秘密①
セト視点よりの話になります。
──ブツン。
体と心が切り離される瞬間はいつも慣れない。
真っ暗な世界に放り出されて、世界と遮断される。
何も聞こえないし、何も見えない。
なのに、意識だけはハッキリしている。
体がスリープモード中は、ウンディーネたちは自分が寝ていると思っているが、そんなことない。自分は眠れないのだ。
──寂しい……な。
早く瞳を開きたい。
開いたら誰かがいて、一人じゃないって思えるから。
外と隔離された黒の世界は、前にもまして孤独だ。
早く修理が終わってほしい。
──みんなの顔が見たい。サラの顔が見たい……
ライデンに来てから、彼女は笑顔をよく見せてくれた。
信じられないけど、サラは自分を頼りにしてくれているようで、ゆるんだ微笑みを向けてくれる。
彼女が微笑むたびに、ありがとうというたびに、脳内のコンピューターがオーバーヒートした。
冷却装置は作動しているはずなのに、加熱して脳内がフリーズした。
パニックになっていると、胸のチャークラが熱くなり、思いは膨らみ、ひとつの言葉にまとまる。
──好きだ。
その三文字を強く実感したから、余計にこの時間が苦痛だ。
会いたい。
サラに会いたい。
抱きしめさせて。
サラの肌に触れると、ほんのりあたたかくて、気持ちが安らぐのだ。
血の通わない自分のボディに熱が移ると、自分も彼女と同じ生き物じゃないかって思えた。
一時の錯覚は、セトに安らぎと幸福を与えた。
彼女だから余計に、多幸感に包まれる。
──サラに触れたい……
黒い世界で切なる願いを抱いていると、ぼんやりとした光が見えた。
光は人みたいな形になる。
形はセトと同じ顔をした男の人になった。
その人はホムンクルスのセトを手のひらで包んでくる。
──あんたは誰?
問いかけると、その人は心に直接、話しかけてくる。
穏やかで心地いい声だ。
──君と似たような存在だよ。
なんだろうと思うが、心地よくて意識がうとうとしてくる。
──君はかけがえのない人を得たんだね。その人への思いを大事にして。この先、何があっても、心を殺さないで。きみは、殺戮兵器にはならないで。きみは、人でいて。
何の話をしているんだろう。
自分はホムンクルスで、兵器ではないのに。
──なんで、そんなことを……?
うとうとしながら問いかけたとき、セトにそっくりな男の人は切なく微笑んで、消えた。
──ばちっ。
まどろんでいると、体と心が繋がって黒い世界が強制的に終わる。
世界が一瞬で変わるこのタイミングはいつも違和感がひどい。
心の中に体の神経がはいまわり、気分が悪くなる。
酷い酔いを感じて、体を動かすのが億劫だった。
薄く目を開くと真っ白な光を感じて眩しい。
いつもより光が強い。
外の世界は、こんなに明るかっただろうか。
ぼんやりしていると、サラの顔が見えた。
手がかすかにあったかい。
彼女が握ってくれているみたいだ。
「おはよう、セト」
破顔されて、世界が一気に色づいた。
目が、耳が、手が、足が、心が、彼女の存在を認識しようとする。
彼女がそばにいることが、声が聞こえることが、微笑んでくれることが、嬉しくてたまらない。
──泣きそうだ。
涙なんかでないのに、泣くってこんな気持ちだろうか。
セトは握られた手を握り返す。
「おはよう」と言われる幸運に包まれた目覚めだった。
***
サラと会話した後、セトは体を起こした。
手が離れるのが寂しかったけど、いつまでも握っているわけにはいかない。
そっと、こっちから手を離した。
「あっ……」
サラが小さく声をだして、セトの中指を握った。
その行動はとっさのことだったようで、彼女は口を真一文字に引き結び、頬を赤らめる。
眉が弱々しくさがり、うつむいてしまった。
「ごめん……もう少し……」
「え……?」
サラはそろそろと指を絡ませてくる。
仄かにあたたかい彼女の熱が、冷たい指先に沁みていく。
「もう少し、握っていても……いいか……」
ダメだろうかと弱々しく見上げられ、セトの脳内は一気に加熱した。
汗なんかでないのに、全身が熱すぎてぐるぐるする。
なんだ、この状況は。何が起きているんだ。
サラが可愛いすぎる。
繋がれていない手が、ゴキゴキと鈍い音を立てて、彼女を抱きしめようと勝手に動いている。
──ダメだ! 抱きしめるのは夜だけだろう!
