メッセージ②
「私も爪が出たのは初めてだ」
「は?」
力を抑えると、爪はなくなり、元の赤い鱗の手になる。
聖女の力の残量をみると、かなり消耗されていた。
「初めてしたが、力を使いすぎるな……」
「ちょっと待て。いちから説明してくれ」
試合はおしまいとなり、サラは聖女の力には、制限があることをセトに話した。
新技の爪は強力だが、かなり力を使ってしまうことも。
セトはサラの話を聞いて、彼女の体にあった【呪い】のことを思いだし、しくじったとばかりに頭をかいた。
「出会ったときに、サラを全裸にしただろ? その時に黒いほくろみたいなのが体中にあったんだ。配置からして呪いの一種だと思うけど……言うの忘れてた。ごめん」
一瞬、全裸の言葉に羞恥が込み上げたが、腹にちからをこめてやり過ごした。
今は恥ずかしがっている場合ではない。
「呪い……? それが力を制限しているということか? なにかされた覚えはないが……」
サラは顎に手をついて思案した。
聖女の力は賢者の石を使った作為的なものだ。
教会で信託を受けた三日間、サラは高熱をだして寝込んでいて、記憶があいまいだ。
その間に体に何かされていたとしても、覚えてはいないだろう。
サラは嫌悪で眉根をひそませながら、セトに聖女ができた経緯を話した。
「胸くそ悪い話だな……」と、吐き捨てるように言ってから、セトはノームに調べてもらおうと、提案した。
「ノームじいさんなら、呪いを解く方法が分かるかもしれねえ」
セトはサラの手を掴むと、力強く引っ張った。
指先から彼の苛立ちを感じる。
自分のことで、自分以上に怒ってくれてい
るのが、サラの心を平静にした。
自分の体を誰かが縛っているのには、嫌悪感はあるが、必要以上に取り乱さないのは、彼のおかげである。
彼と居れば、なんとかなるだろう。
繋がれた手を握り返して、サラはノームの元へ歩いていった。
話を聞いたノームは、さっそくサラの体をスキャンして分析をしようと準備を始めた。
試合を見ていたミルキーも何事と、すっとんできて、事情を聞いた。
簡素なワンピース姿となったサラは、カプセル型のベッドに寝かせられた。
「透明の扉が閉まるが、空気はでているし、窒息はせん。安心してリラックスしなさい」
ノームに声をかけられ、サラはうなずいた。
一呼吸おいて、ベッドの上部がしまる。閉じ込められて緊張したが、セトが顔を覗き込んできた。
──大丈夫か?
薄い壁分、声が遠い。
だけど、セトの顔を見ていたら体の強ばりがゆるんだ。
「平気だ」
ほほえむと、セトは安心したように笑顔になった。
──ピッ
電子音が聞こえ、サラの足先から頭まで白い光が通りすぎていく。
それを何度か繰り返して、スキャンは終わった。
透明の扉が開くと、セトが顔を覗き込んできた。
「お疲れ様」
手を伸ばされ、自然につかむ。
背中に手を添えられたので、すっと起きれた。
「大丈夫か?」
心配そうな顔をされて、笑みがこぼれた。
「大丈夫だ。何ともない」
「そっか」
ほっとした顔に、こっちまでほっとする。セトに手を預けて、床に降りた。
前を向くと、パソコン画面に自分の輪郭がうつっていた。
白い線で描かれて、体に七つの点が映る。
リトル・シーに乗ったノームは黒い画面を見て、うなっていた。
ウンディーネも横に飛んでいる。
「これって、帝国の呪詛を模しているの?」
「そうじゃのお……黒子に見えるが模様があるわい」
拡大すると奇怪な文様があった。
帝国の言葉にサラが動揺する。
「帝国が、聖女に呪いをかけているのか?」
敵として戦ってきた帝国が?
