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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
21/70

ウーバー国での一夜②

「……いつかお前と手合わせをしてみたい」

「いーな、それ。おれも戦ってみたい」


 にこにことしたセトに、サラは生真面目な顔をした。


「お前の方が実力は上だろう。戦いかたを教えてもらいたい」

「そうか? 五分五分だと思うけどな」

「そんなことはない。強い人は動きを見れば分かる。本来は、師と呼ぶべきだろう?」


 ずるっと、セトが頬杖から頭を落とす。

 頬をひきつらせながら、下がった頭をあげた。


「……なんでだよ」


 サラは彼の戸惑いがわからない。


「なんでだ? 錬金術も教えてもらっているし、先生と呼ぶのが正しいだろ」

「……やめてくれ。なんか、すごくいやだ」


 サラはムッとした。


「どうしてだ。私に体術を教えてくれた師は、先生と呼べとしつこく言ってたぞ?」

「いや、本当にやめてくれ。調子が狂う」


 セトが本気で嫌そうな顔をしたので、サラは渋々、了承した。


「先生って呼ぶよりも、名前で呼んでくれ。あと、もっと笑ってくれるとおれとしては嬉しいんだけど」


 さらっと言われて驚いた。


「……名前はいいが、笑顔は得意じゃない」

「食べているときは、満面の笑顔だったじゃん」

「あれは……腹がすいていたからだ」


 恥ずかしい指摘をされて、サラは頭をかかえたくなる。

 セトはそれでも分からないようで、首を大きく傾ける。


「餓死寸前までいけば、嬉しそうに笑ってくれるってことか?」

「やめろ」


 危険なことを言われた。

 財布は握られているのでやられたら、手が出せない。

 セトは何を考えているのか分からないところがあるし、やりかねない怖さがある。


「そんなことをしなくても笑う……」

「マジで? 本当に?」


 セトの目が期待で満ちる。

 サラは追い詰められ、ザクロジュースを飲もうとグラスを掴むが中身は空だった。


 底にたまった数滴を喉に流して、グラスを置く。

 カタンとテーブルにガラスの音が大きめに響いて動揺した。


「……なるべく笑うから、餓死寸前はやめてくれ」

「わかった」


 セトはにこにことご機嫌になる。鼻歌まで歌いだしそうな雰囲気だ。

 自分が笑うだけで、そんなに喜んでくれるのか。

 少し驚くが、悪い気はしなかった。



 残りはスープだけ。

 冷えてしまったそれをキレイに腹におさめて、サラはまた祈りを捧げる。

 一息ついて、セトを見るとまだにこにこしていた。

 無邪気な笑みにつられて、サラの口元も持ち上がる。


「美味しかった。つれてきてくれてありがとう、セト」


 感謝を伝えると、それまでご機嫌な笑顔だったセトの顔が真顔で固まる。

 ガタッと椅子から音をたてて、立ち上がったセトにポカンとした。


「セト?」


 不意の行動にサラは見上げて彼の名を呼ぶ。

 セトは大きく体を震わせて、口を引き結んだ。

 眉は吊りあがっていて、怒っているように見える。


「……ヤバい」

「は?」


 セトは一言呟くと、しぼんだスフレみたいにへなへなと腰をおろした。

 テーブルに両腕をついて、顔を埋めた。


「何だ。どうした?」


 感謝を伝えただけだというのに、なんでこんな態度をとられなきゃいけない。

 だんだんと腹が立ってきた。

 セトは顔を隠したまま、ぼそぼそした声をだす。


「やっぱ、名前を呼ぶのはなし」

「は? お前が呼べと言ったんだろ?」

「……そうなんだけどさ……ちょっと、たまらなくなる……」


 意味が分からない。


「嫌だということか?」

「ちげぇよ。逆」


 セトは情けなく眉をさげて、顔をあげた。捨てないでと訴えてくる子犬のような表情をしていた。


「嬉しくて変な行動をしちまう……」


 サラは喉をつまらせた。

 困り顔をみていると、心臓が早く動き出す。


「へんな行動?」

「おもいっきり抱きしめたくなる」


 セトの告白にどきりとした。

 変に緊張してきて、サラは身を小さくする。

 この高鳴りはなんだ?

