脱獄③
「行くぞ、ミルキー!」
ライラを背負ったセトは、伸びた兵士の剣を漁るミルキーに声をかけた。
「ちょっと待って……もう、長剣ばっかねえ。アタシ、長剣は苦手なのよ。斧はないの? 斧は!」
「早くしろって!」
「……短剣があったわ。これにしましょっ」
ミルキーは短剣を手にして、鼻息を荒くする。
二人は走りだした。
「どっちに行けばいいんだ!」
「たぶん、あっち! 階段があるはずよ!」
見張りの兵士は、全員片付けたらしく細長い廊下には誰もいない。
階段がある入り口は、鉄製の分厚い扉で、鍵がかかっていた。
「やだもお。鍵はどこよ。誰か持ってんのかしら」
ミルキーが鍵穴を覗き込む。
セトはライラを下ろすと、後ろにさがるように言った。
錬金術を使うのかしら?とミルキーが見ていると、セトは扉にむかって、思いっきり体当たりした。
──ドカッ!
「いや、ちょっと、兄さま……」
──ドカッ! ドカッ! ドカッ!
「そこは物理攻撃じゃないでしょおお!」
──ドガンッ!
留め具が外れ、扉が重い音を立てて倒れる。
セトはふんと鼻を鳴らした。
それを見てミルキーは、あちゃあ、と思うと同時に驚きを隠せなかった。
少し前のセトは、もっと冷静だったはずだし、こんなに感情をむき出しにしなかった。
──サラさんのおかげで、より人間ぽくなったのかしら……? でも、脳筋に拍車がかかっているわ……
またライラを背負って駆け出したセトの背中を見ながら、嬉しいと思う反面、コントロールが難しそうだと感じていた。
三人は石造りの階段を駆け上がっていく。
これだけ暴れたというのに、奇妙なぐらい静かだ。
てっきり他の兵士がくるかと思ったが、足音が前から聞こえなかった。
──扉が開いたら、待ち構えていましたとかないわよねえ……
ミルキーは短剣を握りしめる。
入り口まできたとき、また扉があったので、今度は錬金術をつかえと、セトにきつく言う。
セトはライラを下ろして錬金術を発動した。
鉄の扉が腐食してボロボロに崩れた。
セトが一歩外に出ると、両脇にいた見張りの兵士と目が合う。
叫びだしそうな見張りの口を、セトは手のひらで押さえた。
「ちょっと黙っててくんねえ?」
淡々と言って、見張りの体を持ち上げる。
くぐもった叫び声を出し、見張りの足がばたつきながら床から離れる。
腹を殴り気絶させると、背後にいたもう一人は回し蹴りして、床に叩きつけた。
左右を確かめると窓一つない廊下だ。
薄暗く、入り口が見えない。
セトは瞳を暗視モードに切り変えた。
右の入り口で、物音に眉根をよせる兵士が二人いた。
ライラの肩を支えながら出てきたミルキーに、セトは問いかける。
「右に行けばいーのか?」
「え? そうよ。よくわかったわね」
「兵士がくる。その子、おぶってくから援護頼むな」
「斧がないからちょっとむずかしいけど、やってみるわ」
セトはライラをおんぶして、彼女に声をかける。
「暴れるから、しっかり抱きついておけな」
ライラはこくりとうなずき、細い手を彼の首に回した。
「行くぞ」
短く声をかけて、セトは走り出す。
足音を聞いた兵士が向かってきた。
セトは加速して、一気に跳躍した。
足を止めて、唖然と自分を見上げる兵士を眼下にとらえる。
後ろ回し蹴りをして頭をぶっ飛ばす。
着地すると、ミルキーが短剣で兵士と応戦していた。
──キンッ キンッ
刃物がぶつかり合う音がする。
「やっぱり斧が欲しいわねえええ!」
ミルキーは剣同士の打ち合いにせりかった。
剣を弾かれた兵士はミルキーを睨み付け、体勢をととのえまた剣をミルキーに振りかざす。
──ドガッ
ミルキーに刃物が届く前に、セトが足を高くあげ、兵士の後頭部に踵を食らわす。
兵士はめんたまが飛び出るかという衝撃を受けて、剣を振り上げた体勢で倒れた。
「アタシ、いらなくない?」
肩をすくめるミルキーを置いていけぼりにして、セトは走り出した。
ミルキーは外に出たら鳥型のロボットを呼び出して、くくりつけてある斧をゲットするかと、思い直して彼を追いかけた。
「なんだ、貴様は!?」
──ドガっ! バキッ!
