潜入①
第四章は、同時刻に様々なことがおきます。途中で時間を巻き戻して、別視点になります。はじまりはミルキーからです。
アーリア国シペト。
国境の門の前で、門兵は目を点にしていた。
「はい、通行証」
「あ、はい……」
目の前には自分の腰ぐらいの低身長の人物がいる。
身なりは職人風情だが、長い髭を三つ編みにしていてピンク色のリボンでまとめていた。
胸には金属の棒が下がったペンダント。
背丈よりも、はるかに大きな鞄を背負っているのも首を捻りたくなる。
シペトの検問所に勤めて日が浅い門兵は、今まで見たことのない人物を見て、不信感をつのらせていた。
「ちょっと、いくらアタシがすごくキュートだからって、じろじろ見るもんじゃないわよ。えっちね」
目の前の人はふがーっと鼻息をだして、文句をたれる。それにギョッとして門兵は、慌てて通行証を見る。
──ウーバー国 公認技師 ミルキー・プリプリティ
性別、女の文字に門兵は仰天する。
立派な髭といい、どう見ても老人にしか見えない。
通行証と本人を何度も見比べていると、同僚の門兵が声をかけてきた。
「どうした?」
「あ、いや、この方なんだけど……」
近づいた門兵の顔をみたミルキーは、「ま、好みの顔だわ」と、にんまり唇を持ち上げる。
それを見た門兵は悪寒が走った顔をした。
今にも服を剥ぎ取られそうな興奮した眼差しから目をそらして、ミルキーに荷物を置くように命ずる。
ドルトルが即位して以来、アーリア国への検問は厳しくなっている。
荷物を改めないと通れないのだ。
ミルキーは大きな荷物を地面につけて、荷をほどいた。
鞄の中を見た門兵二人は固まった。
そこには、精巧に作られた人の頭部があったのだ。
「これはウーバーでも最新の技術、アンドロイドの試作品よ。機械技師フロックに頼まれてね、今回持ち込んだの。アーリア国でも、王宮ではお掃除ロボットが使われているんでしょ?」
王宮に出入りしたことがない二人は、無言で顔を見合わせた。
「アタシ、こう見てもフロックのお師匠さんなのよ? 疑うなら本人に聞いてみてもいいわ」
ミルキーは他にも鞄をあさって、白い円盤を手にとる。
「こっちはお掃除ロボ、ルンルンよ。この子は自動で床をお掃除してくれるのよ。丸い円にしたのはあなたたちの国のエターナル・ループを模したものよ。新聞を読んで感動したの。次の千年は平和な世の中なんてステキね。アタシ、張り切って作っちゃったわ! ぜひ、使ってもらいたくて持ってきちゃったのよ。あとわねー」
次々と出される機械に、門兵の頭は自分達では処理できないと判断した。
上に報告して、フロックの家に連れていき身分の確認をせよと言われた。
「フロック様のところまでお連れします」
「うふふ。嬉しいわあ。あなたみたいないい男にエスコートしてくれるなんて、最高よ」
パチンとウインクしたミルキーに門兵は苦笑する。
ミルキーは、にんまりと笑って左手を差し出す。
門兵は首をひねった。
「あら、この国じゃ、レディをエスコートするとき、お手をひかないの?」
「いえ、それは……」
「じゃあ、やってね。お・ね・が・い」
戸惑った門兵は、そろそろと手をだす。
「もっと腰を落として! 転んじゃうでしょ!」
横柄な態度をされても彼女の言う通りに門兵は、腰を屈めた。
技師フロックは、今やドルトルが開く会議にもでているほどの地位がある。
その師匠と言われたら一兵である自分は従うしかないのだ。
「ありがとう」
門兵は彼女のじっとりとした視線に耐えきれず、足を早く進めようとした。
「あいたっ!」
ミルキーがつまずいて盛大に転ぶ。
顔面から大激突した。
慌てて門兵は、彼女に声をかけた。
「すみません!」
ゆらりと立ち上がったミルキーの顔は土で汚れていた。
丸い鼻は血が出ていて、見るからに痛そうだ。
門兵は、ひっとバケモノでも見た声をだす。
「ちょっと、痛いじゃない!」
「す、すみませんっ!!」
ミルキーがギャーギャー騒いでいると、何事かと民衆が集まってきた。
「ひどいわああっ! もうお嫁にいけないいっ!」
両手で顔をおさえ、わんわん泣き出すミルキーに門兵がオロオロする。
「すみませんっ すみませんっ」
「荷物まで散らばったじゃないっ」
