師弟対決②
黒い破片を撒き散らし、ミゲルの剣の根本からおれた。
ミゲルは後方に飛んで間合いをとる。
サラは大きく肩を上下をさせて、顔を伝う血と汗を手の甲でぬぐった。
ミゲルは嬉しそうに目を細くする。
「……やっと、本気になりましたか……」
「お前が……そうさせたんだろ……」
生唾を飲み干して、汗と血がついた手の甲を振り払う。
ミゲルは、にやりと嫌みっぽく口の端をあげると、使い物にならなくなった剣を捨てた。
カラン──と、剣が大地に落ちて、軽い音を立てる。
彼は構えをした。
サラも同じ構えをする。
爪はひっこめた。
対峙した二人。
サラの脳裏に昔のことが蘇る。
最初はミゲルが怖かった。
彼は自分の目の前に立ちはだかる高い壁だったのだ。
倒せる日がくるなんて、永久にこないんじゃないかと思っていた。
──だが、今は……
「やああっ!」
サラは駆け出す。
全速力で間合いを詰め、彼に教わったすべてを拳に込める。
訓練が厳しくて彼に怯えていた十二歳の少女は、そこにはいなかった。
「爪を使わないとは愚かな!!」
ミゲルはサラの拳を腕で受け止め、足を鞭のようにしならせ、サラの太ももを蹴る。
サラは蹴られる前に重心をずらし、痛くない箇所で彼の蹴りをまともに受けた。
脳が揺れる振動を感じたが、唇は不敵に持ち上げた。
「獲物の使い方は、教えられなかったからなっ!」
「──ぬっ!」
サラは拳を引いて、彼の腹めがけて、叩き割るよう突きをだした。
今度は迷いなく。
聖女の力をのせた一撃を食い込ませる。
同じ箇所に、何度も。何度も。
反撃の隙なんて与えない。
もっと早く。もっと力強く。拳をねじ込めッ。
「黒い鎧など、お前には似合わん! 私が破壊する!」
真の敵は黒い鎧だ。
使い物にならなくなるまで、拳を振り上げろ!
「ぐっ! がはっ!」
鎧にヒビが入り、ミゲルが吐血する。
目に血を浴びて、視界が半分なくなった。
だが、サラは乱撃をやめない。
片目に彼の血が入って、痛くてたまらなかった。
目尻に涙がたまる。
拳を繰り出しながらも、サラの涙はとまらなくなった。
──なぜ、彼と戦わなくちゃいけないんだ。彼は仲間で、師だぞ!
心で絶叫しながら、サラは魂を震わせて声をだす。
「うああああぁああああ!!」
涙を撒き散らし、下から上にねじあげるように、会心の一撃を放った。
──バキン!
黒い鎧が大穴を開けて、大破する。
彼は血を吐きながら、なす術もなく、虚空を舞った。
巨体が地面に叩きつけられ、地響きのような轟音が鳴る。
「ミゲル!!」
サラは我にかえって、彼に駆け寄ろうとした。
焦ってしまい、足が土にとられ、無様に滑る。
力を使い果たしてしまい、体は鉛のように重い。
めまいを感じたが、それでも歯を食いしばり、膝を折りながらも彼の元へ。
壮絶な戦いを物語るように。
ミゲルの黒い鎧の上に、鮮やかな血の赤が散っていた。
サラは震える手で彼を抱き起こす。
ぴくりとも動かない顔は、ずいぶん年老いてみえた。
「ミゲッ……」
まさかと思った瞬間、ミゲルの眉がうごく。
虚ろな目が開いてくれた。
それを見て、サラの感情が決壊した。
大粒の涙を流して、顔を歪める。
ミゲルはどこを見ているのか分からない瞳で、ぼそりと言う。
「……トドメを……ささぬとは……甘いですぞ……」
「バカっ!」
皮肉の言葉に、彼にすがり泣きわめく。
「ミゲルを殺せるわけないだろ!!」
肩を震わせて泣くサラの涙が、ミゲルの頬に伝う。
彼の目から流したものとまじりあい、一筋の道を作った。
「……泣き虫なところは……変わりませんな……」
ミゲルは眩しそうに目を細くする。
「……サラさま……見事な……見事な戦いじゃった……」
ミゲルの瞳がゆっくりと閉じられる。
満足そうな笑顔になった。
彼の呼吸が小さくなるのを感じて、サラは瞠目する。
「ミゲっ…………やっ!」
サラは慌てて、セトにもらったエリキサーのカプセルを腰に巻き付けたベルトから取り出す。
──早く 早く早く!
手が震えて、うまく取り出せない。
小さいカプセルを一粒握りめて、ミゲルの口元に運ぼうとした。
──ドスッ
背中に矢が刺さり、サラは目を見開く。
「がはっ……」
聖女の力が失われた生身の体に向かって、次々と矢が放たれた。
サラは眉間に深い皺を刻んで、カプセルを握りしめる。
矢は急所をわざと外している。
しかし、これは毒矢だろう。
全身が不快に痺れてきた。
「くっ……」
サラは思いどおりにならない体を歯を食いしばって動かし、ミゲルの口にカプセルを飲ませようとする。
「……飲んで……ミゲル…」
視界が霞む。
震える指が彼の唇をかすめたとき、腕をとられ無理やり上半身を起こされた。
視界の端でとらえたのは、真っ黒なフードを被った男。
顔は知らないが、殺気に覚えがあった。
いつもドルドルを影から見ていた存在だ。
「手を離せ……」
額に汗をかきながら、目だけは殺気を込めて睨む。
影は何の感情もない瞳でサラを見る。
「この者は用済みです。捨てておけばいいでしょう。陛下がお待ちです」
ぐいっと引き寄せられ、乱暴に背中の矢を抜かれる。
激痛が走り、サラの体から力が抜ける。
視界がまどろんだ。
サラは頭をふり、ミゲルにすがるように手を伸ばした。
これさえ飲ませれば、ミゲルは完全に回復する。
影はまだ足掻くサラに向かって平坦な声をだす。
「じきに死にます。そのまま鳥の餌にしてしまえばいいのに、敵に情けをかけるのですか?」
「ふざっ……けるなっ……」
サラは怒気を吐き出す。
「ミゲルは……私の仲間だっ……!」
サラは影の手から逃れようとする。
「くえええ!!」
空を飛んでいたリトル・シーがくちばしを突き立てて、影の頭に突っ込んできた。
「くっ……!」
影はリトル・シーを振り払おうとする。
その隙にサラは影の腕から脱出した。
「このっ!」
「くえっ! くえっ! くえっ!」
影に殴られてもリトル・シーは、果敢に向かっていった。
サラは最後の気力を振り絞り、カプセルを指を潰して、ミゲルの口に流し込む。
彼は嚥下してくれた。それにほっと胸を撫で下ろす。
ミゲルの顔色は土気色から、血が通った肌色になった。
小さな吐息が耳をかすめて、サラは安堵の涙を流した。
「鳥ごときが……!」
影がリトル・シーに暗器を投げつける。
リトル・シーは羽を怪我をして、地面に落ちた。
──リトル……っ
サラは声をだそうとしたが、そんな力は残っていなかった。
──サラ……大丈夫だよ。ぼくは大丈夫。みんな助けに行くから……絶対、行くからっ……待ってて、サラ……
リトル・シーの優しい声に包まれながら、サラの意識は闇へと落ちていった。
次はミゲル&ヤルダーの話になります。