一体、どうやって。
しかも、なぜそれを自国の神官がやるのか。
呪いをかけたのは神官ではないのか。
サラの疑問に答えるように解析は進んだ。
聖女の伝承を可能な限り集めたが、残されているのは武勇伝ばかりだ。
ただ、先代の聖女から、サラの聖女になるまでの期間が、不自然なほどに開きすぎていた。
「私の前の聖女で、何かあったということだろうか」
考えても、これ以上は探りようがなかった。
そもそもアーリア国自体が小国ゆえか、情報が少ない。
唯一わかったのは、呪詛は対象者の一部を取り込んだ依り代があるということだ。
それを破壊しない限り、呪いは解除されない。
「おれがアーリア国に行くよ」
セトが呟くように言う。
彼の瞳からは、感情が消えかかっていた。
「サラに変なことをした奴らを締め上げてくればいいんだろ。任せておけ」
セトは今も尚、サラを苦しめている国が嫌でたまらなく、いっそのこと単独で乗り込んでいいとさえ思っていた。
「サラは待っててくれよな。すぐ終わらせる。なんなら、あの王子も殺してくるから」
平然と言いきるセトに、その場にいた全員が息を飲んだ。
「何言ってるのよ! 兄さまは人殺しはしないって……! 殺戮兵器みたいにならないって、言ってたじゃない!」
ミルキーが声を張るが、セトの眼差しは冷たいままだ。
「サラを苦しませている奴なんだ。消去してもいいだろ」
感情のない声に、ミルキーは絶句した。
サラへの恋心を毎日、毎日、消去してきた結果、セトは自分でも気づかないうちに、心を機械化していった。
殺戮兵器に近づいたセトは、ウンディーネたちへ言った〝人を殺さない〟という誓いすら破ろうとしていた。
静寂に包まれ、それを破ったのはサラだった。
「セト。そんなことしないでくれ」
サラはセトの頬に手を挟み、自分にぐっと引き寄せた。
セトは瞳を丸くした。
「お前はセトだ。兵器ではないだろ? 人殺しをしないという信念を曲げないでくれ」
きっと、セトは単独でいって、すべてを解決するかもしれない。
それほどの力がある。
でも、それでは嫌だ。
「私たちはパーティだろ。どこに行くときも一緒だ。私を置いていかないでくれ」
切なく微笑むと、セトは苦しそうに眉根をひそめた。
「だって、サラはひどい目に合ったじゃねえか! そんな場所に行かせらんねーよ!」
ライデンで穏やかな暮らしをしていたのに、また彼女が辛い目に合うのが嫌だった。
だが、サラはセトの思いに答えられない。
自分にも信念があるのだ。
「お前は私が弱いと思っているのか」
「そんなこと、ないけどっ……」
「なら、信じてくれ。私はセトがいれば無敵だ」
すっとサラの表情が変わる。
「敵を殺すのは私の役目だ。私は聖女だったからな」
味方には慈悲を。敵は容赦なく薙ぎ倒す。
それはサラが聖女としてやってきたことだ。
彼に人殺しはさせない。
黙ってしまったセトに優しく微笑みかける。
「今のところ、呪いがあるからと言って不都合はない。よく考えよう」
あの国に戻って真実を暴くことが大事なのか。
それよりも、ライデンでの皆の暮らしが大切に思えてしまう。
セトは苦しそうだったが、納得してうなずいてくれた。
一時、棚上げとなったサラの呪いの問題だったが、新聞に書かれたメッセージによって事態は急変した。
アーリア国の内情を知るために、ウーバーで発行された新聞を取り寄せて、サラたちは目を通していた。
最新の紙面では、アーリア国王が崩御し、ドルトルが即位したことがトップニュースに書かれてあった。
帝国との停戦条約の締結も書かれており、ちょうど建国千年を迎えるアーリア国で、国を囲う城壁の完成が伝えられていた。
──次の千年は戦争のない平和な国へ。エターナル・ループの完成。
