奇跡の星
「セト……?」
部屋に入って、目に飛び込んだものに、思わず声がでていた。
視界がとらえるのは、褐色ではなく緑色の肌をしたセト。
いや、セトとそっくりのロボットだ。
服は着ていない。
彼は心臓の辺りを貫かれて、穴の空いた結合部からは、金属が見える。
人形のように天井から吊り下げられた無惨な姿に、サラは口元をおさえ、言葉にならない悲鳴をもらした。
──ひどい。
震えながらうつむけば、床にセトに似た頭部が置かれていた。
胴体だけのものもある。
腕だけのものも。
セトが動く姿を見ていたサラにとって、この光景は胸が潰されるほど辛いものだった。
「いーやー!! ぎゃあああっ! こわっ! こわすぎいいい!! ホラーじゃないですかあああ!」
隣でミルキーが絶叫する。
その声にサラは我に返った。
ミルキーは目をこぼれ落としそうなほど開き、顎は落ちそうになっている。
短い足をどすどす鳴らすコミカルな彼女の動きを見ていると、気がまぎれて落ち着いてきた。
気持ちを整えるために小さく呼吸を繰り返す。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと! なんですか! これえええ!? 」
「驚かせてごめんなさい。これはセトのボディのプロトタイプ──ボディの原型たちよ。壊れているものしかないけど……」
切なくウンディーネがほほえむ。
「セトのボディは、神様が作った対人間用の殺戮兵器よ」
ウンディーネの告白はサラを納得させるものだった。
信仰深いサラにとっては、神が作ったという話は理解の範囲。
セトの能力を考えれば、兵器だという話も腑に落ちる。
彼の錬金術は、魔法みたいだ。
物質を自由自在に変形できる術は、人知を越えた存在だ。
気になるのは、それが対人用ということ。
サラの顔が、動揺から引き締ったものになる。
久しぶりに戦地に立った心地だ。
感情の揺れが小さくなり、正しく状況を判断する戦士の胸中になる。
「続きを話してくれないか。全て聞きたい」
サラの声に、ミルキーも口を閉じてウンディーネを見た。
ウンディーネは歌うような声音で語る。
「昔話をしましょう。わたしたちの意地と、一人の錬金術師に入れ込んでしまった愚かなわたしの話を──」
彼女は落ち着いた声で、人間が生まれる前の話からはじめた。
***
この世界の神様は、変わった生命体だった。
彼はこの星には存在しない物質──【プリマ・マテリラ】で出来ていた。
永遠の命を持つ生命体だ。
彼は【プリマ・マテリラ】を方舟に乗せて、宇宙を漂っていた。
そして、この星に不時着する。
神様は方舟から降りて、声をだした。
「──アトランティス」
方舟は元いた星の叡智がつまれた近未来の乗り物。
アトランティスはピコピコと七色の光を放って主人に答えた。
神様は目を細くして、卵みたいな楕円形をした方舟に命令をした。
「ここに星を復活させる。まずは大地と空気と海を作ろうか──」
神様とアトランティスは星の育成を開始した。
生物が育まれる環境ができたら次は生命体だ。
彼は使いこまれた一冊のおとぎ話を広げる。
「どうせだったら、人間が想像した全ての生命をこの地上に出してみようか」
アトランティスが否と答える。
「──それだと生命の進化がおかしくなりますよ、ヘルメス」
神様はくすくす笑う。
「いいんだよ。塵から星を作っているわけじゃない。一ヶ月で空気と大地と海ができる世界だ。ここは彼女の空想世界。奇跡の星だよ」
アトランティスはブーブーと音を鳴らして文句を言う。
それに笑いながら神様は生命の錬成にとりかかった。
【エメラルド・タブレット】というコンピューターの機能の一部を使って生き物を錬成する。
様々な生き物のパターンが搭載されているので、キャラクターメイキングをするみたいに生命を作ることができた。
生殖機能はあるのか。
雌雄の区別はあるのか。
頭や体はどんな形か。
神様がテレパシーを送ると、エメラルド・タブレットは自動で最良のレシピを合成した。
そのレシピを元に、方舟から運んできた種を育てる。
種は神様と同じ物質──【プリマ・マテリラ】だ。
培養液がたっぷり入った卵形のフラスコで、生き物はスクスク育った。
できた四人の生命に神様は笑いかける。
「はじめまして。サラマンダー、ウンディーネ、ノーム、シルフ」
赤い髪の毛の女性のサラマンダー。
水色の髪の女性ウンディーネ。
茶色髪でちょっと老け顔の男性ノーム。
真っ白な長髪を持つ男性のシルフ。
神様は四人に話しかけた。
「ボクは錬金術師のヘルメス。ボクのお手伝いをしてくれるかな? 君たちに生命をたくさん作ってほしいんだ」
セトと同じ顔の彼は、にっこりほほえんだ。
神様は自分のことを高度な知的生命体と名乗らず、錬金術師といった。
その理由はウンディーネたちには知らされることはなく、自分達のすることは錬金術であると神様に教えられた。
