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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第五章 善と悪の戦い
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意地② side ミゲル&ヤルダー

 ヤルダーが馬で駆けて、二日後。

 王都に近づいた夕暮れとき、爆音が聞こえてヤルダーは思わず馬をひいた。


「くっ……」


 軽快に飛ばしていた馬が嫌がり、かぶりを大きく振る。

 音の方に視線をむけて、ヤルダーは目を見張った。


「なんだ、あれは……」


 ヤルダーの視界に入ったのは、大聖堂の天井を突き抜け、巨大なゴーレムが咆哮する姿だった。


 現実世界のものとは思えない光景。

 まるでロスター教の神話で語られる魔神が、降臨したみたいだ。


 圧倒的なゴーレムの存在感に、人々は呆然と立ちすくむのみ。

 逃げることを忘れ「神よ……お救いください……」と、祈りだした。


 ──どうなっているんだ!


 訳がわからず、ヤルダーは馬で大聖堂へ向かう。

 道の途中、馬を飛ばす人が現れた。


「ミゲル!」


 声をかけ、馬を並走させる。

 ミゲルは馬の速度を落とさず、ヤルダーを見て驚いた顔になり叫んだ。


「なぜ、お主がここにおる!」

「全部、おまえのせいだ!」


 ヤルダーは怒りを込めて叫ぶ。


「短気を起こすなと言っただろう! 馬鹿者!」


 ミゲルは口を引き結び、珍しく神妙な顔をする。


「……すまん」


 素直な謝罪に、ヤルダーは舌打ちした。


「……もう死んだかと思ったぞ」

「死にかけた。だが、サラさまに命を助けられた」


 ミゲルは手短に、起きた出来事を話した。

 ヤルダーは深くため息をついた後に、ぽつりと呟く。


「……おまえを助けるとは、サラさまらしいな……あの方は心根が優しすぎる……」

「……殺してくれてよかったのにの。助けられたわ……」


 複雑な笑みをするミゲルに、ヤルダーも気持ちは分かるので、何も言わなかった。


「それで、城には入れなかったのか?」

「あぁ、陛下は誰にもお会いしないと言ってな。立ち往生をくらっているうちに、この騒ぎだ」


 ──オオオオオ……


 獣とも違う咆哮をする巨大ゴーレムを見据え、二人は駆ける。

 祈る人々に逃げろと声をかけて、無理やり立ち上がらせた。


「神の子ならば、与えられた命を守れ! この地を血で染めるのは、神の導きではないぞ!」


 ヤルダーが必死に声をかけると、震えていた子供が泣き出した。


「怖いっ……怖いよおおっ! ああん! わああん!」


 恐ろしい存在を目の当たりにして、逃げたくても大人たちは祈ってしまう。

 どうしていいか分からず、小さな子供は素直に感情を吐き出していたのだった。

 呼応するように、子供たちが泣き出す。

 逃げるべきなのでは。大人たちも動揺し始めた。


「それでいい」


 ヤルダーが子供に向かって、目尻を下げる。


「今は逃げるんだ。国を守るのは、我ら第二隊の仕事だ。行け! 走れ! 怪我をした者は中央広場へ! 医者がいるなら、そこで手当てをしろ!」


 聖女サラが率いていた第二隊の活躍は、人々に勇気を与えたものだ。

 敵国の驚異から国を守り抜いた栄光を、人々は思い出す。

 第二隊のマークを胸に抱く二人を見て、人々は足を動かし、一斉に走りだした。


「あのっ!」


 人々を掻き分けて、一人の兵士がヤルダーに声をかけた。

 軍服のマークは第三隊──大聖堂を守る若い兵士だった。

 ヤルダーとミゲルは、若い兵士から状況を確認した。


「しょっ、正体不明の褐色の男が……神官さまを引き連れて大聖堂に立て籠り、お、王妃殿下が中へ入って! そ、それからっ……あ、あのゴーレムが出現したのですっ!」


 二人は奇怪な事態に言葉を失った。

 なぜそのような事になっているか、さっぱり分からない。


「第三隊は何をしておるんだ!」


 ミゲルの怒号に兵士は震え上がる。


「……それが、た、隊長は……気絶しまして……」

「はぁ?」


 ミゲルが呆れた声をだす。


「ゴーレムを見た瞬間、卒倒しました……今は中央広場で治療を受けています……大聖堂に行きたくても、あのゴーレムのせいで近づけず、馬も散り散りになりました。わ、私が王城にいき、と、とにかく報告をと思って向かっていたところです!」


 兵士は息切れをしながら、あたふたと説明をする。

 ミゲルは不快で眉根をよせた。


「隊長が気絶とは情けないっ」と、ミゲルが吐き出すと、ヤルダーが冷静な声でいう。


「わかった。民を誘導してくれ、中央広場に集めるんだ。俺たちが隊長の代わりに、指揮をとる。できるな?」

「は、はいっ」


 兵士は急いで、また駆け出す。

 ヤルダーは馬をまた走らせた。ミゲルも続く。


「あの木偶人形を倒す気か!」

「違う! サラさまと一緒に国外に出た男は、褐色の肌だったらしい!」

「ではその者が、大聖堂にいるのか!」

「サラさまが戻ってきたタイミングで、この騒ぎだ。俺は敵ではないと見る!」

「確認せんでいいのか!」

「俺は俺のできることをする! 今は建物の崩壊から、民を守ることが第一だろ!」


 ヤルダーの言葉に、ミゲルは深くうなずいた。

 大聖堂周辺は混乱しきっていて、兵士が立ち往生していた。


「馬鹿者が! 早く市民を誘導するんだ!」


 ミゲルの一喝で、第三戴の兵士はようやく我に返り、体制を整えた。


 ──オオオオ……!


