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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第四章 精霊の住む都市
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◼️ 王太子の一手①

三話更新しています。続きはまた明日、更新します。

 アーリア国の貴族は混乱の中にいた。


 貴族をまとめあげていたバルドス公爵とサティナー公爵、さらには軍の最高司令官であったクルトンの三人が死亡。

 バルドスに媚びへつらっていれば甘い汁をすすれた貴族はこれからの身の振り方をこそこそ話し合っていた。


 バルドスに代わって違う貴族が議長をつとめ、サラを逃がしたことは国王の責任であると追求したが、彼は忽然と姿を消してしまった。


 貴族会議の出席者は残り一人。

 彼は及び腰になり、貴族会議を解散した。

 王の命によりドルトルを中心に新たなる議会が開かれることとなった。


 ドルトルは若い文官や武官を採用した。

 その中に自動人形(オートマタ)を開発したフロックも呼ばれた。


 ただの技術者である自分を重用する理由が分からず、フロックは警戒心を強めた。

 自分の背景にあるフェアリーメイソン、ひいてはセトや精霊の存在をドルトルは知っているのではないかと恐れた。


 はじめて登城した日、ドルトルはフロックを歓迎した。


「君の技術は目を見張るものがある。これからは存分に力を発揮してほしい」

「身に余る光栄でございます……」

「前にいたバルドス公爵は自動人形(オートマタ)を気持ち悪がっていたらしいけど、僕はそんなことは思わないよ。便利な機械は広く知れた方がいいからね」


 穏やかな笑顔で、夢みたいなことを言うドルトル。

 心の底から今の状況を喜べず、フロックは無言で頭を下げるしかできなかった。



 ドルトルは議長を務めると同時に、軍の最高司令官に就任。


 事実上、ドルトルの独裁勢力が完成した。


 しかし、いまだに国民へはサラの逃亡は知らされておらず、有力貴族の相次ぐ死亡は神がお怒りなのではという不安感が広まった。


 それを押さえるためにドルトルは、アメリアのポーションを薬を買えない貧民へ無料で配る施策を行った。


 ポーションの効果をはかるためのデータ取りではあったが、瞬間的な回復をするポーションは奇跡の力と呼ばれた。


 アメリアが自ら民に配ったことも効果的で、彼女を聖母として崇める人が出てきた。


 戦わない聖女──アメリアさまは、民にお優しく慈悲深い方だと広くしれわたるようになった。


 今までアメリアを無能な役立たずとバカにしていた貴族たちは、手のひらを返したように彼女にすり寄った。


「アメリアさまのポーションはほんとうに素晴らしいですわ」

「アメリアさまこそ、真の聖女さまですわ!」


 サラを貶めるような発言をしたものは、忽然と姿を消して、純粋な称賛をしたものは残された。

 アメリアは常にほほえんで、彼女たちを受け入れた。


 黒いポーションの力を持って、アーリア国は支配されつつあった。


 しかし、軍内部はいまだに混乱していた。特にサラが率いていた第二隊にいたヤルダーとミゲルはこの事態に不満をつのらせていた。


 ヤルダーはサラが将軍に付いたときから副官をしており、ミゲルはサラの指導者だ。元は辺境の将軍であった彼はサラが将軍の座についたときに、その座を退き一兵士として彼女を支えてきた。

