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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
22/70

ウーバー国での一夜 side セト

 

 ──あ、やべっ……また強くしちまった!


 サラを抱きしめていたセトは、無意識に強くした腕の力をゆるめた。

 また馬鹿者と言われるかと思って、おそるおそる彼女の顔を見ると、弱々しげに眉が下がっていた。


 ──怒ってはねぇか……?


 夜間でもよく見える目で彼女を観察する。

 体温が平均より上がっている。

 脳裏に描かれる数値を元に怒りなのか、さらに分析する。


 脳内に保存された彼女の表情パターンから、怒りのものを取り出してマッチング。

 過去のデータから、彼女の怒りの特徴はつり上がった眉。

 あと語気は強く、声は低くなる。

 声を張り上げるときもあるが、怒りの沸点が低いときは眼光が鋭くなる。

 今の彼女の顔に、同じような傾向はみられない。

 ほっと息を吐いて、腕をゆるませた。


 さっきまで腕の中にいた体温がなくなって、血の通わないボディが寒い。

 冷えを感じるなんて、本当におかしな感じだ。


 つい二年前まで、長く暑さも寒さも感じなかった。

 太陽を見ても眩しいとも感じず、夜の闇を見ても暗いなとも思わなかった。

 だから、今感じるのが変な感じだ。

 甘いような苦いような感情が心に広がって、セトは笑顔を張り付ける。


「抱きしめさせてくれてありがとうな。もう充分だ」


 おしまいを告げると、サラは小さくみじろいだ。


「そうか……ならいい……」


 彼女が目を合わさずに、耳にかかった髪をかきあげる。

 声は淡々としているが、自分から離れた直後から彼女の体温が上がっている。

 サンプルは少ないがこれは彼女が照れているパターンだと、脳のコンピューターが教える。


 照れ、は相手に好印象を持つときにでるというデータがある。

 彼女が自分に対して悪くない感情を抱いていると思うと、唇が勝手に持ち上がった。

 セトは機嫌が良くなり、サラに向かって声をかける。


「部屋の奥に浴室があるから、風呂に入れよ。あ、浴室の使い方がわからねえか」


 セトはボーッとしたままのサラを手招きして、浴室の使い方を教えた。

 浴室には浴槽があったが、竈の上に風呂釜があるタイプ。

 風呂釜には、すでに水が入っていた。


「薪に火をつけて湯を沸かすんだ」


 腰に巻いたベルトのポケットから、火打石をだす。

 あっさり火をつけると、サラは目を丸くしていた。


「沸かした湯を持ってきて風呂釜に入れるんじゃないんだな……」

「そうだな。直接、火をつける。鉄製だし早く湯が沸く。ただ、入るときは木を底につけろよ? 熱くて火傷する」


 サラはほぅと息をついた。


「便利だな。宿屋の個室に風呂があるのも驚いた」

「ウーバーは大衆浴場が禁止になってんだよ。娼婦が商売して、病気が蔓延しちまったからな。風呂は個人で入れって義務付けられている」

「なるほどな……」


 会話をしている間に、湯が沸いた。

 温度は四十度。

 これくらいでちょうどいいだろう。


「触ってみろ。熱くはないか?」


 サラが風呂釜に手を入れる。


「熱くはない」

「そうか。じゃあ、拭くもの持ってくる」


 踵を返して一歩前に足を出したが、途中で止まって振り返った。


「あ、そうだ。着てるもん。キレイにしてやるから脱いだら部屋の外に置いとけ」

「キレイにできるのか?」

「錬金術を使えばな」


 にっと笑うと、サラはポカンとした顔で頷いた。

 フロックから貰った荷物の中に、何でも使えそうな大きめの布があった。

 ついでメンテナンスの為に、自分の鞄の中から極細繊維のふきんを取り出す。

 二つを持って、布をサラに差し出す。


「ほら、拭くもの」


 サラは布を受けとると、自分の持っていたふきんを見た。


「それは?」

「あぁ、これはおれの体を拭くやつ。風呂はいらねぇけど、外に出れば汚れるし、このふきんで体を一回拭いているんだ」


 サラはしげしげとふきんを見る。


「変わった染料を使った布だな……」


 発光するような黄色だから、珍しいんだろう。


「触ってみるか?」


 サラは興味を持ったようで、素直に頷いた。

 ふきんを渡すと、サラの片方の眉が器用に持ち上がる。


「変わった感触だな……」

「繊維が極細だからな。柔かいだろ」

「あぁ……変な感じだ……」


 あまり好きではない感触だったらしく、サラはすぐふきんを返してきた。

 データとして蓄積しておく。

 サラの嫌いな感触にふきんを追加。


 ──こいつに関するデータだけは、呼吸するみたいに溜めてんな……


 人間のデータは姓名と肩書きぐらいだったのに、サラに関することだけ無意識に処理している。

 すっかり習慣になっていた。


「風呂、入ってこいよ」

「あぁ……」


 サラは素直に踵を返して浴室に向かう。

 その背中をみていると、頬がゆるんだ。


 ──ほんと、平然と受け入れるよな……


 人間とは違う習慣とかを見せても、サラは興味を持ってくれて頭から否定しない。


 気持ち悪いだろうに。

 しゃべるロボットなんて。

 ホムンクルス(未完成の人間)なんて。