 ゴーレムが大聖堂の床に向かって拳を叩きつけているので、地響きがなり、崩れた大聖堂から瓦礫が降ってきた。


「下がれええ! また落ちてくるぞ!」


 聖女のレリーフが羽を下りながら降ってきて、ヤルダーは退避命令を下す。


 ──ドゴオオオオンっ!


 砂煙を撒き散らし、瓦礫が散乱した。

 素早く離れたおかげで、下敷きになる者はいなかった。


「全員、待避せよ! 急げ!」


 と、ヤルダーが声を張ったときだ。

 砂煙の向こうから、第三隊の兵士が匍匐(ほふく)前進してくるのが見えた。

 足を怪我して、歩けないようだ。


「た、たすけっ……」


 彼の背後にゴーレムの巨大な手が迫っていた。


 他の兵士が怯え青ざめる中、二人は反射的に前に出ていた。

 互いに目で合図を送り、ヤルダーは兵士の元へ。

 ミゲルはゴーレムの手に向かう。


「ぬおおおっ!」


 ミゲルは兵士の横を通りすぎ、自分の背丈より大きなゴーレムの手を、両手を前に出して食い止めた。


 さすが人外の生き物というべきか。

 老体には厳しい力で押されて、ミゲルは奥歯を噛む。

 なんとか留めているが、押し負けるのは時間の問題だ。

 それをヤルダーも分かっていて、素早く怪我をした兵士を救出して、走りながら兵士に叫ぶ。


「今すぐ逃げろ! 走れ! 走るんだ!」


 転がるように走り出す兵士たち。


 砂ぼこりが晴れ、ゴーレムの体が顕になる。

 ゴーレムの肩には黒い鎧をまとったアメリアが立っていた。

 全身が黒で艶やかに輝いている。

 表情は険しく、汚物でも見ているような目でミゲルを睨んでいた。


 慈愛の聖女と呼ばれた彼女ではなかった。

 彼女の今の姿は、神話で語られる女悪魔のよう。黒く鋭利な爪がミゲルにむけられた。


蛆虫(うじむし)がいるわ。魔神マナフ、捻り潰しなさい」

「──ぐっ!」


 ゴーレムの手のひらがミゲルを捻り潰そうとする。

 押し迫る力にミゲルが堪え、怪我を他の者に任せたヤルダーが戻ろうと駆け出した時。


「──エメラルド・タブレット、オープン! 分解、開始!」


 ゴーレムの背後から男性の声と共に、エメラルドグリーンの閃光が走った。

 ゴーレムは手のひらの力を失くし、ぐらりと傾く。

 ミゲルはその隙に手から逃れた。


「早く、逃げなさい!」


 女性らしい声が聞こえて、二人は反射的に駆け出した。


 倒壊した建物の瓦礫を掻い潜って、二人は中央広場へと向かった。




 *


 巨人ゴーレムから逃れた人々は中央広場へと集まっていた。

 太陽が燃えるように落ちてしまい、辺りは薄暗い。

 広場には松明(たいまつ)が灯され、重軽傷は町の薬師による治療が行われていた。

 兵士が持っていたポーションはすでに使い果たされ、数が足りない。


 王宮は不気味なほどの静寂に包まれ、救援はこなかった。

 アメリアが騒乱を起こしたことは、ヤルダーの判断で民衆には広めなかった。

 ゴーレムを魔神の再来と恐れる民に、王妃が首謀者だと知られたら、混乱は深まるばかりだ。

 今は治療が優先された。


 中央広場に灯される炎に導かれて、空から赤、青、緑の尾を持つ美しい鳥がやってくる。

 リトル・シーだった。


「くぇっ! くぇっ!」


 鳴き声にミゲルは驚く。


「サラさまが連れてきた鳥じゃ……」


 その一言に、ヤルダーも空を見る。

 つられるようにその場にいた全員が、空を旋回するリトル・シーを見た。


 怪我が治ったリトル・シーは、サラの元へ行こうとしていたが、先にミゲルの顔を見てここまでやってきていた。

 リトル・シーはミゲルの前にきて羽ばたいた。


「くぇっ!」


 一声鳴いてお礼を言うと、きょろきょろと辺りを見回す。

 怪我人がいるのを知ると、松明(たいまつ)の中に突っ込んでいった。


 鳥が自ら焼かれに行く光景に、その場にいた者は全員、息を飲んだ。


「くぇぇぇっ!」


 燃え盛る炎をまといリトル・シーが松明(たいまつ)飛び出す。

 三色の羽は燃えて、金色の灰となる。

 リトル・シーは夜の闇に金色をまきながら、中央広場を旋回した。

 その光景は、まるで黄金の雨が降っているようだった。


「これは……」


 怪我した所が癒えていく。

 深手をおっていた者は瞳を開いた。


 ヤルダーは呆然としながら、呟く。


「フェニックス……なのか……」


 神話で語られていた光景だ。

 聖女は三色の羽を持つ鳥となり、その翼には人々を癒す力があったという。


 サラは鳥にはなれないし、人を癒す力はないが、奇跡を起こす鳥を連れてきてくれた。

 ミゲルは感極まって、瞳を涙で潤ませた。


「……わしらの聖女さまは、サラさまだけじゃ……」


 そう呟いたとき、大聖堂で轟音が響いた。



次はセト視点になります。

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