 前衛をサラがいき、中央をミゲル、後方をヤルダーが固めることで第二隊は統率がとれていた。

 この八年、共に戦ってきた二人はサラとドルトルの間柄もよく知っている。

 二人の婚姻を誰よりも信じ、見守り続けてきた壮年の男たちは、変わる国の状況に顔をしかめた。



 第二隊駐屯、アントラにてポーションを称えた新聞を見ていたミゲルは、紙面を力任せに引っ張った。真ん中から裂ける紙面を丸めてぐしゃぐしゃにしてしまう。


「何が戦わない聖女さまだ! 聖女はサラさま以外におらんだろう!」


 短絡的な彼の言葉に、ヤルダーは淡々と声をかける。


「落ち着け。王太子妃殿下に対して不敬だぞ」

「わしはサラさま以外を王太子妃とは呼ばんぞ!」

「ミゲル!」


 ヤルダーがカッとなり、肩を掴む。

 ミゲルはそれを乱暴に振り払った。


「わしはこんなものを見たくて、サラさまを指導したわけでも、今まで戦ってきたわけでもない!」


 ミゲルは叫んで、そばにあった椅子に座り、額を手でおさえる。

 悔しさで彼の目は真っ赤だった。


「サラさまは……本当にこのジジイの指導に耐えられた……人を殴るのが怖いという姫様をおさえつけて、わしはあの方に武術を教えたのだ……!」


 やりきれずに空いていた手で拳を作り、何度も椅子の肘掛けを殴り付ける。


「殿下もそうだ! わしはこの傷を受けた日のことを忘れておらん!」


 それは、九年前に起きた剣闘大会の出来事だ。


 十四歳だったドルトルは、ミゲルに勝てるほどの腕前はなかった。

 ミゲルはサラを諦めさせるように上層部からしつこく言われていた。

 試合中は何度も彼の剣を跳じきとばし、彼を地面に叩きつけた。


 それでも、ドルトルは立ち上がってきたのだ。

 青の双璧には、底知れぬ執念が見えた。


 ミゲルは彼と対峙して考えを変えた。聖女は婚姻できないのが慣例。それを壊そうと向かってくる非力な少年に心を動かされた。


「うあああぁあ!」


 気力を振り絞って向かう彼の剣を受けた。

 ドルトルのやみくもな一太刀はミゲルの左目を傷つけるものとなった。

 あれ以来、左目は暗闇に閉ざされている。


 ミゲルは目から血を流しながらも、静かにドルトルに言った。


 ──サラさまと婚姻を結ぶにはいばらの道を進むようなもの。私との戦いは一枚の壁に過ぎません。それでも進まれるのですか。


 彼は答えた。


 ──僕はサラを手にする為なら強くなるし、なんだってやってやる。


 彼の誓いを真実と受け止め、ミゲルは静かに二人を見守ったのだった。



 何度目かの鈍い音を立てた後、ヤルダーがミゲルの腕を掴んだ。


「……血がでている。もう、やめておけ」


 情けは無用とミゲルはその手を振り払う。

 ヤルダーは深く息を吐いた後、彼に告げていない事実を話し出す。


「……第五隊にいた兵士に聞いた話だが、サラさまは国外逃亡を謀られたらしい」


 ミゲルが右目を見開き、椅子から勢いよく立ち上がる。弾みで椅子が座面からひっくり返った。


「それは誠か……」

「俺も信じられないが……聖女の力を使って、国を脱出されたらしい……」


 ミゲルは言葉を失いうなだれた。

 地面に座り込んで背中を丸めるミゲル。

 ヤルダーも胸中は同じだった。


「……得体の知れない男に連れ去られたという話もあるが、サラさま自らの意思で出られたのではないかという話だ。サラさまは聖女の力を使ってゴーレムを破壊したらしい……」

「あの木偶人形たちをか……」


 ドルトルの指示によりアントラにもゴーレムが配置された。

 ミゲルは「いつから兵士は魔術師になったんだ!」と怒り心頭で、ゴーレムを毛嫌いしている。


「……サラさまは全てが嫌になったのだろうな。無理もない。殿下が王太子妃を別に選ばれるなど、わしは想像もしておらんかった」


 ヤルダーもそれは同じだった。

 慣例を曲げての婚姻をあの二人ならばやるだろうと思っていた。


「サラさまはもう戻ってこないじゃろうな……その方があの方の為によいかもしれん……」


 ヤルダーはミゲルの言葉に同意できなかった。

 ヤルダーから見た限りドルトルの執念は時々、恐ろしいものがあった。

 一見すると、アメリアに心を奪われ、今までの婚約者を捨てたと見えるが、あの人がそんなことをするだろうか。

 懐にしまったドルトルからの手紙がそれを物語っているように感じた。

 ヤルダーは手紙を取り出して、ミゲルに見せる。

 ミゲルは年相応の疲れた顔をあげた。


「……ミゲル。殿下から至急、王城にくるように通達があった」


 ミゲルは手紙を受けとる。

 そこには、くるようにしか書かれていなかった。

 ミゲルは皮肉まじりの笑みをもらす。


「こんな老体を掴まえて、殿下は何をなさりたいというんじゃろうな……」


 重い体を持ち上げる。

 ヤルダーは自分の推察を口にした。


「第五隊の連中に聞いたが、ユノボス将軍が拘束されたらしい。お前にその穴を埋めてほしいんじゃないか」

「は? なぜ……?」


 あまり好きではない男の名前がでて、憮然としたまま答える。


「詳細は不明だが、殿下の勅命だ。……彼は神の裁きにかけられるそうだ」


 ミゲルが目を見開く。


「バカな! 将軍だった者が神の裁きにかけられるなど……!」


 ミゲルからしたらあり得ない話だった。

 生きたまま焼かれる神の裁きは、重罪人がされる刑だ。


 神の裁きの本当の恐ろしさは、刑の残忍性ではなく、その刑を受けた者をだした一族は社会的に殺されることだ。

 犯罪者の身内というだけで、誰もが関わりたがらない。

 雇う人もおらず、食べ物を売る者もいない。

 無視と、噂話という悪意にさらされて、野垂れ死にしかできないのだ。

 国を出る者も何人かいたというが、それは噂話でしかない。


「ユノボスは頭の軽い者だが、そこまでする必要はあったのか。あやつには家族もいただろう」

「あぁ、俺もそう思う。だが、分かるのは殿下は容赦がないということだ。不興をかえば、明日は俺たちが同じ末路になる」


 ミゲルが神妙な顔をする。


「……孫が産まれたばかりなんだろ?」


 ヤルダーの言葉にミゲルは項垂れた。


「女の子じゃった……七人目だ……」

「そうか。可愛いな……」

「……お前のところの息子はウーバーに行ったっきりか?」


 ヤルダーは肩をすくめる。


「機械を学ぶなら、母国の土を踏むなと言ってある。妻とは手紙のやりとりをしているようだが、見たことはない」

「はんっ。頑固者め」

「お前に言われたくはない。お前んとこの息子は全員、兵士だろ?」

「ふん。かあさんの苦労を知っておろうに。わしの反対を押しきりおって……どいつもこいつも頭が固い」

「父親に似たんだな。……俺も殿下に呼ばれている。すぐに準備していくぞ」


 二人の老兵は重い足取りを進める。


「思うことはあるが、俺たちは俺たちのできることをするまでだ」


 ヤルダーがミゲルの肩をたたく。

 ミゲルはその手を振り払わず、顔をあげた。

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