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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
24/70

幕間 ユニコーンとの約束②

 ユニコーンと奇妙な交流を続けていたある日、セトは自分の体に愛のチャークラが出ていることに気づいた。

 初めて出たチャークラは、ユニコーンに会うと熱く反応した。

 セトは頭を抱えた。


「なんで、お前相手にこれがでるんだよ……!」


 チャークラの存在を知っていたユニコーンは軽快に笑った。


「お前、マゾだもんな。オレに踏まれ続けて、ぶっ壊れちまったんじゃねぇの?」

「そんなわけあるか!」


 セトは不満だった。

 ユニコーンのことは好きというより、嫌いの感情が強い。

 いつも憎まれ口ばかり叩くし、森にくるたびにセトをこき使う。

 それなのに自分の心は、ユニコーンをかけがえのないものと認めていた。

 ありえない事態に、困惑しかない。


「愛のチャークラってのは、恋愛対象にのみ、でるものなのか?」

「いや、よくわかんねぇ。……かーさんからは、かけがえのない対象を見つけたときに出るって聞いたけど……」


 セトは青ざめているウンディーネを見た。


「ユニコーンが相手なんて……かーさん、色んな意味で泣けてきたわ……」

「泣くなら、試験管」


 しくしく泣き出すウンディーネに、セトは腰ベルトにあるポケットから試験管を取り出す。

 彼女の涙は聖水なので、ホムンクルスを浸す水に使われる。この水を適度に変えてやらないと、セトは死んでしまう。

 悲嘆するウンディーネを横目に、ユニコーンが口を挟む。


「ふーん。かけがえのないものなら、恋愛対象じゃなくてもいいんだな。なら、友愛とか、家族愛とかじゃねぇの?」

「友愛? 家族?」

「オレたち、おともだちだろ?」


 不敵に笑うユニコーンに、セトは顔をひきつらせた。


「ともだちじゃねぇよ」

「じゃあ、家族だな」


 セトは納得ができなかった。


「お前と出会って三十年近くになる。そういう情が出てもおかしくはないだろ」


 そういうものなのだろうか。

 愛を知らないセトは首をかしげる。

 その顔を見て、ユニコーンは上機嫌に笑っていた。


 ユニコーンへの感情がよくわからないまま、時が過ぎた。


 ふたりの別れは唐突にやってきた。

 ユニコーンに寿命がきたのだ。


「なんだよ、その姿……」


 弱りきって立てなくなったユニコーンを見て、セトは駆け寄り、体を抱きしめた。

 ユニコーンはされるがまま薄く瞳を開く。


「……なんだ、ボウズか。処女じゃねーけど、まぁ、いい……」


 こんな時でも皮肉を言うユニコーンに腹が立って、セトは鞄からガラス瓶を取り出す。

 ポーションが中に入っていた。

 ガラスの瓶を、ユニコーンの口につける。


「ほら、回復薬だ。飲めよ」


 ユニコーンはきつく目をつぶって、馬みたいな声をだした。

 頭を激しくふって暴れた。


「ちょっ! 何して!?」


 ユニコーンはセトの手を払いのけた。

 ガラス瓶が手から滑り落ちる。

 地面に叩きつけられ割れた瓶。

 土に染み込んでいく透明の液体を見て、セトはカッとなった。


「何してんだよ!」


 ユニコーンは前脚を踏ん張って立ち上がろうとしたが、もうそんな力が残ってないのか、体勢を崩した。

 脆く横たわった体にセトは目を見張り、慌ててユニコーンを抱き起こす。

 ユニコーンは虚ろな目を開いて、か細い声をだした。


「寿命だ……延命してもすぐに死ぬ。……諦めろ」

「ふざけんな!」


 セトのチャークラが熱くなる。

 頭まで熱くなって、回路がいかれそうだ。


「おれはまだ、お前に対しての感情がなんなのか、わかんねぇんだぞ! なのに、置いていくのかよ! 生きろって!」


 直面した死という別れを、セトは受け入れられない。


 だって、この前まで元気だったんだ。

 減らず口を叩かれて、腹を立てて、ユニコーンは変わらず笑っていて。

 それが、永遠に続くと思っていた。

 終わりがくるなんて、知らなかったんだ。


「……長生きしたんだ。そろそろ眠らせろ。……お前にも会えたし、上出来な人生だったよ」


 満足げな顔をするユニコーンの瞳が潤んで、一筋の涙が流れた。

 涙を見て、セトの顔がくしゃりと歪む。


「……なんで、泣くんだよ……」

「さぁてな。……やっぱ、愛しているもんに看取られて嬉しいからじゃねぇの?」

「え……?」

「……お前はオレにとって、かけがえのない存在だったよ……」


