地下都市での邂逅②
「ほほほ。わしの肉体はユーミィを錬成するときに使ってしまったから【霊体】しかないのじゃ」
「霊体……ですか?」
「そうじゃ。ほれ、ウンディーネも霊体姿じゃろ」
ノームが右手を九十度あげる。
セトの周りにいるウンディーネを見た。
七色に光る姿は透けているが、精霊だからではないのだろうか。
「ノームも霊体でいればいいのに。その体じゃ不便でしょ」
「ふんっ。これは思い出の品だからいーんじゃわい」
くすくすウンディーネは笑うが、サラは話についていけなくてポカンとしてしまう。
ノームはサラに向き直る。
「色々と聞きたいことがあると思うんじゃが、セトのメンテナンスが先じゃな。工場に行くぞい」
ノームはカタカタと動いて、体を反転させる。
「ミルキー、机の上にある笛をとってくれるかの? リトル・シーを呼んでおくれ」
「はーい」
ミルキーが机の上にあった笛をふく。
かすかに高音が聞こえた後、羽音がして影が降りてきた。
カラフルな色の小さな鳥だった。
体は海のように深い青。
羽は翡翠色で、先端は赤みがかっている。
長い尾は六本に分かれていて、赤、青、緑と一本ずつ色が違っていた。
その姿にサラは瞠目し、思わず呟いた。
「……不死鳥」
自国のシンボルである不死鳥にそっくりの鳥だった。
リトル・シーと呼ばれた鳥はくちばしに本を咥えていて、それを机の上に静かに置いた。
ノームはカタカタと音を鳴らして近づき、リトル・シーを撫でる。
「ご苦労じゃったな」
「くぃっくいくいっ」
高音の声で鳴いて、リトル・シーがノームにすり寄る。
サラは隣に立っていたセトに、目を見張ったまま尋ねる。
「あれは……不死鳥なのか……?」
「ん? いや、あれは【霊鳥シームルグ】だ」
「シームルグ……祖国のシンボルに似ているから不死鳥かと思った……」
「あぁ、そういや似ているな……」
セトが脳内のコンピューターからアーリア国旗の画像を検索して、リトル・シーと照らし合わせる。
「羽の色もそっくりだな。気づかなかった……」
セトがしくじったと頭をかいて、ノームに尋ねる。
「ノームじいさん、リトルの母親って今、どこにいるんだ?」
「シームルグか? あの娘は気まぐれじゃからのお。リトルを産んだ四百年前から姿を見せんのじゃ」
「そっか……そうだよな。おれも見たことがなかったし……」
セトが眉根を寄せて頭をまたかいた。
呆然としたままのサラに向き直り、シームルグのことを話し出す。
「シームルグってのは、不死鳥と同じで火に強い鳥でさ。羽を燃やすと人の傷を癒す灰になると言われているんだ」
サラはひゅっと息を飲む。
母国の神話で語られる聖女も、背中に翼を持っていて、その羽には人を癒す力を持っていたからだ。
「……傷を治す……聖女さまみたいな鳥だな……」
「色味も似ているし、サラの国とシームルグは関係があるのかもな」
セトはリトル・シーを見る。
「リトルは産まれてからずっとライデンにいるし、関係あるとしたら母親の方かと思ったんだけど……行方不明だってさ」
セトはすまなそうに肩をすくめた。
サラは首を横にふった。
「聞いてくれてありがとう。この場所で、祖国のシンボルに似た鳥に出会えるなんて不思議だな……」
今もなお、不死鳥は特別な存在だ。
郷愁が胸にひろがり、サラはリトル・シーを切ない眼差しで見つめた。
リトル・シーが黒い目をこちらに向けて、すいっと飛んできた。
サラの前で羽ばたき首を傾け、「くぃっ」と鳴いた。
──君はぼくと同じ火の眷属だね。仲間、仲間!
リトル・シーの言葉が分かるような気がして、サラは目を丸くする。
「リトル……?……私に話しかけているのか?」
──うん。火の眷属同士は話せるんだよ。仲間! 仲間だしね!
リトル・シーが嬉しそうにサラの肩に乗った。
親愛を込めて、サラの頬に頭をすりよる。
羽の感覚がくすぐったくて、サラから笑みがこぼれた。
──ぼく、サラに会えて嬉しいよ! 仲間、仲間!