ミルキーはプリプリ怒りながらも、こっそりネズミがたのロボットにスイッチをいれる。二体だ。
──城壁に秘密がないか探ってきてね。
二体のロボットは城壁の方へ動き出す。
右と左に分かれた。
あのネズミには映像記録、音声録画機能がある。
得た情報はノーム元に送られて、解析をしてもらう仕組みだった。
ミルキーたちは城壁が〝円の形〟であることを疑問に思っていた。
古来は魔法円という術式が使われ、膨大なエネルギーを円に溜める方法もあったという。
いわゆる魔術と呼ばれるものだ。
一国を滅ぼす力がある円陣など作れるのだろうかと思うが、偵察ロボットを放ち術式がないか調べることになった。
「あの……これを……」
門兵がおずおずと黒い液体が入った小瓶をさしだした。
──あら、彼が持っているなんてラッキー
ミルキーが心で笑い、不思議そうな顔をする。
「これは?」
「ポーションです。聖女アメリアさまがお作られた奇跡の回復薬です。傷を治しますから、どうぞ飲んでください」
「まあ! これが噂のポーションというものなのね! 優しい人。ありがと」
上機嫌で笑うと、門兵は顔をひきつらせながら恐縮する。
「あなたからの初めてのプレゼントだもの。後でゆっくり、じっくり、頂くわ」
ふがーっと鼻息をだしたミルキーに、門兵は顔を蒼白させる。
その後は、慎重すぎるぐらい慎重にフロックのところまでミルキーは送られた。
***
「ミルキー……さま……ですか?」
フロックの自宅を訪ねると、彼は家にいて出迎えてくれた。
当然だろう。
彼が自宅にいるのは事前に把握していたのだから。
鳥型のゴーレムを飛ばして、彼が自宅にいる時間を狙い、ミルキーはシペトの検問所に来たのだった。
玄関の扉を開いて、呆然とするフロックの背後に、なぜか護衛もいる。
服装の紋章を見ると、ドルトルが率いていた第一隊のものだとわかった。
彼は妻の義足を隠したがっていたので、王宮の者を家に上がらせたがるとは考えにくい。
──監視されているのかしら。ということは、フェアリーメイソンのこともバレたのかしら?
ミルキーは護衛を一瞥した後に、フロックに向き直り、にっこりと笑う。
「んもお、いやぁね。バケモノを見たような顔をして。あなたが呼んだんでしょ? 土産、たーっぷりもってきたわよ」
フロックは察した顔になり、穏やかな顔でミルキーと握手をした。
「遠いところをようこそ……お疲れでしょう。こちらで話を聞かせてください」
所在なさげにしていた門兵は、フロックにミルキーことを尋ねた。
フロックはミルキーの言ったことはすべて事実だと証言した。
「私が尊敬している方です。自国の発展の為にも、ミルキーさまのお力は必要です」
「もう、やだ! 褒め上手ね!」
がははと笑い、フロックの腰のあたりをミルキーは強めにたたく。
門兵は納得したようで帰っていった。
「お見送りありがとう。今度は夜に二人っきりで会いましょうねえ」
んぱっと、ミルキーが投げキッスをすると門兵は青ざめて走っていってしまった。
「あら、照れ屋さんなのね」
「……この国では女性から積極的にアプローチすることはありませんからね」
「あら、そう。女なんて一皮剥けばみーんなハンターなのにね」
ふがーっと鼻息をだしたミルキーにフロックは苦笑しつつ家を案内した。
廊下を並んで歩いている途中、ミルキーはさりげなくフロックに話しかけた。
「少しみないうちに、ずいぶん賑やかになっているじゃない? どうしたの?」
ミルキーが後ろを歩く護衛を見ながら言うと、フロックは笑顔を張り付けた。
「……陛下のご配慮です。忽然と消える──神隠しにあう事件がありましたので、陛下の会議に出る者は護衛が付くようになったのですよ」
「あら、ずいぶん偉くなったのね」
「はい。陛下は自動人形に理解のある方で、私にもっと広めるように言ってくれています」
「そうなの。よかったわね」
にこっと笑いながら、二人は視線で会話する。
フロックの目は少しも笑っていない。
危険を知らせる目だ。
どうやら本気で監視されているみたいだ。
不用意に精霊の会話するのは、まずいだろう。
──さて、どうするかしらねえ
困った状況を楽しんで、ミルキーはニヤリと笑った。




