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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
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ウーバー国での一夜①

『いらっしゃい』


 店に入ると、大陸共通語で店員が挨拶をした。


『あ、あそこ空いてるな』


 セトが大陸共通語で話しかけてきた。

 サラは一瞬だけ驚いたが、彼はウーバー国の公認錬金術の資格も持っていたし、話せて当たり前なのかもしれない。

 セトに促されるまま、隅っこの席につく。


 夜の時間帯なので、酒飲みたちがグラスを片手に笑いあっている。

 ずいぶん色々な国の者がいるようだ。

 髪色も肌色もバラバラ。

 サラと同じ髪色の者もいて、これなら外見が目立つこともなさそうだ。


 サラは席につくと、店の壁にかけてあるメニューを見た。


 ウーバー国の主食は米で、肉は羊を使う。スパイスをたっぷりつかっているが、辛いというよりも甘酸っぱいという味付けだ。


 実際に来たことはなかったが、ウーバー国に行ったことがある兵士からやみつきになる味だと聞いている。

 店内には食欲をそそるスパイシーな香りが漂っていて、いよいよサラの腹の虫が大変な騒ぎを起こしはじめた。


『何を食うんだ? あ、メニューは読めるか?』

『読める』

『あ、やっぱ、大陸共通語は話せるんだな』

『当たり前だ。それぐらいの知識はある』

『そっか。なんでも好きなもん食えよ。おれは食べないから』


 サラはわずかに口を開いた。

 だが、彼の体がロボットであることを思い出した。


「そうか……お前はいらないんだな」


 つい母国語が出た。

 セトは笑顔で合わせてくれる。


「食感はわかるんだけど、旨い不味いの判断はよくわかんねぇな。食事しなくても生きていられるし」

「そうか……私ばかりすまない……」


 余計な金を払わせて、ますます申し訳ない。


「だから、気にすんなって。ほら、好きなように食え」


 セトがムッとしながら語気を強める。

 サラは小さくほほえんだ。


「すまないな……」


 セトは目をまんまるにして茫然とサラを見る。サラは店員に声をかけて注文した。



『お待ちどうさまー』


 しばらく待っていると、店員が料理を運んできた。

 テーブルに並んだのは、羊をじっくり焼いてスパイスをかけたもの。

 焦げ目がついた肉から、食欲をそそる匂いが立ち上っている。

 それに、クリーム色のスープ。野菜が形を崩すまで煮込んであった。

 ライスは大盛りにした。

 米は細長く、あっさりとした味。

 肉の香辛料をよく引き立ててくれている。


 あとはザクロジュース。

 注文する気はなかったのだが、セトに「好物じゃねぇの?」と、三回もしつこく言われてサラは折れた。


 ぐぅ。ぐぅ。

 腹の虫が暴動を起こしている。

 サラは祈りを捧げ、遠慮なく食べた。

 ものすごい勢いで食らう。

 マナーは知っているが、ここは王宮ではないから、粗野に食べた。


 食べれる内に腹につめておけが、兵士生活では習慣だったのだ。

 窮屈なコルセットもないし、サラは思いっきり食事を楽しんだ。


 頬はゆるみっぱなしで、目は爛々と輝いていた。

 夢中で頬張っていると、セトが肩を震わせて笑いだす。


「ほんと、旨そうに食うよなー」


 サラの手がとまる。

 セトはテーブルに頬杖をついて、こっちを見ていた。

 気まずい。

 じっくり見られて一人だけ食事をしているのは恥ずかしい。


「旨いからな」


 フォークを肉に突き立てて、口に放り込む。


「そんなに旨いのか。食ってみてえ。あーん」


 セトが不意に口を開いて舌をだした。

 サラは喉に肉がひっかかって、むせた。

 なんとか飲み干して、首をひねる。


「……食べられるのか?」

「消化器官はあんだよ。だから、あーん」

「自分で食べればいいだろ……店員に頼んでフォークを……」

「忙しそうだしいいよ。一口でいいから」


 セトは目をつぶって、口を開く。

 一口だけならと、皿を見た。

 あと一口分しか肉がない。

 少しだけ惜しんだが、自分だけ食べていることに遠慮があったので、フォークを突き立てた。


 椅子から腰を持ち上げて、セトの舌に肉をあてる。

 口が閉じたので、フォークを抜いて椅子に座った。


 もぐもぐもぐ。

 味わうような口の動きをじっと見る。喉仏が動くと、セトの口の両端が持ち上がった。


「これが旨いって味かぁ~」


 嬉しそうな声に、サラの目が細くなる。


「前より味が分かりやすくなってんな」

「わかりやすく?」

「うーん。下っ腹のチャークラが反応してんのかな?」

 

