潜入②
フロックに案内された部屋は、小さな客間だった。
そこにはフロックの妻ターナがいた。
彼女は車輪のついた椅子に乗っていた。
足が不自由なのは知っていたので、ミルキーは驚くことなく挨拶をする。
「はじめまして、あなたがターナね。フロックから気立てのよい奥さんだって聞いているわ」
ミルキーが握手を求めるとターナは顔をほころばせて、握手をした。
フロックは気恥ずかしそうに肩をすくめた。
「はじめまして、ミルキーさま。夫から聞いております。お会いできて光栄でございます」
「そんな堅苦しくしないで。あら、その椅子いーわね」
ミルキーは足に小さな車輪がついた椅子をしげしげと見る。
「これはあなたのアイディア?」
フロックに向かっていうと、彼はうなずいた。
「はい。少しでも動きやすいようにしようと思いまして」
「そう。愛する奥さんのために頑張ったのね。この椅子もいいけど、車椅子だったら車輪は大きい構造のもあるわよ」
そう言ってミルキーは鞄の中からタブレット型の電子機器を取り出す。
写真のフォルダにアクセスして、フロックに見せた。
フロックはドゥードゥたちに技術を教えてもらうとき、このタブレット端末を目にしていた。
自分達では作れない未来型の機械にとても興奮したものだ。
あの頃を思い出して、フロックは少年のように目を輝かせた。
「車輪を自分で回せるものよ。もっといいのは車輪自体を自動で動かせるものね」
「そういうのもあるんですね」
二人が会話をしていると、護衛は眉根をひそめて、話についていけないという顔をした。
──彼、技術の知識はなさそうね。なら、精霊語で話をしましょう。
ミルキーは会話を切り上げ、精霊語でフロックに話しかけた。
『精霊語は覚えている?』
フロックは驚いた顔をした後に、深くうなずく。
『覚えています……』
ミルキーは満足して、ニヤリと笑った。
フロックはアーリア国語が話せないドゥードゥから直接、話を聞きたくて熱心に精霊語を覚えていたのだ。
彼の勤勉さが、助けとなった。
聞きなれない言葉を耳にした護衛が近づき、二人に割ってはいった。
「今の言葉は……」
「あぁ、技術者たちの言葉です。他の人に技術を盗まれないように暗号化して会話するのです」
「普通に話すのではダメなのか」
「ダメねぇ」とミルキーが会話に割り込む。
タブレットを操作して、黒い画面を護衛に見せた。
そこには白い文字で記号と、アーリア国ではない言葉が書かれていた。
「これは暗号化された文章よ。この話をするから、どっちにしろ技術者の言葉を使うわ」
護衛は気まずそうな顔をして一歩、後ろに下がった。
『ナイス・アシスト』
機転のきいた言い訳をしたフロックに、ミルキーはウインクをした。
彼は穏やかに微笑んだ。
ミルキーはタブレット端末をいじりながら、さっそく本題に入った。
『サラさんが近くにきているわ。彼女は国王陛下さまに脅されて、国に戻らざるおえない状況に追いつめられているの』
フロックがひゅっと息を飲む。
『……脅されているとはどういうことですか?』
『ほら、エターナル・ループの記事がでていた新聞があるじゃない? あそこに戻ってこないと国民全員が死ぬって、ステキな脅し文句があったのよん』
軽い口調で言うと、フロックは顔色を悪くする。
『……なんのことだかよく分からないって顔をしているわね』
フロックは無言でうなずいた。
『それを調べるために、アタシが先にきたの。サラさんとセトは顔、割れちゃっているからねえ。ここはウルトラ可愛いアタシの出番ってわけよ!』
ミルキーは大口を開けて、がははと笑う。
『国民、全員を殺すなんて、神様でもあるまいし、そんな奇怪なことできるのかどうか怪しいけど、黒いポーションのこともあるしね。
得体の知れないものが、この国はありそうよね』
フロックは開いていた口を閉じて、神妙な顔をする。
『……ミルキーさまのおっしゃる通り、黒いポーションができてから、この国の根底が変わったように思います』
フロックはうつむき、口惜しそうに、アーリア国の現状を話した。
『聖女はサラさまではなく、アメリアさまだと言う者が増えてきました。黒いポーションは神の力で、民に無料で配る姿は聖女と呼ぶにふさわしい姿だと』
『へぇ、意外とまっとうな使い方しているのね』
『ですがっ……』
フロックは顔をあげて、膝の上で固く手を握りしめた。
『……私は妻の故郷を守ってくれたサラさまに、恩義を感じています。彼女が守ったから国は無事だったということを、忘れたくはありません。
……サラさまは本当にお戻りになるのですか?』
フロックの質問にミルキーはキョトンとする。
『彼女は戦う気よ。どうして?』
