脱獄① side セト
セト編です。サラと別れたところまで時間が遡ります。
サラと別れた後、セトは一人で城壁の近くまできていた。
城壁の上をズームさせると、兵士たちが慌てている姿が見える。
「おいっ!聖女……いや、サラさまが検問所に来ているぞ!」
サラが出てきただけで、兵士たちは引き寄せられるように検問所に向かう。
誰もいなくなると、セトは壁に穴をあけて不法侵入し、また穴を閉じて駆け出した。
錬金術を使って、俊足にモードチェンジする。
シペトから王都までは、馬車で三日かかるが、セトならば六時間でいける。
風のように駆け抜け、王宮までたどり着いた。
王宮は赤い煉瓦作りの壁で囲まれていた。
セトは高い壁と、その先にそびえ立つ王宮を睨む。
──全部、ぶっ壊してえ……
ここにいる住人のせいで、サラは苦しみ、ミルキーは囚われた。
何もかもを破壊つくしたくなる。
セトの憎悪に反応して、胸の右側──愛のチャークラの反対側がざわめいた。
──人間のみをコロセ。人間は不要。コロセ。
と、殺戮兵器のボディが、セトの憎悪を後押しする。
──スイッチを押せばいい。完全にロボットになれる。感情はいらない。かけがえのない者を守りたいなら、さぁ、押せ。スイッチを押せ。
囁くのは誰だろう。このボディの持ち主か。
意識が吸い込まれそうになったとき、セトの心臓──愛のチャークラが熱く反応した。
サラの言葉が、脳内で再現される。
──セトはセトだ。兵器ではないだろう?
セトは我に返り、パンっと両頬を叩く。
「おれは殺戮兵器じゃねえ。錬金術師だ」
どんな困難があろうとも願いの為に邁進する。
それが錬金術師だ。
セトは王宮をもう一度、見やる。
正面突破はせずに、地下を掘っていこう。
その方が無用な争いをさせられる。
王宮の地下から煙突が出ているのが見えた。
暖炉か風呂があるみたいだ。
ということは、煙突の先には部屋があるということだろう。
やみくもに掘るよりはあたりをつけた方がいいと判断して、セトは人目がないところに隠れ両手を合わせ、右手だけを下にした。
「エメラルド・タブレット、オープン。分解、開始」
土の地面に両手をつける。
すると、地面に穴が開いた。これを繰り返す。
セトは土まみれになりながら、地面を掘り進めていった。
どのくらい経ったのか。
掘り進めているうちに、セトはおかしな事に気づいた。
そろそろ王宮の壁が見えてきてもいい頃であるが、赤い土しか見えない。
セトは方位を確認する。
ノイズがまじって、方向感覚が狂っていた。
──なんだこれ……結界でも張られているのか……?
魔術的なものはあまり信じていないが、サラに呪詛をかける国である。
魔除けの結界があっても、おかしくはないだろう。
セトは深く息を吐き、方位を確認する機能を停止させた。
ここからは勘だ。直感で掘ってやる。
セトは気合いを入れなおし、両手をつけて錬金術を発動させた。
数時間後……
──壁だ!
ようやく見えた石壁。手をつけて材質を確める。
周りの土と同じものだ。なら、簡単に穴を開けられる。
脳内でレシピを瞬時に検索。セトは錬金術を発動した。
──バラバラ……
壁は分解され、セトが通れる分の穴が空いた。
穴の縁に足をかけて、中を覗く。
「なんだ、ありゃ……」
セトが穴を開けた場所は、地下二階ではあったが、王宮の奥の突き当たりだった。
そこは、地下三階から吹き抜けになっている太陽の間にあたる場所。
三つの首がある黒い蛇──ダハーカがいる部屋だった。
黒い蛇は、人の腕をバリバリと咀嚼していて、赤い液体を口から滴らせている。
何人も食べたのか、床が赤い血で染まっていた。
セトは目をズームさせて、黒い蛇の映像を撮る。
瞬時に脳内のコンピューターにあるデータベースと照らし合わせてみるが、検索結果はゼロ。
つまり、精霊の世界で暮らす生き物ではないということだ。
自然に発生したものではない。
これは錬金術師が、生き物を掛けわせて作った錬成生物だろう。
──こんなモノを作りやがって……!
