潜入③
4話、まとめてアップしています。12時にもう1話アップします。
サラたちとの通信を終えて、ミルキーは鞄の中から小袋を取り出す。
その中には、カプセル状のポーションが入っていた。
あーん、と大口をあけて一口で飲み干す。
みるみるうちに鼻の傷は癒えた。
回復したミルキーは荷物をまとめて、部屋から出た。
扉を開くと護衛と目が合う。
口を引き結んで気まずそうな彼に、にっこりほほえんだ。
「あら、アタシったらそんなに気になっちゃうほどいい女? そうよねー、そうよねー。アタシ、とってもキュートな顔をしているもの!」
護衛に気安く抱きつき、指先で彼の腰をまさぐる。
──帯刀している剣は一本。飛び道具はもってなさそうかしらねえ。
暗器を投げつけられ、刺されることはなさそうだ。
うっとりとした眼差しを送りながら、熱心に確めていると、護衛は顔をひきつらせた。
「あのっ……」
しどろもどろで身を引く護衛から手を離す。
「うふふ。アタシ、フロックに大聖堂を案内してもらうの。あなたも付き合ってくれるんでしょ?」
護衛は目を泳がせた後、「仕事ですから」と短く答えた。
ミルキーはフロックと護衛と共に王都を目指した。
馬車で三日かけていき、レンドル橋を越えれば大聖堂は目の前だ。
大聖堂の建物は白が基調とされた石造り。
長い歴史があるせいか華美な装飾はなく、シンプルな外見だった。
礼拝所の最上部には、翼を広げた人のレリーフがあった。
天使のような姿は、神の使徒の一人──聖女である。
礼拝堂の中にはいると、ガラスで囲われた中に燃え盛る炎が見える。
ちょうど祈りの時間がきて、声が通る神官が熱心に聖典をうたいだした。
フロックも祈りに加わり、ミルキーはそれが終わるまで待っていた。
祈りが終わると、フロックとミルキーは帰っていく信者と逆方向に歩きだした。
フロックがミルキーのことを司教に紹介して、儀礼的な挨拶をすると、神官は驚きながらも柔和な笑みを浮かべた。
「ウーバーからの訪問とは、さぞかしお疲れでしょう」
地下鉄できたし、がっつり弁当も食べたから平気よ、とは言えずミルキーは笑顔で答える。
「はじめまして。お会いできて光栄ですわ。最高位神官さまのお顔を拝見したかったのですが、難しいのでしょうね」
神官は最高位神官の名前を聞いて、急に青ざめた。
瞳孔が開いて、目が泳いでいる。
「え、えぇ……最高位神官さまは……尊いお方なので、姿を見るのは残念ながら……」
小刻みに震えだした神官に、ミルキーはあっさり引き下がった。
「そうですよね。つい儀式に感動して差し出がましいことを言いましたわ。……きっと、あちらの扉の先で、今も神に祈っているのでしょうね」
警備兵が二人立った奥の扉に視線をうつす。
「え、えぇ……この国の安寧を祈願しております……」
弱々しくなる言葉にミルキーは礼を言って踵を返す。
おそらくだが、最高位神官はいない。
いつからなのか分からないが、動揺が隠しきれていないところを見ると、つい最近のことなのかもしれない。
ミルキーはフロックと共に足を踏み入れられる箇所は全て歩いた。
建物の構造。兵士の人数をセトたちに知らせるために。
──結構、兵士がうろちょろしているけど、お兄さまなら平気でしょ。
セトが侵入して呪いの解除ができればよいが、肝心の最高位神官はどこへ行ったのだろう。
大聖堂を後にしたミルキーは、詳細を報告した後、王都で一泊した。
ミルキーを紹介するため、フロックがドルトルに対して前触れを出したが、まだ返事が来ていなかった。
その晩、ミルキーはフロックのお金でたんまり飲み食いした。
「いやぁ、お酒は最高よねえ! じゃんじゃんもってきてえ! お兄さん!」
わっはっはっと、豪快に笑いながらジョッキを次々に空にしていくミルキー。
フロックは苦笑した。
「ミルキーさまがお酒が強いなんて知りませんでした」
ミルキーはにたりと笑って精霊語で話す。
『アタシ、ドワーフだもの。お酒はだあい好きよ。フロックとこんな風に飲める日がくるなんてねえ。この国に来てよかったわあ』
ご機嫌なミルキーにフロックは優しく目尻をさげる。
『……私もこんな日がくるとは思いませんでした』
『フェアリーメイソンの講習って、地下の密室でやるからねえ。ただの技術提供だから、そっけなかったし。たまにはこんな風に飲んだっていーわよね。うふふ。タダ飲み最高!』
ぐびぐびと酒を一気に煽る。
フロックは苦笑いしながらも、嬉しそうに顔をほころばせた。