 警戒とは違う、照れが内包された高鳴り。

 セトは小さく息を吐いて、困り果てていた。


「……そんなことされたら嫌だろ?」


 真意を伺うような顔をされて、サラは顎をそらす。

 やめてほしいが、嫌ではないのだ。

 サラは自分の気持ちがよく分からないまま、やけになって声をだした。


「今さらだろう。お前は勝手に私を抱いて跳んだし、背負ってここまできたし……」


 恥ずかしいと思ってなかったことが、今さら恥ずかしくなる。

 なんなんだろう、この気持ちは。

 考えるのを放棄して、サラは腕を組む。


「お前は好き勝手に振る舞ってるんだ。今まで通りにしろ」


 セトの瞳が丸くなる。

 ガタッとまた椅子が音を立てた。

 勢いのあまり椅子が後ろに倒れて、彼の背後にいた客がこっちを向く。


「じゃあ、抱いてもいいのか!?」


 妙なことをおもいっきり叫ばれ、サラは椅子から腰を滑らせる。

 セトは真剣な顔で眼前に迫ってくる。


「おれの好き勝手に抱いていいの? 怒らねぇ?」

「それは……」


 戸惑うと、セトの顔がしゅんとする。


「……やっぱ、嫌なんじゃん。ここを立つ前に抱いたら嫌がってたから、嫌がると思ったんだ……」


 彼が同じように顔をしたのは、フロックの家にいた時だ。

 パーティーを組もうと言った時、セトは自分を抱きしめていた。

 あの時の熱が、サラの全身を巡る。


「嫌ではない……」

「そうか? 顔が怒ってる」


 訳のわからない熱は脳天まで突抜け、プツッと何かが切れて立ち上がった。

 セトはテーブルに手をついていたので、見下ろす位置になる。

 腕を組んで兵士に命令をだすように言う。


「恥ずかしいんだ。わかれ。馬鹿者が」


 言いきると、セトはポカンと間抜けな顔をした。


「恥ずかしい? じゃあ、嫌じゃねぇの?」


 憮然としていたサラの顔に動揺が走る。

 もうこの話を終わりにしたい。

 セトは気づいていないが、彼の後ろの客がニヤニヤしてこっちを見ている。

 サラは嘆息して、うなずく。


「嫌ではない……」

「じゃあ、本当に好き勝手に抱いてもいいのか?」


 またこの質問。

 話を終わらせたかったサラはふっきれた。


「いい! 好きなときにやれ!」


 自分でも何を言っているのか不明だった。


 セトはゆっくりと体を起こした。

 ポカンとしていた表情が、男の顔つきになる。

 瞳の中に燃えた炎が見えて、サラの心に警笛が鳴る。

 が、負けじとセトを鋭く見据える。

 心臓の音がじょじょに大きくなり、周りのざわめきが遠くなる。


 セトは足元に置いていた鞄を掴むと、乱暴に中を漁った。

 麻でできた財布を取り出して、紙幣をテーブルの端に置く。

 明らかに多めの金だ。

 乱雑に置かれた紙幣の一枚がテーブルから滑り落ちる。

 それを茫然と見ていたら、セトがサラの手を取って、引っ張った。


 足がもつれそうになるが、セトは無言で引っ張る。

 店をでるときに、店員が妙ににやけた笑みで「まいどー」と挨拶してきた。



 ***


「どこに行くんだ?」


 セトに引っ張られながら、無言の背中に問いかける。


「今日寝るとこ。休まないといけねぇだろ? フェアリーのとこじゃねぇけど、寝るだけだからいいよな」


 それは構わなかったが言葉尻がそっけない。

 先ほどから引かれる手も強くてサラは首をひねった。

 セトの様子がおかしい。

 おかしな理由は宿屋に着いてからわかった。


 ──バタン


 泊まる部屋にたどり着き、なだれ込むように中に入る。

 乱暴な態度にセトを睨むと、顔を見る暇もなく抱きしめられた。


 パタンと、後ろでドアが閉まる音がして、呆気にとられた。


 後頭部に手がまわされ、押し付けられるようにセトの肌に顔が埋まる。

 遠慮のない抱きかたで息苦しかった。


「急になんだっ……」


 どうにか顔をあげて文句を吐き出す。

