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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
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◼️ 王太子の反逆 ②

 ペットがいる部屋には、七つの扉を通らなければならない。

 儀式みたいなものだった。


 火星、金星、土星、木星、水星、月と、何もない扉だけの部屋を通りすぎて、太陽の部屋の扉をあけると、ぐちゃりと果汁を噛み潰すような音が聞こえた。


 この部屋は地下二階の一部まで吹き抜けになっている。

 高い天井に頭を付けそうなくらい巨大な存在。

 三つ首のドラゴンが、そこにはいた。


 巨体のわりには、飛ぶための羽はドルトルの手のひらぐらいしかない。

 三本の首がある巨大な蛇といったほうが、しっくりくる見た目だ。


 ここからは見えないが、彼の本体は手のひらサイズのフラスコと繋がっているはずだ。


 牙を立てて捕虜だったモノを咀嚼する黒い存在は、異様だった。

 石の溝に溜まって血がまっすぐな線を描いていた。


『ダハーカ』


 声をかけると、赤い六つの目がドルトルを見た。

 その瞬間、ダハーカは瞳を丸くして、食べていたものを飲み干すと、しゅるしゅると小さくなって、フラスコの中におさまってしまう。


 血だまりを踏んで、小さなフラスコまで近づく。

 フラスコとはいっても、透明の楕円形のガラスなので、卵にみえる。

 上だけ丸い穴が空いていた。


 簡素な木製の机の上に、黄金で作られた台座があり、その上にちょこんとフラスコが乗っている。


 ダハーカは三つの頭を垂れて小さくなっていた。


『そんなに怯えないでよ』


 声をかけると、ダハーカは奇妙な音階の声をだす。


『……アンラ・マンユさま……』


 悪神アンラ・マンユの名前で自分を呼ぶダハーカにくすりと笑う。


『君は相変わらず、その名前で呼ぶんだね。アンラ・マンユさまは違う人だよ。僕は神様から信託を受けただけ。君の仲間だよ』


 そういうが、ダハーカは繰り返しドルトルをアンラ・マンユと呼ぶ。


 ドルトルは肩を竦めてフラスコを撫でた。ダハーカは気持ちよさそうに頭をフラスコにこすりつける。


『アメリアの話をよく聞いて、頑張って賢者の石を錬成するんだよ』


 ダハーカは返事の代わりに、またアンラ・マンユさまと言った。



 挨拶を終えて七つの扉から戻ってくると、最初の部屋でアメリアが待っていた。

 新しい白い法衣は、シミひとつ付いていない。


 彼女は何事もなかったかのように、お茶を淹れていた。


 のどかなティータイムでもしそうな雰囲気に、ここが地下室であることを忘れそうだ。


『ダハーカ様、大きくなりましたでしょう?』


 部屋に不似合いな豪華なソファに座ったドルトルに茶器を差し出しながら、アメリアがいう。


『そうだね。随分と大きくなった。最初に見たときはフラスコに入るくらいだったのに』

『ふふっ。たくさんお食事してもらいましたから』


 アメリアは紅茶を一口すすると、優雅に微笑む。


『わたくしがこうしていられるのは、全てダハーカさまのおかげです。ダハーカさまはわたくしの第二の救世主ですわ』

『そういえば、君の両親はダハーカが食べたんだよね?』

『ええ。最初は驚きましたけど、妙にスッキリしました。両親という肩書きをもっているだけの人たちでしたから』


 穏やかにほほえむアメリアを見ると、三年前に会ったときとは随分、印象が違う。

 彼女は貴族の中でも地味で、うつむいてばかりいたから。


 ロンバール侯爵家の当主と妻は不慮の事故で死んだとされているが、実際はダハーカに食われていた。


『ダハーカさまを作るためのレシピを殿下に教えられてから、わたくしの人生は色づきましたわ。本当に感謝しておりますよ』


『僕はアンラ・マンユさまからレシピを教えてもらっただけだよ。僕は錬金術師じゃないし、黒い賢者の石を産み出すダハーカを錬成したのは、君の力だ』


