意地① side ミゲル&ヤルダー
章のタイトルをつけて、組み直しました。第四章→第五章になっています。
サラの意識がなくなると、ドルトルの私兵である影──ウルジは彼女を横に抱きかかえた。
目論見通り、聖女の力を使い果たして彼女の捕獲に成功した。
後は主君の元に、この人を連れていけばいい。
意識を失い、くたりとしたサラを一瞥する。
こんな女のどこがいいのか、ウルジには分からない。
主君の愛情を一心に集めながら、他の者に心をうつすさまは見ていて不愉快だ。
そこに寝転がっている老体同様、考えが甘いのも腹立たしかった。
そう考えてしまうのは、ウルジがドルトルに絶対的な忠誠を誓っているからであった。
彼の父親は、帝国の捕虜であった。
農奴となった父は、アーリア国の妻を娶り家庭を持ったが、暮らしはまずしかった。
ウルジはアーリア国で産まれながら、黒い髪色のせいで帝国民とみられ、不遇な境地に立たされていた。
石を投げつけられたのは、数えきれないほどだ。
自分ではどうしようもないことで偏見の目にさらされていた彼を、農奴を視察したドルトルが拾い、私兵として鍛えたのだった。
ウルジにとって、ドルトルは神なのだ。
彼が黒といえば、白い色も黒になった。
「んっ……」
ミゲルが意識を取り戻し、体を起こす。
それを石ころを見るような目で見て、ウルジは踵を返した。
「待て……」
ミゲルに呼び止められても、ウルジは歩みを止めない。
ミゲルは大股で歩き、ウルジの前に出た。
「……サラさまを陛下の元に、お連れするのか」
「そうだ。お前は駒としてよく働いた。陛下への無礼はあったが、自分の胸だけに留めておこう」
ミゲルが口を引き結ぶ。
「……陛下はサラさまをどうするおつもりだ……」
「そんなこと、貴様が知ってどうする。駒なら駒らしくわきまえろ」
冷淡な声に、ミゲルの眉根がひそまる。
ウルジはサラを見て、憤慨した。
「……まったく。どいつもこいつもあの方の何が不満なのだ……この女もそうだ。大人しくしておけばよいものを、面倒な……」
吐き捨てた言葉に、ミゲルは額に青筋を立てた。
「サラさまを侮辱するでない!」
「言葉を慎め。貴様の主君は誰だ? 誰に忠誠を誓って戦っている。逆賊の女か?」
ミゲルは奥歯を噛み締めた。
「陛下に忠義を尽くせないなら、将軍などやめてしまえ。貴様の全てが中途半端なんだよ。消えろ」
ミゲルは体を震わせて沈黙した。
ウルジは彼の横を通って、その場を去った。
「くそったれが!」
ウルジが馬車に乗り込んでしまうと、ミゲルは黒い甲冑を脱ぎ捨てた。
耳に蘇るのはサラの死ぬなの一言。
突き放しても、仲間と言い続ける彼女に、自分は何もできなかった。
結局は、ドルトルの思惑通りに進んだだけだ。
中途半端な自分へ憤り、脱ぎ捨てた黒い甲冑を蹴飛ばす。
「こんなものっ……!」
黒い甲冑はドルトルから渡されたものだ。
アメリアが作成した強化鎧だった。
これを足蹴にするのは、不敬と見られ、処罰されることだろう。
それが分かっていても、ミゲルは黒い甲冑が憎くてたまらなかった。
「くぇ……」
地面で羽をばたつかせるリトル・シーに気づき、駆け寄ると、腕の中に丁重にかかえた。
「獣医師を呼べ! すぐに手当てを!」
呆然と戦いを見ているだけだった兵士に命令をする。
ミゲルはリトル・シーを抱えて城門の中へ入っていった。
獣医師にリトル・シーを任せたミゲルはその足で自分の部屋に戻り、一筆したためた。
ヤルダーと、家族への手紙を鳥型のゴーレムに一羽ずつくくりつけ、六羽を空に放つ。
鳥が飛んでいくのを見届けて、ミゲルは将軍の服ではなく、第二隊にいた頃の兵士服に着替えた。
将軍が賜る宝刀は、懐にしまった。
ミゲルの突然の行動に、おろおろしていた副官に声をかけた。
「わしは将軍を辞する。後は任せたぞ」
「か、閣下!? そんなっ……お待ち下さい!」
一人、砦を後にして、馬を走らせた。
目指すは城だ。
この宝刀を返さなければならない。
それに、サラの脱出に手を尽くさねば。
「悪いな、ヤルダー。わしはわしの忠義を貫く」
目を伏せ、家族を思い描いた。
「くそジジイで、すまんな……」
*
ミゲルが手紙を飛ばして二日後。
手紙を受け取ったヤルダーは、アントラの住居で思わずそれを握りつぶした。
「馬鹿がっ……! 短気をおこしやがって!」
昔からそうだと、怒りながら手紙をぐしゃぐしゃにする。
手紙の内容は短かった。
サラが戻ってきて、城に行ったこと、それを受けて将軍を辞することが書かれてあった。
