表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死鳥の聖女  作者: りすこ
第四章 精霊の住む都市
36/70

秘密②

本日、二話、更新しています。

ちょっと長めの話です。

 ミルキーのオススメの露店で売っていたものは、牛やヤギや豚などの肉類を一口サイズで串にうち、岩塩をふりかけたものだった。

 店のそばには、もうもうと煙が立っていて、香ばしい匂いがたちこめている。

 サラは匂いだけで串焼きが気に入ったらしく、目を爛々と輝かせた。

 食べたくてしかたないのか、肩がそわそわと揺れている。

 セトにとっては美味しそうな匂い、という感覚はよく分からないものだ。

 ただ、彼女がじっと熱心に見つめているので、これが旨そうな匂いなのだろうと思っていた。


「どれを食うんだ?」


 焼いている串を指差して尋ねると、サラは困ったように眉根をさげた。


「どれも美味しそうだ……迷う……」


 口を尖らせて考え込むしぐさをされて、ちょっとどころか、かなり可愛い。


「なら、全部、食べればいーじゃん」

「食べきれるか?」

「おれも食うよ」


 何気なく言ったら、サラは嬉しそうに破顔した。


「そうだな。一緒に分けあおう」


 店主に声をかけて、全種類を包んでもらった。

 大きな葉にくるまれた串焼きを受けとると、店主に精霊語で声をかける。


『ありがとう。なんか仕事ある? あるなら、言ってくれ』

『おお。そうじゃのお。畑で【マンドレイク】をとってきてくれないか? そろそろ薬が切れそうなんだ』

『わかった。薬も調合しようか?』

『おお。それなら助かるわ』


 店主のドワーフはにこやかにセトに話しかけた後、顔を近づけて、声をひそませた。


『サラマンダーさまは、べっぴんじゃのお』


 店主の言葉にセトは驚かなかった。

 ライデンにすんでいる精霊たちは、仲間意識が強く、一度、懐にいれた者はかいがいしく接する。

 ノームが気をきかせて、サラがくることをドワーフたちに通達したのだろう。

 それに、彼女が美人なのはセトも同意する話である。


『だろ? じゃあ、仕事は明日にでもするな』

『待っておる』


 店主と会話した後、呆然としたサラに声をかけた。


「ほら」


 サラに葉っぱを差し出す。


「食べながら、おれの家に行くか? もう夕暮れだしな」


 気づけば太陽は落ちかけている。

 辺りは空と同じ緋色に染まっていた。


「そうだな……」

「また明日、ライデンを案内するよ」


 そう声をかけて、彼女と共に歩きだした。



 豚の串を差し出すと、サラは生唾を飲んでから、それを受け取った。

 口を大きく開けて、一気にかぶりつく。

 彼女の目が歓喜できらめいた。

 美味しいのだろう。

 目を細めて見ていると、肉を飲み干したサラが、串をセトに向ける。


「旨い! セトも食べろ!」


 興奮して命令口調になったサラに、喉をくつくつ震わせる。

 口をひらいて、肉を()む。

 味はウーバーで食べたときより、薄くさっぱりしている。

 その代わりに口いっぱいに、豚肉の(あぶら)の甘さが広がる。

 柔らかく、とろっとした食感。


 ──これが旨いって味。


 忘れないように舌がデータを巻き取り、脳内(コンピューター)に記憶させる。

 肉を噛み砕いて、さらに細かいデータを取る。

 噛んだら人工の胃に流し込むのだが、セトの消化器官は人間のそれに似ていて、ちょっと違う。

 胃の中は、錬金術でいうと坩堝(るつぼ)みたいなものだ。

 肉は、元素【プリマ・マテリラ】に還元されて、セトの皮膚を維持するエネルギーに変換される。

 なので、セトには排泄器官はない。


「うん。旨いな」


 サラに合わせて言うと、彼女は嬉しそうに笑う。

 正直言えば、味の旨さは、まだよくわからない。

 でも、彼女が笑うこの時間は好きだ。

 同じものを誰かと食べる楽しさは、存分に味わっていた。



 串を食べ終わると、サラは店主のやり取りについて質問してきた。

 買い物をしたのに、お金は払わなくてよいのか?というものだった。


「あぁ、この町に紙幣は流通してねえな」


 精霊たちの行動原理は、〝誰かの為に自分のできることをする〟である。

 利益を求めない。

 皆が自分の得意なことをして、不得意なものは誰かに任せているのだ。


「さっきのドワーフは料理が得意だから、店を出してふるまっている。で、おれができることはあるか?って聞いたら、マンドレイクを取ってほしいってさ」


 マンドレイクは霊薬になる貴重な植物であるが、引き抜くときにこの世のものとは思えない悲鳴をあげる。

 引き抜いたドワーフは失神してしまうのだ。

 マンドレイクは成長すると、土の中からよいしょっと出てきて、気まぐれに散歩して、また土の中に潜る。