 アメリアは嬉しそうに胸をふくらませた。


 三年前にドルトルの前に突如として現れたアンラ・マンユは、ロスターの教えでは悪の根元と言われる大魔王だ。



 彼は髭をたくわえた壮年の男性の姿で、ドルトルに三つの信託を与えた。


 一つは、ダハーカを錬成するレシピ。


 一つは、聖女の分解方法。


 最後は、建設中の城壁の有効的な使い方。



 最初は夢物語かと思ったが、アンラ・マンユに言われたことがドルトルを突き動かした。



 ──愛に狂う者よ。お前の完全を見せてくれ。



 消えた彼の言葉を信じて、自分の完全な世界を目指してここまできた。



 ドルトルはお茶を一口啜ると、アメリアに声をかける。



『ハイ・ポーションは作れそう』


「まだ実験段階ではありますが、現状ではポーションの二倍の効果がありそうです」



 ダハーカの入っている卵型のフラスコを傾けて、穴から出そうとすると、とろりと溶けた黒い液体になる。


 とかげの尻尾のようにぴくぴくうごくそれに、麻薬の一種であるハオマ草などをまぜればポーションの完成だ。


 奇跡の力は、人の血肉によって錬成されていた。


 ダハーカの体は回復の他に、人体強化などの効力をもたらした。アメリアのハイヒールに液体を塗ると、サラみたいな体術を使える。


 ただ、体の負担は大きい。アメリアは戦闘の訓練をきちんと受けているわけではないので、スピードに慣れずに吐き気をもよおす。筋肉疲労も激しかった。


『ハイ・ポーションができれば、サラから聖女の力を引き剥がすときに、さらに安心だね』

『えぇ。サラさまには業火に耐えるだけのものを。わたくしは是が非でもハイ・ポーションを完成させます』


 意気込むアメリアに苦笑いをする。


『君も変わらずサラが好きだね』

『もちろんですわ』


 アメリアは王子さまに憧れる少女の瞳をする。


『誰も気づかなかったわたくしを助けてくれたのは、サラさまだけですもの。わたくしはサラさまを敬愛しておりますわ』


『……親に殴られた後、放置されたところをサラが通りかかって、介抱されたんだっけ?』


『えぇ。パーティー会場の廊下でしたわね。口の端が切れて呆然としていたわたくしをサラさまが横抱きにしてくださって、医務室に連れていってくれたのですよ』


 宝物を眺めるように過去の記憶を思いだし、アメリアはうっとりとした顔になる。


『サラらしいね。そこら辺の貴族の男より紳士的だ』

『ふふっ。ほんとうですわ。軍服を着ていらしたので、とても格好よかったのですのよ? サラさまはわたくしにとって、第一の救世主ですわ』


 盲目的にサラを慕う彼女は、自分と似ている。少し度が過ぎると思うが。


『サラは僕のだよ?』


 ドルトルが不敵に笑う。

 釘を打つような視線を送っても、アメリアは笑みを崩さない。


『わかっておりますわ。殿下は、わたくしの第三の救世主。

 お二人が幸せになることがわたくしの幸せ。もし、わたくしが裏切るようなら、ダハーカさまの餌にしてくださいませ』


 ドルトルは悪戯っぽく目を細めて、視線を流す。


『それだと罰にならない。君が喜ぶだけでしょ?』


 アメリアが腹を震わせて笑いだす。


『ほんとうですわ。わたくし、死ぬときは鳥に食われるより、ダハーカさまに骨まで咀嚼されたいです!』


 ころころと笑うアメリアに、ドルトルは肩をすくめた。


 ドルトルはお茶を一口すすると、茶器をソーサに置いて優美な笑顔をアメリアに向けた。


『さっきまで貴族会議に出ていたんだけど、どうにも話が通じない連中ばかりでね、いっそ消してしまおうかと思っているんだ』


 アメリアが笑みを消す。


『僕が王となったときにでも、全員、消してやろうと思ったけど、父上も年だしね。……なんか、もう、いいかなと思ってさ……」



 晴れやかな顔をするドルトルに、アメリアは優雅にほほえんだ。



『殿下のお心のままに──』




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