ウンディーネたちは、神様に言われるがまま生命を作り出した。
シルフは植物担当。
ノームは地上に生きるもの。
ウンディーネは海の生き物たち。
そして、サラマンダーが担当したのは人間だった。
神様はアトランティスから二つのフラスコを持ってきた。
中には人間の胎児が入っていた。
「それは……」
サラマンダーが問いかけると、神様は切なく目を細くする。
「これはボクが知っている最後の人間。男性と女性だよ。自身の体を胎児まで退化させて、ずっと眠らせていたんだ……」
神様は二つのフラスコをサラマンダーに渡した。
フラスコは見た目より重かった。
「この二人を育ててくれないかな。何も覚えていないから、今度こそ伸びやかに暮らしていけると思う」
サラマンダーは頷き、それから二人を育てていった。
ヤグ、ナグと名付けられた二人の男女は胎児から成長を重ね、やがてフラスコの外にでた。
外に出た二人は、サラマンダーの手をわずらわせる存在だった。
よく泣き、よくかんしゃくを起こした。
言葉を教えた方がよいと神様に言われて、言葉を教えてみたがたいへん覚えが悪い。
他の精霊や幻獣たちはスラスラ言葉を話したのに、どうしてだろう。
二人はうまく話せず、もどかしい気持ちをもて余して、すごく泣いた。
しゃべりだすと、今度はサラマンダーの言葉に反抗して、ダメということをやりたがった。
ヤグとナグに振り回される日々だったが、二人はなぜか神様の話だけはよく聞いた。
サラマンダーは首をかしげて、なぜかと問いかけた。
「ボクは、ホムンクルスだからね。〝わかってほしい〟という誰かの願いを叶えるために生まれたから、彼らの心がなんとなくわかるんだよ」
神様は女の子のヤグを見ながら、頭をなでる。
「サラマンダーに二人が反抗するのは甘えているんだよ。君はとってもいい親だ。君がふたりを育ててくれて、いつも感謝しているよ」
よしよしとサラマンダーの頭も神様はなでた。
神様はダグとヤグに自立して生活するための知恵も授けた。
火の起こし方。狩りのしかた。
雨をしのぐ家の作り方。
原始的なやり方を教える神様に、サラマンダーはこっそり尋ねた。
「もっと効率的なやり方があるのに、どうしてそれを教えないのですか?」
アトランティスの機能を使えば、食事も家も簡単に作れる。
神様は切なくほほえんだ。
「便利なものを与えすぎると、人間は考えることをやめちゃうんだ。どうしたら簡単になるかな、どうしたら便利になるかなって考えることは大事なことだよ」
サラマンダーはよく分からなかったが、神様に色んなことを教えてもらう二人は楽しそうだったので、これでいいのだと思った。
そして、十八才のとき二人はサラマンダーの元から旅立った。
「これからは自分達で生活するのよ」
二人は泣かずに旅立った。
その日がくることをずっとずっと話していて、何度も話し合った結果、二人は自立の道を歩んでいった。
ここから人の歴史は始まった。
数千年後──
世界は生き物が繁殖して様変わりしていた。
四人のはじまりの精霊たちは、各地に散らばっていた。
シルフは精霊や幻獣の困りごとを聞くことに従事していた。
ノームは神様が持ち込んだ技術に興味をもって、色々と教えてもらい隔離された土地でライデンという都市を作っていた。
後に精霊であふれるこの街には、まだ彼と神様しかいない。
サラマンダーは人間の行く末が気になり、人の近くに住んでいた。
ウンディーネは気ままに空を飛んで、世界中を旅していた。
一年に一度、ノームの街で四人の精霊が集まり、色んなことを話あった。
あくる日、シルフが腕組みをしながら人間のことを話題にした。
「彼らの行動は目にあまるものがある。人間は戦争をして土地を荒らす。森も開拓されて、精霊も動物も怯えている」
シルフの言葉にサラマンダーは気まずそうな顔をする。
神様は穏やかな声で言った。
「人間はまだ進化の途中だからね。錬金術でいうと、腐敗の時期かな」
「腐敗ですか?」
「うん。錬金術は腐敗と再生を繰り返して、完全に近づく工程をする。進化するための必要な腐敗だよ」
「……しかし、目にあまるものがあります。あれらは兵器を開発して、植物が育たない土地を産み出します。星が壊れてしまう。生きているのは人間だけではないのですよ?」
シルフの追求に、神様は大きく息を吐いた。
「君のいうことは正しいよ」
神様は居場所がなさげにするサラマンダーを見てぽんぽんと頭をたたく。
「今はひとつの国が力をつけすぎているから、バランスをとろうか……少し待っていて……」
そう言って、神様はすいっと空を飛んで、浮遊しているアトランティスに話しかける。
「ロボットを出してくれる?」
アトランティスはピピピと音声をだす。
「ロボットを出し起動させれば、この星の生態系の八割は死滅します。それでも宜しいですか?」
アトランティスの言葉に四人は息を飲む。
「ロボットの能力を制限して新しく作り変える。シンプルに人間のみを殺す兵器にするよ」




