脱獄②
後半からライラ視点になります。
「しょうがねえだろ。錬成生物がいたから慌ててきたんだよ」
「はい? 錬成生物?」
「後で話す。逃げるぞ」
セトがミルキーの腕を掴む。
「ちょっと待って! この子も一緒に!」
ミルキーがライラを指差す。
ライラはセトを見て怯えた顔をした。
「わかった。一緒な」
セトはライラにむかって笑顔を見せて穴に戻ろうとするが、ミルキーが服を掴んで止めた。
「いやいや、ちょっと待って! 地上に出るまでに何分かかるのよ。空気、薄いから! 酸欠になるから!」
「そっか。牢を破っていくか」
セトが鉄格子に近づくと、数人の足音が近づいてきた。
ミルキーが野太い声で絶叫する。
「ぎゃああっ! そりゃきちゃうわよね! あんな派手な音がしたんだもんね!」
獄吏が鉄格子の前に集まってきた。
セトの姿を見て警戒を強め、剣を抜く。
「貴様、何者だ!」
セトは何度目かわからない質問に、機嫌悪く叫ぶ。
「ヒーローだよ! なんか文句あっか!」
兵士は一瞬だけ怯んだが、鉄格子を開けて、セトに襲いかかってきた。
「捕らえろ!」
狭い牢屋の中で剣をふる獄吏。
セトは剣を避けると、相手の腹に回し蹴りをきめた。
獄吏が壁まで吹き飛ぶ。
「女の子がいる前で、剣を振り回すんじゃねえよ。危ないだろ」
他の獄吏を見据え、二人目の剣は足で蹴飛ばし、ひるんだ隙に、腹に二発拳をめりこませ、最後は膝蹴りをした。
「ぐぅっ……!」
白目を剥いて倒れる獄吏を足で踏みつけて、飛びながら背後の兵士に膝蹴り。
集まってきた獄吏をあっという間に倒してしまった。
セトは伸びた獄吏に背を向けて、呆然としているライラに歩み寄る。
ライラは怯えて身を小さくした。
(怖がらせちまったか……)
こんな視線を向けられるのは久しぶりで、ちょっとだけ胸が痛い。
敵ではないよと伝えるために、セトは明るい表情を作ってかがんだ。
「一緒にこんな所から出よう。おれにおぶさってくれるか?」
ライラはきゅっと唇を結ぶ。
待っていると、躊躇いがちなライラの口がゆっくり開いた。
「あなたは救世主さまなのですか……?」
その一言にセトは首を傾ける。
まっいっかと、気にすることなく、ライラをおんぶしやすいように背中を向けた。
顔を横に向けて、にっと笑う。
「救世主かわかんねえけど、逃げたいなら逃がしてやる」
どうする?と問いかけると、ライラは目を見張る。ミルキーが近づいてきた。
「ライラ、一緒に来てくれない? あなたが最高位神官なら、サラさんにかけられた呪いのことも知っているんじゃないかしら?」
ミルキーの質問にセトが目を見開き、立ち上がってライラの細い肩を両手で掴む。
「サラの呪いのこと知ってんのか!?」
強く肩を握りしめられ、ライラが苦痛に顔をゆがめる。
「ちょっと! そんなに強くつかんだら痛いわよ!」
ミルキーが彼女からセトを引き剥がそうと彼の胴体を掴む。
セトは吐き出すように叫んだ。
「頼む! サラの呪いを解いてくれ! 頼むから!」
セトの懇願を聞きながら、ライラは先代に言われたことを思い出す。
七つの箇所を燃やされた聖女の姿を脳裏によみがえらせた。
*
ライラが呪われた聖女像を見たのは、彼女が最高位神官が唱う祝詞を、すべて暗記できたときだった。
三日間、休むことなく、一編の間違いもなく祝詞が唱えれば、最高位神官と認められる。
次の最高位神官は、ライラだと先代はほめた。
「わたしももう年だ。ライラが役目を継いでくれたら、これ以上嬉しいことはないよ」
しゃがれた声で言われ、痩せ細った手のひらで自分の頭をなでてくれた。
こそばゆくて、はにかんでいると、先代は不意に厳しい眼差しをした。
「ライラにロスター教の深淵を教えようかね」
首をひねっていると、先代に連れられて大聖堂の地下にある一室に連れられた。
七つの扉があるそこは、扉を開くのに違う呪文が必要だった。
「ジャハンナム……ラザー……フタマ……」
怨念のこもった声に、ライラは震えながら聞いていた。
「ライラ。ちゃんと聞きなさい。お前が受け継ぐ呪詛だよ……」
低い声に生唾を飲み干し、震える足を立たせようと必死になる。
最後の扉を開いたときに見えたのは、土でできた人間だった。
その人間は女性の体型をしていた。
膨らんだ胸を隠すように、ぼろぬのがまとわりついていた。
ライラは土人間を見て「ひっ……」と小さな悲鳴をあげて、全身を恐怖で震わせる。
奥歯がカチカチ鳴り、今にも腰が抜けそうだ。
土人間は標本のように壁に張りつけにされていた。
顔は焼かれて半分こげており、手も足も腹も焼いた痕がある。
薄汚れた赤い髪が妙に生々しく、まるで拷問をされた後の人間のようだった。
先代は冷静な声で、ライラに語る。
「このお方は一代前の聖女さまのお姿を模したもの。そして、今の聖女さま──サラ・ミュラーさまの力を制限する呪詛じゃ」
