意地② side ミゲル&ヤルダー
ヤルダーが馬で駆けて、二日後。
王都に近づいた夕暮れとき、爆音が聞こえてヤルダーは思わず馬をひいた。
「くっ……」
軽快に飛ばしていた馬が嫌がり、かぶりを大きく振る。
音の方に視線をむけて、ヤルダーは目を見張った。
「なんだ、あれは……」
ヤルダーの視界に入ったのは、大聖堂の天井を突き抜け、巨大なゴーレムが咆哮する姿だった。
現実世界のものとは思えない光景。
まるでロスター教の神話で語られる魔神が、降臨したみたいだ。
圧倒的なゴーレムの存在感に、人々は呆然と立ちすくむのみ。
逃げることを忘れ「神よ……お救いください……」と、祈りだした。
──どうなっているんだ!
訳がわからず、ヤルダーは馬で大聖堂へ向かう。
道の途中、馬を飛ばす人が現れた。
「ミゲル!」
声をかけ、馬を並走させる。
ミゲルは馬の速度を落とさず、ヤルダーを見て驚いた顔になり叫んだ。
「なぜ、お主がここにおる!」
「全部、おまえのせいだ!」
ヤルダーは怒りを込めて叫ぶ。
「短気を起こすなと言っただろう! 馬鹿者!」
ミゲルは口を引き結び、珍しく神妙な顔をする。
「……すまん」
素直な謝罪に、ヤルダーは舌打ちした。
「……もう死んだかと思ったぞ」
「死にかけた。だが、サラさまに命を助けられた」
ミゲルは手短に、起きた出来事を話した。
ヤルダーは深くため息をついた後に、ぽつりと呟く。
「……おまえを助けるとは、サラさまらしいな……あの方は心根が優しすぎる……」
「……殺してくれてよかったのにの。助けられたわ……」
複雑な笑みをするミゲルに、ヤルダーも気持ちは分かるので、何も言わなかった。
「それで、城には入れなかったのか?」
「あぁ、陛下は誰にもお会いしないと言ってな。立ち往生をくらっているうちに、この騒ぎだ」
──オオオオオ……
獣とも違う咆哮をする巨大ゴーレムを見据え、二人は駆ける。
祈る人々に逃げろと声をかけて、無理やり立ち上がらせた。
「神の子ならば、与えられた命を守れ! この地を血で染めるのは、神の導きではないぞ!」
ヤルダーが必死に声をかけると、震えていた子供が泣き出した。
「怖いっ……怖いよおおっ! ああん! わああん!」
恐ろしい存在を目の当たりにして、逃げたくても大人たちは祈ってしまう。
どうしていいか分からず、小さな子供は素直に感情を吐き出していたのだった。
呼応するように、子供たちが泣き出す。
逃げるべきなのでは。大人たちも動揺し始めた。
「それでいい」
ヤルダーが子供に向かって、目尻を下げる。
「今は逃げるんだ。国を守るのは、我ら第二隊の仕事だ。行け! 走れ! 怪我をした者は中央広場へ! 医者がいるなら、そこで手当てをしろ!」
聖女サラが率いていた第二隊の活躍は、人々に勇気を与えたものだ。
敵国の驚異から国を守り抜いた栄光を、人々は思い出す。
第二隊のマークを胸に抱く二人を見て、人々は足を動かし、一斉に走りだした。
「あのっ!」
人々を掻き分けて、一人の兵士がヤルダーに声をかけた。
軍服のマークは第三隊──大聖堂を守る若い兵士だった。
ヤルダーとミゲルは、若い兵士から状況を確認した。
「しょっ、正体不明の褐色の男が……神官さまを引き連れて大聖堂に立て籠り、お、王妃殿下が中へ入って! そ、それからっ……あ、あのゴーレムが出現したのですっ!」
二人は奇怪な事態に言葉を失った。
なぜそのような事になっているか、さっぱり分からない。
「第三隊は何をしておるんだ!」
ミゲルの怒号に兵士は震え上がる。
「……それが、た、隊長は……気絶しまして……」
「はぁ?」
ミゲルが呆れた声をだす。
「ゴーレムを見た瞬間、卒倒しました……今は中央広場で治療を受けています……大聖堂に行きたくても、あのゴーレムのせいで近づけず、馬も散り散りになりました。わ、私が王城にいき、と、とにかく報告をと思って向かっていたところです!」
兵士は息切れをしながら、あたふたと説明をする。
ミゲルは不快で眉根をよせた。
「隊長が気絶とは情けないっ」と、ミゲルが吐き出すと、ヤルダーが冷静な声でいう。
「わかった。民を誘導してくれ、中央広場に集めるんだ。俺たちが隊長の代わりに、指揮をとる。できるな?」
「は、はいっ」
兵士は急いで、また駆け出す。
ヤルダーは馬をまた走らせた。ミゲルも続く。
「あの木偶人形を倒す気か!」
「違う! サラさまと一緒に国外に出た男は、褐色の肌だったらしい!」
「ではその者が、大聖堂にいるのか!」
「サラさまが戻ってきたタイミングで、この騒ぎだ。俺は敵ではないと見る!」
「確認せんでいいのか!」
「俺は俺のできることをする! 今は建物の崩壊から、民を守ることが第一だろ!」
ヤルダーの言葉に、ミゲルは深くうなずいた。
大聖堂周辺は混乱しきっていて、兵士が立ち往生していた。
「馬鹿者が! 早く市民を誘導するんだ!」
ミゲルの一喝で、第三戴の兵士はようやく我に返り、体制を整えた。
──オオオオ……!