 チャークラの言葉にぎょっとして、サラは両手をテーブルについて身を乗り出す。

 呑気なセトに顔を近づけ、周囲に目配せをした。


「チャークラの話はここでは……」


 誰かに聞かれたらどうする気だ。

 低い声でたしなめると、目と鼻の先にあったセトの口からふっと、息がでる。

 不意打ちで息を吐かれ、サラは眉根を寄せた。

 セトはニヤリと笑う。


「チャークラって言われても何のことかわかんねぇよ。大丈夫だって。あんたの国の言葉で話しているんだし」


 サラは釈然としなかったが、引き下がった。


「なら、いいが……」


 椅子に座って、残りのザクロジュースを一気に飲み干す。


「チャークラは感覚に直結してるんだよ。チャークラが強くなると、よりその感覚が鋭利になる。下っ腹のやつは味覚。ズボン下ろすことになるけど、確認するか?」

「……いや、いい」


 今は食事中だ。ご遠慮願いたい。


「すると、チャークラが消えると感覚も消えるというわけか?」

「そーそー。あんたに会う前はしばらく触感がなかったな」

「触感……」

「暑いとか、寒いとか感じなかった」


 淡々と言われたが、それがどういう世界なのかいまいち実感がわかなかった。


 ただ、わかるのは、感覚がない世界にはいきたくない。

 直感的にとても怖い感じがする。


 返事に窮してると、セトはふっと目を細くして、左手を伸ばしてサラの頬に触れた。

 ぴくっとサラの肩が小さく跳ねる。


「前だったらあんたに触っても何も感じなかっただろうな。今は熱いとか冷たいとか分かる。今は食事したからかな……ちょっと、あったかい」


 セトは晴れやかに笑う。


「あんたと一緒にいると、どんどん人間っぽくなる。変な感じだ」


 笑顔を見ていると、彼への負い目が薄れていくようだった。

 彼に付いていくと決めたが、教えを乞うばかりの立場に引け目を感じていたのだ。

 でも、自分が彼に与えるものがあるのだとしたら嬉しい。


「美味しいと思うなら、一緒に食べてくれると私も気負いしなくてすむ」

「ん? そうなのか?」

「あぁ、一人で食べるのは……味気ない」


 恥ずかしいとはいえなくて、言葉をにごした。


「そっか。じゃあ、次からは一緒に食べような」


 セトはにっとまた笑う。

 それに微笑して、サラはスープにスプーンをつけた。

 会話が途切れてまた一人で食べだす。

 やっぱり居心地が悪くて、サラは話しかけた。


「そういえば、お前は錬金術がなくても強いんだな。私とは違う体術みたいだが」

「あぁ、そうだな。ドワーフたちに教わった」

「──は?」

「だから、ドワーフ。森の戦士たちだ」


 聞いたことがない人種だった。

 何かの話にでてきたようだったとサラはセトの言っていたことを思い出す。

 そうしている間に、セトの目が切なく細くなった。


「基礎はドワーフに教えてもらったけど、おれが強くなったのは、あいつのおかげだな……」


 声が寂しげだ。

 簡単には踏み入れそうにない重さがある。

 詳しく聞くのをためらい、出てきたのは言葉は自分のことだった。


「そうか……私にも師がいる。強い人でよく泣かされた」

「へ? あんたが?」


 セトは目を白黒させた。

 そんなに驚かなくてもよいだろう。


「私だって幼い時期もあったんだ。容赦のない人でな。こてんぱんにやられていた」

「意外だな。あー、でも、おれもこてんぱんだった」


 何かを思い出したのか、くつくつ喉を震わす。


「ひっでえ奴でさ。口は悪いし、すぐ俺の頭を踏むし。悔しくて何度も立ち向かったなあ」

「私もだ──」


 反射的に声が出ていた。

 セトが驚いた顔して、サラも瞬きを繰り返す。


「……何度も立ち向かったな」

「そっか」


 セトが嬉しそうに表情をゆるめる。


「あんたと一緒のところがあるなんて、変だな」


 性別も人種も、あるいは人間とホムンクルスという生命としても違うような自分達が、同じような過去を持つ。

 不思議な感じはするが、悪い気はしない。

 むしろ、セトがもっと身近になった。

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