秘密②
本日、二話、更新しています。
ちょっと長めの話です。
ミルキーのオススメの露店で売っていたものは、牛やヤギや豚などの肉類を一口サイズで串にうち、岩塩をふりかけたものだった。
店のそばには、もうもうと煙が立っていて、香ばしい匂いがたちこめている。
サラは匂いだけで串焼きが気に入ったらしく、目を爛々と輝かせた。
食べたくてしかたないのか、肩がそわそわと揺れている。
セトにとっては美味しそうな匂い、という感覚はよく分からないものだ。
ただ、彼女がじっと熱心に見つめているので、これが旨そうな匂いなのだろうと思っていた。
「どれを食うんだ?」
焼いている串を指差して尋ねると、サラは困ったように眉根をさげた。
「どれも美味しそうだ……迷う……」
口を尖らせて考え込むしぐさをされて、ちょっとどころか、かなり可愛い。
「なら、全部、食べればいーじゃん」
「食べきれるか?」
「おれも食うよ」
何気なく言ったら、サラは嬉しそうに破顔した。
「そうだな。一緒に分けあおう」
店主に声をかけて、全種類を包んでもらった。
大きな葉にくるまれた串焼きを受けとると、店主に精霊語で声をかける。
『ありがとう。なんか仕事ある? あるなら、言ってくれ』
『おお。そうじゃのお。畑で【マンドレイク】をとってきてくれないか? そろそろ薬が切れそうなんだ』
『わかった。薬も調合しようか?』
『おお。それなら助かるわ』
店主のドワーフはにこやかにセトに話しかけた後、顔を近づけて、声をひそませた。
『サラマンダーさまは、べっぴんじゃのお』
店主の言葉にセトは驚かなかった。
ライデンにすんでいる精霊たちは、仲間意識が強く、一度、懐にいれた者はかいがいしく接する。
ノームが気をきかせて、サラがくることをドワーフたちに通達したのだろう。
それに、彼女が美人なのはセトも同意する話である。
『だろ? じゃあ、仕事は明日にでもするな』
『待っておる』
店主と会話した後、呆然としたサラに声をかけた。
「ほら」
サラに葉っぱを差し出す。
「食べながら、おれの家に行くか? もう夕暮れだしな」
気づけば太陽は落ちかけている。
辺りは空と同じ緋色に染まっていた。
「そうだな……」
「また明日、ライデンを案内するよ」
そう声をかけて、彼女と共に歩きだした。
豚の串を差し出すと、サラは生唾を飲んでから、それを受け取った。
口を大きく開けて、一気にかぶりつく。
彼女の目が歓喜できらめいた。
美味しいのだろう。
目を細めて見ていると、肉を飲み干したサラが、串をセトに向ける。
「旨い! セトも食べろ!」
興奮して命令口調になったサラに、喉をくつくつ震わせる。
口をひらいて、肉を食む。
味はウーバーで食べたときより、薄くさっぱりしている。
その代わりに口いっぱいに、豚肉の脂の甘さが広がる。
柔らかく、とろっとした食感。
──これが旨いって味。
忘れないように舌がデータを巻き取り、脳内に記憶させる。
肉を噛み砕いて、さらに細かいデータを取る。
噛んだら人工の胃に流し込むのだが、セトの消化器官は人間のそれに似ていて、ちょっと違う。
胃の中は、錬金術でいうと坩堝みたいなものだ。
肉は、元素【プリマ・マテリラ】に還元されて、セトの皮膚を維持するエネルギーに変換される。
なので、セトには排泄器官はない。
「うん。旨いな」
サラに合わせて言うと、彼女は嬉しそうに笑う。
正直言えば、味の旨さは、まだよくわからない。
でも、彼女が笑うこの時間は好きだ。
同じものを誰かと食べる楽しさは、存分に味わっていた。
串を食べ終わると、サラは店主のやり取りについて質問してきた。
買い物をしたのに、お金は払わなくてよいのか?というものだった。
「あぁ、この町に紙幣は流通してねえな」
精霊たちの行動原理は、〝誰かの為に自分のできることをする〟である。
利益を求めない。
皆が自分の得意なことをして、不得意なものは誰かに任せているのだ。
「さっきのドワーフは料理が得意だから、店を出してふるまっている。で、おれができることはあるか?って聞いたら、マンドレイクを取ってほしいってさ」
マンドレイクは霊薬になる貴重な植物であるが、引き抜くときにこの世のものとは思えない悲鳴をあげる。
引き抜いたドワーフは失神してしまうのだ。
マンドレイクは成長すると、土の中からよいしょっと出てきて、気まぐれに散歩して、また土の中に潜る。
