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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
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幕間 ユニコーンとの約束①

 愛のチャークラがセトの体に現れたのは、彼がこのボディを得てから二度あった。


 一度目は、ユニコーンという一角獣に出会ったときだった。


 サラマンダーを探す旅は、まず精霊の森から始まっていた。

 ひそかに姿を消した彼女は、精霊の住む森にいるだろうと、セトたちは予想を立てていた。


 精霊たちの住む場所は、人の住む場所よりずっと、ずっと広い。

 人間は一度、粛清されたので、大陸の数パーセントしか住んでいなかった。


 精霊が住むところを旅している途中、ユニコーンの角と純金と二十種類のスパイスを混ぜて作ると賢者の石──エリキサーが作れるという話を精霊から聞いた。

 体を得るための一つの可能性として、セトたちはユニコーンの森へ入った。


 ユニコーンは人間の近くに住む幻獣だ。

 処女の女性に弱い彼らは、人間の前にもフラフラと姿を現してしまう。

 少女の腕に抱かれると大人しくなり、その隙に角を狩られてしまう。


 そんな彼らは一つの群れを作っていて、年老いたユニコーンが長をつとめていた。


 長は真っ白な体に蛇のような尾っぽをもち、瞳はエメラルドグリーンで、先端が赤くなった長い角が額にあった。

 雄と雌という性別のない彼らの性格は獰猛で警戒心が強い。

 エリキサーの話をするところまでは聞いてくれたが、ユニコーンは鼻で笑った。


「帰れ帰れ、ボウズ。お前にやる角なんてねぇよ。角はユニコーンの誇りだ。

 それに、処女でもねぇ、機械のお前に抱かれても嬉しくともなんともねぇんだよ」

「……おれの体が機械だって知ってんのか?」

「精霊たちの間じゃ有名な話だ。〝はじまりの精霊〟の三人()()から兵器を持ち出してるって、大騒ぎだったんだよ。お前の体は、()が作った対人間用の兵器だろ?」


 ユニコーンの言葉は正しい。

 セトの体は、この世界を作りだした神が持ち込んだものだった。


 ユニコーンの話を黙ってきていたウンディーネが声を出す。


「ノームやシルフを悪く言うのはやめて。全てはわたしが言い出したことだわ」


 ウンディーネはセトが人造人間(ホムンクルス)で、体を求めていることをユニコーンに説明した。

 それでもユニコーンは首を縦にふらない。


「あんたの気持ちはわからなくねぇが、それでも角はダメだ。どうしても狩りたきゃ、力ずくで奪いな」


 ユニコーンはセトの前に立って、ニヤリと笑う。


「兵器だかなんだかしらねぇが、オレたちの角は安くはねぇぞ。全力でこいよ」

「ユニコーン!」


 ウンディーネが声をだしたが、ユニコーンは前脚で大地を蹴って、角をセトに向け威嚇する。

 セトはユニコーンを鋭く見据え、構えをした。


「おれが勝ったら、あんたの角をくれるのか?」

「いいぜ。くれてやる」


 セトはこの体を得たときにドワーフたちから体術を教えられていた。

 錬金術はウンディーネから教わっていたが、セトの体は兵器だ。

 簡単に生き物を殺せる。錬金術は補助として使い、体術をメインに戦いをしろと口酸っぱく言われていた。


 そこそこ強くなったと自分では思っていたが、ユニコーンはセトよりも強かった。

 速さに翻弄され、気づけば(ひづめ)のついた前脚で、頭を踏みつけられる始末。


「オレを捕まえるのは諦めろ、ボウズ」


 ぐりぐりと遠慮なく頭を踏みつけられ、セトはぶちキレた。


「うるさい。いいから、捕まれ!」


 頭に置かれた前脚を掴んだが、ユニコーンは後ろ足でセトを蹴りとばした。


「ぐっ……!」


 木に叩きつけられ体が軋む。

 それでも、頭に血が昇っていたセトは、ユニコーンに向かってった。


「これだからガキは……」


 ユニコーンは本気を出して、セトを叩きのめした。

 鋭利な角で彼の肩と足を貫き、動けなくした。


「……くっそ!」


 悔しがるセトに涼しげな笑みを見せて、ユニコーンは口でセトの服を掴むと、背中に乗せて駆け出した。


「どこに連れていくんだよ!」

「黙れボウズ。ノームのところに送ってやる」

「……なんで?」


 わざわざ送り届けてくれる理由が分からない。

 ユニコーンは口の端を持ち上げた。


「転がっていたら邪魔だ。直してまた相手してやるよ。ま、ガキが何度来たって、結果は同じだけどな」


 小馬鹿にして笑うユニコーンに、セトはわめきたてる。


「もっと強くなって、お前に勝ってやる!」

「ほぉ……じゃあ、とっとと直すんだな」


 セトは悔しがって叫んだが、ユニコーンはくつくつ喉を震わせて笑っていた。



 それから、セトはたびたびユニコーンに挑んだが、結果はいつも同じだった。