無邪気な声に、はにかむ。
「仲間か……リトルに会えて私も嬉しいよ」
サラは目を細めて、リトル・シーの背中を撫でた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。リトルは、サラさんにすっかり懐いたようじゃのお」
ノームが軽快に笑うと、リトル・シーが「くいっ」と鳴いた。
リトル・シーはサラの肩から飛び立ち、ノームの前に降りる。
ノームがリトル・シーの背中に股がると、またサラの前に飛んできた。
「では、行くとしようか」
ノームの案内で、修理の工場を目指した。
***
修理工場に入った瞬間、サラはまた息を飲んだ。
最初に目に飛び込んできたのは白色。
床も天井も光輝くような白だった。
真ん中には、円の形をした台がある。
その周りを取り囲むように、天井からは機械のアームが伸びていた。
壁には黒い画面があり、ミルキーよりも背の低い小人たちがキーボードを操作している。
小人たちはサラたちに気づくとわらわらと近づいてきた。
ミルキーと同じ赤いとんがり帽子をかぶっていて、服装は緑の長袖をきていた。
長い髭が特徴的で、みんな同じ顔に見える。
十五名ほどに囲まれて、サラは瞬きを繰り返した。
「トセ! トセ!りえかお!」
「まいだた、なんみ」
また精霊たちの言葉で小人とセトは会話をした。セトの周りをぴょんぴょん跳ねる小人に、彼は満面の笑顔になる。
言葉はわからないが、彼らがセトに出会えて喜んでいるのはわかった。
「サラさん、この子たちはさっき話したドゥードゥよ」と、ミルキーが声をかけてくる。
彼女はドゥードゥたちに精霊語を使って話しかけていた。
彼らが一斉にこっちを向く。
「まさーダンマラサ……」
ドゥードゥたちはサラに向かって、神聖なものでも見ている目をする。
しずしずと腰を折り、床に座ると両手をついて頭をさげた。
サラは仰天して、とっさに腰を折る。
顔をあげてほしいと声をかけたいが、言葉が通じない。
もどかしい気持ちでいると、リトル・シーに乗っていたノームがぴょんっと降りた。
「ゃじんるげあを顔、なんみ」
ノームの一声でドゥードゥたちが顔をあげる。
彼は続けて話をしてくれた。
ノームがくるんと体を回転させてこちらを向く。
「ドゥードゥたちにそなたを紹介した。驚かせてすまんのぉ」
ほっと胸をなでおろす。
「ノーム殿、ありがとう」
「いやいや。どうってことないわい。ドゥードゥたちは【はじまりの精霊】を神の使徒のように感じておってな。あんたがサラマンダーだって感じて、敬意を表したんじゃ」
ノームが腕を四十五度、直角にあげて自分をさす。
サラは赤い鱗がある首まわりを片手でなぞった。
この鱗を見て感じるものがあったということだろうか。
自分を陶酔したような瞳で見るドゥードゥたちに苦く笑う。
「私はサラマンダー自身ではない。できれば普通にしてほしいのだが……」
「ほっほっほっ。そうか、そうか。なら、ドゥードゥたちに伝えよう」
ノームはくるんと反転してまたドゥードゥたちにサラの思いを伝えてくれた。
すると、彼らはビックリしたようでヒソヒソと話し出す。
それが終わると、ぴょんぴょんと小さな体を跳ねさせた。
近づいて、にこっと笑ってくれる者もいる。
その様子に目尻をさげていると、後ろでセトが声をだす。
「おれが初めてドゥードゥたちと会ったときを思い出すな」
サラが体をひねって、セトの方をむく。
目が合うと肩をすくめて苦笑いをされた。
「ホムンクルスは、かーさんの体を使ってできたものなんだ。だから、おれもウンディーネさまとか呼ばれたな」
セトの本体は、ウンディーネの体を使って錬成されていた。
ひとつ打ち明けあけられた事実に、さらに詳しい話を聞きたくなっていると、ウンディーネがサラの前に飛んできた。
「ホムンクルスの話はわたしからするわ。ほら、早く直してらっしゃい」
セトはサラをじっと見たあと、真剣な顔つきになった。
「修理が終わったら、たくさん話をしたい。二人で話す時間がほしい」
まっすぐな目で言われて、サラは口の端を持ち上げて頷いた。
セトはへへっと笑うと体を反転させた。
彼は雑嚢を台のそばに置いて、足をふってサンダルを脱ぐ。
マントも脱いで、黒いシャツを脱ぎ、ズボンに手をかけたとき、サラは仰天して彼に背を向けた。
男性の裸をまじまじと見る勇気はない。
サラが後ろを向いている間に、セトは服をすべて脱いで丸い台の上に乗った。
──ブンッ
機械音が鳴り出し、彼の体を包むように青い光がでる。
セトは光に身をゆだね、脳内のパソコンをスリープモードに移行する。
心と体を切り離す作業だ。
セトの視界は暗闇にとざされていった。
心と感覚が切り離され、何も聞こえず、声も出せず、触れられなくなる。
セトはフラスコの中で小さく丸くなったホムンクルスになってしまった。
「サラさん」
ウンディーネに話しかけられ、サラは緊張をゆるませた。
「ここはノームに任せて、あっちの部屋で話しましょ。ミルキーもついてきて」
「はーい。でも、アタシが入ってもいーんですか? あの部屋ってヒミツのお部屋ですよね?」
鼻息をふがふが出して興奮しながらミルキーが尋ねる。ヒミツのキーワードにサラの顔がひきしまった。
ウンディーネは切なくほほえんで、「いいのよ」と返す。
「ミルキーは冷静な子だから、受け止めてくれると思うわ。それに、第三者がいた方がサラさんも聞きやすいでしょう」
おいでおいでと手招きをされる。
吸い込まれるように足を動かす。
視界の端でセトの顔を見たら、まるで生気がなくて腰の辺りが冷ややかになった。
機械のアームが彼の腕を取り外し、修復している。
さっきまで感情豊かに動いていたのに、こうみると彼の体がロボットであると、否応なしに感じる。
彼と自分の違いをまざまざと見せつけれて、サラは視線を下に流した。
──早く修理が終わってほしい。また彼の笑顔が見たい。
芽生えて育っていくセトへの思い。
まだ名前のつけられない感情の伊吹を感じながら、サラは奥の部屋へと入っていった。