『……ミルキーさまたちの所にいるなら、その方がよいでしょう。戻ってこられても、この国はあの方を傷つけることしかしないでしょうから……』
『でも、戻ってこないと死んじゃうかもしれないのよ?』
『……それでも、サラさまが逃げられるのであれば……それに、サラさまがお逃げになったときに、私達の覚悟は決まっています』
フロックは妻を見た。
彼女は精霊語はわかっていないが、彼から感じるものがあるらしく、背筋を伸ばしてじっと彼を見た。
ミルキーは深く息を吐いた。
『あのね、フロック。あなたがサラさんを大事に思うように、アタシたちだってあなたたちが大事なの。だって、アタシたち仲間でしょ?』
フロックは驚いて、口を薄く開いた。
『仲間がピンチなのに助けないなんて、ありえないわよ。諦めて、助けられてね』
そう言うと、フロックは感極まったように表情をゆるませた。
『さて、グズグズしていたら国王陛下さまが何をするか分からないから、ちゃっちゃか行動に移すわよ。フロックにお願いしたいのは二つ。ひとつは大聖堂の案内よ』
サラにかけられた呪いは大聖堂にあるのではないかと目星をつけていた。
その場所になくても、サラが聖女の力を得たのは大聖堂だ。
鍵となる人物は、人前には出ないと言われている最高位神官。
その人に話をきければ、解決の糸口がつかめそうだ。
『それが終わったら、アタシを国王に紹介してくれない? 登城するときに一緒にいって、ルンルンを売り込むのよ』
ミルキーは円盤型のお掃除ロボットを鞄から取り出して、説明した。
ルンルンにはお掃除機能の他に、映像や音声を自動録音、保存したデータを転送する機能がある。
ねずみ型のロボットと同様、偵察ロボットであった。
『もし、怪しんで分解してもこの国の技術じゃさっぱりだろうし、中身がバレる心配はないわ。これで黒いポーションの秘密を探るつもりよ。こういう国って、だいたい城でやばいことしていそうだからねー』
豪快に笑い飛ばし、ミルキーは椅子から立ち上がる。
精霊語をやめて、アーリア国語で話しかけた。
「ふぅ。ちょっと熱くしゃべりすぎちゃったわ。少し休んでもいい?」
フロックはハッとした顔になり、同じように椅子から立ち上がる。
「大変、勉強になりました。上の客間にご案内します」
「ありがと」
扉の前にいた護衛をよこぎる。
「ご苦労様」
声をかけると護衛は、不審げに眉をよせた。
セトが使っていた部屋に案内された。
扉を開いて、ミルキーは中に入る。
部屋に一人になったが、護衛が後からついていたので、扉の前に立って聞き耳を立てているだろう。
──お仕事熱心ね。でも、監視カメラもないし、いくらでも誤魔化しようがあるわねえ。
にんまり笑いながら、窓を開く。
空を見上げると、白い鳥が飛んでいた。
ミルキーは首にかけていた笛をふく。
音は鳴らないが、反応して鳥はミルキーの元にやってきた。
腕を伸ばすと、鳥は羽ばたきながらそこに止まった。
これは精巧に作られた鳥型のロボット。
口から黒いポーションを瓶ごと飲ませた。
『……ノームとうさまのところに届けて頂戴』
鳥の羽をかけ分けて撫でるふりをして、パカッとボディの一部を開く。
カバーを開くと行き先を設定できるボタンがあった。
ここから一番近い地下鉄の駅は二キロ先の森にある。
そこでサラとセトが待機中だ。
スピードの設定を高速にして、ミルキーは鳥を放つ。
鳥はあっという間にいなくなった。
ミルキーは鞄からタブレット端末をだし、ノームとセトにメッセージを送る。
──黒いポーション、ゲットしたわよ♪ アタシの可愛さの勝利ね!
ぐふふとほくそ笑むと、すぐメッセージが返ってきた。ノームからだ。
──顔は大丈夫かい? ポーションを飲んでおきなさい。頼もしい娘を持てて、わしは誇らしいよ。
褒める言葉にミルキーは満面の笑顔になる。
不意にタブレット端末に通信のマークがでて、ミルキーはイヤリング型のイヤフォンの電源をいれる。
そして画面を指でタップした。
画面が表示され、サラとセトの顔が見えた。
サラは自分の顔を見ると、痛々しいものを見る目になる。
『──ミルキー、怪我は大丈夫か?』
『大丈夫よん!』
ミルキーのイヤリングには小型のカメラが仕込まれている。
映像と音声はセトたちや、ノームにリアルタイムで送られていた。
だから、彼らはミルキーに起こった出来事を全て把握していたのだ。
『これから大聖堂に行くわ。ばっちり調査してくるからね!』
明るく声をだすと、セトはいつになく真剣な眼差しをする。
『──あんま無理すんなよ。何かあったら、おれがすぐ行くから』
『あら、イッケメーン! 頼りにしているわよ、お兄さま』