ゴーレムが大聖堂の床に向かって拳を叩きつけているので、地響きがなり、崩れた大聖堂から瓦礫が降ってきた。
「下がれええ! また落ちてくるぞ!」
聖女のレリーフが羽を下りながら降ってきて、ヤルダーは退避命令を下す。
──ドゴオオオオンっ!
砂煙を撒き散らし、瓦礫が散乱した。
素早く離れたおかげで、下敷きになる者はいなかった。
「全員、待避せよ! 急げ!」
と、ヤルダーが声を張ったときだ。
砂煙の向こうから、第三隊の兵士が匍匐前進してくるのが見えた。
足を怪我して、歩けないようだ。
「た、たすけっ……」
彼の背後にゴーレムの巨大な手が迫っていた。
他の兵士が怯え青ざめる中、二人は反射的に前に出ていた。
互いに目で合図を送り、ヤルダーは兵士の元へ。
ミゲルはゴーレムの手に向かう。
「ぬおおおっ!」
ミゲルは兵士の横を通りすぎ、自分の背丈より大きなゴーレムの手を、両手を前に出して食い止めた。
さすが人外の生き物というべきか。
老体には厳しい力で押されて、ミゲルは奥歯を噛む。
なんとか留めているが、押し負けるのは時間の問題だ。
それをヤルダーも分かっていて、素早く怪我をした兵士を救出して、走りながら兵士に叫ぶ。
「今すぐ逃げろ! 走れ! 走るんだ!」
転がるように走り出す兵士たち。
砂ぼこりが晴れ、ゴーレムの体が顕になる。
ゴーレムの肩には黒い鎧をまとったアメリアが立っていた。
全身が黒で艶やかに輝いている。
表情は険しく、汚物でも見ているような目でミゲルを睨んでいた。
慈愛の聖女と呼ばれた彼女ではなかった。
彼女の今の姿は、神話で語られる女悪魔のよう。黒く鋭利な爪がミゲルにむけられた。
「蛆虫がいるわ。魔神マナフ、捻り潰しなさい」
「──ぐっ!」
ゴーレムの手のひらがミゲルを捻り潰そうとする。
押し迫る力にミゲルが堪え、怪我を他の者に任せたヤルダーが戻ろうと駆け出した時。
「──エメラルド・タブレット、オープン! 分解、開始!」
ゴーレムの背後から男性の声と共に、エメラルドグリーンの閃光が走った。
ゴーレムは手のひらの力を失くし、ぐらりと傾く。
ミゲルはその隙に手から逃れた。
「早く、逃げなさい!」
女性らしい声が聞こえて、二人は反射的に駆け出した。
倒壊した建物の瓦礫を掻い潜って、二人は中央広場へと向かった。
*
巨人ゴーレムから逃れた人々は中央広場へと集まっていた。
太陽が燃えるように落ちてしまい、辺りは薄暗い。
広場には松明が灯され、重軽傷は町の薬師による治療が行われていた。
兵士が持っていたポーションはすでに使い果たされ、数が足りない。
王宮は不気味なほどの静寂に包まれ、救援はこなかった。
アメリアが騒乱を起こしたことは、ヤルダーの判断で民衆には広めなかった。
ゴーレムを魔神の再来と恐れる民に、王妃が首謀者だと知られたら、混乱は深まるばかりだ。
今は治療が優先された。
中央広場に灯される炎に導かれて、空から赤、青、緑の尾を持つ美しい鳥がやってくる。
リトル・シーだった。
「くぇっ! くぇっ!」
鳴き声にミゲルは驚く。
「サラさまが連れてきた鳥じゃ……」
その一言に、ヤルダーも空を見る。
つられるようにその場にいた全員が、空を旋回するリトル・シーを見た。
怪我が治ったリトル・シーは、サラの元へ行こうとしていたが、先にミゲルの顔を見てここまでやってきていた。
リトル・シーはミゲルの前にきて羽ばたいた。
「くぇっ!」
一声鳴いてお礼を言うと、きょろきょろと辺りを見回す。
怪我人がいるのを知ると、松明の中に突っ込んでいった。
鳥が自ら焼かれに行く光景に、その場にいた者は全員、息を飲んだ。
「くぇぇぇっ!」
燃え盛る炎をまといリトル・シーが松明飛び出す。
三色の羽は燃えて、金色の灰となる。
リトル・シーは夜の闇に金色をまきながら、中央広場を旋回した。
その光景は、まるで黄金の雨が降っているようだった。
「これは……」
怪我した所が癒えていく。
深手をおっていた者は瞳を開いた。
ヤルダーは呆然としながら、呟く。
「フェニックス……なのか……」
神話で語られていた光景だ。
聖女は三色の羽を持つ鳥となり、その翼には人々を癒す力があったという。
サラは鳥にはなれないし、人を癒す力はないが、奇跡を起こす鳥を連れてきてくれた。
ミゲルは感極まって、瞳を涙で潤ませた。
「……わしらの聖女さまは、サラさまだけじゃ……」
そう呟いたとき、大聖堂で轟音が響いた。
次はセト視点になります。




