幕間 ユニコーンとの約束①
愛のチャークラがセトの体に現れたのは、彼がこのボディを得てから二度あった。
一度目は、ユニコーンという一角獣に出会ったときだった。
サラマンダーを探す旅は、まず精霊の森から始まっていた。
ひそかに姿を消した彼女は、精霊の住む森にいるだろうと、セトたちは予想を立てていた。
精霊たちの住む場所は、人の住む場所よりずっと、ずっと広い。
人間は一度、粛清されたので、大陸の数パーセントしか住んでいなかった。
精霊が住むところを旅している途中、ユニコーンの角と純金と二十種類のスパイスを混ぜて作ると賢者の石──エリキサーが作れるという話を精霊から聞いた。
体を得るための一つの可能性として、セトたちはユニコーンの森へ入った。
ユニコーンは人間の近くに住む幻獣だ。
処女の女性に弱い彼らは、人間の前にもフラフラと姿を現してしまう。
少女の腕に抱かれると大人しくなり、その隙に角を狩られてしまう。
そんな彼らは一つの群れを作っていて、年老いたユニコーンが長をつとめていた。
長は真っ白な体に蛇のような尾っぽをもち、瞳はエメラルドグリーンで、先端が赤くなった長い角が額にあった。
雄と雌という性別のない彼らの性格は獰猛で警戒心が強い。
エリキサーの話をするところまでは聞いてくれたが、ユニコーンは鼻で笑った。
「帰れ帰れ、ボウズ。お前にやる角なんてねぇよ。角はユニコーンの誇りだ。
それに、処女でもねぇ、機械のお前に抱かれても嬉しくともなんともねぇんだよ」
「……おれの体が機械だって知ってんのか?」
「精霊たちの間じゃ有名な話だ。〝はじまりの精霊〟の三人墓地から兵器を持ち出してるって、大騒ぎだったんだよ。お前の体は、神が作った対人間用の兵器だろ?」
ユニコーンの言葉は正しい。
セトの体は、この世界を作りだした神が持ち込んだものだった。
ユニコーンの話を黙ってきていたウンディーネが声を出す。
「ノームやシルフを悪く言うのはやめて。全てはわたしが言い出したことだわ」
ウンディーネはセトが人造人間で、体を求めていることをユニコーンに説明した。
それでもユニコーンは首を縦にふらない。
「あんたの気持ちはわからなくねぇが、それでも角はダメだ。どうしても狩りたきゃ、力ずくで奪いな」
ユニコーンはセトの前に立って、ニヤリと笑う。
「兵器だかなんだかしらねぇが、オレたちの角は安くはねぇぞ。全力でこいよ」
「ユニコーン!」
ウンディーネが声をだしたが、ユニコーンは前脚で大地を蹴って、角をセトに向け威嚇する。
セトはユニコーンを鋭く見据え、構えをした。
「おれが勝ったら、あんたの角をくれるのか?」
「いいぜ。くれてやる」
セトはこの体を得たときにドワーフたちから体術を教えられていた。
錬金術はウンディーネから教わっていたが、セトの体は兵器だ。
簡単に生き物を殺せる。錬金術は補助として使い、体術をメインに戦いをしろと口酸っぱく言われていた。
そこそこ強くなったと自分では思っていたが、ユニコーンはセトよりも強かった。
速さに翻弄され、気づけば蹄のついた前脚で、頭を踏みつけられる始末。
「オレを捕まえるのは諦めろ、ボウズ」
ぐりぐりと遠慮なく頭を踏みつけられ、セトはぶちキレた。
「うるさい。いいから、捕まれ!」
頭に置かれた前脚を掴んだが、ユニコーンは後ろ足でセトを蹴りとばした。
「ぐっ……!」
木に叩きつけられ体が軋む。
それでも、頭に血が昇っていたセトは、ユニコーンに向かってった。
「これだからガキは……」
ユニコーンは本気を出して、セトを叩きのめした。
鋭利な角で彼の肩と足を貫き、動けなくした。
「……くっそ!」
悔しがるセトに涼しげな笑みを見せて、ユニコーンは口でセトの服を掴むと、背中に乗せて駆け出した。
「どこに連れていくんだよ!」
「黙れボウズ。ノームのところに送ってやる」
「……なんで?」
わざわざ送り届けてくれる理由が分からない。
ユニコーンは口の端を持ち上げた。
「転がっていたら邪魔だ。直してまた相手してやるよ。ま、ガキが何度来たって、結果は同じだけどな」
小馬鹿にして笑うユニコーンに、セトはわめきたてる。
「もっと強くなって、お前に勝ってやる!」
「ほぉ……じゃあ、とっとと直すんだな」
セトは悔しがって叫んだが、ユニコーンはくつくつ喉を震わせて笑っていた。
それから、セトはたびたびユニコーンに挑んだが、結果はいつも同じだった。
セトが蹴りをくり出しても、ユニコーンは涼しい顔で高く跳躍して木に登り、セトを見下ろしていた。
