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不死鳥の聖女  作者: りすこ
第三章 出立
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旅路②

「そんな簡単に錬金術が使えるのか?」

「痛み止めの薬とかどうだ? ちょうど素材もあるし」


 セトは雑嚢から小さな袋を取り出した。

 その中には形の違う葉が入っている。

 なんでもでてくる鞄だと妙に感心してしまう。


「薬なら聖水を使った方がいいな」


 雑嚢から透明な液体が入ったボトルを取り出す。


「聖水なのか?」

「かーさんの涙を溜めたものだ」

「ウンディーネ殿の涙か?」


 ウンディーネが小さな腕を真っ直ぐ伸ばした。


「はいはーい。わたし、水の精霊だから涙は聖水になるのよ」


 精霊の涙。言われると納得できるような気がするが、明るい調子で言われるとありがたみが薄い。


「瓶に入っているんだな。よく割れなかったな」


 セトの戦闘の激しさから見て割れてもおかしくないだろう。


「割れるわけねえよ。ほら」


 セトは腕を高くあげ、机の上にボトルを叩きつけた。

 割れる!──と、思ったそれは無傷だった。

 ボトルの中の水が揺れているだけだ。

 サラは呆気に取られて、ボトルを凝視する。



「おれの体に使われている素材と同じものだ。軽くて丈夫。傷がつかない素材だ。ほら、持ってみろよ」



 ボトルを投げ渡され、サラは片手でキャッチする。

 ガラス特有の重さがない。

 軽すぎる。

 ボトルを掴んで腕を上下させた。



「ガラス製のものは割れるから使わねえんだ。それよりも、調合するから、始めよう。

 まずはこの葉をナイフで切って、細かく叩いて汁をだして──」


 セトに教えてもらいながら、サラは初めて錬金術を体験した。

 二度失敗して、ようやくできたものは丸い粒の薬だった。

 薬草を煮詰めて、冷やして手で丸めて二十粒ほどできた。

 気づくと、外は太陽が出て明るくなっていた。



「豆みたいな形だが、薬なのか?」

「これは苦味が強いから、錠剤にしたほうがいい。苦味を感じずにすむ。飲むときは水と一緒に飲むのがいーな」

「液体ではないのだな……」



 サラの国に流通していたのは液体の薬だ。

 痛み止めは常用していたので、よく口にした。

 とても苦く、幼い頃はむせながら飲んでいたことを思い出す。



 ──聖女の鍛練のときは、毎日、薬がかかせなかったな……



 十二歳のとき。

 聖女の力を得たばかりの頃は、師匠のミゲルにこてんぱんにやられていた。

 まだ辺境のアントラには行かず、鍛練場で鍛えられていた。

 それまで争いを知識としてしか認識していなかったサラは、地面に叩きのめされて毎日、泣いていた。


 ミゲルが怖くて、それを言葉にすれば、容赦なく口を塞がれた。

 武骨な大きな手で塞がれれば、息ができずに苦しかった。


 ──弱さを口になさいますな。敵に弱さをみせれば、いくら力があろうとあなた様は死にますぞ。


 戦場とはそういう場所だと体に叩き込まれた。

 今となっては厳しすぎる指導でもあったが、彼には感謝している。

 最初にこてんぱんにされたから、戦ってこれたのだから。


 できた薬の粒を指で摘まんでみていると、ふとある情景が脳裏を過る。

 ミゲルとの鍛練が終わるといつもあの人が待っていてくれた。


 ──サラっ!