 セトが蹴りをくり出しても、ユニコーンは涼しい顔で高く跳躍して木に登り、セトを見下ろしていた。


「降りてこい!」

「うるせぇよ。跳べないお前が悪い」

「くそっ……!」

「お前の体術は荒いんだよ。バカみたいに突っ込んできやがって、間合いを考えろ。頭をつかえ、くそボウズ」


 口悪く罵られ、セトはキレてユニコーンが登った背の高い木によじ登る。

 木の幹をせっせとよじ登る姿に、ユニコーンは嘆息した。


「お前……あほうだろ……」

「あ?」


 飛んで火に入るなんとかである。

 ユニコーンは遠慮なくセトの頭を踏んづけて、木から落とそうとする。


「てめっ」

「ほらほら、落ちるぞ。いいのか?」


 にやっと笑ったユニコーンに、セトは前脚を掴む。目を細めたユニコーンに、歯を見せて笑った。


「お前も道連れだ」


 セトは器用に足だけで木をつかみ、空いている片方の手で腰につけていた投網を放つ。

 ユニコーンの体に網は絡まった。


「捕まえた!」


 セトは目を輝かせるが、ユニコーンは目を据わらせる。


「やっぱ、あほうだな……」

「負け惜しみを言うな……って……うわああああ!!」


 足を引っ張った拍子に、ユニコーンの体が落下。

 自分の体にユニコーンが激突して、セトも落下。

 セトはユニコーンに文字通り馬乗りにされて、地面に叩きつけられた。


「くっそ……どけって!」

「縄が邪魔で動けん」

「くっそー!!」


 ウンディーネに縄を解いてもらったが、セトはずたぼろになって、またノームのところまで送ってもらった。



 セトとユニコーンの付き合いは、なんやかんやと三十年続いた。

 捕まえることをセトは諦めず、強いユニコーンに挑み続けた。

 ユニコーンは口悪く罵ってくるが、おかげでセトの体術は格段に上がった。


 最初はムカつく相手であったひとりと一頭は、気安い言葉をかけられる間柄になっていった。


 ある日、ユニコーンは不機嫌そうに声をかけてきた。


「おい、ボウズ。お前、錬金術が使えるんだろ?」

「……ボウズって言うなよ。おれの名前はセトだ」

「はぁ? お前なんかボウズでいーんだよ。それよりも、錬金術ってのは、人を寄せ付けないものを作るのも可能なのか?」

「人を寄せ付けないものってなんだよ」

「まんまの意味だ。理解しろ。若いやつらが人里にフラフラいっちまうんだ。ちっ。人間め。オレたちが処女好きだって知って、若い女を集めやがった。しかも好みの服装まで熟知してやがる。つられるだろうが」


 苛立つユニコーンに、セトは生暖かい目になる。


「つられるなよ、我慢しろよ。ユニコーンの角は毒への耐性がつく薬だ。狩られっぞ」

「あほう。純潔を守ってる女はフェロモンが違げぇんだよ。……あれは麻薬だ」


 セトはじとっとした目でユニコーンを見るが、この生き物が自分の意見を曲げないことは充分、知っていた。


「要は人間が寄り付かないようにすればいーんだな」

「そうだ。森に近づいたら、目的を失うとか、吐き気がするとか、ないのか」

「人の意識を変えるのは錬金術じゃ無理だ。それは呪術の方だ」

「……つかえねぇ」

「うっせーよ。でも、別の方法ならできる」


 悪戯を考えている子供のような顔をしてセト。

 ユニコーンにアイデアを話した。


 森の入り口にきたセトは、錬金術を使い高い塀を作った。境界線のように作られた塀は人間ではよじ登れない。

 万が一よじ登れたとしても、落下地点の土は底なし沼に錬成した。


「監視に鳥のゴーレムを置いておく。百羽いればいーだろ。おれが死なない限り、塀に近づいた人間の頭をつっつく」

「……地味な嫌がらせだな」

「むやみに殺すなんて、おれは嫌だ。錬金術師は……殺戮兵器じゃねぇよ」


 自分の体が兵器だったことを聞かされたとき、ウンディーネたちに人は殺さないと誓った。

 その誓いは彼らを安心させた。

 体をくれた恩人たちにできる唯一のことだと思っている。


「ふーん。そうか。なら、お前の好きなようにしろ」


 ユニコーンはさらりと言い、セトの背中に脚をのせた。

 無防備だったセトは、前のめりになる。


「いきなりなんだよ!?」

「よしよししてやろーと思ってな。ガキに褒美をやるといったらこれだろ?」

「いらねーよ!」

「遠慮すんな。頭、だしな」

「また踏みつけるだけだろ!」


 それから小一時間ずたぼろになるまで言い争いは続いた。


「ぜぇぜぇ、腕をあげたじゃねぇか」

「はぁはぁ……いつまでもガキじゃないんだよ……」

「オレの角を避けられるようになってから言えよ」

「くっそ!」


 その日はずたぼろにされたので、またユニコーンに送ってもらった。


 セトのおかげで森に近づく人間はいなくなった。一部のユニコーンは、人間の生娘に会えなくてしくしく泣いていた。

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