ウーバー国での一夜 side セト
──あ、やべっ……また強くしちまった!
サラを抱きしめていたセトは、無意識に強くした腕の力をゆるめた。
また馬鹿者と言われるかと思って、おそるおそる彼女の顔を見ると、弱々しげに眉が下がっていた。
──怒ってはねぇか……?
夜間でもよく見える目で彼女を観察する。
体温が平均より上がっている。
脳裏に描かれる数値を元に怒りなのか、さらに分析する。
脳内に保存された彼女の表情パターンから、怒りのものを取り出してマッチング。
過去のデータから、彼女の怒りの特徴はつり上がった眉。
あと語気は強く、声は低くなる。
声を張り上げるときもあるが、怒りの沸点が低いときは眼光が鋭くなる。
今の彼女の顔に、同じような傾向はみられない。
ほっと息を吐いて、腕をゆるませた。
さっきまで腕の中にいた体温がなくなって、血の通わないボディが寒い。
冷えを感じるなんて、本当におかしな感じだ。
つい二年前まで、長く暑さも寒さも感じなかった。
太陽を見ても眩しいとも感じず、夜の闇を見ても暗いなとも思わなかった。
だから、今感じるのが変な感じだ。
甘いような苦いような感情が心に広がって、セトは笑顔を張り付ける。
「抱きしめさせてくれてありがとうな。もう充分だ」
おしまいを告げると、サラは小さくみじろいだ。
「そうか……ならいい……」
彼女が目を合わさずに、耳にかかった髪をかきあげる。
声は淡々としているが、自分から離れた直後から彼女の体温が上がっている。
サンプルは少ないがこれは彼女が照れているパターンだと、脳のコンピューターが教える。
照れ、は相手に好印象を持つときにでるというデータがある。
彼女が自分に対して悪くない感情を抱いていると思うと、唇が勝手に持ち上がった。
セトは機嫌が良くなり、サラに向かって声をかける。
「部屋の奥に浴室があるから、風呂に入れよ。あ、浴室の使い方がわからねえか」
セトはボーッとしたままのサラを手招きして、浴室の使い方を教えた。
浴室には浴槽があったが、竈の上に風呂釜があるタイプ。
風呂釜には、すでに水が入っていた。
「薪に火をつけて湯を沸かすんだ」
腰に巻いたベルトのポケットから、火打石をだす。
あっさり火をつけると、サラは目を丸くしていた。
「沸かした湯を持ってきて風呂釜に入れるんじゃないんだな……」
「そうだな。直接、火をつける。鉄製だし早く湯が沸く。ただ、入るときは木を底につけろよ? 熱くて火傷する」
サラはほぅと息をついた。
「便利だな。宿屋の個室に風呂があるのも驚いた」
「ウーバーは大衆浴場が禁止になってんだよ。娼婦が商売して、病気が蔓延しちまったからな。風呂は個人で入れって義務付けられている」
「なるほどな……」
会話をしている間に、湯が沸いた。
温度は四十度。
これくらいでちょうどいいだろう。
「触ってみろ。熱くはないか?」
サラが風呂釜に手を入れる。
「熱くはない」
「そうか。じゃあ、拭くもの持ってくる」
踵を返して一歩前に足を出したが、途中で止まって振り返った。
「あ、そうだ。着てるもん。キレイにしてやるから脱いだら部屋の外に置いとけ」
「キレイにできるのか?」
「錬金術を使えばな」
にっと笑うと、サラはポカンとした顔で頷いた。
フロックから貰った荷物の中に、何でも使えそうな大きめの布があった。
ついでメンテナンスの為に、自分の鞄の中から極細繊維のふきんを取り出す。
二つを持って、布をサラに差し出す。
「ほら、拭くもの」
サラは布を受けとると、自分の持っていたふきんを見た。
「それは?」
「あぁ、これはおれの体を拭くやつ。風呂はいらねぇけど、外に出れば汚れるし、このふきんで体を一回拭いているんだ」
サラはしげしげとふきんを見る。
「変わった染料を使った布だな……」
発光するような黄色だから、珍しいんだろう。
「触ってみるか?」
サラは興味を持ったようで、素直に頷いた。
ふきんを渡すと、サラの片方の眉が器用に持ち上がる。
「変わった感触だな……」
「繊維が極細だからな。柔かいだろ」
「あぁ……変な感じだ……」
あまり好きではない感触だったらしく、サラはすぐふきんを返してきた。
データとして蓄積しておく。
サラの嫌いな感触にふきんを追加。
──こいつに関するデータだけは、呼吸するみたいに溜めてんな……
人間のデータは姓名と肩書きぐらいだったのに、サラに関することだけ無意識に処理している。
すっかり習慣になっていた。
「風呂、入ってこいよ」
「あぁ……」
サラは素直に踵を返して浴室に向かう。
その背中をみていると、頬がゆるんだ。
──ほんと、平然と受け入れるよな……
人間とは違う習慣とかを見せても、サラは興味を持ってくれて頭から否定しない。
気持ち悪いだろうに。
しゃべるロボットなんて。
ホムンクルスなんて。
人間にとっては異質だ。
サラには成りゆきで話したが、自分がハーツマタであることを知る人間はもういない。
精霊を信じているフェアリーメイソンの人間たちも、自分のことは人間だと思っているし、そう思わせるように振る舞っている。
錬金術に関してはオープンにしているが、精霊に教えられたと言って納得してもらっている。
なぜ隠すのか。答えは単純だ。
ハーツマタを見せた最初の人間が、怯えたからだ。
もう百年ほど前のことだが、人間の世界をまだ知らなかった頃、うっかり自分がロボットだとバラしたら、頭から否定された。
その者はフェアリーメイソンの一人だったが、人類の叡知をはるかに越えたセトの存在を否定した。
──こんなものを作れるわけない。あり得ない。気持ち悪い。お前はなんなんだ……悪魔か? 悪魔なんだろ?
