おはよう
四話更新しています。
「そのロボットが今、二人の目の前にいるこの子たちよ」
緑色の動かないロボットの頬を撫でながら、ウンディーネはサラとミルキーに語りかけた。
「この子たちの名前は【ガヨーマルト】。
他の生き物は殺さない。純粋な対人間用の殺戮兵器よ」
サラは静かに息を飲みこみ、ミルキーは低い声でたずねた。
「それでどうなったんですか?」
「大陸を支配していた国を滅ぼしたわ。一千万人が死に絶えた」
残酷な結末にサラは手のひらをぐっと握りしめた。
戦士の心地でいたので、感情はぶれずに凪いだままだ。
「サラマンダーはやめてって、泣き叫んでいたわ。わたしたちは唖然とするだけで、何もできなくて……三日間の破壊行動をした後、ガヨーマルトは自動で停止したわ。それを回収したのがここにあるもの。彼らの体がバラバラなのは、生き残った人間の報復よ」
頭しかないガヨーマルトや、腕をかけたものを見て、サラは眉根をひそめた。
「何もかもがひどい有り様でね。狂ったように叫びながらガヨーマルトが壊される姿を見て、神様は、静かに泣いていたわ。〝人間は人間にしかなれないのかな……〟って、わたしたちには分からない言葉を呟かれて……それから、神様はアトランティスと共に海に潜って、姿を消したの……」
サラマンダーは泣きじゃくっていて、言い出したシルフは苦しそうで、声をだしたのはウンディーネとノームだった。
──人間を粛清するのが正しいとは思えない。
彼らの進化を手助けしようと話した。
ノームは技術の支援を、ウンディーネは人に錬金術を広めて知識の向上をさせると言った。
「だけど、シルフは自分は今まで通りにすると言ったわ。そして、サラマンダーは何もいわずにわたしたちの元から去ったの。でも……」
ウンディーネがサラの首もとを見て目を細くする。
「そこにいるってことは、サラマンダーは人間の為に何かしようとしたんでしょうね。じゃなかったら、聖女の力になんかならないわ……」
サラは自分の喉にある赤い鱗をなぞった。
この地に足を踏み入れた時に聞いた声を思い出す。
「ごめんなさい。わたしは人間を見捨てられなかった……愛してしまった……」
サラマンダーの言葉を呟くと、ウンディーネが目を見張った。
「急にすまない……ライデンに来たときに、私の中のサラマンダーがそう言ったような気がするんだ。だから……」
サラは仄かにあたたかい首もとの赤い鱗をなぞる。
「サラマンダーが人に力を与える道を選んだと、私も思う」
穏やかな声で言うと、ウンディーネの瞳がうりゅっと潤みだした。
すんと鼻を鳴らして微笑む。
「そうね。そうだと思うわ」
彼女は赤い目のまま、はにかんだ。
「続きを話すわね。ノームは知ってのとおり、この街を通して支援を続け、わたしは錬金術師の育成につとめたわ。錬金術は魂を犠牲にするなって、大原則を作ったのはわたしなのよ?」
ふふっと、笑ったウンディーネの顔を見ながら、セトが錬金術は人殺ししてやるものじゃないと怒っていたことを思い出した。
「人に教えているうちに、わたし、一人の人間と恋しちゃったのよ……本当にバカだけどね……」
力のないウンディーネのほほえみに、ミルキーが声をだす。
「それって……セトの〝とーさん〟?」
「そうよ」
「人間だったんですか!? え!? うっそ!!」
サラも驚いた。
彼女が精霊なので、セトの父親も精霊だと思い込んでいた。
人と精霊が恋。
おとぎ話の世界だ。
ウンディーネは懐かしそうに優しい笑顔で続きを語る。
「セトの父親は人間よ。向上心が強くて情熱的な人だった……【言葉の錬金術】の使い手でね。【ゴーレム】の研究をしていたわ」
久しく忘れていたゴーレムの言葉にサラは襲われた砂人間のことを思い出す。
「ゴーレム……それは、アメリア嬢が錬成したものと同じなのか?」
ウンディーネは頬に手をあてて困った顔をした。
「そうね。彼女の錬金術を見るかぎり【言葉の錬金術】である可能性は高いけど、どこから知ったのかしら……カバラはあの人が去って以来、失われた術なのよね……」
「去ったって何があったんですか?」
ミルキーが質問をして、ウンディーネは話を続けた。
「彼と子供がほしくてね。でも、わたしは精霊で生殖機関なんてないし……だから、わたしのカラダと彼の精子を使って、人工的に人間を作ろうとしたのよ」
ミルキーが声をだす。
「……カラダを霊体から引き剥がすって、なんか痛そうですけど、すっとできるものなのですか?」
ウンディーネはニヤリと笑う。
「とーっても痛いわ。わたし、気が狂うんじゃないかと思ったわよ」