ドルトルの即位式典と共に行われた千年記念祭は盛大だったと記事に書かれていた。
サラは眉根をよせながら、紙面を読んでいたが、最後の一文で目を見張った。
──サラ、戻っておいで。帰らないと、国民全員が死ぬよ。僕は神の力を得た。戻ってこないと【最後の審判】を発動させる。
王族と錬金術師しか知らない【古代語】で書かれたメッセージ。
記事を読んだ瞬間、ぐしゃっと、新聞に皺が入る。
怒りなのか恐怖なのか分からないものが駆け巡り、サラの全身が小刻みに震えた。
「サラ……どうした……?」
隣でサラと共に新聞を読んでいたセトが顔を覗き込む。
サラは瞳を潤ませて、口を開いた。
「セトっ……」
言葉につまって、彼の体によりかかった。
セトは瞠目し、強く抱きしめてくれる。
「どうした? 何があった!」
サラは恐怖をふりきり、浅く呼吸を繰り返す。
大丈夫だ。大丈夫なはずだ。
彼がいれば、怖いことはきっと起こらない。
サラは気持ちを落ち着かせて、メッセージについて話し出した。
すぐさまアーリア国に乗り込もうとするセトをなだめて、ノームたちを集めて話し合いが行われた。
サラが引っ掛かっているのは、【最後の審判】の言葉だ。
ロスター教の終末論に出てくる最後の審判は、【救世主】が光りの輪を作ることから始まる。
光の輪の中に入ったものは、善も悪も魂が熔解し、炎をまとう。
三日間、焼かれた魂は浄化され、天界へ昇り、永遠の命を得るというものだ。
呪いや、黒いポーションを見る限り、ドルトルが得体の知れない力を持っていることは確か。
それに完成した砦の名称、エターナル・ループ(永遠の輪)ということも、サラの知る神話に似かよっている。
あの砦が【最後の審判】を発動させるものだとしたら──
サラはドルトルが言っていたことを呟くよう皆に伝えた。
「あの方は、砦の完成は悲願だと言っていた……もし、国民を殺す道具に使う目的だったのなら、私は愚かだっ……」
血を流すものが減ると思っていた。
強い城壁は、サラが国境で戦い守り抜いた証であった。
真の目的も知らずに、純粋に彼の言葉を信じていた自分が嫌になる。
再び尊厳を踏みにじられ、サラは悔しくてたまらなかった。
「サラ! 大丈夫だ! おれが何とかする!」
「そうよ!サラさん!」
セトが声をあげ、ウンディーネも頭を抱きしめてくれる。
「あの野郎っ……ぜってえ、許さねえ……」
セトが暗い声をだしたとき、ノームがおもちゃの腕を万歳させた。
「三人とも落ち着くんじゃ」
「そうよ。まだ不可解なことが多いわ。突っ走りは危険よ」
ミルキーも冷静に声をだす。
「このメッセージ、変よ。最後の審判をさせるって言っているけど、それはいつなの? どうやって、サラさんがこのメッセージを見たって分かるのよ?」
ミルキーはふがーっと鼻息を出した。
「アーリア国を調べてみたけど、どうもサラさんを探している雰囲気がないのよねえ」
「雰囲気が……?」
「そうよ。戻ってきてほしいなら、血眼になって探してもいいじゃない? もし、サラさんに苦痛を与えたいなら、とっとと最後の審判とやらを発動させて、国を滅ぼしちゃえばいいのよ。サラさんは優しいから、きっと死ぬほど苦痛だと思うの。それをやらないのは、なぜかしら?」
ミルキーの推測は一理あるものだった。
「静観しているのが不気味だけど、今すぐ帰らないといけないって話じゃないと思うのよね。作戦を練って乗り込みましょう。心配いらないわ。アタシたちは、サラさんの味方よ」
その一言に、サラは救われる思いだった。
暗く沈みかけていた心が持ち上がる。
一人でドルトルと戦わなくてよい。
仲間がいるんだ。
「ありがとう、ミルキー」
サラは目頭にたまった涙をぬぐった。
ドルトルの計画の全貌を暴き、そして阻止するために、サラたちは動き出したのだった。




