◼️ 王太子の反逆 ①
王太子視点はダークファンタジーです。
サラの国外逃亡は、王国を揺るがした。
幸い一般市民の目に触れなかったので、逃亡は新聞にはのらずに隠された。
彼女を目撃した第五隊には箝口令がしかれたが、聖女の逃亡に危機を抱き、後にサラのいた部隊まで事実は知られることとなる。
サラの逃亡が知らされた三日後、貴族会議が開かれた。
議長のバルドスは、この件について国王へ厳しい追求をした。
「聖女の力が国外へ流出した。これはゆゆしき事態ですぞ」
彼に呼応するように副議長のサティナーも深く頷く。
「王太子妃はやはり後ろ楯もしっかりしている方のほうが、よかったのではないでしょうか。ロンバール家は侯爵が亡くなり、アメリア嬢が爵位を継いだとはいえ、ただの研究者。外交能力があるとは思えません。もっと政治に通じている家の方であれば、サラさまも納得され婚約白紙に応じたことでしょう」
「全く、その通りだ」
サティナーの言葉に、バルドスが同意する。
この場に同席していたドルトルの眉が動く。
彼らの言うことがおかしくて嗤いだしそうだ。
自分たちの娘ならば、サラが納得して身を引いたというのだから。
「陛下、なぜ我々の同意を求めず王太子妃を決めたのですか。事前にお話くだされば、このような結果にならなかったものを」
バルドスの言葉に国王はくぼんだ眼で淡々と声をだす。
「王太子妃を決めるのは、余の一存でよかったはずだ……」
「慣例ではそうなっておりますが……国を動かしてきたのは我らでございます。我々に断りもなく勝手にされては、反感も強まるというもの」
会議に集まった貴族が一斉にうなずく。
その中でドルトルは訝しげな視線を国王へ向けていた。
自分が推したからといわず、自分が決めたという国王の物言いに眉根をよせる。
アメリアとの婚約は内々に国王に告げていた。
その時に彼からサラをどうするつもりだと聞かれたため、彼女から聖女の力を剥奪し第二妃にする意志も話してある。
自分がどうやってこの計画を思いついたのかは臥せていたが、彼は「わかった。貴族会議を通さず進めよ」と言った。
ドルトルは驚いた。
王は貴族の傀儡に成り下がっていたと思っていたからだ。だが、都合がいいと貴族会議は通さず婚約を結んでいた。
王は青い瞳の双眸を一度、伏せた。
「過去を振り返ってもどうにもならぬ……今は、サラを連れ戻すかの議論ではないのか」
「それはそうですが……この責任は重たいですぞ」
また一斉に貴族たちが頷く。
ドルトルは不敵な形に唇を持ち上げながら、穏やかな声をだす。
「責任というならば、サラをみすみす逃したシペト駐留のユノボス将軍にあるのでは?」
ドルトルの質問にユノボスを将軍に指名した軍の最高司令官──クルトンが声をだす。
彼はバルドスの娘の夫であった。
二十八歳の若さで軍のトップに据えられたのは、バルドスの力によるものだ。
「ユノボスは優秀な男です。聖女の力を持たれたサラさまに勝てるわけもないでしょう」
平然と言うクルトンに殺意が芽生える。
シペトを守る第五隊のことをゴーレムを配置するときに影に調べさせたが、内情は悲惨なものだった。
ユノボスは将軍としての能力が全くない。
長く争いとは無縁だったシペトの平和にあぐらをかいて、兵をなあなあで動かしていた。
しかもクルトンは、聖女は鱗という最強の武器があるのだから強くて当たり前と思っている。
以前、サラに対して「自分も剣をはじく鱗が欲しいです。痛みを感じない鎧を付けて敵を薙ぎはらうのは爽快でしょうな」と、軽快に笑ったのだ。
サラは曖昧にほほえみ「そう……だな。聖女の加護に私は守られているから戦える」と返事をしていた。
その光景を見て、自分は奥歯を噛み締めた。
いくら最強の剣と鎧を身につけてようとも、使うものが能力がなければ、力は充分に発揮されない。
サラが聖女の力を自分のものにするため、血を吐く思いで鍛練を積んできたことをこの男はないものにする。
サラ自身もだ。
聖女だから当たり前──と皆が言う。
そうではない。
サラは姫で女性だ。
今の現状がおかしいのに、誰も異を唱えない。
本質を見ない男が軍を動かすしかない現状が口惜しく、自分の地位の弱さに怒りがこみあげる。
──全員、消えればいい。ここにいる全員が、不要だ。
