潜入④
「ミルキーさま。アーリア国に定住してくださいませ。もちろん、ウーバーに居た頃の倍額はお出しいたします」
「あら、素敵なお誘いですわ。でも、アタシがいなくなったら、悲しくて泣いちゃう家族がたっくさーんいるんです。丁重に、お断りいたします」
「まあ、そうなの。おかわいそうに。もう、ご家族に、お会いになれませんもの」
アメリアが、たんっと黒い靴で床を踏む。それを合図に扉が開いて、近衛兵が駆け込んできた。
二人を囲み、場は一気に緊張感が高まった。
「あらあら~。これは、どういうことでしょうか?」
周囲を睨み付けながら、ミルキーは心の中で舌打ちした。
「ミルキーさまを傷つけるのは、おやめください!」
フロックが前に出ようとするが、近衛兵に阻まれる。
ミルキーはフロックに控えているように、手で合図する。
──いきなり監禁する気? ちょっとそれは、タイミングが早いんだけど。
都合よく行くとは考えていなかったが、強行策にでるとは予想外だ。
ミルキーは嘆息して、アメリアに話しかける。
「アタシ、ウーバー国の公認技術者なのですが」
「ええ、そうみたいですね。存じておりますわ」
にこっと笑ったアメリアに、ミルキーは顔をしかめた。
技術大国ウーバーでは、フェアリー・メイソンの幹部が中枢にして、精霊の存在にも寛容である。
さらに、技術者の地位は高く、公認は国が守ることを意味している。
ミルキーがアーリアに行ったまま戻らないことは、ウーバー国から調査が依頼がくるだろう。
それが何を意味するのか。
ミルキーが戻らないというだけで、国同士の関係を悪くする自体になりかねないということだ。
アメリアはそれが分かっているのだろうか。
彼女の思惑が分からず、ミルキーは口を引き結んだ。
「ウーバーとの関係を悪化させたいのですか?」
脅してみても、アメリアは涼やかに笑うのみだ。
その笑顔が不気味だった。
「ねえ、ミルキーさん。あなたって、わたくしが子供の頃、読んだ童話に出てくる小人にそっくりなんです。ウーバー国民の中に、そんな風貌の方はいたかしら? あなたは一体、何者ですか?」
やはり精霊の存在を怪しんでいる。
ミルキーは顔に焦りをださずに、不敵に笑った。
「それをいうなら、王妃殿下も同じでしょう?」
ミルキーは一歩、前につめよる。
「あの喉ごしのわっるーいポーションを開発したあなたは何者ですか?」
アメリアはころころと笑う。
「まあ、ポーションをご存知かのような口ぶりね。本当に妖精さんかしら? ふふっ。楽しい。あなたのお話、たくさん聞きたいわ」
ミルキーは心の中で舌打ちした。
ここで暴れてもよいが、人数が多すぎる。
武器となる斧もない。
ひとまず引こう。
ミルキーは両手をあげた。
アメリアが目で合図すると、近衛兵はミルキーの両脇を掴んで拘束する。
「ミルキーさま!」
フロックが叫ぶが、近衛兵が剣の鞘で彼の頭を殴りつけた。
血を流して倒れた彼を見て、ミルキーが地を這うような声をだす。
「おい、フロックに手をだすな。我らの仲間が黙っていないぞ」
人間のものとは思えない声に近衛兵がひるむ。
「連れていきなさい」
アメリアの指示により、ミルキーは地下牢へ連れていかれた。
*
「いーやー!えっちー!」
身なりをひんむかれたミルキーは、地下二階の地下牢にて全力で叫んでいた。
「大人しくしろっ!」
兵士に囚人服を無理やり着せられ牢獄に閉じ込められてしまう。
ミルキーはふんがーと鼻息を荒くして自主規制用語を散々、吐き出した。
ひととおり文句をいい終えると、腰に手をあててもう一度、鼻息を吹き出した。
荷物はすべて没収されてしまったが、ルンルンは動いている。
自動モードにしたから、なにか探れればよいのだが。
嘆息して周囲を見渡すと、牢の隅に人影を見つけた。
近づくと、衰弱している少女だった。
「ちょっと、あなた大丈夫?」
慌てて少女を抱き起こす。
手足は細く息も絶え絶えだ。
ミルキーは三つ編みにしていた髭をといた。
長い髭の合間に、カプセル型のポーションを隠していたのだ。
「ほら、これ飲んで」
外にいる監視を気にしつつ声をかける。
少女はなんとか口を開いて、ポーションを飲んでくれた。
少女の顔色がよくなり、虚ろな瞳が開く。
ミルキーは胸をなでおろした。
「あなたは……」
「アタシはミルキー。ウーバー国の技術者よ」
「ウーバー……」
少女が体を起こす。
浮世離れした顔立ちの少女だ。
瞳は金色で、髪は赤茶色。
小柄だが、瞳と髪色が似ているせいか、サラの容姿と重なった。
服も囚人服とは違っていて、白い神官服を着ていた。
ミルキーは鉄格子に近づき、鉄の隙間から見張りの兵士を確認する。
彼らは入り口の方に歩いていた。
小声なら、話をしても聞こえなさそうだ。
少女の所に再び戻って、小声で尋ねる。
「ねぇ、あなた。もしかして、最高位神官?」
ミルキーが尋ねると、少女は体を大きく震わせて、口を引き結んだ。
「違うの? じゃあ、名前を教えてくれない?」
少女は小さな声で答える。
「……ライラです」
「ライラね。宜しく。ね、ライラはどうしてここにいるの?」
ライラは黙り込んでしまう。
「言いたくなけばいーけど。大聖堂に行ったら、神官が変な態度だったから、気になったのよねー」
そう言うと、ライラはミルキーの服をつかむ。