発狂した相手の言葉に、セトは傷ついた。
人間が分からなくて、話すのが怖くなった。
──人間を知ることも勉強の一つよ。あなたは自分の体がほしいんでしょ?
母親に諭され、ロボットであることを隠して旅を続けてきた。
だから、サラの態度ひとつひとつがセトには救いのようなものだ。
どんどん愛のチャークラが熱くなって、彼女から離れがたくなっている。
もっと話をしてみたいし、笑顔をみたい。
抱きしめたいし、困ったら助けてやりたい。
できるだけ、長く側にいたい。
──どうせ、別れはくるのだから。
自分は永遠を生きられる存在だし、彼女は人間。
生きられる長さが、そもそも違う。
なんらかのアクシデントで自分が死ぬことはあるかもしれないが、殺戮兵器だったこの体があれば、そうそう死ぬことはない。
だから、確率的に考えるならば、サラの方が先に死ぬ。
愛するものをまた失って、自分はこの世界を彷徨うのだ。
それは、ほぼ確定している未来。
だからこそ、サラが亡くなるまで、側に居たいと思ってしまう。
打算も何もなく、力になりたい。
彼女はちっとも信じていないが。
セトは体を拭き終わると、外に出ていたサラの服を補修した。
元に戻した服を手に持って、浴室に繋がるドアに向かって声をかける。
「服直ったから、置いておくぞー」
ドア越しに「ありがとう」と声をかけられる。
たったそれだけなのに、セトは服を置いて口元を押さえた。
「やべっ……口が勝手に笑う」
サラの「ありがとう」は格別だ。
回路がバグったんじゃないかと思うぐらい嬉しくて、口元がにやける。
セトは踵を返して荷物の整理を始めた。
後ろでパタンとドアが開いて、振り返ろうと思ってやめた。
フロックにも女性の着替えは覗くものではないと、釘を刺されている。
やましい気持ちがあるわけではなく、単に着心地が確かめたかっただけだ。
セトには性的欲求がない。
サラの裸を見てもドキドキしない。
一度見た全裸はキレイだと思ったが、それよりも彼女にかけられた〝呪い〟みたいな術式が気になった。
一見すると、ほくろみたいな黒い点が不自然にある。
すべて急所に描かれた黒い点。
あれが彼女の体に、何かの作用をしているのは確かだ。
──今度、聞いてみるか。
考えなおして、夜を過ごす準備をする。
念のために鳥型のゴーレムを窓から飛ばして、周囲を監視させた。
サラが熟睡できるように一晩中、周囲は警戒するつもりだ。
窓辺に椅子を引き寄せて、下を見る。
もう夜も遅い。
店から叩き出された酔っぱらいが地面で寝ていた。
他は人の気配がなく静かだ。
浴室の扉が開いて、サラがでてきた。
かすかに体から湯気がでている。
体温は高く充分、あったまったらしい。
「気持ちよかったか?」
サラの瞳はとろんとしていた。
「あぁ、気持ちよかった。うっかり寝そうになったな……」
「なら、そこのベッドで寝ろよ」
サラはあくびを噛み殺しながら、ベッドに近づく。
ベッドの上に腰をおろし、セトを見る。
「お前はどうするんだ?」
「おれは寝なくても平気だ。見張っててやるから、安心して寝ろよ」
サラの口が引き結ばれる。
「それでは……」
「おれとあんたでは違うんだ。いいから、寝ろ。人間ってのは、寝ないと死んじまうだろ」
椅子からおりて、動こうとしないサラを無理やり寝かせる。
体に力が入っていないのであっさり横にできた。
体力の限界なのだろう。
「すまないな……」
サラが薄く目を開いて謝る。
気にすることないのに、彼女は変に律儀だ。
「さっさと寝ちまえよ」
声をかけて、椅子に戻ろうとすると。
「セト……」
呼びかけられ、足を止める。
振り返ると横向きなっまま、目を優しく細めたサラがいた。
「……ありがとう……」
ほほえみながら言われて足は無意識にベッドへ。
床に膝について顔を見ると、あどけない寝顔があった。
その顔を見ると、ユニコーンのときとは違った感情が沸き上がる。
「おれがサラを守る。あの王子からも、守ってやる。お前を泣かすやつは、全員、ぶっ飛ばしてやるからな……」
誓いを言って、また椅子に向かった。




