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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第四章 精霊の住む都市
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精霊都市ライデン②

 ウンディーネは泣き止むと、にこりと微笑んだ。


「感極まっちゃって、泣きすぎたわ」


 首をすくめる彼女に、ゆるく首を横にふる。

 ウンディーネは深呼吸すると、吹っ切れたのか笑顔で話し出す。


「サラマンダーのこと、サラさんにきちんと話さないとね。それにわたしや、セトのことも」


 そう言って彼女はセトを見た。

 彼はびくっと体を跳ねらせて、ウンディーネに詰め寄った。


「話すって、何を……まさか、おれが殺人へいっ──」


 セトは言いかけて口を手で押さえる。

 彼の瞳孔は開き、怯えた表情になった。


「セト?」と、声をかけると、顔をそらされてしまう。

 彼らしくない態度だ。

 セトは頭をかきむしると、ムスッとした顔になる。


「おれのことは別にいいよ。かあさんだって昔のことを話すのは辛いだろ? 無理することないって。それよりも、サラ」


 彼が町を指差す。


「この都市に入れば、あの王子は追ってこれねーよ。気に入ったのなら、好きなだけいればいい」


 明るい調子で言われて、確かにと思う。

 あの不思議な入り口は、人間では通れないものだ。


 ──逃げ切れた……と、いってもいいはずなのに、もやもやが晴れない。

 思わずドルトルに刺された脇腹をさすってしまった。

 小さく息を吐き、気持ちを整える。


「ライデンを案内するよ。楽しい奴らがたくさんいるんだ」


 セトが気さくに話しかけ、ウンディーネが困ったように彼を見ている。

 二人を交互に見て、サラはセトをじっと見た。

 乳白色の瞳は自分を見ているのに、距離を感じる。

 隠し事をされている。

 それが、なぜか無性に腹が立った。


「セト、私たちはパーティーだよな」

「ん? うん。そうだけ、ど?」

「なら、隠し事はなしだ。違うか?」


 セトが口を引き結ぶ。


「それに、私はこの力のことを知っておきたい。サラマンダーは、もう私の一部だから」


 不思議な力を感じた指先を見た。

 力が満ちている。

 今、聖女の力を解放したら、できなかったことができそうだ。

 サラは手のひらを握りしめ、拳を作った。


 がしがしとまた髪の毛をかきむしる音につられて、顔をあげると、セトはへなへなと腰を落としてその場にしゃがみこんだ。

 うつむいて髪の毛をまだかきむしっている。


「話すのが嫌か?」


 葛藤が見えて自分も腰を落として、膝を草の上についた。

 セトはため息をつくと、目を合わせずに呟く。


「……嫌じゃねえけど、ちょっと……怖い」

「怖い?」

「うん……サラがおれのことを怖がりそうで、怖い……」


 サラとの旅路は、セトにとって浮き足だつほど楽しいものだった。

 彼女がそばで笑っているだけで口元がだらしなくゆるむぐらいだ。


 幸せといえる時を過ごしていたのに、自分の体が殺人兵器だと知られたら、彼女はどう思うだろう。

 気持ち悪がられないだろうかと、いう怯えが足をすくませた。

 ──サラに嫌われたくない。

 それは初めてセトの心に宿った感情だった。


「怖いか……」


 サラはいつになく弱々しい態度のセトを見て、逡巡(しゅんじゅん)した。

 ホムンクルスだということも、ロボットだということも知っているのに、何を恐れるのだろう。

 突き放された態度に、一抹の寂しささえ感じる。

 だが、自分にも怖いものがある。

 打ち明けるのを躊躇う気持ちは、よくよく分かるのだ。


「……私にも怖いものはある。だから、無理に話すことはしなくていいぞ。心の準備ができてからでいい──」

「──何が怖いんだ?」


 セトがぱっと顔をあげて、自分の手を掴んだ。

 さっきまでの萎んだ顔ではなく、真剣な顔つき。


「怖いものがあるなら、言ってくれ。おれが守るから」


 その言い方はずるい。思わず口を尖らせると。


「すとーっぷ!」


 ウンディーネが自分たちの間に割り込んだ。

 セトは憮然とした顔になるが、ウンディーネは指を一本立てて、めっと彼をたしなめる。


「自分のことは話さないで、相手のことばかり聞きたがるのは失礼よ」


 セトはバツの悪そうな顔をした。

 叱られた子供のような彼の顔を見て、ふっと笑みがもれる。


「セトがいつか話してくれると約束するなら、先に私のことを話す。それでいいか?」


 セトは乳白色の目を丸くした。


「隠し事をされるのは、寂しいんだ」


 気が抜けて、つい本音が出た。

 はっとするが、もう遅い。

 ばっちり聞かれてしまった。

 セトもウンディーネも、ぽかんとこちらを見ていた。


 今度はサラが気まずくなり、二人の視線から目をそらす。

 寂しいなんて、拗ねているみたいだ。

 何か適当な言い訳を、と考えている間に、セトが声をだした。


「おれも話す。話すよ。だから、サラの怖いもん、教えてくれ」


 握られた手の力が強くなる。

 まっすぐに言葉が響いてきて、心は揺さぶられた。

 サラは頬を仄かに赤くして、はにかんだ。


「うん。話す……よ……」


 セトは恥らったサラの顔にノックアウトされ、思わず彼女を抱きしめたくなったが、ぐっと耐えた。

 サラとの抱擁はおやすみ前だけだと約束している。

 律儀に約束を守ったのだが、本音は口からこぼれた。