「みなはっ……みなは、大丈夫なんでしょうかっ」
切羽詰まった声に、ミルキーは笑顔でいう。
「見た目はいつも通りだったわよ。儀式もしていたし、大聖堂も壊れている様子もないし」
そう言うと、ライラはほっとした顔をする。
「ねえ、ライラ。出会ったばかりで信じろって方が無理かもしれないけど、アタシ、力になるわよ。サラさんの仲間だし」
「サラ……さまの……?」
ライラは目を見張り、瞳をうるませた。
彼女の精神は擦りきれていた。
誰でもよいから助けてほしいと願うほどに、心は限界だった。
ライラは涙を流しながら、自分のことを話し出した。
「あなたのおっしゃる通り……わたしは最高位神官です……」
「ずいぶん、若いのね。いくつ?」
「今年で十五になります……成りたてなんです……先代は……ドルトル王によって殺されました……」
ライラはドルトルが画策した婚約解消騒動の裏にあった話をした。
そもそも聖女の儀式──赤い賢者の石は、ロスター教のはじまりからあるものだ。
ロスター教の開祖ロスター・シュトナトフが最高神の信託を受けて、火の精霊サラマンダーを焼いたことから始まる。
彼女の嘆願を受けて、ロスターは彼女の首を跳ねた。
サラの首回りにだけ、赤い鱗が残っているのは、切断された箇所がそこだからだ。
ロスターはサラマンダーの頭と体を、最高神の指示により焼いた。
頭部は【賢者の剣】となり、体は【賢者の石】になった。
賢者の石は聖杯の上で火に炙ると、赤い液体となり、ロスターの娘が飲んだ。
娘は三日間、苦しみ続け異形の力を得た。
火器に強い体だった。
初代、聖女の誕生である。
彼女はロスターに反旗を翻した者たちから、賢者の剣と火に強い体を武器に戦い、敵を退けた。
その敵は、周辺国を飲み込み、今や巨大国家となっている。
サラが戦ってきた帝国であった。
「サラマンダーさまがいなくなったのは、この国を帝国から守りたかったからなのね」
「……あなたは、サラマンダーさまをご存知なのですか?」
ミルキーは曖昧に笑って、言葉を濁した。
神話となってしまったので、実際、何が起きたのかは不明であるが、最高神というのは、神ヘルメスのことかもしれないと、ミルキーは推察した。
──神様がサラマンダーさまの願いを聞いて、聖女を産み出したのかしらね。
それに、【賢者の剣】も聖女さまが持っていたという話なのも意味わかんないわ。
なんであの王子が持ってるのかしら?
思考をめぐらせていると、ライラは話の続きを話した。
「最高神さまの信託により、聖女の力が受け継ぐことが決められました。
帝国から守るために、奇跡を与えつづけよ、と言い伝えられています。
わたしたち神官は、最高神さまの言いつけを守り続けてきました。ですが……」
ライラが顔をおおう。
「ドルトル王はサラさまから聖女の力を引き剥がし、賢者の石を粉々に砕くといいました。
それは神の導きに背くものだと、先代が抵抗して、それで……」
ドルトルは先代の最高神官をライラの前で殺した。
彼女は先代の死を目の当たりにして、恐ろしさのあまり、ドルトルに命乞いをしてしまった。
ライラの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれる。
「……わ、わたしは神官でありながら、神にそむく行為をしました。後は任せたと先代に言われたのに……わたしはっ……」
ミルキーは咽び泣くライラの背中をさする。
「目の前で人が殺されたんだもの。しょうがないわ。怖かったわね」
慰めを言いながら、ライラに尋ねる。
「命乞いをしたら、ここに連れてこられたの?」
ライラがこくりと頷く。
「サラさまがいなくなられたとかで……」
「そう……それにしてはずいぶんな扱いみたいだけど……」
ライラは細い腕を前に組んで、手を握った。
「命を絶とうと思って……食事をしなかったら、黒いポーションを飲まされて生かされています……」
ミルキーは表情を厳しくした。
ポーションをだけで命をつないでいたから、ライラは痩せこけているのだ。
ミルキーは震えるライラの頭をなでる。
「あなたとここで会えたのはラッキーだわ。アタシってば、やっぱついているわね」
ミルキーは髭に絡まっている爪先ほどの小さな通信機器をオンにする。
『あー、あー、電波が悪いけど、兄さま、聞こえる?
捕まっちゃったから助けにきて。
王宮のねえ、地下二階かな。
うんうん。そうよ。
サラさん、囮にするのね。わかったわ。
うんうん。無理しないでね。
それに、最高位神官も見つけたわよ。
うんうん。大聖堂に送り届けた方がよさそうね。
あ、兄さまは、王宮ごとぶっ壊すんじゃないわよー。アタシ、埋もれるからねー』
声が掠れてよく聞こえないが、返事はあった。
突然、精霊語で話したのでライラが驚いていた。
「ねえ、ライラ。ロスター教の神話って、確か救世主がいたわよね?」
「え……? はい」
ライラはこくりと頷く。
「もうすぐ、救世主がくるわ。
だから、死なないで、長生きしてくれないかしら?」
ミルキーは、分厚い唇をにっと持ち上げた。
ネタバレの登場人物一覧にて、ドルトルが持っている【賢者の剣】の成り立ちは第五章にてと書いていましたが、この話で触れました……あちらの方も修正してあります。
次はサラ視点になります。