 セトは苦しそうに眉根を寄せて叫んだ。


「好きなようにめちゃくちゃ抱きしめていいって言っただろ! だから、やってんだよ!」


 あげられた顔をまた胸に押し付けられ、息が詰まる。

 あがいてみるが、憎たらしいほどに彼の体は微動だにしない。

 また腕を壊してしまったら、と思うと力も使えない。

 サラはどうしようもできなくて、弱々しい声をだした。


「やっ……セトっ……苦しい……っ」


 セトはようやく我に返ったようだ。

 腕の力がゆるんだ。空気がいっきに肺に送られて、安堵する。


「悪いっ!」


 頭上から慌てた声がした。

 顔をあげると、セトの眉尻が下がって、弱々しい顔になっていた。

 落ち着いてくれたようだ。

 サラは最後に大きく息を吐き出し、文句を言った。


「馬鹿者。加減をしろ」

「……悪い……」


 落ち込んだ顔。

 セトに耳がついていたら、垂れていたことだろう。

 もっと文句を言いたかったが、素直に謝られると怒るに怒れない。


「もっと優しくできないのか?」

「……優しく?……こうか?」


 セトは今度はゆるく抱きしめてきた。

 彼の緊張感が肌を通じてわかる。

 怯える目に嘆息して、サラは身をあずけた。


「そのぐらいなら苦しくない」

「そっか……」


 ほっと胸をなでおろすセト。

 表情がゆるんで、また笑顔になる。

 犬のように首ともにすり寄られ頬に彼の細い髪があたった。

 ちょっとくすぐったい。


 馬を飼い慣らしているみたいだ。

 動物ならと、セトの背中に腕を回してさすった。

 愛馬はブラッシングが好きで、撫でると気持ち良さそうだったのを思い出したのだ。

 耳にセトの小さな笑い声が響いた。さすると嬉しそうだ。


「……抱きしめるって落ち着くな」


 ふと漏れたセトの声。

 耳に低い声が反響して、サラは心臓が跳ねた。

 ごまかすようにそっけない声をだす。


「そうか?」

「うん。人間がこうやって抱きしめているのよく分かんなかったけど、ちょっと分かった。これ、気持ちいいや」


 少し強くなる抱擁。

 くすぐったさがまして、気恥ずかしい。

 それでも、セトが楽しそうなので許せてしまう。

 変な気分だ。


「……気持ちいいなら、またすればいい」

「え? いいの?」


 セトの腕がゆるんで、顔を覗き込まれる。

 思ったよりも顔が近い。

 明かりのついていない部屋のせいか彼の顔が違ってみえた。


 夜の帳が下ろされた部屋でみる彼はどことなく艶っぽい。

 よくよく見るとセトは均整のとれた顔立ちをしている。

 直視できなくて、サラは視線を下に流した。


「このぐらいの力ならかまわない……」

「そっか……ありがとうな。じゃあ、また寝る前に抱きしめていいか?」


 提案されたことにぎょっとする。


「ま、毎日か?」


 動揺して声が上ずった。

 セトはみるみるうちに眉根をさげて、母親を探す子犬みたいな顔をする。


「ダメか?」


 その顔はやめてほしい。

 弱々しい顔をされると手を差し伸べたくなる。

 サラは羞恥を振り切った。

 ポンポンとセトの背中を叩く。


「わかった、わかった……やっていい……」


 そう言うとセトはころっと表情を変えてまた少しだけ強く抱きしめた。


「サラ、ありがと」


 初めて呼ばれた名前に心臓がきゅうとなる。

 馬に懐かれただけのように感じていたのにどうしたのだろう。


 セトに抱きしめられながら、芽生えた感情にサラは戸惑った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 再開!! わー!! ありがとうございます!! あの、語彙が溶けてるのでろくなことが書けませんがすごくテンションあがりました! サラ、可愛い。セト、おぬし確信犯か!! (すみません、はげしく…
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