師弟対決① side サラ
ミルキーが捕まるところを映像で見ていたサラとセトはすぐさま行動にうつった。
「私が囮になる。その間にミルキーを頼む」
セトは何か言おうとして、また気持ちを消去した。
「必ずサラの元に行くからな」
拳同士を打ち合わせ、ふたりは別の道に進んだ。
サラはリトル・シーを肩にのせて国境の門へ。
セトは城門の兵がサラに集まる隙をついて、王宮へ。
サラが国境の検問所の前に姿を現すと、門兵は慌ただしく動きだし、国境の門が一時、閉められた。
サラは聖女の力──千里眼を使い、城壁の様子を伺った。
城門の最上部に目を凝らすと、知った顔が見えて、サラは目を見張る。
双眼鏡で自分を確認している人物は、ミゲルだ。
武装しているが、鎧の色がおかしい。
彼は悪神アンラ・マンユの色──黒を身につけていた。
アーリア国の兵士は、白を基調とする鎧しか身に付けられないはずだ。
──国が変わってしまったのか……
自分の大切なものが、次々と黒に染まっていく嫌悪感に顔を引き締め、サラは国境の門に近づいた。
サラの目の前で巨大な扉が開かれる。
──ギギギ……
木の扉が開いた先にいたのは武装した兵士。
先頭にはミゲルが立っていた。
幅広の長剣を帯刀している。
あれで叩き潰すのが彼の戦法だ。
だが色がおかしい。
黒い剣なんて彼は持っていなかったはずだ。
様子を伺っていると、ミゲルは敵意を顕にして、声を張った。
「逃亡した元聖女が何用か!」
嫌みな言い方に、サラは淡々と答えた。
「投降しにきた」
ミゲルが鼻で笑う。
「あなたさまが素直に投降? はんっ、あり得ませんな」
彼の挑発にのるな。
自分は囮なのだから。
「……資金が尽きたんだ。逃亡生活にも疲れたんだよ」
「そのような弱音を吐くなど、らしくないですな」
「……私は強い人間ではない。お前が一番、よく知っているだろう?」
彼と過ごした訓練の日が脳裏を過って、ふっと口から笑みがもれた。
「お前が怖くて、私は泣いていただろう? 私の心は、あの頃のままだ。私は強くはないんだ」
それも自分だと思えるようになったのは、セトのおかげだ。
彼を思い出すと、心があたたかくなる。
だから、弱音を吐いても、自嘲の笑みにはならなかった。
ミゲルはサラの心の変化を機敏に掴んだが、顔には出さなかった。
敵対する者として声をかける。
「……逃亡を助けた者はどうしたのですか?」
「奇妙な男だったから逃げてきた。名前も知らない」
「その鳥は?」
「旅の途中で懐かれた。フェニックスに似ているだろう。神の導きかもしれんな」
サラは両手をあげた。
「武器はない。拘束したいなら、そうしろ」
「はんっ」と、ミゲルが鼻で笑う。
ふたりの視線が交差する。
彼は戦場に立つ者の顔になっていた。
「あなたさまに武器なんぞ、いらんでしょう。あなたさま自身が最も強く、気高い武器だ」
ミゲルは剣を構えた。戦う気だ。
「聖女の力をすべて失くした後に、陛下の元にお連れします」
サラは手をさげた。
こうなったミゲルを止めることはできない、と身に沁みてわかっている。
戦うしかなさそうだ。
だが、できれば拳は交えたくない。
「お前より私は強くなった……引け、ミゲル」
ミゲルはくつくつ喉を鳴らした。
「なめられたもんですなあ……年老いたとはいえ、あなたさまに劣ると思ったことなど、一度もありませんぞ」
挑発的な言葉に煽られて、サラも声を荒げる。
「引け、ミゲル! お前とは戦いたくない!」
「逆賊の身で何を言うか! あなたさまは、もう我らの仲間ではないわい!」
ミゲルは酷薄な目でサラを見た。
「かつての仲間を仲間と見るなんて、どこまで甘い……国を捨てたご覚悟はそんな軽いものだったのですか……」
ミゲルが一歩、前に出る。
「そんなぬるい覚悟なら、わしが捻り潰してやるわ!」
彼が向かってきた。
──早い。
見たことがあるミゲルの動きではない。
サラはリトル・シーを空に放ち構えをして、力を解放する。
赤い鱗が急所を守り、両腕で防御をする。
「うおおおお!」
──ゴキンッ
豪剣が振り下ろされ、その重さにサラの足が砂で滑った。
防御しきれない。押されている。
──やはりこの剣も鎧も黒い賢者の石なのか。
鱗の一部が削られている。
普通の剣ではこうはならない。
サラはカッと目を見開いて、力をさらに解放する。
「はああっ!」
力を込めて競り勝ち、両手を交差させ剣を弾く。
すかさず、体をひねって蹴りをくりだした。
──ガキンッ
剣で受け止められ、ならばと足を引いて拳で応戦する。
「はあっ!」
突きもまた剣で受け止められる。
ガキンッ ガキンッ ガキンッ!