暗い思考にのまれながら、実りない話を聞く。
貴族たちはサラの逃亡の責任は王にあると回りくどく言い、結果、ユノボスへの責任は問われないことになった。
ただ自分達の言いたいことだけをいう会議は、半日続いた。
***
解放されたドルトルは、その足でアメリアの研究室へ向かった。
彼女は先の戦争で得た捕虜二百名を使って、ポーションより上級の回復薬ハイ・ポーションの研究にいそしんでいる。
その進捗を聞くためだった。
先の戦争で初めてポーションの効果を自国の兵士たちに試した。
擦り傷程度なら瞬時に回復したのは、サラの怪我を見ればわかることだ。
だが、致命傷をおったものは完全回復に至らなかった。
アメリアの報告では、ポーションの回復効果は全体を十とするなら、二割程度。
二回、三回の服用は可能だが、それでもフル回復に至らない。
四回服用させると、こんこんと眠り続け、五回使用すると死に至る。
副作用があった。
彼女の話ではポーションの元になる〝ダハーカ〟の成長がまだまだだそうだ。
──捕虜を食べれば、ダハーカさまのお力も強くなりましょう。
彼女の見解をのんで、ダハーカに捕虜をどんどん食べさせていた。
アメリアの研究室は王宮の地下三階にある。この深度なら、どんな声を出そうとも地上に漏れることはない。
石造りの階段を下りる。
地下一階。だだっぴろい空間。
ひんやりした空間に銭のされた透明のフラスコが整然と並んでいて、その中に黒い残骸がある。
ポーションになれなかったナニカ。
初めて見たときは蠢いていたが、今は水を打ったように静かになっていた。
地下二階。
ここは牢獄。
まだ生かされた捕虜たちの狂った声が響いていた。
門番はドルトルを見ると、敬礼をした。
ドルトルは足をとめて、彼に声をかけた。
「……帝国の司令官はどうなった」
「それでしたら、殿下のご指示通り拷問をした後に死亡を確認しました。今は鉄の処女の中にいます」
ドルトルは満足げに口の端を持ち上げる。
「そう……なら、そのまま燃やしていいよ。あれは一応、棺桶だしね」
「かしこまりました」
男が頭をさげたので、ドルトルは片手をあげて彼を労い、また階段を進みだした。
先の戦いでサラに早々にぶっ飛ばされた司令官は、帝国内でも不死鳥に固執していた一派の軍師だった。
フェニックスを落とせば、永遠の繁栄が約束されるという話を本気で信じている。
この迷信は、帝国の中枢に根強くある。
大貴族と呼ばれる一部の権力者に広がっており、気弱な王太子マシューを担ぎ上げて、戦いをしつこく繰り返してきた。
ドルトルにとっては、サラを戦わせてきた連中は殺しても殺したりない存在だった。
地下三階。
木製の扉を開くと、錬金術師たちの研究室になる。
ドルトルは鍵のついた扉をノックする。
はーいと、明るい返事がしてドアが開いた。
真っ白な法衣を血に染めたアメリアが、微笑みながら顔をだした。
『まぁ、殿下。このような場所にようこそ』
アメリアが錬金術師がつかう古代語で話しかけてくる。ドルトルは苦笑いして古代語で返した。
『着替えた方がいいよ。そのままじゃ匂いがきつい』
アメリアは瞳をぱちくりさせて、血が滴る法衣を指でつまみ上げた。
『まぁ、ほんとうですわ。申し訳ありません。今、ダハーカさまのお食事シーンを見ていましたので』
『あぁ、そうだったの。ダハーカは大きくなった?』
アメリアは手を胸の前に組んで、子供のようにはしゃいだ笑顔になる。
『えぇ、百名を食べおえて、とても成長してくださいましたの』
楽しげに笑うアメリアは、まるでペットに餌でもやっているような雰囲気だ。
『それは良かった。偉大な悪神に僕も挨拶しておこうかな』
『ふふ。殿下でしたらきっとお喜びになりますわ。わたくしは身を清めて参りますわね』
鼻唄でも歌いそうな雰囲気で、アメリアは左側の扉を開けてしまう。
湯あみにいったのだろう。
地下とはいえ、火を燃やせる場所がある。
長い煙突は地上を突き抜けて、不要な煙を排出できる仕組みだ。
ロンバール家は医学の発展のために人体実験をしてきた歴史を持つので、この施設は古くからあったものだった。
ドルトルは本棚と器具に埋もれた部屋を通りすぎて、彼女の可愛いペットの顔を見ることにした。