 人間にとっては異質だ。


 サラには成りゆきで話したが、自分がハーツマタであることを知る人間はもういない。


 精霊を信じているフェアリーメイソンの人間たちも、自分のことは人間だと思っているし、そう思わせるように振る舞っている。

 錬金術に関してはオープンにしているが、精霊に教えられたと言って納得してもらっている。


 なぜ隠すのか。答えは単純だ。

 ハーツマタを見せた最初の人間が、怯えたからだ。


 もう百年ほど前のことだが、人間の世界をまだ知らなかった頃、うっかり自分がロボットだとバラしたら、頭から否定された。

 その者はフェアリーメイソンの一人だったが、人類の叡知をはるかに越えたセトの存在を否定した。


 ──こんなものを作れるわけない。あり得ない。気持ち悪い。お前はなんなんだ……悪魔か? 悪魔なんだろ?


 発狂した相手の言葉に、セトは傷ついた。

 人間が分からなくて、話すのが怖くなった。


 ──人間を知ることも勉強の一つよ。あなたは自分の体がほしいんでしょ?


 母親に諭され、ロボットであることを隠して旅を続けてきた。


 だから、サラの態度ひとつひとつがセトには救いのようなものだ。

 どんどん愛のチャークラが熱くなって、彼女から離れがたくなっている。


 もっと話をしてみたいし、笑顔をみたい。

 抱きしめたいし、困ったら助けてやりたい。


 できるだけ、長く側にいたい。

 ──どうせ、別れはくるのだから。


 自分は永遠を生きられる存在だし、彼女は人間。

 生きられる長さが、そもそも違う。

 なんらかのアクシデントで自分が死ぬことはあるかもしれないが、()()()()だったこの体があれば、そうそう死ぬことはない。


 だから、確率的に考えるならば、サラの方が先に死ぬ。

 愛するものをまた失って、自分はこの世界を彷徨うのだ。

 それは、ほぼ確定している未来。


 だからこそ、サラが亡くなるまで、側に居たいと思ってしまう。

 打算も何もなく、力になりたい。

 彼女はちっとも信じていないが。



 セトは体を拭き終わると、外に出ていたサラの服を補修した。


 元に戻した服を手に持って、浴室に繋がるドアに向かって声をかける。


「服直ったから、置いておくぞー」


 ドア越しに「ありがとう」と声をかけられる。

 たったそれだけなのに、セトは服を置いて口元を押さえた。


「やべっ……口が勝手に笑う」


 サラの「ありがとう」は格別だ。

 回路がバグったんじゃないかと思うぐらい嬉しくて、口元がにやける。


 セトは踵を返して荷物の整理を始めた。

 後ろでパタンとドアが開いて、振り返ろうと思ってやめた。

 フロックにも女性の着替えは覗くものではないと、釘を刺されている。


 やましい気持ちがあるわけではなく、単に着心地が確かめたかっただけだ。


 セトには性的欲求がない。

 サラの裸を見てもドキドキしない。

 一度見た全裸はキレイだと思ったが、それよりも彼女にかけられた〝呪い〟みたいな術式が気になった。


 一見すると、ほくろみたいな黒い点が不自然にある。

 すべて急所に描かれた黒い点。

 あれが彼女の体に、何かの作用をしているのは確かだ。


 ──今度、聞いてみるか。


 考えなおして、夜を過ごす準備をする。

 念のために鳥型のゴーレムを窓から飛ばして、周囲を監視させた。

 サラが熟睡できるように一晩中、周囲は警戒するつもりだ。


 窓辺に椅子を引き寄せて、下を見る。

 もう夜も遅い。

 店から叩き出された酔っぱらいが地面で寝ていた。

 他は人の気配がなく静かだ。


 浴室の扉が開いて、サラがでてきた。

 かすかに体から湯気がでている。

 体温は高く充分、あったまったらしい。


「気持ちよかったか?」


 サラの瞳はとろんとしていた。


「あぁ、気持ちよかった。うっかり寝そうになったな……」

「なら、そこのベッドで寝ろよ」


 サラはあくびを噛み殺しながら、ベッドに近づく。

 ベッドの上に腰をおろし、セトを見る。


「お前はどうするんだ?」

「おれは寝なくても平気だ。見張っててやるから、安心して寝ろよ」


 サラの口が引き結ばれる。


「それでは……」

「おれとあんたでは違うんだ。いいから、寝ろ。人間ってのは、寝ないと死んじまうだろ」


 椅子からおりて、動こうとしないサラを無理やり寝かせる。

 体に力が入っていないのであっさり横にできた。

 体力の限界なのだろう。


「すまないな……」


 サラが薄く目を開いて謝る。

 気にすることないのに、彼女は変に律儀だ。


「さっさと寝ちまえよ」


 声をかけて、椅子に戻ろうとすると。


「セト……」


 呼びかけられ、足を止める。

 振り返ると横向きなっまま、目を優しく細めたサラがいた。


「……ありがとう……」


 ほほえみながら言われて足は無意識にベッドへ。

 床に膝について顔を見ると、あどけない寝顔があった。

 その顔を見ると、()()()()()のときとは違った感情が沸き上がる。


「おれがサラを守る。あの王子からも、守ってやる。お前を泣かすやつは、全員、ぶっ飛ばしてやるからな……」


 誓いを言って、また椅子に向かった。


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