重く鈍い音が辺りに鳴り響いた。
スピードはサラの方が上。
連続攻撃してやれば、ミゲルの表情が苦悶に変わっていった。
──いけるっ!
確信を持ったサラの蹴りが、彼の剣をついに弾き飛ばした。
空に舞った剣は、地面に叩きつけられ、大地をすべっていく。
ミゲルがひるんだ隙に、彼の腹に突きをくらわした。
「はあああ!」
──だが。
「くっ……」
サラは思わず奥歯を噛み締めていた。
一撃を食らわしたのは自分だというのに、手に鈍痛が走った。
彼の鎧が固すぎて、破壊できない。
小刻みに体を震わすサラを、ミゲルは凍てつく眼差しをした。
「……なんと軽い拳か……」
ミゲルはサラの首を掴みかかる。
「ぐっ……!」
不意をつかれ、そのまま持ち上げられた。
喉が圧迫され、息苦しい。
もがくサラに、ミゲルが叫ぶ。
「そんな弱い拳では、わしは倒れんぞ!」
ミゲルはそのままサラの頭を地面に叩きつけた。
よもや人間にだせる一撃ではなかった。
サラの頭は大地にめり込み、破壊の衝撃で地面にヒビが入った。
「ぐっ……!」
顔を鱗で覆っていたおかげで、気絶しなかったものの、すぐに反撃はできないほどの痛みがあった。
ミゲルは軽々とサラの体を放り投げる。
──……スザザザザッ
受け身が間に合わず、顔が地面を滑り、サラの額がすりきれた。
鈍痛が走り、血が流れたが、サラは体勢を起こしてミゲルを見据える。
彼は投げ出された剣をとり、猪突してきた。
「うおおおぉ!」
ミゲルが振り上げた豪剣に片手をだして、受け止める。
ゴオン──と、重い衝撃が腕に走り、赤い鱗が傷つく。
サラはたまらず、もう片方の腕で防御するが、今度はミゲルが連続して剣を打ち込んできた。
ガキン!ガキン!ガキン!
鈍い鋼鉄な音が、頭の上で何度も響く。
ミゲルの剣はサラを地面にひれ伏させる力強さがある。
本気なんだ。
彼は本気で、自分を瀕死に追い込む気なんだ。
でも、自分は──彼相手に全力をだしきれない。
だって、仲間だったのだ。
彼がそうは思っていなくても、信頼した過去は消えない。
「はん! 守ってばかりでは何も得られませんぞ!」
──ガキン! ガキン!
ミゲルはサラの迷いを薙ぎ払うように、剣と言葉で追い詰める。
「あなたさまの目の前にいるのは敵だ! 殺すつもりできなされ!」
──ガキン! ガキン! ガキン! ガキン!
響く剣音は、ミゲルの思いそのものだ。
忠義を誓った相手に剣を振るうしかできないのなら、この老いた体を潰してゆけ。
そこに、彼女の道があるなら、自分は躊躇うことなく砕かれる壁となろう。
「わしごとき倒せずに、陛下が倒せるとお思いか!!」
その一言に血が沸いた。
サラは目を限界まで開き、聖女の力を最大限に開放する。
彼女の爪が伸びて、腕が赤く強固な鱗へと変わり、異質なバケモノへと変わる。
「うああああぁああああ!!」
サラは腹の底から叫び、大きく腕を振りかぶる。渾身の斬撃は、黒い豪剣を亀裂を走らせる一太刀となった。
──ビキッ……
ヒビを入った剣に向かってもう一撃。
「はあああ!」
太く鋭利な爪の前に、ついに豪剣が折れた。