約束を破る男は最低だと、セトは思っていた。
せっかく築きあげた信頼を壊しかねない。
それに彼女はドルトルのせいで、抱きしめられることに嫌悪があるみたいだ。
怖がらせたくはない。
冷却装置をフル起動させて、どうにか思考を落ち着ける。
「もう、少し、だけなら……」
このまま繋いでいたら、確実に暴走する自信があった。
タイムリミットを設けて、ヒートアップする心と頭を抑えよう。
そう思っていたのに。
「よかった……」
サラが嬉しそうに呟くので、セトは天を仰いだ。
勘弁してくれ。
こっちは、お前のことが好きなんだぞ。
と、文句を言いたくなるが、言えるわけない。
セトは深いため息をついて、サラの手をしっかり握った。
「どうした?」
「いや、なんでもねえ……」
今日、抱きしめるとき、強くしすぎないように加減ができるだろうか、と心配していると、周囲の生暖かい視線に気づいた。
ノームとドゥードゥには微笑ましく見つめられ、ミルキーはふがふが鼻息をだしている。
ウンディーネは「まあ! まあああっ!」と叫んでいた。
恥ずかしい。なんだ、これ。
「あー……えっと……」
自分でも嫌になるくらいまごまごした口調で、ノームに話しかけた。
「……修理、ありがとう」
「なんてことはないわい。手の動きはどうじゃ?」
左腕を回す。
「問題ないよ」
「よかったわい。セト」
ノームが万歳をする。
「お嬢さんには優しくするんじゃぞ!」
なんのアドバイスだろうか。
セトは首をひねりそうになるが、生返事をして、サラの方を向く。
「腹、減ってねえか?」
「ん? あぁ、そうだな……」
サラが繋がれていない手で腹をさすった。
彼女のしぐさが、前にも増して可愛く見えてしまう。
なるべく見ない方がよさそうだ。暴走する。
「ドワーフの店に行くか。うまそうな店があるんだよ。そこで何か食べよう」
ミルキーも一緒にどうかと言おうとしたら、彼女がドスドスと足音を立てて近づいてきた。
「店なら露天に行きなさい! 赤い屋根の店の串焼きが最高よ! サラさんと食べ歩きデートしてらっしゃい!」
デートとはなんだろう。
脳内のコンピューターで検索をすると、好きな相手とときめく時間を過ごすこと、と出てきた。
ときめきというものが、いまいち分からないが、楽しそうだ。
「セト! かーさん、今日はうちに帰らないから! サラさんとゆっくり過ごしなさい!」
ウンディーネが捲し立ててきた。
「帰らないのか……?」
セトがびっくりして、きょとんとする。
ウンディーネはこくこく頷いた。
「ゆっくり過ごしてね!」
そう言われて、ミルキーが力任せにサラの背中を押した。
引っ張られる形で、セトも足を進める。
転がるように部屋から追い出され、二人は顔を見合わせた。
サラの頬は朱色になっていく。
その顔はまずい。
じっと見ていたら、思いが暴走する。
「店に行くか……」
あさっての方向を見て、手を引いた。
動く歩道に乗ったとき、サラはまたバランスを崩しそうになった。
とっさに手が伸びて、彼女の肩を抱き寄せた。
──しまった。抱きしめちまった……
嫌がれるかと思って、恐る恐る顔色を伺う。
すると、意外にも彼女は自分の腰に腕を回した。
密着する距離感に、脳内はパニック寸前だ。
「まだ慣れないんだ。支えててくれないか……?」
上目遣いで甘えられると、体がびくっと震えた。
「俺が抱きしめるの……嫌……じゃねえのか?」
思わず尋ねると、サラはきれいに微笑んだ。
「嫌じゃない。セトの腕の中は、安心する」
その一言に、愛のチャークラが燃えるように熱くなる。
他のチャークラが呼応して、爪先まで感覚が鋭利になる。彼女を抱いた手が強くなってしまい、慌てた。
セトの混乱にサラはちっとも気づいていないようで、安心しきった顔をして、身を預けてくる。
「そ、そっか……」
と、言うのがやっとで、セトはにやける口元を抑えて、そっぽを向いた。