ライラはひゅっと息をのむ。
「聖女さまは国の為に戦うお方のはず……なぜ、力の制限をされるのです……」
力を抑制すればそれだけ戦いには不利になる。
人の力を封じる意味が理解できなかった。
先代は肩を大きく揺らして、昔話をした。
「一代前の聖女さまは、国に反旗を翻したお方じゃった。
当時の国王は聖女さまの兄上、ダスティさまという方での。
ダスティさまは国政よりも色事に関心があるお方で、その中で最も寵愛をしていたのが、タローマという女じゃ。
この女は帝国の異教徒でな。ロスター教の聖女さまを否定しよった。
彼女は兵士たちと通じる淫らな娼婦だと嘘の醜聞を撒き散らし、聖女さまを賢者の石に戻した後、砕いてしまおうとなさった。
しかし、聖女さまはそのお姿を異形のものに変えて、汚名を払拭するためにクーデターを起こした。長く国は荒れた。
結果として、聖女さまは勝利なさり、国王は処刑。聖女さまの弟が王となった」
先代は深く息を吐き出して、首をふる。
「じゃが、その弟王も気弱での……あまりに強大な聖女の力を恐れてしまった。
その心の弱さにつけ入ったのが、タローマの妹マティじゃ。
彼女は呪詛を用いて、聖女さまの力を封じた。そして、聖女さまが使われていた【賢者の剣】を取り上げてしまったのじゃ。
弟の裏切りを聖女さまは嘆かれたが、【賢者の石】になる最期のとき、当時の最高位神官に語ったそうじゃ」
──いくら力を抑制しようとも、私の心までは縛れない。私の次の聖女は、私よりも強くなる。
より強い鱗を持ち、叩き潰されても起きあがるだろう。
王家が帝国の異教徒に染まるのならば、私たちは対抗しよう。我ら聖女は、帝国を許さない。奴らによって、失われた命を、嘆きを忘れはしない。
──忘れるな。我ら聖女は、人民の為にある。
「聖女さまの言葉を聞いて王は恐れ、子孫に聖女の力を制限する呪詛をかけ続けるように言われた。【賢者の剣】は王の持ち物となった。あの剣は、同じサラマンダーさまでできたもの。
聖女さまを傷つけられる唯一の武器だからの。
今の聖女サラさまにも、この呪いはかけられておる」
ライラは理解ができないと首を何度もふる。
「聖女さまに汚名をきせたのは、王の方ではありませんか。なのに、聖女さまのお力を封じるなど……」
「そうじゃ、ライラ。この国の王家はとうの昔におかしくなっておる。いや、神官とておかしいわい。この呪詛をかけるのが最高位神官なのじゃからな……」
ライラはひゅっと息を飲んだ。
先代は皮肉まじりの笑みをこぼす。
「最高位神官は、王家の傀儡人形じゃ」
先代はライラを見て目を細める。
その瞳には無力を嘆きながらも、抗う心が宿っていた。
「この呪詛の名はタローマティという。聖女アールマティさまを苦しめ続けた女悪魔の名前じゃ。神話にもでてくるな?」
「はい……確か、最後はある言葉を嫌い消滅したという悪魔……」
ライラは呟いて、はっとした。
先代は皺が深く刻まれた目尻をゆるめた。
「……我らは神の使徒である聖女さまに呪いをかけ、背信行為をした。じゃが、聖女さまが王家に立ち向かわれたときは、力になりなさい。何が正しいのか見定めるんじゃよ」
***
ライラは必死になって呪いを解いてくれと頼み込む褐色の男を見ながら、正しいものは何か考えていた。
全身が震えていた。
呪いの解除なんてきちんと教えられていない。
あくまで一つの可能性として、あれを言えばいいと思っているだけだ。
失敗するかもしれない。
それ以前に、この人と共に行けば、自分はどうなるのだろう。
怖い。とても怖い。
膝は震えっぱなしだし、奥歯はがちがちする。
──だけど……わたしは……わたしはもう……最高位神官なのよね……わたししかいないの……
ライラは涙目になりながら顔をあげる。
「呪いをとく方法……知っています……」
「本当か!」
セトは本当に嬉しそうに叫んだ。
「……失敗するかもしれませんが……」
「それでもいい! その方法は? どこに依り代があんだ!?」
依り代の言葉に驚いたが、ライラは大聖堂の地下にあると答えた。
「そっか! じゃあ、今すぐ行くぞ!」
ライラの手を引いて男は無理やり、自分をおんぶしてしまう。
駆け出した男の背中に抱きつく。
振り落とされないようにしっかりと。
先代はドルトルによって殺された。
──反抗するなら、人形の首を変えるだけだよ……
人を人とは思わない青い双眸を見て、次、血に染まるのは自分だと予感した。
無力感で呆然として、生きるのが嫌になった。
最高位神官は何の力もない。
崇められるけど、ただの傀儡だ。
最高位神官の価値とは何だろう。
なぜ、存在しているのだろう。
──もし、呪いを解除できたら……
それだけで、最高位神官に意味はあるのではないかと思い、ライラは顔をあげた。