その時が、収穫の狙い目だが、たいへんすばしっこい。
そのため、収穫はセトの出番になっていた。
「おれなら、悲鳴を聞いても失神しないし、マンドレイクのスピードについていける。毒性も強い植物だから、錬金術で薬も作れるしってやれるしな」
きししっと笑って説明すると、サラは微笑んだ。
「助け合って暮らしているんだな。それが当たり前にできているのが、いいな」
彼女は一言呟くと、落ちる太陽を見た。
眩しそうに目を細めるが、太陽そのものを見ていない気がする。
「ライデンはいい町だな。暮らしやすそうだ……」
サラは苦笑を交えながら、自国で感じていたことを話した。
女でありながら、戦闘力に長けていることで、必要以上に恐れられたし、必要以上に崇められた。
聖女の能力を見れば、人が畏怖の念を抱くのはしかたないが、孤独は感じていた。
第二隊は気持ちのよい兵士も多かったが、王都ではそうではなかった。
偏見の目で見られ、肩身が狭かった。
だから、ライデンの精霊たちの生きかたは、サラにとっては理想といえた。
「ライデンの風が心地よく感じるのは、精霊たちの生き方が肌に合うからかもな」
サラの笑顔にセトの心の一部が呼応する。
フラスコで丸くなったときに感じていた孤独が、彼女の孤独に共鳴する。
一緒だとは思わないが、さみしい気持ちはわかるのだ。
「それなら、ますますライデンにいりゃあいい。明日は、仕事にいくから、一緒に行こう」
声をかけると、サラは夕焼けに負けない笑顔を見せてくれた。
セトの家は巨木の下にあり、広さのある家だった。
錬金術に必要な機材が所狭しとおかれ、家というよりは研究室という雰囲気だ。
眠る必要のないセトとウンディーネの住む家は、寝室がなかったのだが、家は増築されていた。
サラが寝泊まりできそうな部屋がすでに作られていた。
──ノームじいさんたちがやったのかな。後で礼を言わないとな。
家の裏手には、湖がある。
巨木の根本に繋がっている湖の水は、底が見えるほど透明だ。
サラは夜になるとそこで体を清めた。
寝る前には、母国の神へ祈りを捧げる。
儀式が一通り終わると、セトとサラは寝るのを惜しんで増築された部屋で話し込んだ。
用意されていたベッド上に座って、初めて会ったときのように話した。
あの時と違うのは、二人が並んでいたことだろう。
時折、繋がれる手は二人の距離が縮まったあかしだった。
セトは自分の怖いものの話をした。
ロボットであることを人間に悪魔だと言われ、傷ついた話をした。
「おれの体はロボットだし、本体はホムンクルスだしな。やっぱ、異様だろ? だから、対人間用の兵器だって、サラが知ったら、怖がるんじゃないかって思っていた」
セトは掠れた声で話した。
弱い心を誰かに話すことなんてなかったから、どう思われるか想像できなくて、また怯えた。
意外にもサラはセトを痛ましそうに見ることはしなかった。
ただ、手を伸ばしてセトの頭をなでた。
「セトは怖くはない。ロボットであっても、それが兵器だろうと、ホムンクルスだって、いいじゃないか。セトはセトだ」
セトの目が大きく開かれる。
サラはベッドの上に肘を立てて、セトの頭を包み込むように抱きしめた。
胸に耳がつき、彼女の鼓動が聞こえる。
「ウンディーネ殿の話を聞いて、セトと話せるのは、かけがえのないことなんだと思った。この体は、気持ち悪くない。セトと話せる大事なカラダだ」
彼女が頭をなでてくれる。
自分の存在を認める言葉に、泣きそうだ。
心が震える。
愛しい気持ちが膨らんで、口からこぼれた。
「好き──だ」
セトは体を震わせてサラの背中に腕を回す。
「サラが好きだ……好きだっ!」
吐き出したら止まらなかった。
悲鳴に近い声を出して、彼女にすがった。
「たまらなく好きなんだっ! なんだよ、これっ! どうしたらいいか、わかんねえよ!」
初めての恋はセトの心をかき乱し、新しい感情を生む。
──独占欲。
彼女のすべてが欲しくなる黒い欲だ。
その目覚めを感じていると、頭から弱々しい声がふってきた。
「……ごめん、セト」
はっとして顔をあげると、サラは泣きそうな顔をしていた。
悲痛な顔をさせていることに気づいて、セトは呆然とする。
「私はセトの思いに答えられない。愛するってことが、よくわからないんだ」
