が抜けてしまった。
ミルキーが優しい目になる。
「とっても格好よかったわよ。アタシたちを庇ってくれてありがとう」
ライラは小さく笑って、しっかりと立ち上がる。足はもう震えていなかった。
「身を清めてまいります。どうか少しの間、お待ち下さい」
セトは時間が惜しくて不満そうな顔をしたが、ミルキーは快く送り出した。
身を清めて戻ってきたライラは、新しい白い神官服を着ていた。
右の指には銀色の指輪がはめられていた。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらです」
ライラは奥の部屋に続く扉を開く。
他の神官たちは、部屋には入らなかった。
奥の部屋は家具はなく、がらんとしていた。
正面の壁にタペストリーがある。
神話にでてくる聖女が悪魔を倒した瞬間を描いたものだ。
太陽の下で、聖女が女悪魔を指差し叫んでいた。
ライラは丸い模様が描かれた床の前に膝をつき、両手をあげて【帝国語】の聖典を謳う。
言い終わると、円の中央に描かれた模様を触った。
模様は立体的に盛り上がっていて、一部が手で掴めた。
ギギギ──……
床に隠し扉があって、地下にいける階段があった。
「こちらです」
ライラが静かに階段を下りていく。
セトとミルキーはライラに続いて、階段をおりていった。
人が一人分しか通れない狭い階段をおりていき、七つの扉を通る。
最後の扉を開いたとき、目の前にあった赤毛の土人間を見て、セトは拳を握りしめた。
「えぐいわね……」と、ミルキーも不快そうに低い声をだす。
体の七ヶ所を罰するように焦げた聖女像。
像の周りには、聖火を燃やすときに使われる札が張られていた。
この札は真新しく、最近のもののようだ。
聖女像の赤い髪がサラを思い出させて、セトは見ているだけで苦しくなった。
「見てらんねえ……早く呪いを解いてくれ」
セトが切羽詰まった声で言うと、ライラが悲しげに眉根をさげた。
「伝承通りならば、太陽の下で言葉を叫べば呪いは解除されると思われます。礼拝堂には屋上があります。そこに運べばいいと思いますが、聖女さまの像をどうやって運べばよいのか……」
「運べばいいんだな。任せとけ」
セトが前に出て、聖女像の楔を外そうとする。
聖女像がぼろっと崩れたので、慌てて離れた。
「脆いな……」と呟くと、パンと両手をつけて右手だけを下にする。
「エメラルド・タブレット、オープン! 再構成、開始!」
錬金術を使って、煉瓦の壁を一枚の壁にした。
また錬金術を使いながら、器用に壁に溝を掘る。
時間はかかったが、聖女像をくくりつけた石板ができた。
セトはミルキーに、石板の端を持つように言った。
「階段、通れるの?」
「幅は計ってある。ギリギリだけどいけるだろ。この階段は直線だしな。角がないからいける」
二人は石板を持ち上げて、階段を昇っていった。
ライラがほうと息を吐く。
「救世主さまは何でもできるのですね……」
尊敬の眼差しをされてセトは苦笑した。
「だから、錬金術師だって」
「いーのよ。救世主になっときなさいって、ヒーローも救世主もそんなに変わらないわよ」
がははと久しぶりにミルキーが豪快に笑った。
*
どうにか屋上まで行った三人は、眩しい太陽に目を細くした。
ここまでくるのに兵士に会わなかった。
屋上から下を見ると、礼拝堂の前で右往左往している。
ライラの一言が効いたのか、指揮官が判断できない男なのかわからないが、好都合だ。
「解呪をしてみます……」
ライラは背筋を伸ばす。
彼女は太陽に向かって、顔をあげた。
腕を伸ばし、手のひらは上へ。
女悪魔の滅びを謳う。
凛とした歌声が静かにやみ、ライラはタペストリーの絵を真似して、指を一本立てた。
これで解呪ができるのか、まだ分からない。
でも、願いを込めてライラは声を張った。
「アルヤーマー・イシュヨー!」
三人の視線が聖女像に注がれる。
変化はない。
ライラは怖じけづきそうになったが、諦めずにもう一度、叫んだ。
──お願いです。最高神さま。わたしに力をお与えくださいっ!
ライラは腕を大きく振りかぶり、腹の底から声をだした。
「アルヤーマー・イシュヨー! 滅びよ! タローマティ!」
その瞬間、ライラの指にはめられた指輪がピカッと光った。
太陽の光を吸い込んだそれは、一筋の光となって聖女像の札に射し込む。
──ボッ
小さな煙がでて聖女像が燃える。
燃えやすい札は一気に大きな炎となり、聖女像を焼きつくす。
神話どおりに、焔は像を燃やして、灰になった。
「……呪いが解けたのか?」
「たぶん……?」
セトとミルキーが顔を見合わす。
ライラはへたりとその場に座り込んだ。
「……サラ……」
セトがはっとして、腰ベルトのポケットにあるオペラグラスを取り出して、覗き込む。
監視用の鳥型ゴーレムで、シペトの国境門を確認したが、サラの姿はどこにもない。
「……サラ……どこに行った?」
セトは目を見開き、ノームたちに慌てて連絡をとる。
外に出たおかげで、すぐに連絡がついた。
「ノームじいさん! サラは!? サラはどこ行った!」
通信が入り、甲高い声が聞こえた。
「──セト! やっと通信できた!」
「かーさん? サラは? どこにいんだ!?」
「──王宮よ! あなたたちが出ていった後に運び込まれたの!」
どうやら行き違いになったみたいだ。
セトは悔しさで眉根を寄せる。
「──サラさん、戦ってずたぼろになったのよ! 早く! 助けに行って! あと、あの女がそっちに向かったから気をつけ────」
────ゴゴゴゴゴ……
屋上が不快に揺れだす。
地面にヒビが入り、セトは腰を抜かしたライラとミルキーを脇に抱える。
天井が割れる前に、セトは跳んだ。
──オオオオオオオオ!
天井を突き破り、巨大なゴーレムが現れた。
姿を現したゴーレムは膝をおり、手のひらに誰かをのせる。
黒い鎧で全身を固めたアメリアだ。
アメリアはゴーレムの肩に座ると、優美にほほえんだ。
本日21時に完全に闇落ちしているドルトル話を更新します。