上機嫌な二人の元に護衛が近づく。
フロックの耳元で彼は会話をした。
彼は顔を厳しくして、頷いた。
ミルキーに向きなおったときには、また穏やかな顔になっていた。
「ミルキーさま、そろそろ宿にいきましょう。明日は出かけますし」
その一言で、城に行くことが決まったのだと察する。
「おにいさーん! お酒、あと二杯もってきてえ!」
ミルキーの注文にフロックがぎょっとする。
ミルキーは精霊語で話かけた。
『飲んで飲んで、戦いに勝つわよ! あんたも一気飲みしなさい!』
きたグラスをフロックに手渡す。
フロックとグラスを合わせて二人は一気に酒を飲み干した。
ふがーっと鼻息をだして、分厚い唇を手の甲でぬぐう。
気持ちよく飲んだミルキーは、ニタリと笑った。
『フロック、さっき話、通りにいくわよ。演技、付き合ってちょーだいねっ』
フロックは酒ビンをテーブルに置いて深くうなずいた。
*
翌日、ミルキーたちは王宮の来賓室に通されていた。
大聖堂とは違い豪華な装いだ。
ミルキーは「権力をごり固めたような部屋ねー」と思いながら、相手を待っていた。
扉が開き、フロックが立ち上がり、ミルキーも立ち上がる。
入ってきたのは白いドレスに身を包んだアメリアだった。
フロックが床に膝をつく最上の挨拶をして、ミルキーはカーテシーの真似事をする。
スカートは履いてないので、よく伸びるズボンの裾をつまんだ。
アメリアはそんなミルキーの態度にも優美にほほえむ。
「陛下は執務がお忙しいので、わたくしが代わりにお話を聞かせていただきますわ」
ドルトルではなかった。
賢者の剣とやらを隙あらば見たかったが、それは無理なようだ。
でも、アメリアが来てくれたのは好都合かもしれない。
サラの話では彼女はゴーレムを自由自在に操る得体の知れない錬金術師。
しかもサラと同じく武術も身につけている。
──見た目は、いいとこのお嬢さんなのにねえ。
細い腕に華奢な腰まわり。
サラみたいに、しなやかな筋肉がある体には見えない。
瞳もまるで生気がなく、お人形のようだと感じる。
ミルキーは彼女を観察しつつ、愛想よくほほえむ。
「王妃殿下にお会いできるだけでも光栄です」
「まぁ。わたくしも、フロックに技術を伝えた方と聞いて、ぜひお会いしたかったのですよ。
それで、陛下にお見せしたいものとは」
「こちらです」
ミルキーは返事をしてルンルンを取り出す。
この国のエターナル・ループを模して作ったと言ったら、アメリアは感嘆の声をだした。
「素晴らしいですわ。陛下は国内の技術発展に力を注いでおりますの。こうした便利な機械は有益ですわ」
「ぜひ、使ってみてください。お許しくださるならここで動かしましょうか」
アメリアは子供のように無邪気な笑顔になり、パンっと両手を叩く。
「えぇ、ぜひ。見てみたいわ」
瞳が少し輝いている。
フロックの話では、貴族のほとんどは機械を気持ち悪がっていたらしいが、彼女はそんな風に見えない。
演技なのか、ただの好奇心か、判断が難しい。
ミルキーはルンルンのスイッチをいれて動かした。
「ルンルンの動力源は、太陽の光です。光があるところでは半永久的に動けます」
「まぁ……すごいわ。そんな技術がウーバーにはあるのね」
ウーバーには、この技術は教えていない。
精霊都市のライデンでは動力として使われていた。
「ウーバーでも最新の技術ですわ」
「そうなの」
アメリアは興味津々でルンルンを目で追っていた。
「王妃殿下……」
おもむろにフロックが声をだす。
アメリアは顔をあげた。
「私はミルキーさまのところに赴き、技術を学びたいと思っております」
アメリアがきょとんとしたので、視線をそらしてフロックはミルキーをみる。
「私はルンルンを見て確信いたしました。もっと学び、自国に技術を持ち帰りたい。ですから、出立の許可をして頂けないでしょうか」
勿論、嘘である。
学びに行くと見せかけて、フロックたちをアーリアから脱出させたかった。
それが叶わなくとも、アメリアたちがどこまでフロックを疑っているのか、確かめたかったのだ。
精霊の存在に気づいているのか、いないのか。
じっと待っていると、まぁ、とアメリアが驚いた顔をした。
「王妃殿下、どうかフロックの願いを叶えてやってくれませんか?」
ミルキーも頼みこむと、アメリアは目を三日月のように細くした。
「そんな面倒なことをしなくても、ミルキーさまがここに居てくれればよいのでは?」
アメリアはころころ笑って、パチンと手を叩いた。