集まってきた兵士を足だけで次々と倒していくセト。
押し寄せてくる兵士に、ミルキーも応戦する。
「うぜえ……」
蹴っても蹴っても向かってくる兵士に、セトはキレた。
ぽいぽいっとサンダルを脱ぎ捨てて、膝を屈伸させて跳躍する。
兵士の肩を踏んづけて、天井につきそうなくらい高く飛んだ。
両足を器用にパンッと合わせて、右足だけを下にする。
そして、王宮の壁に向かって両足をつけた。
「エメラルド・タブレット、オープン! 分解開始!」
──メキメキッ
壁にエメラルドグリーンの閃光が走り、大穴が開く。
セトは穴から外に飛びだした。
「あーあ、やっちゃった」と、ミルキーが間抜けな声を出し、集まった兵士は呆然自失だ。
「なんなんだ、あいつは……」
「人間なの……か?」
「ちっ、バケモノめ……」
異質な力を発揮したセトを畏怖の目でみて、ざわつく兵士たち。
ひるんだ隙にミルキーも壁の外に出た。
外は日が昇ったばかりのようで、紫色とオレンジ色がまじった雲が流れていた。
セトたちを警戒しながら周りを兵士が囲んでいる。
どう攻撃をしかけようか様子を見ているようだ。
「めんどくさいから、足で振り切る」
「へ?」
セトはライラをおろすと、錬金術を発動して足を太くする。
そして、ライラの体を右脇にかかえる。
ミルキーの体もひょいと左脇にかかえた。
「ちょっと、オニイサマ?」
「すげえ、早いから目と口は閉じておけ」
「え? まさか、まさかなのおおおおおっ!」
ミルキーが話し終わる前にセトはダッシュ。
兵士に頭突きして一人を倒して、次は蹴って踏みつけて、猛ダッシュする。
壁はひとっとびして、そのまま大聖堂まで一気に駆けた。
朝早く、人気のない道をぐんぐん走る。
あまりの風圧に、引き結んだはずのミルキーの分厚い唇がめくりあがって、歯茎がむきだしになる。
「あばばばばっ」
ライラはセトのスピードについていけずに気を失った。
***
大聖堂の前にいた第三隊の兵士を蹴散らして、セトは礼拝堂の中に突っ込んだ。
朝の礼拝をしていた神官たちは、突然現れた褐色の男にどよめく。
礼拝堂を守っていた兵士二名が、神官たちの前にでた。
「下がってください!」
「貴様、何者だっ!」
セトは質問に答えるのが嫌になり、兵士を無視した。
脇に抱えていたミルキーを床に置いて、気絶したライラにようやく気づく。
「ライラ?!」
慌てて彼女の頭を上にして、顔を覗き込む。
床にへばりついていたミルキーが体を起こした。
セトのスピードについていけなくて、頭がぐらんぐらんする。
二日酔いよりひどい状態だ。
ミルキーは頭をふると、ぐったりしたライラの顔を覗き込んだ。
「意識を失っているみたい。呼吸はあるわ」
「そっか。じゃあ、完全回復薬を……」
セトが腰ベルトのポケットから、サラに持っていろと言われた完全回復薬がはいった袋を取り出す。
その時、一人の神官がおぼつかない足取りで歩み寄ってきた。
「ダストゥール・ライラ……」
ミルキーと会話をした神官だった。
ライラに近づこうとする神官を、兵士が声を張って止める。
「近づかないでください。下がって! 下がって!」
「でも、ダストゥール・ライラがそこにいるんです! 私たちの最高位神官が!」
「助けだしますから、下がってください!」
兵士の怒号が聞こえるなか、セトはエリキサーのカプセルを一つ摘まんで、指先で割る。
エメラルド・グリーンの液体がライラの口に入っていった。
溜飲してくれるだろうか。
不安だったが、ライラはふっと目を覚ました。
細かった体が、みるみるうちに年頃の少女らしいものに変わる。
瞬時に回復した様子を見て、神官も兵士も目を見張った。
「大丈夫か?」
セトが尋ねると、ライラは瞳を瞬かせる。
彼の背後に見慣れた礼拝堂の天井が見えて、ライラは体を起こした。
「ここは……」
「大聖堂に着いたのよ。体、大丈夫? ふふっ。ガリガリで気づかなかったけど、とっても可愛い顔してたのね」
ミルキーが笑顔でいうと、ライラは自分の手を見て驚いた。
爪先がふっくらしている。
黒いポーションだけでは回復しきれなかった体が、すっかり元通りだ。
こんなの信じられない。
呆然としながら、ライラはセトを見上げた。
「……あなたはやっぱり、救世主さまなのですか……?」
セトは苦笑いをしながら、首をふる。
「おれは錬金術師だよ。立てるか?」
ライラはこくりと頷いて、セトに手を支えられながら立ち上がった。
刃物を向ける兵士に気づいて、身をこわばらせた。
「貴様たちは一体……」
信じられないものを見て驚く兵士が声をだす。
礼拝所の入り口には、他の第三隊が集まってきた。
「その者たちを捕えろ!」
指揮官と思われる男が声を出した。
セトはミルキーと視線で合図すると、体を反転させる。
向かってくる兵士に構えをした。
ミルキーはライラの横に立って、前の兵士を警戒した。
このままでは彼らがひどい目に合う。
咄嗟にライラは叫んでいた。
「下がりなさい! この人たちを傷つけることは許しません!」