 その時が、収穫の狙い目だが、たいへんすばしっこい。

 そのため、収穫はセトの出番になっていた。


「おれなら、悲鳴を聞いても失神しないし、マンドレイクのスピードについていける。毒性も強い植物だから、錬金術で薬も作れるしってやれるしな」


 きししっと笑って説明すると、サラは微笑んだ。


「助け合って暮らしているんだな。それが当たり前にできているのが、いいな」


 彼女は一言呟くと、落ちる太陽を見た。

 眩しそうに目を細めるが、太陽そのものを見ていない気がする。


「ライデンはいい町だな。暮らしやすそうだ……」


 サラは苦笑を交えながら、自国で感じていたことを話した。


 女でありながら、戦闘力に長けていることで、必要以上に恐れられたし、必要以上に崇められた。

 聖女の能力を見れば、人が畏怖の念を抱くのはしかたないが、孤独は感じていた。

 第二隊は気持ちのよい兵士も多かったが、王都ではそうではなかった。

 偏見の目で見られ、肩身が狭かった。

 だから、ライデンの精霊たちの生きかたは、サラにとっては理想といえた。


「ライデンの風が心地よく感じるのは、精霊たちの生き方が肌に合うからかもな」


 サラの笑顔にセトの心の一部が呼応する。

 フラスコで丸くなったときに感じていた孤独が、彼女の孤独に共鳴する。

 一緒だとは思わないが、さみしい気持ちはわかるのだ。


「それなら、ますますライデンにいりゃあいい。明日は、仕事にいくから、一緒に行こう」


 声をかけると、サラは夕焼けに負けない笑顔を見せてくれた。



 セトの家は巨木の下にあり、広さのある家だった。

 錬金術に必要な機材が所狭しとおかれ、家というよりは研究室という雰囲気だ。

 眠る必要のないセトとウンディーネの住む家は、寝室がなかったのだが、家は増築されていた。

 サラが寝泊まりできそうな部屋がすでに作られていた。


 ──ノームじいさんたちがやったのかな。後で礼を言わないとな。


 家の裏手には、湖がある。

 巨木の根本に繋がっている湖の水は、底が見えるほど透明だ。

 サラは夜になるとそこで体を清めた。

 寝る前には、母国の神へ祈りを捧げる。

 儀式が一通り終わると、セトとサラは寝るのを惜しんで増築された部屋で話し込んだ。


 用意されていたベッド上に座って、初めて会ったときのように話した。

 あの時と違うのは、二人が並んでいたことだろう。

 時折、繋がれる手は二人の距離が縮まったあかしだった。


 セトは自分の怖いものの話をした。

 ロボットであることを人間(フェアリーメイソン)に悪魔だと言われ、傷ついた話をした。


「おれの体はロボットだし、本体はホムンクルスだしな。やっぱ、異様だろ? だから、対人間用の兵器だって、サラが知ったら、怖がるんじゃないかって思っていた」


 セトは掠れた声で話した。

 弱い心を誰かに話すことなんてなかったから、どう思われるか想像できなくて、また怯えた。

 意外にもサラはセトを痛ましそうに見ることはしなかった。

 ただ、手を伸ばしてセトの頭をなでた。


「セトは怖くはない。ロボットであっても、それが兵器だろうと、ホムンクルスだって、いいじゃないか。セトはセトだ」


 セトの目が大きく開かれる。

 サラはベッドの上に肘を立てて、セトの頭を包み込むように抱きしめた。

 胸に耳がつき、彼女の鼓動が聞こえる。


「ウンディーネ殿の話を聞いて、セトと話せるのは、かけがえのないことなんだと思った。この体は、気持ち悪くない。セトと話せる大事なカラダだ」


 彼女が頭をなでてくれる。

 自分の存在を認める言葉に、泣きそうだ。

 心が震える。

 愛しい気持ちが膨らんで、口からこぼれた。


「好き──だ」


 セトは体を震わせてサラの背中に腕を回す。


「サラが好きだ……好きだっ!」


 吐き出したら止まらなかった。

 悲鳴に近い声を出して、彼女にすがった。


「たまらなく好きなんだっ! なんだよ、これっ! どうしたらいいか、わかんねえよ!」


 初めての恋はセトの心をかき乱し、新しい感情を生む。

 ──独占欲。

 彼女のすべてが欲しくなる黒い欲だ。

 その目覚めを感じていると、頭から弱々しい声がふってきた。


「……ごめん、セト」


 はっとして顔をあげると、サラは泣きそうな顔をしていた。

 悲痛な顔をさせていることに気づいて、セトは呆然とする。


「私はセトの思いに答えられない。愛するってことが、よくわからないんだ」


 気持ちが育ったセトと、育つ途中のサラ。

 二人の気持ちは同じ方向をむいていても、中身が違った。


 サラは「それでも、」と話を続ける。


「セトのことは信頼をしている。家族よりもだ。血よりも濃い情を持っている」