ふふふと笑うウンディーネに、サラとミルキーは生唾を飲み込む。
そんなに痛い思いをしても、子供が欲しかったということは、彼女は深く相手を愛していたのだろう。
それと同時に痛みから逃げ出した自分の初恋が、実にちっぽけに感じた。
──私は殿下にそこまでの思いはなかったな……
愛しているとはなんだろうと、考えている間にもウンディーネは話を続ける。
「わたしのカラダをバラバラにして、何度目かの実験をして、最後にできたのがセト(ホムンクルス)よ。……産声はあげてくれなかったけど、嬉しかったわ……母親にしてくれて、ありがとうって思っちゃった……」
ウンディーネの瞳が潤みだす。
その涙をふりきって彼女は笑顔を顔から消した。
「……でも、彼はセトのことを〝未完成〟だっていって、認めてくれなかったの。フラスコごと叩き割ろうとして……わたし、セトを抱えて逃げてきちゃった」
「叩きって……! そんな、ひどい!!」
ミルキーの怒声にサラもうなずいた。
ウンディーネは曖昧にほほえむ。
「あの人は人間の子供が欲しかったらしいわ。声を出して、わたしたちに笑いかけてくれるような。……それは分かるのよ。すごく分かるわ。結局、わたしだって、セトにロボットのボディを与えたし……」
ウンディーネの頬から涙がこぼれた。
「セトにロボットの体をつけたのは、わたしのエゴよ。おかーさんって呼ばれてみたいって、思っちゃったの……だから、わたしっ……わたしはっ……!」
しゃくり声をだすウンディーネに、サラとミルキーが近づく。
「ゆっくりでいいから……」
「そうよ、ウンディーネさま。ちゃんと聞きますから、落ち着いたら話してくださいっ」
ミルキーがずびずび鼻を鳴らしながら言うと、ウンディーネは泣きながら言葉を紡いだ。
「ノームもシルフも何も言わずに協力してくれたけどっ……殺戮兵器のボディを使うことは複雑だったはずよっ……! それに、セトだって……ロボットの体をすごく、すごく気にしてるっ……! あの子は優しいから、人間になりたいのも、きっとわたしの為なんじゃないかって思ったら……! わたしっ!」
ウンディーネの悲鳴に、サラは首をふった。
「それは、違うと思う」
サラは真剣な顔で伝えた。
「セトがウンディーネ殿を思っているのは確かだ。だけど、以前、ウーバーでセトと食事をしたとき、人間に近づくことを心から喜んでいた。セトはきっと、自分の意思で人間になりたがっている」
サラは優しく目尻をさげる。
どうか、彼女に思いが伝わるようにと、願いながら言葉を紡ぐ。
「私はセトに出会えてよかった。経験できなかったことをたくさんさせてもらっている。あなたが守って大事に育ててくれたおかげだ。ありがとう。ありがとう。あなた方は羨ましいぐらい親子だ」
ウンディーネが子供みたいにわんわん泣き出した。
彼女が泣き終わるのをサラたちは静かに見守った。
しばらく経った後、不意にドアが開いた。
振り返るとリトル・シーに乗ったノームがいた。
「修理、終わったぞ」
「あら、もう」と、ミルキーが言うと、ノームはうなずく。
「そろそろセトが目覚める頃じゃ」
それを聞いてサラの足は自然と前に出ていた。
彼に会いたい気持ちがサラの足を前へ、前へ進ませていた。
ウンディーネが泣き止み、ミルキーも歩きだす。
「大丈夫か?」とノームがウンディーネに声をかけ、彼女はこくりと頷いて微笑んだ。
セトはベッドに横たわっていた。
服を着ていて、まだ目をつぶっている。
ふと動かない手に触れた。
冷たい機械のボディ。
慣れた心地よい温度だ。
それに目を細める。
早く修理が終わればよいと思っていたが、ウンディーネの話を聞いた後では、眠る姿もよいなと感じる。
彼と話せるのはウンディーネたちのおかげだ。
彼と出会い、話せるのは奇跡みたいなもの。
そう思うと、機械のカラダが愛おしい。
それに眠る姿は初めて見るので、ドキドキもした。
やがて、セトの瞼がぴくぴく動く。
すっと開いた瞳。
乳白色の瞳には感情の色が見えた。
ぼんやりとした瞳がサラをとらえる。
それにほほえみかけた。
「おはよう、セト」
そう言うと、彼は薄く瞳を開いたままじっとサラを見る。
だんだんとその表情がほどけて、ふにゃっとした笑顔になる。
「サラに、おはよって言われる日がくるとは思わなかった……」
「そうか……?」
「あぁ……いーもんだな、おはようって……」
「……そうか」
愛しげに見つめられ、くすぐったい。
セトがこんな風に嬉しそうに笑ってくれるのなら、何度でも言ってあげたいと思った。




