◼️ 王太子の一手②
ヤルダーとミゲルがそろって登城すると、ドルトルは穏やかな笑顔で二人を迎えた。二人はそろって膝をつき、頭を垂れた。
「二人と会話するのも久しぶりだね。そうだ、ミゲル。孫が産まれたんだって? おめでとう」
にこりと笑ったドルトルに、ミゲルは顔を強ばらせ、深く頭をさげた。
「……お心遣い痛み入ります」
「そんな堅苦しくしないでよ。昔からの知り合いだろう?」
国境を守ってきた頃と変わらない親密な声がけにミゲルは戸惑った。
あの頃と比べたら、状況は一変したというのに。
彼は何を考えているのだろう。
考え込み、口を閉ざしていると、ドルトルは返事は期待していなかったのか、側近の者に目配せをした。
その者はフェニックスが描かれた短刀を二つ、聖杯に入れてもってきた。
将軍にしか渡されない宝刀である。
「ミゲル・キアー。貴殿を第五隊、将軍に任命する。
ヤルダー・バームダード。貴殿を第二隊、将軍に任命する」
本来ならば国王が任命するはずだったが、体調不良ということでドルトルが代理を務めて簡易的な任命式が行われた。
二人を任命した後、ドルトルはミゲルに声をかけた。
「どうも第五隊は、腑抜けな連中ばかりになっているらしくてね。君がしごいてやってよ」
ミゲルは「はっ」と短く返事をする。
うつむいたままのミゲルにドルトルは優美に微笑んだ。
「ここだけの話だけど、サラが大聖堂から姿を消した。どうやら手引きした者がいるらしいんだ」
ミゲルは背中を小さく震わせた。
それを横目で見ていたヤルダーは「馬鹿者め」と心の中で毒づく。
「……あぁ、知っていた?」
ドルトルの問いに、二人は沈黙を返す。
返答がないのを気にすることなく、ドルトルはミゲルに声をかけた。
「でもね。サラは戻ってくるよ。帰ってきたら出迎えてやってね」
その一言に、二人は戦慄した。
ミゲルは思わず顔をあげてしまったほどだ。
彼はこの世のものとは思えないほど、美しく微笑んでいた。
「……殿下はサラさまが戻ってくるとお考えなのですか……」
つい本音がこぼれ、ヤルダーが厳しい視線をミゲルに向ける。
ドルトルは笑顔を消さなかった。
「そうだよ。僕は君に言った誓いを忘れていない」
──サラを手にする為なら強くなるし、なんだってやってやる。
ミゲルは十四歳の彼を思いだし、目を真っ赤にさせて体を震わせた。
「ならばなぜ……なぜ、サラさまにあのような仕打ちを……っ」
「ミゲルっ」
ヤルダーが打ち消すように声を張った。
ミゲルはきつく目をつぶり頭を垂れる。
分からないことだらけだ。
一体、なぜ、こうなったのか。
「……言葉が過ぎました。申し訳ありません……」
「いいよ。君にそう思われても仕方ない。でも、僕はなに一つ変わっていないよ」
微笑するドルトルに、ミゲルはうつむいたまま何も言えずにいた。
「話は以上だ。下がって」
ドルトルの一言を合図に二人は深く礼をして、その場を退室した。
***
執務室に戻ったドルトルは足早に机に向かった。
不快に視界が歪んできて、眉根をよせる。
──ハイ・ポーションが切れてきたな……
サラがいなくなってから、まともに寝ていない。
新たに開発されたハイ・ポーションを飲んで日々を過ごしているが仕事が多すぎる。
病に倒れた王の代理、議会のまとめ役、軍の立て直し。
特に軍の立て直しは急務だ。
聖女に頼りきっていた軍は中身が腐っている部隊が多い。
まともなのは第一、第二隊ぐらいだ。
聖女サラはいなくなった。
これからは、彼女を必要としない軍を作る。
信念がドルトルを突き動かしていたが、体がついてこなかった。
胃痛がして脂汗がひたいに滲みでた。
机の上に手をつき、引き出しの二段目を乱暴に開く。
勢いよく開いたせいで、中身が端に寄り、二つあった小瓶が音を立ててぶつかり合う。
割れそうな音を立てたが、中身は無事だ。黒い液体の入った小瓶を手にとる。
「っ……」
胃痛がひどくなり、体が支えられなくなった。
体勢がぐらつき、瓶を持ったままドルトルは床に膝をついた。
すっと影が近づき、ドルトルの体を労るように支える。
黒いフードを被った黒髪の男を見ずに、ドルトルは声をだした。
「瓶を開けて……」
影はみじろいだ。
「殿下……ハイ・ポーションは十二時間経たなければ飲めないとアメリアさまが……」
「いいからっ!」
言葉を遮り、語気を強める。
こんなところで立ち止まっている暇はない。