 サラはセトから離れて、ベッドからおりた。

 左足をひいて、腰を優雅に落とし、ゆっくりと姿勢を正した。

 凛とした笑みで口を開く。


「セトに祖国の歌を捧げる。同胞の唄だ」


 サラは両手を広げて、手のひらを上にむけると、涼やかな声で唄った。


 その唄は、命を預けられる仲間に捧げるものだった。


 セトへのサラの思いは、盾になりたいと願ったドルトルとは違う。

 側にいて見守っていてくれたヤルダーや、ミゲルとも違う。


 前に出たいとも、後ろに下がりたいとも思わない。

 彼とは横に並んでいたいのだ。

 同じ歩幅で、同じ道をあるきたい。

 その感情を人は何と呼ぶのか。


 サラにはまだ分からなかったが、セトは特別な存在であるという思いをのせて歌いあげた。


 歌を聞いていたセトは感嘆の息をもらした。


 恋愛とは違う慕情であっても、彼女の中で、自分の存在は、大きいものだと実感できた。


 二人は見つめあった。

 月明かりしかない部屋で見るサラの顔は美しく、セトは陶酔した目になる。

 この存在を独占できたら、さぞかし満たされることだろう。

 だけど、やはり彼女を悲しませたくない。

 なら、黒い感情は消去するべきだ。

 いつも通りにするのだ。


「サラの歌って……きれいだな……」

「そうか……?」

「うん。きれいだ。サラはきれいだな」


 馬鹿の一つ覚えのように言うと、彼女は肩をすくめる。


「恥ずかしいから、あまり……言うな……」


 照れ顔も可愛い。

 セトはニマニマする口元をおさえきれずに、両手を広げた。


「おやすみなさいの前に、抱きしめさせてくれないか」


 サラは口をすぼめながらも、そろそろと近づいた。

 正面から彼女を抱きしめると、安堵と切なさが入り交じる。

 心の欠片を殺したからか、安らぎとはまた違う意味の抱擁になってしまった。

 それでも特別な時間に代わりはない。

 サラはいつもよりも気恥ずかしそうで、腕の中で体温をあげていた。


 セトはさっきされたように、サラの頭をなでた。

 ゆっくり。慎重に。力加減を間違えないように。


「このまま、サラが寝るまで撫でていいか」

「それは……」

「ダメ?」


 困っているのか、サラの返事はなかなか出てこない。

 諦めて、手を動かすのをやめ、彼女を解放した。


「おやすみ。ここは安全だ。よく眠れよ」


 笑顔を張り付けて、彼女から離れた。

 サラはほっとしたような、残念そうな複雑な顔をしている。


「セト……」


 ベッドから降りたとき、サラは微笑みながら声をかけてきた。


「夜、見張ってくれていて、ありがとう。ここにくるまで、セトがいたからよく眠れた。守ってくれて、ありがとう」


 感謝の言葉を言われて、ノイズがまじる。

 今まではフリーズしていたのに、独占欲を認識してから、セトの心は別の意味で乱れた。


 独占欲を見せると彼女が悲しむ。

 心を侵食されるまえに欲を消去。消去。

 クリーンアップして、最適化。

 いつも通りの口調で、笑え。


「気にするな。おれたちはパーティだろ?」


 声をかけると、サラは嬉しそうに笑う。

 この笑顔を見れるなら、思いを潰すことにためらいはない。


「ほら、明日も連れ回すからな。寝ちまえって」


 彼女を横にして、ぽんぽんと肩を叩いた。

 にっと笑うと、サラは「楽しみだ……」と言って目を閉じた。


 ベッドの端に腰をおろして、しばらくすると寝息が聞こえてきた。

 それにほっとして、今晩からどう過ごそうかと考えを巡らせる。

 今までは周囲を警戒してやることがあったが、ここでは不要のものだ。

 ウンディーネがいれば、話し相手になってくれたが、今晩は彼女がいない。


 暇潰しにサラが生活しやすいように、部屋を整えようかと思うが、腰が持ちあがらなかった。


 離れがたいのだ。

 サラと同じ部屋にいないと落ち着かない。

 セトは部屋が立ち去る決心がつかず、やがてあきらめた。


 サラの寝顔をこっそりみる。

 少女のようなあどけない寝顔をじっと見て、ぽつりと呟く。


「サラ……好きだよ」


 彼女を起こさないように小声で、思いを告白した。


「寝ているときは、好きって言うのを許してくれな」


 もう隠し事はなくなかったというのに、この日、彼女にはいえない秘密ができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] そういう、「秘密」だったんですね……! [一言] まぁーーー!!! (ウンディーネみたいな反応) これは、によによですね。なのに痛々しい。人間同士なら自然と相手に寄り添って調節したりコント…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