「降りてこい!」
「うるせぇよ。跳べないお前が悪い」
「くそっ……!」
「お前の体術は荒いんだよ。バカみたいに突っ込んできやがって、間合いを考えろ。頭をつかえ、くそボウズ」
口悪く罵られ、セトはキレてユニコーンが登った背の高い木によじ登る。
木の幹をせっせとよじ登る姿に、ユニコーンは嘆息した。
「お前……あほうだろ……」
「あ?」
飛んで火に入るなんとかである。
ユニコーンは遠慮なくセトの頭を踏んづけて、木から落とそうとする。
「てめっ」
「ほらほら、落ちるぞ。いいのか?」
にやっと笑ったユニコーンに、セトは前脚を掴む。目を細めたユニコーンに、歯を見せて笑った。
「お前も道連れだ」
セトは器用に足だけで木をつかみ、空いている片方の手で腰につけていた投網を放つ。
ユニコーンの体に網は絡まった。
「捕まえた!」
セトは目を輝かせるが、ユニコーンは目を据わらせる。
「やっぱ、あほうだな……」
「負け惜しみを言うな……って……うわああああ!!」
足を引っ張った拍子に、ユニコーンの体が落下。
自分の体にユニコーンが激突して、セトも落下。
セトはユニコーンに文字通り馬乗りにされて、地面に叩きつけられた。
「くっそ……どけって!」
「縄が邪魔で動けん」
「くっそー!!」
ウンディーネに縄を解いてもらったが、セトはずたぼろになって、またノームのところまで送ってもらった。
セトとユニコーンの付き合いは、なんやかんやと三十年続いた。
捕まえることをセトは諦めず、強いユニコーンに挑み続けた。
ユニコーンは口悪く罵ってくるが、おかげでセトの体術は格段に上がった。
最初はムカつく相手であったひとりと一頭は、気安い言葉をかけられる間柄になっていった。
ある日、ユニコーンは不機嫌そうに声をかけてきた。
「おい、ボウズ。お前、錬金術が使えるんだろ?」
「……ボウズって言うなよ。おれの名前はセトだ」
「はぁ? お前なんかボウズでいーんだよ。それよりも、錬金術ってのは、人を寄せ付けないものを作るのも可能なのか?」
「人を寄せ付けないものってなんだよ」
「まんまの意味だ。理解しろ。若いやつらが人里にフラフラいっちまうんだ。ちっ。人間め。オレたちが処女好きだって知って、若い女を集めやがった。しかも好みの服装まで熟知してやがる。つられるだろうが」
苛立つユニコーンに、セトは生暖かい目になる。
「つられるなよ、我慢しろよ。ユニコーンの角は毒への耐性がつく薬だ。狩られっぞ」
「あほう。純潔を守ってる女はフェロモンが違げぇんだよ。……あれは麻薬だ」
セトはじとっとした目でユニコーンを見るが、この生き物が自分の意見を曲げないことは充分、知っていた。
「要は人間が寄り付かないようにすればいーんだな」
「そうだ。森に近づいたら、目的を失うとか、吐き気がするとか、ないのか」
「人の意識を変えるのは錬金術じゃ無理だ。それは呪術の方だ」
「……つかえねぇ」
「うっせーよ。でも、別の方法ならできる」
悪戯を考えている子供のような顔をしてセト。
ユニコーンにアイデアを話した。
森の入り口にきたセトは、錬金術を使い高い塀を作った。境界線のように作られた塀は人間ではよじ登れない。
万が一よじ登れたとしても、落下地点の土は底なし沼に錬成した。
「監視に鳥のゴーレムを置いておく。百羽いればいーだろ。おれが死なない限り、塀に近づいた人間の頭をつっつく」
「……地味な嫌がらせだな」
「むやみに殺すなんて、おれは嫌だ。錬金術師は……殺戮兵器じゃねぇよ」
自分の体が兵器だったことを聞かされたとき、ウンディーネたちに人は殺さないと誓った。
その誓いは彼らを安心させた。
体をくれた恩人たちにできる唯一のことだと思っている。
「ふーん。そうか。なら、お前の好きなようにしろ」
ユニコーンはさらりと言い、セトの背中に脚をのせた。
無防備だったセトは、前のめりになる。
「いきなりなんだよ!?」
「よしよししてやろーと思ってな。ガキに褒美をやるといったらこれだろ?」
「いらねーよ!」
「遠慮すんな。頭、だしな」
「また踏みつけるだけだろ!」
それから小一時間ずたぼろになるまで言い争いは続いた。
「ぜぇぜぇ、腕をあげたじゃねぇか」
「はぁはぁ……いつまでもガキじゃないんだよ……」
「オレの角を避けられるようになってから言えよ」
「くっそ!」
その日はずたぼろにされたので、またユニコーンに送ってもらった。
セトのおかげで森に近づく人間はいなくなった。一部のユニコーンは、人間の生娘に会えなくてしくしく泣いていた。




