◼️ 王太子の反逆 ③
本日8話更新、しております。
バルドス公爵、別邸。
そこにバルドス、サティナー、クルトンの三人が集まって酒を片手に国王への不満を話していた。
「全く! 陛下の横暴には呆れるしかない!」
グラスを椅子に叩きつけながら声を荒らげたのは、バルドスだ。
サティナーも同意する。
「バルドス閣下のご息女を王太子妃に据えれば、我らも手をかしたものを……陛下も耄碌されましたな……」
「本当です! 義父上様、このままでよいのですか?! 私は陛下が許せません! 誰のおかげで我が国が安定しているのか、陛下は分かっておられないのです!」
クルトンが声を荒らげていい、バルドスは唸った。
「かくなる上は、義父上様が王冠を頂くのが最良の道ではございませんか?」
クルトンが胸を張る。
バルドスは低い声をだした。
「儂がか……?」
「えぇ! 戦女神がいなくても帝国と停戦条約を結べば、自国は安泰。これは僥倖です。聖女がいなくなれば、王家などいらないでしょう! 聖女を作るために王家はあったのですから! それよりも国の為に尽力してきた義父上が、真の意味で国を動かせばよいのです!」
まるで舞台役者のように声をはるクルトンに、バルドスがうなる。
「しかし、殿下が納得されるか……」
「なぁに。金髪の坊やの言うことなど、気にしないことです。一人で何ができましょう。彼は所詮、第一隊のみを任されているだけ。全軍を動かせる私がいれば、一捻りです」
ひらひらと手をふるクルトンに、サティナーが口を開く。
「アメリア嬢のポーションというものもあるんだぞ?」
「あぁ、あの気持ち悪いやつですか? ロンバール家の無能な女など捨てておけばよいのです。女一人味方につけても、何もできませんよ」
クルトンは目を爛々と輝かせ、バルドスに向かってにたりと笑う。
「義父上こそ、玉座にふさわしい……」
クルトンの言葉に、バルドスは口元を歪に持ち上げた。
酒を一気に煽り、口元を不敵にゆがませる。
「確かに……可愛い息子のいう通りだ」
三人が顔を見合せ、ほくそ笑む。
停戦条約を結んだ後の自分達の姿を想像して悦に入った。
──ぎゃああっ!
部屋の外でこの世のものとは思えない叫び声が聞こえ、三人はびくっと体を跳ねさせた。
クルトンが椅子の横に置いていた剣をとって、二人を庇うように前に立つ。
ただならない雰囲気を感じとり、二人も椅子から腰を持ち上げた。
キィィ……と、扉が音を立てて開く。
立っていたのは黒いマントに、黒い軍服をきたドルトルだった。
「で、殿下!?」
三人が目を見張る。
ドルトルは気安い笑顔を三人に向けた。
「なかなか楽しい話をしているようだね。僕もまぜてくれないかな?」
ドルトルの言葉に全員が顔色を失う。
彼は剣を抜いて立っていた。
その剣には血がしたたっている。
「……殿下……これは……」
サティナーがガタガタ震えだす。
クルトンが血迷い、叫んだ。
「バルドス家が今まで国を支えてきたのです! その忠誠心を踏みにじったのは王家の方ですぞ!」
ドルトルは笑顔のまま歩みを進める。
クルトンは剣を鞘から抜いて、彼に向かって構える。
「クルトン!」
バルドスが声を出すが、クルトンは聞かない。
「これはアーリア国のためです! 殿下! ご覚悟!」
突っ込んできたクルトンの剣をドルトルは軽く受け止める。
くっと奥歯を噛む彼を見ながら、酷薄な眼差しを向ける。
「……軽い……君の信念同様、軽い剣だね……」
「おのれ!」
クルトンがいったん剣を引き、大振りでまた斬りかかってきた。
ドルトルは彼の剣を剣ではじき飛ばす。
弾かれしびれた手を庇うクルトンの肩を、ドルトルは剣で貫いた。
痛みにのたうち回る彼を一瞥して、残り二人に視線を向けた。サティナーは腰が抜けてへたりこんでいる。
バルドスは口を開いたまま棒立ちしていた。
そこへ真っ黒な法衣を身につけたアメリアが姿を現す。
彼女の背後から、影と呼ばれるドルトルの私兵がぞろぞろとでてきた。
「まぁ。殿下のお手を煩わせてしまいましたね。申し訳ありませんわ」
ちっともすまなそうではないアメリアの声に、ドルトルは小さく笑う。
「別にいいよ。彼はサラを見下して、恥をかかせたことがあるんだ。このよくしゃべる口を引き裂いてやりたかったんだよね」
ドルトルは容赦なくクルトンの口に剣を突き立てた。
耳障りな声がようやく静かになる。
アメリアはその光景を見ても顔色一つ変えずに「そうでしたの」と言う。
「それでは、死んでもしかたありませんわね」
ころころ笑うアメリアにドルトルが声をかける。
「そっちは終わったの?」
「えぇ。この屋敷にいるものはダハーカさまが食べてしまいましたわ。ここで起きたことは誰も気づかないでしょう。ふふっ。そこの死体の血もきれいにダハーカさまが嘗めてくださいますわ」
ドルトルが穏やかに笑う。
「そう。ご苦労様」
二人の様子を見ていたバルドスとサティナーは、異様な光景に足を震わせて顔を蒼白させている。
「で、でんか……い、いのちだけは……」
サティナーが歯を鳴らして、両手を前で組み懇願する。
ドルトルは、にこりとほほえんだ。
「地獄で先にクルトンが待っているよ。君もすぐに行かないとね?」
「──ひ、ひぃぃぃ!!」
発狂するサティナーに向かって、アメリアが手にもっていたフラスコを前に出す。
フラスコから瞬時に黒い巨大な蛇が出てきた。
三つの首の一つがおおくちを開いて長い舌をサティナーに巻き付ける。
絶叫をしながら半身を失うサティナー。
バルドスが最後に見た光景もまた、蛇の大口だった。
別邸は火がつけられ消失。
不審な点が多い火事だったが、目撃者がいないことから、火の不始末が起こした不慮の事故として翌日の新聞には載ることとなった。
新聞を視線を落としていたドルトルが呟く。
「全てが片付いたら、君も戻ってこれるね。待っててね、サラ」
彼の双眸に、正気の光はなかった。
区切りのよいところまで、1日でアップという連載形式に変更いたしました。
次の更新は、また不定期になります。申し訳ありません。




