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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第四章 精霊の住む都市
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秘密①

セト視点よりの話になります。

 ──ブツン。


 体と心が切り離される瞬間はいつも慣れない。

 真っ暗な世界に放り出されて、世界と遮断される。


 何も聞こえないし、何も見えない。

 なのに、意識だけはハッキリしている。

 体がスリープモード中は、ウンディーネたちは自分が寝ていると思っているが、そんなことない。自分は眠れないのだ。


 ──寂しい……な。


 早く瞳を開きたい。

 開いたら誰かがいて、一人じゃないって思えるから。

 外と隔離された黒の世界は、前にもまして孤独だ。

 早く修理が終わってほしい。


 ──みんなの顔が見たい。サラの顔が見たい……


 ライデンに来てから、彼女は笑顔をよく見せてくれた。

 信じられないけど、サラは自分を頼りにしてくれているようで、ゆるんだ微笑みを向けてくれる。


 彼女が微笑むたびに、ありがとうというたびに、脳内のコンピューターがオーバーヒートした。

 冷却装置は作動しているはずなのに、加熱して脳内がフリーズした。

 パニックになっていると、胸のチャークラが熱くなり、思いは膨らみ、ひとつの言葉にまとまる。


 ──好きだ。


 その三文字を強く実感したから、余計にこの時間が苦痛だ。


 会いたい。

 サラに会いたい。


 抱きしめさせて。


 サラの肌に触れると、ほんのりあたたかくて、気持ちが安らぐのだ。

 血の通わない自分のボディに熱が移ると、自分も彼女と同じ生き物じゃないかって思えた。

 一時の錯覚は、セトに安らぎと幸福を与えた。


 彼女だから余計に、多幸感に包まれる。


 ──サラに触れたい……


 黒い世界で切なる願いを抱いていると、ぼんやりとした光が見えた。

 光は人みたいな形になる。

 形はセトと同じ顔をした男の人になった。


 その人はホムンクルスのセトを手のひらで包んでくる。


 ──あんたは誰?


 問いかけると、その人は心に直接、話しかけてくる。

 穏やかで心地いい声だ。


 ──君と似たような存在だよ。


 なんだろうと思うが、心地よくて意識がうとうとしてくる。


 ──君はかけがえのない人を得たんだね。その人への思いを大事にして。この先、何があっても、心を殺さないで。きみは、殺戮兵器(ガヨーマルト)にはならないで。きみは、人でいて。


 何の話をしているんだろう。

 自分はホムンクルス(人造人間)で、兵器ではないのに。


 ──なんで、そんなことを……?


 うとうとしながら問いかけたとき、セトにそっくりな男の人は切なく微笑んで、消えた。



 ──ばちっ。


 まどろんでいると、体と心が繋がって黒い世界が強制的に終わる。

 世界が一瞬で変わるこのタイミングはいつも違和感がひどい。

 心の中に体の神経がはいまわり、気分が悪くなる。

 酷い酔いを感じて、体を動かすのが億劫だった。


 薄く目を開くと真っ白な光を感じて眩しい。

 いつもより光が強い。

 外の世界は、こんなに明るかっただろうか。


 ぼんやりしていると、サラの顔が見えた。

 手がかすかにあったかい。

 彼女が握ってくれているみたいだ。


「おはよう、セト」


 破顔されて、世界が一気に色づいた。

 目が、耳が、手が、足が、心が、彼女の存在を認識しようとする。


 彼女がそばにいることが、声が聞こえることが、微笑んでくれることが、嬉しくてたまらない。

 ──泣きそうだ。

 涙なんかでないのに、泣くってこんな気持ちだろうか。


 セトは握られた手を握り返す。

 

「おはよう」と言われる幸運に包まれた目覚めだった。



 ***


 サラと会話した後、セトは体を起こした。

 手が離れるのが寂しかったけど、いつまでも握っているわけにはいかない。

 そっと、こっちから手を離した。


「あっ……」


 サラが小さく声をだして、セトの中指を握った。

 その行動はとっさのことだったようで、彼女は口を真一文字に引き結び、頬を赤らめる。

 眉が弱々しくさがり、うつむいてしまった。


「ごめん……もう少し……」

「え……?」


 サラはそろそろと指を絡ませてくる。

 仄かにあたたかい彼女の熱が、冷たい指先に沁みていく。


「もう少し、握っていても……いいか……」


 ダメだろうかと弱々しく見上げられ、セトの脳内は一気に加熱した。

 汗なんかでないのに、全身が熱すぎてぐるぐるする。


 なんだ、この状況は。何が起きているんだ。

 サラが可愛いすぎる。


 繋がれていない手が、ゴキゴキと鈍い音を立てて、彼女を抱きしめようと勝手に動いている。


 ──ダメだ! 抱きしめるのは夜だけだろう!