「くっ……その顔は……ダメだろ……可愛いすぎる……」


 サラはセトの言葉の意味がわからなかった。


「どうした?」

「なんでもねえ!」


 セトは口元をおさえて、そっぽを向いてしまった。

 サラが首をひねっていると、不意に影に覆われ、視界が暗くなる。

 ばさばさと空気を切る音がして、サラは顔を上げた。


 目に入ったものに、思わず体を硬直させる。

 真上には翼の生えた茶色い生き物がいた。


 顔は(わし)で鋭い目とくちばしがあり、体は獅子(ライオン)のよう。

 前足だけ鋭く尖った爪がある。

 グリフォンだ。

 背中に誰かを乗せている。

 顔立ちからみると壮年の男性のようだ。


 サラには分からない言葉で、男はセトに話しかけてきた。

 セトは立ち上がり手をふって、同じ言葉で答えた。


「うお! よたっだきんげ。たっだきんげもーキルミ?」


 男とグリフォンは、サラたちの前に降り立つ。

 グリフォンが大きく羽を動かしたので、足元の草が風にそよいだ。

 髭を三つ編みにした男がひょいっと、地面に降りる。

 サラの腰の辺りまでしか身長がない背の低い人だった。


 セトがサラを指差して、二人に何か告げている。

 紹介をしているようだ。

 二人は何度か頷いた後、小さな人がサラの前に立って、手をだしてきた。


「初めまして、アーリア国の聖女さま。アタシはドワーフ族のミルキーよ。この話し方で通じるかしら?」


 母国語で話されて、サラは目を点にした。

 反射的に腰を屈めて、手をだすが、驚きすぎて言葉がなかなか出てこない。

 ミルキーはにんまり笑って握手をする。


「噂通りの麗人ねぇ。うふふ。素敵な、お・か・お」


 ふんがーっとミルキーが盛大に鼻息をだす。

 サラは動揺しながらも、なんとか声を出した。


「初めまして……サラ・ミュラーだ……」

「んまあ! イケメン顔に似合ういい声!」


 ミルキーが興奮して、短い足をじたばたさせる。

 どう反応してよいか分からず、聞きたいことだけを端的に尋ねた。


「私のことを知っているのか?」

「もちろんよ! アタシ、サラさんの国の人に会ったことがあるのよね。ドゥードゥたち、あ、こっちの技術者の小人のことね。ドゥードゥたちはサラさんの国の言葉を話せないから、アタシが精霊語を通訳して人に技術を教えていたのよ。フロックって、技術者、知らないかしら?」


 フロックの名前を聞いて目をしばたたかせた。


「……知っている。国を出るときに世話になって精霊の国の話も聞いた……そうか。貴女がフロックが話していた【通訳ドワーフ】か……」

「あら、会っていたのね。もー、やーね。セトったら、そこら辺の情報くれないんだからっ」


 ミルキーがふんがーと鼻息を出して、セトを睨んだ。まだ手は離されない。

 セトはグリフォンに髪の毛を引っ張られながらも、平然とした顔で肩を上下させた。


「帰国の連絡をしたときに、ノームのじいさんがいなかったんだよ……詳しい話は、後でいっかなと思って」

「相変わらず説明が下手なんだから。サラさんはイケメン顔だけど、レディなんだから、ちゃんとお話ししなくちゃダメよ」


 くどくどと説教をするミルキーに、セトは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 気安い言葉の投げ合いを見ると、二人は親しい間柄なのだろう。

 サラは思わず微笑した。


「ミルキー殿とセトは仲が良さそうだな」

「あら、そう見える? ウフフ。アタシ、セトが産まれたときから知っているからねー」

「産まれたときはいねーだろ? おれの方が百歳年上だ」

「はいはい。兄さま。兄さまよねー。年齢だけは。でも、しゃべりだした時は一緒だったでしょ? 二人で一緒におしゃべりの練習したのを忘れてないでしょー?」


 ミルキーの言葉に、セトが言葉をつまらせた。

 しゃべりだした時が一緒とは、どういうことだろうか。


「……しゃべれない時期があったのか?」


 サラの声にセトは膨れっ面になりながらも説明をしてくれた。


 セトは最初の百年はフラスコの中にいて、この体を持ったのは二百年前らしい。ミルキーもその頃に産まれた。

 ドワーフは母ユーミィから産まれる子供。

 彼女の体をちぎって(はら)から産まれるのだそうだ。


「アタシはノームとうさまと、ユーミィかあさまの娘なのよ」


 精霊らしいというべきか。

 人とは違った親子関係だったが、ミルキーがあまりにも嬉しそうに話すので、良い親子に見えた。


「そうか。ユーミィ殿は、貴女の母親なのだな」

「そうよー。それでね。アタシたちは生まれたてもこの姿なの。だけど、話したり手足を動かしたりはうまくないのよ。だから、練習をするんだけど、セトも機械の体を使いこなせなくてね、一緒に練習したのよ。懐かしいわねー」


 明るく笑うミルキーだったが、セトは恥ずかしそうだ。

 そんな彼の姿を見るのは初めてで、サラの口元が笑みを作る。


「ふたりは本当の兄妹みたいだな」


 ミルキーが、がははと大口を開けて笑いだす。


「そうそう、兄妹みたいなものよー」

「兄妹か……」


 ふと、兄みたいに慕っていた頃のあの人の姿が脳裏をかすめた。

 カタカタと、しまいこんだ記憶の蓋が開いてしまう。

 心が遠く、遠く。過去に沈んでいく。

 怖いものを話すとセトに言ったからだろうか。


「……殿下とは、兄妹のように育ったな……」


 気がつけば、サラは脇腹をおさえながら、ポツリと呟いていた。

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