同じ錬金術師として、人間を食べる蛇を作り出したことが腹立たしい。
が、今は構っている暇はない。
後で黒い蛇を消去しようと決めて、その場を後にしようとした時。
──ぐりん。
六つの赤い瞳が、セトを捕らえた。
──ギャアウワアアアアア!
黒い蛇が、この世のものとは思えない叫び声をあげる。
小さな翼を羽ばたかせて、セトに向かってきた。
「エメラルド・タブレット、オープン!」
セトは身を引いて、壁を元に戻そうとする。
──ギャウワアアア!
しかし、一瞬、遅かった。
黒い蛇は牙をむき出しにして、セトに食らいつこうとする。
それを寸前で避けて、後ろに引いた。
──ガチン、ガチン!
牙を鳴らしながら、黒い蛇は穴をこじ開けようとする。
黒い蛇の衝突に壁が耐えきなくなって、ヒビがはいった。このままでは、地下が壊れる。
ミルキーが危ない。
「くそっ! エメラルド・タブレット、オープン! ──再構成、開始」
セトは錬金術をつかい、周りの土を利用して強固な一枚の壁を作る。
それを全力で押した。
壁が黒い蛇を押し返す。
黒い蛇も錬成した壁を破壊しようと暴れくるう。
「おまえに構っている暇はねえんだよ!」
足を踏ん張り、力の限り押す。
突っ張っていたセトの両手が震えだし、掘ったばかりの地面はサンダルでは滑る。
だけど、力比べなら負けてたまるか。
「くそったれええええっ!」
セトは吠えて、フルパワーで押していった。
──ずっ……ずっ……
壁が黒い蛇を押しながら、王宮へ戻っていく。
──ギャアウワアアアアア!
ドンッ!
城の壁まで押切ると、びしゃっと、黒い蛇の一部が引きちぎれてとんだ。
腕を突っぱねたまま、セトはサンダルを脱ぎ捨てる。
「エメラルド・タブレット、オープン! ──錬成開始!」
器用に両足をつけて、右足を下にする。
そして、壁に両足をつけた。
城の壁が元に戻っていく。ひび割れもなくなった。
──ドンッ! ドンッ!
黒い竜が体当たりしてあるのか、壁から轟音が響く。早くこの場を去りたい。
セトはサンダルを履くと、壁づたいに穴を掘ろうとした。
「ん? なんだこれ……」
地面にびくびく動いている黒い塊がある。
黒い蛇の残骸だ。
意思を持ったように動くソレを手にとり、成分を分析する。
──エラー。ロックがかかっています。パスワードを入力してください。
脳内のコンピューターが検索結果を返してきたが、ロックの文字にセトは首をひねった。
(ロックをかけたのは、ノームじいさんか? なんで……)
素材を分析できないと、錬金術が使えない。
セトは通信をオンにしてノームに尋ねようとしたが、ノイズがまざって音声は拾えなかった。
(ったく……外に出たら、連絡するか……)
あの黒い蛇を消去するにも、この黒いモノが何か知る必要がある。
セトは手早く腰ベルトから、小型のタブレット端末を取り出すと、ノーム宛にメッセージを送信した。
電波が届けば、自動でメッセージは送られるだろう。
セトは予想外の事態に苛立ちながらも、掘り進めていく。
太陽の間の先を掘ったところで足をとめた。
思いの外、時間がかかったことにムカムカして、錬金術を使わずに、壁をおもいっきり殴ってしまった。
──ドンッ ドンッ ドンッ! ドガンッ!!
冷静さに欠けたまま、壊した壁の中を覗く。
そこは幸運なことに、ミルキーたちがいる場所だった。
口をあんぐり開けたミルキーと目が合う。
元気そうな姿にほっとしていると。
「バカああ! そんなド派手に登場してどうすんのよ! 脱獄ってのはね! 静かに粛々とやるもんなのよ!」
ミルキーに、こっぴどく怒られた。