 約束を破る男は最低だと、セトは思っていた。

 せっかく築きあげた信頼を壊しかねない。

 それに彼女はドルトルのせいで、抱きしめられることに嫌悪があるみたいだ。

 怖がらせたくはない。

 冷却装置をフル起動させて、どうにか思考を落ち着ける。


「もう、少し、だけなら……」


 このまま繋いでいたら、確実に暴走する自信があった。

 タイムリミットを設けて、ヒートアップする心と頭を抑えよう。

 そう思っていたのに。


「よかった……」


 サラが嬉しそうに呟くので、セトは天を仰いだ。


 勘弁してくれ。

 こっちは、お前のことが好きなんだぞ。

 と、文句を言いたくなるが、言えるわけない。

 セトは深いため息をついて、サラの手をしっかり握った。


「どうした?」

「いや、なんでもねえ……」


 今日、抱きしめるとき、強くしすぎないように加減ができるだろうか、と心配していると、周囲の生暖かい視線に気づいた。

 ノームとドゥードゥには微笑ましく見つめられ、ミルキーはふがふが鼻息をだしている。

 ウンディーネは「まあ! まあああっ!」と叫んでいた。

 恥ずかしい。なんだ、これ。


「あー……えっと……」


 自分でも嫌になるくらいまごまごした口調で、ノームに話しかけた。


「……修理、ありがとう」

「なんてことはないわい。手の動きはどうじゃ?」


 左腕を回す。


「問題ないよ」

「よかったわい。セト」


 ノームが万歳をする。


「お嬢さんには優しくするんじゃぞ!」


 なんのアドバイスだろうか。

 セトは首をひねりそうになるが、生返事をして、サラの方を向く。


「腹、減ってねえか?」

「ん? あぁ、そうだな……」


 サラが繋がれていない手で腹をさすった。

 彼女のしぐさが、前にも増して可愛く見えてしまう。

 なるべく見ない方がよさそうだ。暴走する。


「ドワーフの店に行くか。うまそうな店があるんだよ。そこで何か食べよう」


 ミルキーも一緒にどうかと言おうとしたら、彼女がドスドスと足音を立てて近づいてきた。


「店なら露天に行きなさい! 赤い屋根の店の串焼きが最高よ! サラさんと食べ歩きデートしてらっしゃい!」


 デートとはなんだろう。

 脳内のコンピューターで検索をすると、好きな相手とときめく時間を過ごすこと、と出てきた。

 ときめきというものが、いまいち分からないが、楽しそうだ。


「セト! かーさん、今日はうちに帰らないから! サラさんとゆっくり過ごしなさい!」


 ウンディーネが捲し立ててきた。


「帰らないのか……?」


 セトがびっくりして、きょとんとする。

 ウンディーネはこくこく頷いた。


「ゆっくり過ごしてね!」


 そう言われて、ミルキーが力任せにサラの背中を押した。

 引っ張られる形で、セトも足を進める。

 転がるように部屋から追い出され、二人は顔を見合わせた。

 サラの頬は朱色になっていく。

 その顔はまずい。

 じっと見ていたら、思いが暴走する。


「店に行くか……」


 あさっての方向を見て、手を引いた。

 動く歩道に乗ったとき、サラはまたバランスを崩しそうになった。

 とっさに手が伸びて、彼女の肩を抱き寄せた。


 ──しまった。抱きしめちまった……


 嫌がれるかと思って、恐る恐る顔色を伺う。

 すると、意外にも彼女は自分の腰に腕を回した。

 密着する距離感に、脳内はパニック寸前だ。


「まだ慣れないんだ。支えててくれないか……?」


 上目遣いで甘えられると、体がびくっと震えた。


「俺が抱きしめるの……嫌……じゃねえのか?」


 思わず尋ねると、サラはきれいに微笑んだ。


「嫌じゃない。セトの腕の中は、安心する」


 その一言に、愛のチャークラが燃えるように熱くなる。

 他のチャークラが呼応して、爪先まで感覚が鋭利になる。彼女を抱いた手が強くなってしまい、慌てた。

 セトの混乱にサラはちっとも気づいていないようで、安心しきった顔をして、身を預けてくる。


「そ、そっか……」


 と、言うのがやっとで、セトはにやける口元を抑えて、そっぽを向いた。

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