 悲しそうに顔を歪めて、自分を抱きしめてくれた。


 ──またこんなに傷ついて……サラは女の子なのに……


 痛ましそうに自分を見て、薬を飲ませてくれた。

 苦くて辛くてボロボロに泣いた。

 自分を抱きしめる手が強くなって、さらに苦しくなった。


 やさしかったときのあの人の記憶。


 なぜ、今になって思い出すのか。

 彼を憎いと思うのに、憎悪に飲まれることができない。

 あまりにやさしい思い出が多すぎたせいだろうか。


 サラは自嘲の笑みをもらす。


 きれいな思い出を覗いていると、苦しくて体を突き破って叫びだしそうだ。

 だから、きれいな思い出は箱にいれて蓋をして、鍵をかけてしまおう。

 見ないようにしなければ、きっと、大丈夫。


 まだ、戦える。

 傷をおうことは慣れている。

 痛いことは慣れているのだから。



「──サラ?」


 声をかけられ、意識がすうっと戻った。

 瞬きを繰り返していると、神妙そうな顔をしたセトがいる。


「どうした? 表情がおかしい。薬が錠剤なのがそんなに気になるのか?」


 分かっていない彼の言葉に笑ってしまった。

 こういう時、セトの鈍さはいい。

 気が紛れる。


「いや、粒というのはいいな。苦味が嫌いな子供でも飲みやすそうだ」

「そっか。カプセルに入れるのが本当はいいんだけどな。素材がないから作れなかった」

「カプセル?」

「そーそー。カプセル。透明の食べれるフィルムで包むんだ。そうすりゃ、苦味はもっと少なくなる」

「そんなものがあるのか……」



 サラが息をつくと、セトが明るくなってきた窓をみた。



「あと四日走れば、ウーバーにつくな」



 サラはぎょっとした。



「そんなに早くか?」

「おう。ノームじいさんの町はウーバーの先だ。先を急ぐか」

「なら、休まずいけるところまで行けばいい」



 セトは目をぱちくりさせる。



「休みながらいかねーと、疲れるだろ?」

「平気だ。三日は寝なくても大丈夫だ。早く腕をなおしたいだろ?」



 淡々と言うと、セトの瞳が不敵に細くなる。サラは片方の眉をあげた。



「じゃあ、行けるところまで走るな」



 妙に楽しげな声色にサラは頷いた。


 今は立ち止まっているわけにはいかない。

 心に仕舞ったきれいな思い出たちがカタカタ動くが、サラは見ないことにした。



 *



 セトにおぶられて二日が経って、まだいけると虚勢を張って、さらに一日が過ぎた頃。



 二人はウーバー国入りをはたしていた。


 時刻は夜。

 道では街灯がともっている。

 自国にはない技術をじっくり見たいところだが、驚く元気もない。

 セトにおんぶされたまま、サラはぐったりしていた。

 喉も渇いたし、お腹もすいている。


 ぐぅ~


 容赦なくサラの腹の虫が騒ぎだす。小さい音だったのに、セトが立ち止まった。



「腹減ったのか?」



 サラは気力を振り絞って、首を縦にふる。



「ぶっ続けで走ってきたからな。なんか旨そうなもの、旨そうなもの」



 セトがキョロキョロと辺りを見回す。一軒の店を見つけた。



「あそこに入るか。下ろすぞー」



 セトが腰を屈めて下ろしてくれた。サラは足を地面につけるが、うまく踏ん張れない。

 長く同じ体勢でいたせいか、腰が抜けてしまう。



「おっと」



 セトがぐらついた体を支える。

 彼に支えられながらサラは気合いで足を踏ん張った。

 はだけていたフードを被りなおした。



「大丈夫か?」

「……大丈夫だ」

「そうか? 内股がプルプルしてるけど?」

「平気だっ」



 強がって声を張る。

 兵士として戦ってきたのにこんなことぐらいで足腰が立たなくなるとは、情けない。

 背筋を伸ばして彼から離れる。


 セトがぷっとふきだした。



「なんか、生まれたてのラバみてぇ」



 サラの足をみて、くつくつ喉を鳴らす。


 からかわれているのだが、お腹が空いていたサラの思考はあさっての方向へ。

 ラバ肉を食べたい。

 鳴りそうな腹をさすった。


 目の前にあるのは大衆食堂。

 陽気な笑い声が開かれた窓から聞こえる。

 鼻腔をくすぐるいい匂いまでしてきた。

 サラはごくっと生唾を飲み込む。


 早く入ってみたいが、手持ちのお金が全くない。

 顔色を伺うような目でセトを見た。


 セトは笑いを噛み殺しながら、サラの横を通って店のドアを開いた。

 チリリンと、鈴の音がして店の喧騒が大きくなる。



「入ろう」



 サラは手を前に組んで指を動かす。



「手持ちがないんだ……」


「金か? それなら、おれが持っているから心配すんな」



 セトはサラを手招きした。申し訳なさがあるが、腹の虫には勝てそうにない。



「すまないな……」

「気にすんな。人間ってのは、食わなきゃ死ぬだろ」



 あっけらかんと言われて、おずおずとサラは店のなかに入った。



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