 言葉を失うセトに、ユニコーンはエメラルドグリーンの目を伏せた。


完全回復薬(エリキサー)とやらに、なってやる。……角を持っていけ……ありがたく思えよ……?」


 セトの体が小刻みに震えた。口元が歪な形の笑みになる。


「なんで……今になって……あんなに嫌がってたじゃねぇかよ……」


 ユニコーンは、ふっと笑った。


「あほう……お前の……力になりたい……からだ……」

「っ……」

「……その力で……お前の……愛する者を守れ……セト」


 呼ばれた名前にセトは瞠目した。

 笑顔のまま、ユニコーンの体から力が抜けていく。

 抱き寄せるとまだあたたかい。

 あたたかいのに、もう動かない。


「おい……なぁ……」


 セトは目を開いたままユニコーンを揺さぶる。

 肩でウンディーネが声を殺して泣いている。

 なんで泣くのだろう……

 ユニコーンはここにいるのに。

 なにがそんなに悲しいんだろう。


「セトっ……!」


 ウンディーネは小さな手を伸ばして、首に抱きつく。

 ポタポタと彼女の流した涙が、服に落ちていった。


「かーさん……?」

「ごめん。ごめんね。泣かせてあげられなくてごめんね……!」


 泣く……?

 何かが壊れた音は聞こえるけど、それが泣くということだろうか。

 セトはユニコーンを引き寄せて、白い体に顔を埋めた。

 腹の底で何かが暴れくるって、苦しい。

 体を突き破って、何かが出てきそうだ。

 セトはきつく目を瞑り、腹の底から叫んだ。

 そうしないと気が狂いそうだった。


「ああああああぁぁぁぁああ!!」


 獣みたいなセトの咆哮が、何日も森に響いていた。



 十日間後。

 セトはユニコーンの角を切った。

 亡骸は精霊たちによって浄化された。

 光を纏って空気に消える精霊葬。

 跡形もなく消えてしまったユニコーンの姿に茫然としたが、セトは再び歩みだした。


 作った完全回復薬(エリキサー)はユニコーンの瞳の色みたいに、エメラルドグリーンに光っていた。


 坩堝に溶かしてスプーン一杯を自分が寝ているフラスコの中にたらす。

 変化はなく、セトは変わらずホムンクルスだった。

 これは生きているモノを、回復させるだけの効果しかなかったからだ。


 ただ。

 飲んだエリキサーは、無性に甘かった。



 ユニコーンを失って、長いときをさ迷った。

 愛のチャークラは薄くなり、セトから触感が失われた。


 暑さも寒さも感じないモノクロの世界。

 やがて他のチャークラも、閉ざされたセトの心に呼応するように、感覚を奪っていった。

 味覚も、聴覚、視覚も衰えた。

 不憫に思ったノームが、目を改造してくれた。

 耳も同様だ。

 だから目も耳も、人の何倍もよくなったが、その分、セトのロボット化は進んだ。



 サラに惹かれたのも、ユニコーンに似た凛々しい表情がきっかけだった。

 だけど、彼女はユニコーンとは違う。

 もっと感情が豊かだ。


 仲間が手ぬるかったら厳しく叱り飛ばすし、腹を震わせて笑うこともある。

 仲間が死んだら一人、泣くこともあった。

 瞬く星空の下で一人、泣く姿を何度も見かけた。


 その一つ一つに目が離せなくて、一人泣く彼女の横に立ってやりたいと思うようになっていた。



 ***


 鞄の中からエリキサーを取り出して、月の光に照らす。

 キレイなエメラルドグリーン。

 ユニコーンの瞳にそっくりな色だ。


 それを見て、亡き姿を思い出す。

 今ならユニコーンに対しての思いが何だったのか、分かるような気がする。

 師匠で、越えたいライバルで、 家族。

 もう二度と得られない唯一無二の友だった。


「お前のおかげで、サラを守れた。ありがとうな。ユニコーン」


 角度を変えると、キラリと石が強く光った。


 ──あほう。当然だろ。


 そうユニコーンが言っているような気がして、胸の奥がつまった。

 苦しい気持ちを飲み干して、セトは笑顔で石を強く握った。



 しばらく経った後、セトは雑嚢(ざつのう)にエリキサーをしまった。

 その後、右耳についたピアスをいじり、通信をオンにした。

 人間には気づかれないように張り巡らされた地下の通信網をとおして、ノームがいる国まで通話ができた。


 開かれた回線。

 相手はノームではなかったので、セトは精霊語で話しかけた。


「れお、ぁあ。よる帰にちっそ、らかたし出救をーダンマラサ」


 小人たちに伝言して、セトは通信を切った。



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