あとは最後に悪いなと一言だけ付けたされていた。
ヤルダーは手近にあった椅子に座り、トントンとひじ掛けを忙しなくたたく。
足を何度も組みかえ、時計をみる。
コチコチと音を立てるそれを見て、ちっと舌打ちした。
椅子から立ち上がり、武装する。
将軍だけが身に付けられる白いマントを手にとり、背中に描かれたフェニックスの模様をじっとみた。
「……サラさまは戦うときに、マントを身に付けられなかったな……」
彼女は軽装を好んだ。
重装備は前衛を切り込む自分には不要。
鱗の鎧があるから平気だと言った、凛とした笑顔を思い出す。
ヤルダーはマントを椅子の座面にかけた。
今の自分にはこのマントは必要ない。
もう、自分は将軍ではなくなるのだから。
懐に頂いた宝刀を忍ばせた。
ヤルダーは表情を厳しくして、副官にしばらく戻らないと告げた後、自宅へ向かって馬を飛ばした。
時刻は夜。
夜通し愛馬を飛ばして、朝もやがかかるころ、ようやく自宅に戻る。
「だ、旦那さま!?」
目を丸くして出迎える家令に挨拶を軽くして、妻の部屋に向かう。
妻のオリービアは、か細くなった体を起こして、ヤルダーを見て穏やかにほほえんだ。
折れそうな彼女の体を見て、ヤルダーの胸がきしむ。
「あら……こんな朝早く、どうしたのですか?」
「すまない……起こしてしまって」
ヤルダーはベッドに腰をかけて、オリービアのやつれた頬に手を添えた。
何度かさすった後、切なげに目を細くした。
「体の具合は大丈夫かい……」
「えぇ。とても気分がいいわ。あなたが帰ってきたせいね」
ふふっと笑ったオリービアにヤルダーは口元だけは持ち上げた。
「急ですまないが息子たちの所へ行ってくれないか」
「え……? いつですか?」
「今すぐ」
短い返事にオリービアは息を飲む。
「……ミゲルの馬鹿が短気を起こしてな。もう言っても聞かないし、奴に付き合うことにした……」
それは、国王の意思に背いて、サラの救出を手助けするということだ。
彼女を助けた後、自分や妻、屋敷にいる者はどうなるのか。
きっと無事ではいられない。
自分の命を散らすことにためらいはないが、妻たちは違う。
だから、息子がいるウーバーへ逃げてほしかった。
オリービアは目をしばたたいた後に、クスクスと笑った。
「あなたと同期の方ですものね……ミゲルに付き合うのは仕方ありませんわ」
オリービアはそう言って、背筋を伸ばした。
「いってらっしゃい、あなた。でも、わたくしはウーバーへはいきませんよ?」
ヤルダーは薄く口を開く。
「わたくしはヤルダー・バームダードの妻です。結婚した時に神に誓いました。生涯、この方のそばにいようと。……こんな体になってしまったけど、心だけはあなたのそばに、いつもおりますよ」
ヤルダーの顔がくしゃりと歪む。
瞳を潤ませながら、ほほえんだ。
「……君が一番、頑固者だったな……」
「そうよ。お忘れにならないでください」
オリービアをゆるく抱きよせ、ヤルダーは本心を言う。
「……ここには戻れないかもしれないんだぞ。君も知っているはずだ。貴族の上層部が次々と不審な死を遂げている。神の裁きを受けた者もいる。君まで巻き込むことになる……」
「なら、あなたがお戻りになるように、アールマティ様にお祈りいたしますわ」
ヤルダーがふっと笑みをこぼす。
「最高神ではなく、アールマティ様なのかい?」
「えぇ、そうよ。献身の聖女──アールマティ様が、わたくしは大好きだから」
「そうか……」
ヤルダーは腕を外して、彼女の額にキスを落とした。
「いってくる」
「いってらっしゃいませ」
彼女に背を向けた瞬間、ヤルダーの顔は戦場に向かう男の顔になっていった。
家令に自分が不名誉な死を遂げれば、妻を抱きかかえても、国を脱出しろときつく命ずる。
屋敷を出ると、朝日が昇ろうとしていた。
「……あれに感謝しないとな……」
ケンカ別れのように家を飛び出した息子に心で感謝して、ヤルダーは馬にまたがった。
蹄の音を立てて、道をゆく。
目指すは城だ。
ミゲルが短気を起こして大暴れしているならまだいい。
恐れているのは彼が神の裁きを受けて、一族もろとも抹消されることと、後は彼が忽然といなくなることだ。
巷では神隠しなどというが、ドルトルが裏で絡んでいることは推察がついた。
大貴族たちが相次いで死亡し、残りは消えたなんて都合がよすぎる。
ドルトルは確固たる地位を得るために、アメリアと共に何かしているとヤルダーは思っていた。
──早まるなよ、ミゲル!
「やぁ!」と声をかけて、愛馬で駆けた。