気持ちが育ったセトと、育つ途中のサラ。
二人の気持ちは同じ方向をむいていても、中身が違った。
サラは「それでも、」と話を続ける。
「セトのことは信頼をしている。家族よりもだ。血よりも濃い情を持っている」
サラはセトから離れて、ベッドからおりた。
左足をひいて、腰を優雅に落とし、ゆっくりと姿勢を正した。
凛とした笑みで口を開く。
「セトに祖国の歌を捧げる。同胞の唄だ」
サラは両手を広げて、手のひらを上にむけると、涼やかな声で唄った。
その唄は、命を預けられる仲間に捧げるものだった。
セトへのサラの思いは、盾になりたいと願ったドルトルとは違う。
側にいて見守っていてくれたヤルダーや、ミゲルとも違う。
前に出たいとも、後ろに下がりたいとも思わない。
彼とは横に並んでいたいのだ。
同じ歩幅で、同じ道をあるきたい。
その感情を人は何と呼ぶのか。
サラにはまだ分からなかったが、セトは特別な存在であるという思いをのせて歌いあげた。
歌を聞いていたセトは感嘆の息をもらした。
恋愛とは違う慕情であっても、彼女の中で、自分の存在は、大きいものだと実感できた。
二人は見つめあった。
月明かりしかない部屋で見るサラの顔は美しく、セトは陶酔した目になる。
この存在を独占できたら、さぞかし満たされることだろう。
だけど、やはり彼女を悲しませたくない。
なら、黒い感情は消去するべきだ。
いつも通りにするのだ。
「サラの歌って……きれいだな……」
「そうか……?」
「うん。きれいだ。サラはきれいだな」
馬鹿の一つ覚えのように言うと、彼女は肩をすくめる。
「恥ずかしいから、あまり……言うな……」
照れ顔も可愛い。
セトはニマニマする口元をおさえきれずに、両手を広げた。
「おやすみなさいの前に、抱きしめさせてくれないか」
サラは口をすぼめながらも、そろそろと近づいた。
正面から彼女を抱きしめると、安堵と切なさが入り交じる。
心の欠片を殺したからか、安らぎとはまた違う意味の抱擁になってしまった。
それでも特別な時間に代わりはない。
サラはいつもよりも気恥ずかしそうで、腕の中で体温をあげていた。
セトはさっきされたように、サラの頭をなでた。
ゆっくり。慎重に。力加減を間違えないように。
「このまま、サラが寝るまで撫でていいか」
「それは……」
「ダメ?」
困っているのか、サラの返事はなかなか出てこない。
諦めて、手を動かすのをやめ、彼女を解放した。
「おやすみ。ここは安全だ。よく眠れよ」
笑顔を張り付けて、彼女から離れた。
サラはほっとしたような、残念そうな複雑な顔をしている。
「セト……」
ベッドから降りたとき、サラは微笑みながら声をかけてきた。
「夜、見張ってくれていて、ありがとう。ここにくるまで、セトがいたからよく眠れた。守ってくれて、ありがとう」
感謝の言葉を言われて、ノイズがまじる。
今まではフリーズしていたのに、独占欲を認識してから、セトの心は別の意味で乱れた。
独占欲を見せると彼女が悲しむ。
心を侵食されるまえに欲を消去。消去。
クリーンアップして、最適化。
いつも通りの口調で、笑え。
「気にするな。おれたちはパーティだろ?」
声をかけると、サラは嬉しそうに笑う。
この笑顔を見れるなら、思いを潰すことにためらいはない。
「ほら、明日も連れ回すからな。寝ちまえって」
彼女を横にして、ぽんぽんと肩を叩いた。
にっと笑うと、サラは「楽しみだ……」と言って目を閉じた。
ベッドの端に腰をおろして、しばらくすると寝息が聞こえてきた。
それにほっとして、今晩からどう過ごそうかと考えを巡らせる。
今までは周囲を警戒してやることがあったが、ここでは不要のものだ。
ウンディーネがいれば、話し相手になってくれたが、今晩は彼女がいない。
暇潰しにサラが生活しやすいように、部屋を整えようかと思うが、腰が持ちあがらなかった。
離れがたいのだ。
サラと同じ部屋にいないと落ち着かない。
セトは部屋が立ち去る決心がつかず、やがてあきらめた。
サラの寝顔をこっそりみる。
少女のようなあどけない寝顔をじっと見て、ぽつりと呟く。
「サラ……好きだよ」
彼女を起こさないように小声で、思いを告白した。
「寝ているときは、好きって言うのを許してくれな」
もう隠し事はなくなかったというのに、この日、彼女にはいえない秘密ができた。