──早く早く。サラを迎える鳥籠を完成させないと。サラが戻ってこれないじゃないか。
影は渋々と小瓶の口を開いて、ドルトルに手渡した。
乱暴に奪い、一気に煽る。
くらくらとした高揚感に包まれ、瞬時に回復する。
体が軽くなったドルトルは、小瓶を丁寧に机の隅に置いた。
引き出しを元に戻し、一息つく。
影はすっと、またいなくなった。
力がみなぎったドルトルは床に散らばった書類を一枚、手にとった。
──コンコン
ドアがノックされて、付近にいた近衛兵が扉を開き、外に向かう。
彼はすぐに戻ってきて、足早にドルトルに近づいた。
顔つきは神妙だった。
「殿下……陛下の容態が急変したとのことです。すぐに部屋へ……」
ドルトルの碧眼が興奮で見開かれる。
──やっとか。
思わず持ちあがりそうになった口元を結んで、「すぐ行く」と短く返事をした。
***
公爵たちが亡くなった後、国王は日に日に体調を崩していった。
四十歳手前。
王族の平均寿命に近い年齢である。
この国の王族は、国民よりも短命であった。
ドルトルと国王との間に、親子の情はなかった。
王はドルトルが産まれたときから玉座に座る蝋人形のようで、いつもどこか遠くを見ていた。
笑うところ一つ見たことがない。
親子と呼ぶには、彼はあまりに他人だった。
そんな人が、目の前で静かに息を引き取ろうとしていた。
最後に交わした言葉を思い出す。
彼が倒れる前だ。
新薬のハイ・ポーションを試してもらうために、気さくな笑みを浮かべて彼の部屋に訪れた。
「父上にも効果を試してほしいと思いまして」
そう言って黒い黒い薬を手渡す。
彼はそれをじっと見た後に、静かにドルトルに問いかけた。
「……お前は余の息子に産まれたことを後悔しているか?」
意味がわからずわずかに動揺した。
笑顔を張り付けて答えを口にする。
「いいえ。父上の息子に産まれないと、サラには出会えませんから」
そうかと彼は静かに呟いた。
彼は一気に黒い黒い薬を煽る。
その様子を、ドルトルは光のない瞳で見ていた。
「……ハイ・ポーションか……よい味だ。毎日、飲むことにしよう」
国王の言葉にドルトルは唇の端を持ち上げた。
「えぇ……ぜひ……おすすめは毎食後です」
「……わかった」
ドルトルは退室して、アメリアにハイ・ポーションを作るように命じた。
良薬は過剰に摂取すれば毒となる。
ハイ・ポーションは回復効果は高いが、副作用もあった。
十二時間あけて服用しないと、胃に穴をあけ、内臓を溶かすのだ。
毎食──三度の食後に飲むのは適さないものだった。
崩御の瞬間を静かに見届けたドルトルは、その一歩を力強く踏み出した。
──仕上げといこう。
国を囲う永遠の鳥かご──エターナル・ループの完成。そして、即位。
即位式典では、多くの国民が新王の顔を見ようと詰めかけた。
そして帝国との講和条約。
王太子となったバルハッツと出会ったドルトルは柔和な笑顔だった。
「貴殿が王となる日を待っていたが、早かったな……」
バルハッツは黒い目を鋭くしてこちらを見てきたが、ドントルは控えめに「病です」と答えた。
バルハッツはさほど興味がなかったようで、事務的に講和を結んだ。
大陸統一を目論む彼にとって、小国アーリアは道端に転がる石ころと同じだ。
邪魔だから、摘まんでどかしただけ。
中身には興味がない。
無駄に兵を使わず、講和できるのであれば、それに越したことはなかった。
間者を通じてドルトルと内通したのも、王や貴族よりは話が通じそうな男と見込んだことだった。
二人の間には、和平交渉をするという目的意外、何もない。
外からみると、この講和はアーリア国が帝国の従国となった、とみられていた。
和平交渉をすませ、ドルドルは新聞を通じて、サラへメッセージを送った。
彼女が彼女のままであるならば、必ず戻ってくる。
それは確信に近かった。
新聞を広げて、目を細める。
「……サラ。僕が君の大事な人を全員、殺す前に帰っておいで」
そう言ったドルトルの影が歪にゆらめく。影は、壮年の男性の形となった。
第三章はおしまいです。
第四章の舞台はサラの母国、アーリアになります。
次は今までのまとめ回として、登場人物一覧を挟みます。物語を進ませるために端おった設定を付け加えます。
一部のキャラには、筆者によるラフ絵がつきますので姿の参考になればと思っています。
設定が爆走する話をここまでお読みくださいまして、ありがとうございます!




